このおもちゃと同じ原理が衛星放送などの受信アンテナに使われている。アンテナは遠方からやってきたほぼ平行な電波を反射させ、一点(焦点)に集める。${x}$軸正方向からきた平行光線を原点に集めるようにするためには、鏡をどのような形に並べればよいか?---これを求めようとすると、微分方程式の手助けが必要になってくる。
下の図のように$\xcol{x}$軸の正の方向から電波もしくは光が入射してきて、曲面の鏡に反射した後O点に集まる、という状況を考えよう。
点Bで反射した光がOに向かうためには、鏡の反射の性質(入射光と反射光の鏡面に対する角度が等しい)から、図の$\angle$BAOと$\angle$ABO(ここで、AはBにおける接線が$\ycol{y}$軸と交わる点である)が等しくならなくてはいけない。よって図の三角形ABOは二等辺三角形であり、AO=BO=$\sqrt{\xcol{x}^2+\ycol{y}^2}$と書くことができる。以上から図に描き込んだように各部の長さを求めていく。「AからBに行くには、右に$\xcol{x}$、上に$\ycol{y}+\sqrt{\xcol{x}^2+\ycol{y}^2}$だけ移動すればよい」と考えると、点Bにおける接線の傾き$\left({\coldy\over \coldx}\right)$が \begin{equation} {\coldy\over \coldx}={\xcol{y}+\sqrt{\xcol{x}^2+\ycol{y}^2}\over \xcol{x}} \end{equation} であることがわかり、これが曲線を求めるための微分方程式となる。この式は同次方程式だから \begin{equation} {\coldy\over \coldx}={\ycol{y}\over \xcol{x}}+\sqrt{\left({\ycol{y}\over \xcol{x}}\right)^2+1} \end{equation} と直し、$\zcol{z}={\ycol{y}\over \xcol{x}}$を変数とした方がよい。
$\ycol{y}=\zcol{z}\xcol{x}$としてから微分すると$\coldy = \coldz\xcol{x}+\zcol{z}\coldx$という関係式が出るので、 \begin{equation} \begin{array}{rl} \xcol{x} {\coldz\over \coldx}+{\zcol{z}}=&{\zcol{z}}+\sqrt{\zcol{z}^2+1}\\ \end{array} \end{equation} となって(両辺の$\zcol{z}$は消えて)後はこれを変数分離した${\coldz\over \sqrt{\zcol{z}^2+1}}={\coldx \over \xcol{x}}$を積分すればよい。
$\sqrt{\zcol{z}^2+1}$が出てきた時の定番$\sqrt{\zcol{z}^2+1}$が簡単になるような$\zcol{z}$は何か?---と考えていけば、$\sqrt{\sinh^2 \tcol{t}+1}=\cosh \tcol{t}$というのがあったな、と思いつく。「こんなの、思いつけない」と思っても悲観する必要はない。別に天才的ひらめきで見つけたりするものではなく、「これはどうかな?」という試行錯誤(当然何度か失敗する)と「前にも似たようなの出てきたな」という慣れで見つけるものである。慣れてない最初はとにかくいろいろ試して、うまくいく方法を探そう。として、$\zcol{z}=\sinh \tcol{t}$と置く。
なお、この「定番」よりも有名な定番は$\sqrt{1-x^2}$が出てきたときの$x=\sin\theta$である。このときは$\mathrm dx=\cos\theta\mathrm d\theta$となるが、$\sqrt{1-x^2}=\cos\theta$であるおかげで$\sqrt{1-x^2}$が消えてくれた。これに似た(ただし符号が違う)関数として$\sinh t$を持ってくる。
