「1変数の関数」とは、「独立変数と呼ばれるある量Aを決めると、従属変数と呼ばれる、それとは別のある量Bが決まる」という対応関係であった。
独立変数が一つの量ではなくなり、「独立変数ある一組の量$A_1,A_2,\cdots$を決めると、従属変数ある量Bが決まる」という対応関係となったものを「多変数関数」と呼ぶ。
${x},{y}$を決めると${z}$が決まる、という対応関係(この場合は「2変数関数」である)なら、${z}=f({x},{y})$のように書く。
たとえば長方形の面積$S=xy$は$x,y$を両方決めると一つ決まる。${x}$-${y}$平面上で原点と$({x},{y})$の間の距離は$f({x},{y})=\sqrt{{x}^2+{y}^2}$という式で表される。こう考えると1変数の関数の方がむしろ珍しい(簡単な)例だったのである。
1変数の関数は、独立変数と従属変数という二つの変数を持っているが、独立変数一つを決めれば従属変数も決まったから「自由に動かせる数」は一つであった。
この「自由に動かせる数が一つ」ということを自由度(degree of freedom)が1だと表現する。2変数の関数の場合、二つの独立変数を決めると従属変数が決まるから、自由度は2である(3変数、4変数と増えていっても同じである)。
たとえば3次元にある質点は($x,y,z$なり$r,\theta,\phi$なりの)3つの変数で位置が表現できるから自由度3である。
一方3次元にある大きさのある物体は、位置の3つの他に回転の3つ(空間的な回転の方向は三方向ある)を足して、自由度6である。
1変数の関数は${x}$-${y}$という平面の上に描かれた「線(一般には曲線)」で表現された。線は「自由度1」あるいは「1次元」の存在である(つまり、線の上の点は1方向にのみ動ける)。同様に2変数の関数は「面(一般には曲面)」で表現される。
今日はまず、下の図(実際に授業で使ったのはandroidアプリのバージョン)で2変数関数のイメージを持ってもらった。
1変数関数では、
$$f(x)=c_0+ c_1x +c_2x^2+\cdots$$のように展開できる関数のとき、$c_1$が一階微分(すなわち「傾き」)を表す項、$c_2$が二階微分(すなわち「曲がり具合」)を表す項であった。
2変数関数では、
$$f(x,y)=c_0 + c_{x1}x+c_{y1}y+c_{x2}x^2+c_{y2}y^2+c_{xy}xy+\cdots$$のように展開できて、$c_{x1}$と$c_{x2}$が一階微分(すなわち傾き)を表す項である。
「傾き〜微分〜1次の項の係数」というつながりを確認し実感するために、上の図のスライダを動かして、$c_{x1}x+c_{y1}y$のような1次の項のみがある状態にして、傾きの変化がどのように「形」を変えるかを見よう。
↑はxの係数を変化させたところ。
この「面を傾ける方向」が独立に二つあるのが、偏微分が二つあることに対応している。
次に二階微分は「曲がり具合」である。x2の係数だけを変えたときの図が、↓である。
x2の係数とy2の係数の正負により、↓のような様々な状態が起こりえる。
以上のように、一階微分と二階微分の値によりいろいろな状況が有り得る。1変数の場合に比べ、「傾き」や「曲がり具合」に複数のパターンがあることが大事である。
2変数関数は3つの変数の作る(立体)の中の曲面として表現されるということをここまでみてきた。
1変数での微分(導関数)は「グラフという線の傾き」であった。同じように考えると、2変数変数での微分(導関数)は「曲面の傾き」である。もちろん1変数のときに「狭い範囲で(Δxが小さい範囲で)考えると曲線も直線とみなせる」と考えたように、2変数のときは「狭い範囲で(Δx、Δyが小さい範囲で)考えると曲面も平面とみなせる」と考える。
これまでの微分の導関数または微係数は $$ {\mathrm df\over\mathrm dx}(x)=f'({x})=\lim_{{\Delta x}\to0}{f({x}+{\Delta x})-f({x})\over {\Delta x}} $$ と定義されていた。これの真似をして「$x$方向の微分」や「$y$方向の微分」を考える。
この新しい形式の微分に名前と定義と、そして新しい記号を与えよう。この、「実際は変数であるものを定数であるかのごとく扱って微分する」微分を「偏微分(partial differential)」と呼ぶ。名前の通り「肉と野菜を出されたのに、偏食して、肉しか食べない」という時の「偏」である。partialは「一部だけ」を意味している。「偏りのある微分」で、変数が二つ(ときには、三つ以上)あるのに、その変数のうち一個だけに着目して微分を行う。
${x}$と${y}$に依存するある式$f({x},{y})$があるとする。「${y}$を一定として${x}$で偏微分する」という計算を $$ \lim_{{\Delta x}\to0}{f({x}+{\Delta x},{y})-f({x},{y})\over {\Delta x}} $$ で定義する。
もう一つの変数${y}$がついている(しかし定数として扱っている)以外は同じ計算である。偏微分は常微分とは違う記号を使うことにして、「導関数」または「微係数」にあたるものを「偏導関数(partial derivative)」または「偏微係数(偏微分係数)」と呼び、 $$ \left({\partial {f({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}= \lim_{{\Delta x}\to0}{ f({x}+{\Delta x},{y})-f({x},{y}) \over {\Delta x} } $$ と書くことにしよう。$\mathrm d$ではなく$\partial$という記号を使い、かつ「(本当は変数なんだけど)定数として扱っている文字」を$\left(~~\right)_{\!{y}}$のように括弧の後につけて表現する(誤解が起こらないだろうと思われる時は省略され、単に${\partial {f({x},{y})}\over \partial x}$と書く場合も多い)。${\partial {f({x},{y})}\over \partial x}\biggr|_{{y}}$のように、偏微分記号の後に縦線を引いてその右下に書くという書き方もある。
