「関数$f(x,y)$の微小変化」を表す量は、以下の式のように書ける。
関数$f(x,{y})$の全微分
\begin{equation} \mathrm df(x,y)=\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{y}\mathrm dx+\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial y}\right)_{x}\mathrm dy \end{equation}
この$\mathrm d\left(?\right)$という形の式を「?の全微分(exact differential)」あるいは「完全微分」、「total differential」という呼び方もある。と呼び、こういう形の式は「全微分形(exact)あるいは「完全微分形」。英語の形容詞は「exact」だが日本語では「微分」を補って使う場合が多い。になっている」と言う。前に「偏微分には方向がある」と述べたが、「$x$方向の微分」と「${y}$方向の微分」の二つを含む$x$方向でも${y}$方向でもない「斜め方向の微分」については後で考える。。その全てを考えているので「全微分」と呼ぶこの章の前まで行ってきた1変数の微分では、方向が一つしかないから、全微分と偏微分を分ける必要はなかった。。全微分のうち「$\mathrm dx$の係数である$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}$」を取り出したもの(${y}$方向も同様)が「偏微分」である。
ベクトルを$\vec A=A_x\vec {\mathbf e}_x+A_y\vec{\mathbf e}_y$と$x$成分と${y}$成分に分けて表現するように、全微分の「$x$成分のようなもの」が$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}$、「${y}$成分のようなもの」が$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial y}\right)_{x}$である$\mathrm dx$や$\mathrm dy$が$\vec{\mathbf e}_x$や$\vec{\mathbf e}_y$のような単位ベクトルの役割を果たしている。と思ってよい。
上の式は(常微分のとき「$f(x)$の変化が$f'(x)\mathrm dx$」と書けたのと同様に)
$f(x,{y})$に起こる変化のうち、
$x$が変化したことによって起こる変化は$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}\mathrm dx$と書け、
${y}$が変化したことによって起こる変化は$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial y}\right)_{x}\mathrm dy$と書ける。
というふうに「読む」べきである。あるいは、
$\mathrm dy=0$にしてから${\mathrm df\over \mathrm dx}$を計算したもの、すなわち \begin{equation} \begin{array}{rll} \mathrm df(x,{y})=&\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}\mathrm dx+\underbrace{{\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial y}\right)_{x}\mathrm dy}}_{0にする}&{↓両辺を\mathrm dy で割る} \\ {\mathrm df(x,{y})\over \mathrm dy}=&\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}} \end{array}\label{henbibunzeronisuru} \end{equation} という計算をした結果が$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial x}\right)_{{y}}$であり、同様に、
$\mathrm dx=0$にしてから${\mathrm df\over \mathrm dy}$を計算したものが$\left({\partial {f(x,{y})}\over \partial y}\right)_{x}$である、と考えてもよい。
横$x$、縦${y}$の長方形の面積は${S}=x{y}$だが、${S}$の全微分はライプニッツ則にしたがって \begin{equation} \mathrm dS=\underbrace{\mathrm dx {y}}_{xを微分した項}+ \underbrace{x\mathrm dy}_{{y}を微分した項} \end{equation} となる。$x$が$\mathrm dx$増加すれば、${y}\mathrm dx$だけ(${y}$が増加する場合は$x\mathrm dy$だけ)面積が増加する、ということを上の式は表している。
$f(x,{y})=\sqrt{x^2+{y}^2}$という関数は、原点から点$(x,{y})$までの距離という意味のある関数である。