こうして$\sqrt{\zcol{z}^2+1}=\sqrt{1+\sinh^2 \tcol{t}}=\cosh \tcol{t}$、$\coldz=\cosh \tcol{t} \coldt$と置き換えられて、 \begin{equation} \begin{array}{rl} \int \coldt =& \int {\coldx\over \xcol{x}}\\[3mm] \tcol{t}=& \log \xcol{x}+C\\ \end{array} \end{equation} と積分ができる。$\zcol{z}=\sinh \tcol{t}={\E^{\tcol{t}}-\E^{-\tcol{t}}\over 2}$に上で求めた式からわかる$\E^{\tcol{t}}=\E^C \xcol{x}$を代入し、 \begin{equation} \begin{array}{rll} \zcol{z}=& {\E^C \xcol{x}-{1\over \E^C\xcol{x}}\over 2}&\kokode{両辺に\xcol{x}を掛けて}\\ \underbrace{\zcol{z}\xcol{x}}_{\ycol{y}}=& {\E^C\xcol{x}^2-{1\over \E^C}\over 2}\\ \end{array} \end{equation} と答えを出す。未定のパラメータである$\E^C$を$\E^C=2k$($k$は正の定数)と書きなおして \begin{equation} \ycol{y}=k{\xcol{x}}^2 - {1\over 4k} \end{equation} というのが答である。途中の積分が面倒な割には、答は放物線である。ちなみに「パラボラアンテナ」の「パラボラ」とは放物線のことである実際に衛星放送のアンテナなどに使われている曲面は放物線を回転させた面の一部であり、図に描き込んであるようにアンテナの中心と放物線の軸はずらしてある。。
紐を2点を固定してつりさげた時の形を考えてみる(たとえば鉄塔に導線を張るときに必要な線の長さを知るために、この形を知ることは重要である)。一番下の部分を原点として、次の図のように座標系を張る。
紐にかかる張力は(垂直に垂らした時と同様に、上の方ほど大きくなるはずだから、図のように微小部分を考えた時、下端には$\tcol{T}$、上端には$\tcol{T}+\tcol{\mathrm dT}$の力が働く。紐は直線状ではないからこの張力の向きも(微小に)違う。働く力はこの他に重力がある。微小部分の紐の長さは$\sqrt{\coldx^2+\coldy^2}$だから、これに単位長さあたりの質量$\rho$と重力加速度$g$を掛けた分の重力が下向きに働く。
上の図を参考に、$\tcol{T}$を鉛直成分と水平成分に分ける(その比は$\coldy:\coldx$)。この微小部分に働く張力の水平成分は等しいはずである。よって、 \begin{equation} \diff \goverbrace{\left( \tcol{T}{\coldx\over \sqrt{\coldx^2+\coldy^2}} \right)}^{Tの水平成分}=0 \end{equation} あるいは \begin{equation} \tcol{T}{\coldx\over \sqrt{\coldx^2+\coldy^2}}=T_0~~~(T_0は定数)\label{suiheiteisuu} \end{equation} が成り立つ。ここで$T_0$は、$\coldy=0$の時の張力だと思えばよい(図を見ると、それは最下点すなわち原点である)。
次に鉛直成分を考えると、$\tcol{T}$の鉛直成分の増加がちょうど重力によって打ち消されればつりあいが保たれるから、「$\tcol{T}$の鉛直成分の微小変化」が、その微小部分にかかる重力に等しくなり、 \begin{equation} \diff\goverbrace{ \left( \tcol{T}{\coldy\over \sqrt{\coldx^2+\coldy^2}} \right)}^{Tの鉛直成分}=\rho g \sqrt{\coldx^2+\coldy^2} \end{equation} が成り立つ。
$\tcol{T}=T_0{\sqrt{\coldx^2+\coldy^2}\over \coldx}$となるからこれを代入すれば \begin{equation} \diff \left( T_0{\coldy\over \coldx} \right)=\rho g \sqrt{\coldx^2+\coldy^2} \end{equation} となる。$T_0$は定数だから微分の外に出して、右辺は$\coldx$をルートの外に出し、 \begin{equation} T_0\diff \left({\coldy\over \coldx}\right)=\rho g\sqrt{1+\left({\coldy\over \coldx}\right)^2}\coldx \end{equation} とした上で、${\coldy\over \coldx}=\ycol{V}$と考えれば \begin{equation} T_0\ycol{\mathrm dV}= {\rho g}\sqrt{1+\ycol{V}^2}\coldx\label{Vrhog} \end{equation} という変数分離可能な微分方程式になる。