2変数関数の積分
1変数関数の積分は、∫x1x0f(x)dxのように書くと本質的には一通りの積分方法しかない。それに対して2変数関数は(偏微分に方向があったように)積分をいろんな方向に、いろんな経路で実行することができる。極端な場合曲線の上で積分することもできるが、これを「線積分」と呼ぶ。また、変数が二つあるので「両方の変数について積分する(二重積分)」のようなことともできる(これは面上での積分なので「面積分」と呼ぶ)。以下ではまずベクトルの値を持った関数を線積分するところから考えよう。
ベクトル関数の線積分
上の図のようにx方向の積分をするときとy方向で積分するときの被積分関数を変えて、 ∫x1x0P(x,y0)dx+∫y1y0Q(x1,y)dy のような積分を考えることにする。 あるいは、P(x,y)=Ax(x,y),Q(x,y)=Ay(x,y)と書けば、 ∫x1x0Ax(x,y0)dx+∫y1y0Ay(x1,y)dy となる。積分記号を外した量(被積分関数)であるAxdx+Aydyはベクトル(Ax,Ay)とベクトル(dx,dy)の内積になっているので、まとめて書くときは→A⋅d→xと書く。
こうしてベクトルの値を持つ関数とd→xの内積を取ってなんらかの曲線上(ここまで出した例はまだ直線のみであるが)で積分を行った量を「線積分」と呼ぶ。より一般的には線積分は曲がった線に沿っての積分となる。
ここで、2変数の積分はいろんな経路が考えられるという事情があるので
∫→x1→x0→A(→x)⋅d→xと書いただけでは、どの線にそって積分するのか、まだ指定されていない。
ということに注意しよう。
上と同じことを積分(足算)する前の微小量である積分要素についても言えば、
→A(→x)⋅d→xと書いただけでは、どの方向の積分要素なのか、まだ指定されていない。
ということである。この積分する方向がx方向と一致しているなら→A⋅d→x=Axdxになるし、y方向と一致しているなら→A⋅d→x=Aydyになる。どちらでもない場合はAxdx+Aydyの二つの項を両方積分することになる。
このような「ベクトル関数の線積分」のよく使われる例について以下で解説していくことにする。
線積分の応用
仕事と位置エネルギー
ベクトル場の線積分のもっとも重要な応用は、力学における「仕事」の定義であろう。2次元の場合では、以下のように定義される。
2次元での仕事の定義
物体に力→Fを加えている状態でその物体がd→x=(dx,dy)という微小量だけ動いたとき、その物体に対して →F⋅d→x=Fxdx+Fydy の仕事がなされたと言う(本来は3次元で定義すべきもので、その場合はz成分も足す)。
仕事という量を定義する意味はいろいろあるが、何よりも大事なのは力学における有用な概念である「エネルギー」という物理量が仕事を使うことで定義できる、ということである。エネルギーの定義については後にまわして、ここでは仕事のイメージをまず考えよう。
以下では、働く力が場所のみによる場合力が場所のみではなく他の量に依存する場合もあるが、それはここでは考えない。を考えることにして、→Fを→F(→x)と場所の関数とする。上の定義は物体が微小な距離だけ移動した場合であるが、有限区間(→x0から→x1へ)移動した場合、∫→x1→x0→F(→x)⋅d→xという積分を行うことになる。
微小仕事→F(→x)⋅d→xは場所→xにおいて働く力→F(→x)と微小変位d→xの内積であるが、
内積の定義
二つのベクトル→a,→bのなす角をθとすると、内積は →a⋅→b=|a||b|cosθ
からすると、→Fとd→xが同じ向きを向いている(θ=0)ならば→F⋅d→x=|→F||d→x|となって大きく、逆向きを向いている(θ=π)ならば→F⋅d→x=−|→F||d→x|となって小さく(負で絶対値が大きく)なる。
イメージとして、あなたが風が吹いている中を移動しているとしよう。その風が当たってあなたを押す力を→Fと書くことにする。風が順風(→Fとd→xが同じ向き)のときは風があなたを押してくれて、楽に動ける。逆風(→Fとd→xが逆向き)のときは風にじゃまされる分だけ動くのがたいへんになる。そこで→F⋅d→xという量を「動くときに風のおかげでどれだけ助かるか」という量だと考えることができる(この量がマイナスのときは「負の量だけ助かる=邪魔される」と考える)。この場合の仕事→F⋅d→xは「風のおかげでどれだけ助けられているか」を表す指標となるわけである。