この式を微分すると、 \begin{equation} \mathrm d \left(\sqrt{x^2+{y}^2}\right)= {x\over\sqrt{x^2+{y}^2} }\mathrm dx +{{y}\over\sqrt{x^2+{y}^2} }\mathrm dy\label{Rzenbibun} \end{equation} である。
${x\over\sqrt{x^2+{y}^2} }$は$\sqrt{x^2+{y}^2}$を、${y}$は変化しないものとして、$x$で微分することで得られる。${y}$が変数であるということを一旦忘れて(なんなら$\sqrt{x^2+C^2}$のように定数$C$に置き直して考えて)、普通に$x$で微分という操作を行えばよい。${{y}\over\sqrt{x^2+{y}^2} }$は$x$と${y}$の立場が入れ替わっただけで、同様である。
この二つの微分の意味するところを図で表現したのが次の二つの図である。
式で計算しても、図で考えても偏微分は計算できる(もちろん両者は一致する)
図には$x$方向と${y}$方向という二種類の変化のみを示したが、一般の方向を向く時は$\mathrm dx,\mathrm dy$の比が変わると思えばよい。$x$方向の微分は$\mathrm dx:\mathrm dy=1:0$、${y}$方向の微分では$\mathrm dx:\mathrm dy=0:1$である。斜め45度方向では$\mathrm dx:\mathrm dy=1:1(\mathrm dx=\mathrm dy)$である。
ここまでは、$x$と$y$が独立な変数である場合(当然、$\mathrm dx$と$\mathrm dy$も独立になる)を考えたが、この二つに関係がある場合を考えることもできる。
${x}$と${y}$が$\sqrt{{x}^2+{y}^2}$が一定であるという関係を持っている場合、${x}$と${y}$それぞれの変化量である$\mathrm dx$と$\mathrm dy$も独立ではない。$\sqrt{{x}^2+{y}^2}=R(一定)$を保ちつつ(グラフ上では、原点を中心とする半径$R$の円の上に乗りつつ)変化させた様子を描いたのが左の図である。
右の相似な三角形に注意すると、$\mathrm dx$と$\mathrm dy$の間に \begin{equation} {x}\mathrm dx+{y}\mathrm dy=0 \end{equation} という、全微分が0という条件$\left({{x}\over\sqrt{{x}^2+{y}^2 }}\mathrm dx+{{y}\over\sqrt{{x}^2+{y}^2 }}\mathrm dy=0\right)$と本質的に(両辺に$\sqrt{{x}^2+{y}^2 }$を掛ければ)同じ式が読み取れる。
この${x}\mathrm dx+{y}\mathrm dy=0$という式は、$({x},{y})\cdot \left(\mathrm dx,\mathrm dy\right)=0 $のように$\left(\mathrm dx,\mathrm dy\right)$というベクトル(図の$\overrightarrow{\rm PQ}$)と$\left({x},{y}\right)$(図の$\overrightarrow{\rm OP}$)というベクトルの内積が0(垂直)という式だと解釈することもできる。これは「円の接線」の性質に合致している。つまりこの$\sqrt{{x}^2+{y}^2}$を一定としての全微分は「${\theta}$方向の微分」になる。
ここでは、$\sqrt{x^2+y^2}$が一定であるという条件から、微分方程式$x\mathrm dx + y\mathrm dy=0$を出した。この逆はできるか??というのが次に考えたいことである。
なぜそんなことがしたいかというと、物理でのエネルギー保存則や運動量保存則のように「変化の前後で一定になる量」を見つけると計算が楽になったり見通しがよくなることが多い。「保存量」を見つけるということはつまり、$\mathrm d(?)=0$の形に式をまとめることなのである。
以下のような問題を考えよう。
式$P({x},{y})\mathrm d x+Q({x},{y})\mathrm d y$は、何かの式の全微分だろうか?
たとえば我々はすでに${y}\mathrm d x+{x}\mathrm d y$は${x}{y}$の全微分であることや、${{x}\over \sqrt{{x}^2+{y}^2}}\mathrm d x+{{y}\over \sqrt{{x}^2+{y}^2}}\mathrm d y$が$\sqrt{{x}^2+{y}^2}$の全微分であることを知っている。
では$P({x},{y})\mathrm d x+Q({x},{y})\mathrm d y$という式を見せられて、「これは○○の全微分である」とわかるだろうか?---たとえば\文中式{$y\mathrm d x+y\mathrm d y$}という式は、何かの全微分になっているだろうか?
これは何かの全微分にはなってないようだ。というのは、微分して$y\mathrm dx$が出てくるためには微分する前には$xy$という式があったと考えられる。しかし$xy$があったなら、$y$で微分したときに$x\mathrm dy$がでてきそうなのに、それはない!