$\sqrt{1+\ycol{V}^2}$という形が出てきたので、前節同様、$\ycol{V}=\sinh \tcol{t}$という置換積分($\ycol{\mathrm dV}=\cosh \tcol{t} \coldt$となる)を使って計算して、 \begin{equation} \begin{array}{rll} {\ycol{\mathrm dV}\over \sqrt{1+\ycol{V}^2}}=&{\rho g\over T_0}\coldx &\kokode{\kuro{\ycol{V}=\sinh \tcol{t}}として} \\ {\cosh \tcol{t} \coldt\over \cosh \tcol{t}}=&{\rho g\over T_0}\coldx &\kokode{積分して} \\ \tcol{t}=&{\rho g\over T_0}\xcol{x}+C~~~&(Cは積分定数) \end{array} \end{equation} であるから、 \begin{equation} \ycol{V}={\coldy\over \coldx}= \sinh \left({\rho g\over T_0}\xcol{x}+C\right) \end{equation} となる。これをさらに積分して、 \begin{equation} \ycol{y}= {T_0\over \rho g}\cosh \kakko{{\rho g\over T_0}\xcol{x}+C}+D~~~(Dは積分定数) \end{equation} が解となる。最初に図で設定したように$\xcol{x}=0$で$\ycol{y}=0,{\coldy\over \coldx}=0$とすれば、$C=0,D={-{T_0\over \rho g}}$となり($C,D$を変えると最下点が移動することになる)、最終的な答えは \begin{equation} \ycol{y}= {T_0\over \rho g}\left( \cosh \kakko{{\rho g\over T_0}\xcol{x}}-1\right)\label{kensui} \end{equation} となる。
このような曲線($\cosh$で表される)を「懸垂線」と呼ぶ。この節の最初にあげたグラフを見て「放物線?」と思った人がいるかもしれないが、計算結果は$\cosh$である。しかし \begin{equation} \cosh \xcol{x} =1+{1\over 2}\xcol{x}^2 + {1\over 24}\xcol{x}^4+\cdots\label{coshkinji} \end{equation} という展開式があることを考えると、$\xcol{x}$が小さい範囲では$\ycol{y}=a\xcol{x}^2$とほぼ同じである。右のグラフに示したように、${1\over 2}\xcol{x}^2$と$\cosh \xcol{x}-1$は$\xcol{x}$が小さい範囲ではほぼ等しい。
実際に鎖を垂らした状態と、プロジェクタで写した$y=\cosh x$のグラフを重ねてみたのが、
(写真は去年のもので、今年は撮影しなかった)で、実に見事に一致している。
授業では$y=x^2$の場合はうまく重ならない(上の方を重ねると下がずれ、下の方を重ねると上がずれる)ところも見せた。
ここで、「$\xcol{x}$が小さい時は$\ycol{V}$が微小だから、右辺の$\ycol{V}^2$は無視していいだろう」と考えてから微分方程式を解いてみる。 \begin{equation} T_0\ycol{\mathrm dV}= {\rho g}\coldx \end{equation} となるから、 \begin{equation} T_0\ycol{V}= {\rho g}\xcol{x}+C \end{equation} さらに積分して \begin{equation} \ycol{y}= {\rho g\over 2T_0}\xcol{x}^2+C\xcol{x}+C' \end{equation} となる。つまり結果は放物線。
「近似してから微分方程式を解いた式」と「微分方程式を解いてから解を近似した式」は、ちゃんと一致する。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。