もちろん、立場を入れ替えた「${x}$を一定として${y}$で偏微分」は \begin{equation} \left( {\partial {f({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}} =\lim_{{\Delta x}\to0}{ f({x},{y}+{\Delta y})-f({x},{y}) \over {\Delta y} }\label{delfdely} \end{equation} である。どちらも、一方で微分する時はもう一方をあたかも定数であるかのように扱っている。ここまでの話として、常微分が偏微分に変わったことで特に難しいところはないはずだ。
記号$\partial$はいろんな読み方がある。「丸いd」という意味で「ラウンドディー」と読む場合、それを省略して単に「ラウンド」と読む場合、偏微分(partial differential)から「パーシャル」と読む場合、derivativeの方から「デル」と読む場合がある。微分${\mathrm dy\over \mathrm dx}$を「でぃーわいでぃーえっくす」と読んだのと同様に、${\partial {f}\over \partial x}$は「でるえふでるえっくす」(あるいは「らうんどえふらうんどえっくす」)のように上から順に読む。
例として、長方形の面積$S=xy$を$x$および$y$で偏微分してみよう。定義どおりに計算すれば、 $$ {\partial S\over \partial x}=\lim_{\Delta x\to0}{(x+\Delta x)y-xy\over \Delta x}=\lim_{\Delta x\to0}{\Delta xy\over \Delta x}=y $$ であり、 $$ {\partial S\over \partial y}=\lim_{\Delta y\to0}{x(y+\Delta y)-xy\over \Delta x}=\lim_{\Delta y\to0}{x\Delta y\over \Delta y}=x $$ となる。
これを図解すると、
と
となる(図では$\mathrm dx$,$\mathrm dy$の方の表記を用いた)。
「偏微分」というと難しげに聞こえるが、この計算自体は、単に「$x$で微分するときは$y$は定数」「$y$で微分するときは$x$は定数」という単純なルールに従っていると思って計算すればよい。
もう一つの例として、底面の半径$r$、高さ$h$の円柱の体積$V=\pi r^2 h$を考えよう。
偏微分すると $$ {\partial V\over \partial h}=\pi r^2 $$ と $$ {\partial V\over \partial r}=2\pi rh $$ となることがすぐわかる。
これを図解したのが以下の図である。
$r$を変えずに$h$を変化させた場合、底面積(あるいは天井の面積)である$\pi r^2$に高さの変化$\mathrm dh$を掛けた分だけ体積が増える。
$h$を変えずに$r$を変化させた場合、側面積である$2\pi rh$に半径の変化$\mathrm dr$を掛けた分だけ体積が増える。
ここで標語を書いておこう。偏微分には方向がある---偏微分では「どの方向の変化に対する変化量なのか」が常に大事である。次の図に、二つの微分の意味を図解した。
微分の表現として、$f({x}+\mathrm dx)=f({x})+f'({x})\mathrm dx$もしくは、$\mathrm df=f'({x})\mathrm dx$という書き方があったが、それの偏微分のバージョンは \begin{equation} \begin{array}{c} f({x}+\mathrm dx,{y}+\mathrm dy) =f({x},{y})+ \left({\partial {f({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}\mathrm dx +\left({\partial {f({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}\mathrm dy\\[6mm] もしくは\\[3mm] \mathrm df({x},{y})=\left({\partial {f({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}\mathrm dx +\left({\partial {f({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}\mathrm dy \end{array}\label{zenbibun} \end{equation} となる。
上の例に則して書けば、 \begin{equation} \begin{array}{rll} \mathrm d \overbrace{({x}{y})}^{f({x},{y})}=&\overbrace{{y}}^{\left({\partial {f({x},{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}}\mathrm dx&+\overbrace{x}^{\left({\partial {f({x},{y})}\over \partial y}\right)_{{x}}} \mathrm dy\\[2mm] \mathrm d\overbrace{\left(\pi r^2 h\right)}^{f({r},{h})}=&\overbrace{2\pi r h}^{\left({\partial {f({r},{h})}\over \partial r}\right)_{{h}}}\mathrm dr &+ \overbrace{\pi r^2}^{\left({\partial {f({r},{h})}\over \partial h}\right)_{{r}}}\mathrm dh \end{array} \end{equation} となる。新しい記号を使ってはいるが、この計算は別に目新しいものではない。偏微分は単に「本当は定数である文字を定数とみなして微分する」というだけで計算テクニックとして難しい点は無い(偏微分ならではの難しさは現段階ではまだ出てきていない。そのあたりは来週以降やろう。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。