ある関数$U({x},{y})$があったとすると、その全微分は \begin{equation} \underbrace{ \left({\partial {U({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}}_{P({x},{y})?}\mathrm d x +\underbrace{ \left({\partial {U({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}}_{Q({x},{y})?}\mathrm d y=0 \end{equation} だから、 \begin{equation} \left({\partial {U({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}=P({x},{y}),~~~ \left({\partial {U({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}=Q({x},{y}) \end{equation} となるような$U({x},{y})$は見つけることができればよい。が、$P({x},{y}),Q({x},{y})$の形によっては解は見つからない。
そこで、$U({x},{y})$が見つかるための必要条件を一つ指摘したい。微分可能な関数$f({x},{y})$の偏微分が持つべき性質として、「偏微分の交換可能性」があった。その式から、 \begin{equation} Uが存在する。\Rightarrow \biggl({\partial \over \partial x}\underbrace{\left({\partial {U({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}}_{Q({x},{y})}\biggr)_{\!\!{y}}= \biggl({\partial \over \partial y}\underbrace{\left({\partial {U({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}}_{P({x},{y})}\biggr)_{\!\!{x}} \end{equation} がわかる。よってこの対偶を取れば、$\left({\partial {Q({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}- \left({\partial {P({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}\neq0\Rightarrow U$は存在しない、となる。来週示すようにこの逆も成り立つので、
積分可能条件
\begin{equation}\left( {\partial {P({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}=\left( {\partial {Q({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}~~~または~~~ \left( {\partial {Q({x},{y})}\over \partial x}\right)_{\!\!{y}}- \left( {\partial {P({x},{y})}\over \partial y}\right)_{\!\!{x}}=0\label{sekibunkanou} \end{equation} は$\mathrm d\left(U({x},{y})\right)=P({x},{y})\mathrm d x+Q({x},{y})\mathrm d y$となる$U$が存在するための必要十分条件である。
がわかる。この式は「積分可能条件(integrability condition)」と呼ばれる。
積分可能条件が満たされい式はそのままでは$\mathrm d(?)=0$の形に書き直すことはできない。
しかし、そのままでなくなんとかすれば全微分に直せる場合がある。
たとえばさっき考えた${y}\mathrm d x+{y}\mathrm d y=0$の場合、$P({x},{y})=y,Q({x},{y})=y$なので、$\underbrace{{\partial {P({x},{y})}\over \partial y}}_{{x}}-\underbrace{{\partial {Q({x},{y})}\over \partial x}}_{2{x}}\neq0$なので、積分可能条件は満たされない(つまりこの式は全微分ではない)。
では、この式${y}\mathrm d x+{y}\mathrm d y=0$を見て、何か簡単にする方法を思いつかないだろうか?
素直な気持ちで元の式を見てみよう。
因数分解したらいいんでは?
そうだね。$y(\mathrm dx+\mathrm dy)=0$と直せる。そして、$y=0$というつまんない解は考えないことにすれば、$\mathrm dx+\mathrm dy=0$に変わる。この式は$\mathrm d(x+y)=0$と直せて、$x+y=$一定、になる。
もう一つ例をやっておこう。$y\mathrm dx+2x\mathrm dy=0$を考える。ここに2がなくて、$y\mathrm dx+x\mathrm dy=0$なら$\mathrm d(xy)=0$に直せるけど、そうはいかない。
これをなんとかするには「微分したら2が出てくるようなものに直せば?」と考える。実は(さっきは$y$で割ったけど)今度は$y$を掛けてみると、 $$ y^2 \mathrm dx + 2xy \mathrm dy=0 $$ と式が変わる。これは、 $$ \mathrm d(xy^2)=0 $$ だから、$xy^2=$一定になる。
物理でエネルギー保存則を証明するとき、運動方程式をそのまま積分するのではなく、$v={\mathrm dx\over\mathrm dt}$を掛けてから積分することでエネルギーが一定になることを示した、というのはこれと同様の計算なのである。
ここまでで示したのは、$U$が存在$\Rightarrow$積分可能条件が満たされるのみである。この逆は来週やろう。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。