風の強さと向きは場所によって違うから、→Fは場所の関数である(→F(→x)=Fx(→x)→ex+Fy(→x)→ey)。そして、ある場所→x0からある場所→x1まで移動したとき、風がしてくれる仕事は ∫→x1→x0→F(→x)⋅d→x=∫→x1→x0(Fx(→x)dx+Fy(→x)dy) となる。ここで、すでに注意したように→x0から→x1までというだけでは経路が指定されていないので計算結果は一通りではない。
上の図のように、台風のような風が吹いているとき、のような経路だといかにも「風が押してくれるので楽そう」だし、のような経路だと「逆風で苦労しそう」だ。出発点と到着点が同じでも、「風が助けてくれる」仕事の量が全く違ってくる。
この二つの積分というのは、積分可能条件について考えたときのU(x,y)=∫yy0dtQ(x0,t)+∫xx0dtP(t,y)とU(x,y)=∫xx0dtP(t,y0)+∫yy0dtQ(x,t)という二つの積分と、P→Fx,Q→Fyと置き換えてみれば同じものである。よって、二つの経路で同じ積分結果を出す、すなわち、 ∫yy0dtFy(x0,t)+∫xx0dtFx(t,y)=∫xx0dtFx(t,y0)+∫yy0dtFy(x,t) となるためには、考えている範囲で (∂Fx∂y)x−(∂Fy∂x)y=0 が成り立たなくてはいけない(この式は積分可能条件そのものである)。
以下では、仕事が経路によらなくなる特別な例をいくつか紹介しよう。
y軸の負の向きに重力が働いている場合、この力は→F(→x)=−mg→eyと表される。この場合の場所(x0,y0)から(x1,y1)までに移動する間に「重力のする仕事」は ∫(x1,y1)(x0,y0)→F(→x)⋅d→x=∫(x1,y1)(x0,y0)(−mg→ey)⋅(dx→ex+dy→ey)=−mg∫y1y0dy となり(dx→exが消えるのは内積→ey⋅→ex=0による)、実は本質的には1次元の積分になってしまい、結果も簡単に−mg(y1−y0)となる。つまりこの場合、途中の経路には一切よらずに答はy0とy1だけで決まる。→F(→x)が定数ベクトルだから、積分可能条件は満たされている。
そこで、この積分結果(仕事量)が位置エネルギーの差となるように「位置エネルギー」が定義される。すなわち、どこかにエネルギーの基準点→x0を設定し、 U(→x)=U(→x0)⏟ここでは0とする−∫→x→x0→F(→x)⋅d→x とすると、積分∫→x→x0がどのような経路で行われているかによらずに常に同じ値mg(y−y0)を出すので、矛盾なくU(→x)が定義できるのである。
1変数の場合と同じように「微分と積分は互いの逆演算」と考えると、U(→x)=U(→x0)−∫→x→x0→F(→x)⋅d→xの逆は→F(→x)=−→∇U(→x)となるこの「逆」が計算できるためには積分可能条件が必要である。。重力の例では、 −→∇(mgy)=−(→ex∂∂x+→ey∂∂y)(mgy)=−mg→ey となる。
次に→F(→x)=−GMmr→erになる力の場合この式は実は2次元の万有引力の式である。3次元ならr2に反比例するが、仮想的に2次元の万有引力を考えるとこうなる。を考えよう。この場合、d→xの方も極座標での表現dr→er+rdθ→eθを使って表現すれば、 ∫→F(→x)⋅d→x=−GMm∫1rdr=−GMm[logr]到着点のr出発点のr という簡単な積分で答えが出て、結果は出発点と到着点のrだけに依存する。
この力を直交座標で表現するなら、 →F(→x)=−GMmr→er⏞(cosθ⏟xr→ex+sinθ⏟yr→ey)=−GMmr2⏟x2+y2(x→ex+y→ey)=−GMmxx2+y2→ex−GMmyx2+y2→ey であり、その積分は ∫→F(→x)⋅d→x=−GMm∫(xx2+y2dx+yx2+y2dy) となり、少々複雑である(極座標で考える方が楽)。