4.の段階では、カルノーサイクルの等温操作における$\Delta S$($S$の変化)が同じになるが、断熱操作でどうなるかについてはまだわかってない。5.で$F$の温度依存性を決めたことで、断熱操作では$\Delta S=0$に決まった。
前回はエントロピーの定義$S={U-F\over T}$を確認し、
ということを確認した。
理想気体の場合で上の手順を具体的にやってみよう。
実例の一つとして、理想気体の場合でエントロピーを計算しておこう。理想気体では、内部エネルギーは$U=cNRT+Nu$($c$は単原子理想気体なら${3\over2}$)だった()。
ヘルムホルツ自由エネルギーは、$F=-NRT\log\left({V\over V^*}\right)+$($V$に依存しない部分)ということろまで計算していた()。ただし、この段階では$F$の$T$依存性を考えてなかった。教科書に合わせて、
$$ F=-NRT\log\left({V\over v(T)N}\right) $$としておこう。
この通りに$S={U-F\over T}$を計算すると、
$$ S ={cNRT+Nu+NRT\log\left({V\over v(T)N}\right)\over T} =cNR+{Nu\over T}+NR\log\left({V\over v(T)N}\right) $$となる。まだ決まってない部分はどうやってきめるかというと、前回考えたように、$S$が断熱操作で変化しないように決める。理想気体の断熱操作では、$T^c V$が一定だったから、その条件を満たしつつ$T,V$変化するときに$S$が変わらないようにする。
$v(T)=\left({T^*\over T}\right)^c V^*\mathrm e^{{u\over RT}}$と決める($T^*$と$V^*$はどこか「基準点」の温度と体積)ことにすれば、
$$ S=cNR+NR\log\left({T^cV\over (T^*)^c V^*}\right) $$となる。この式は確かに示量的($\log V$のところが気になるかもしれないが、$\log \left({V\over V^*}\right)$とまとめて考えればよい)で相加的で、$S(T;V)$<$S(T';V)$が成り立つ。また、前回最後に確認した式${\partial U\over\partial T}=T{\partial S\over \partial T}$を確認しておこう。微分すると確かに
$$ T{\partial S\over\partial T}=T{\partial(NR\log T^c)\over \partial V}=T\times{cNR\over T}=cNR={\partial U\over \partial T} $$になっている(なお、$S$のうち$T$によらない部分はどうせ微分しても消えるので、$S$のところには$NR\log T^c$だけを代入している)。
断熱操作$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X')$が可能でも、この逆操作である断熱操作$(T';X'){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T;X)$が可能とは限らない(可能な場合はこの操作は可逆であると言う)。
不可逆であることがすぐわかる例として、
がある(示している内容はとても単純で「寒い時に仕事をしてあたたまることはできるが、逆は無理」ということだ)。
この原理はKelvinの原理を使って以下のように示される。
上のようなサイクル(温度$T$の環境としか熱のやりとりをしてない)は、断熱操作において自分のエネルギーを下げている(高温→低温)ので、必ず正の仕事をする(環境と接触して温度変化する時点ではまったく仕事をしない)。しかしこれはKelvinの原理に反するから、こんなことはできない。
この時「(示量変数$X$を変えずに)温度を上げる」という操作は「エントロピーを上げる」という操作と同じ(${\partial U\over \partial T}=T{\partial S\over \partial T}$で、この量は正。もちろん$T$は正だから、${\patial S\over \partial T}$も正)だということに注意しよう。ここで示したのは示量変数を変えない方向の変化である(後で一般化する)。
以上の結果をグラフで表現すると、$V$-$T$グラフ
において「真上($V$を変えずに$T$を上げる)ことはできるが、真下には行けない」ということを示したことになる。これをもっと一般的にする。
まず$S(T;X)\leq S(T';X')$なら操作が可能であることを言う。断熱準静的操作を行えば$S$を上げずに示量変数$X$(たとえば$V$)を変えることができる。
つまりグラフの断熱線の上ならいくらでも移動できる。よって、まず断熱線に沿って$S(T;X)$から$S(T'';X')$まで行く(断熱膨張なので温度は下がるだろう)。$T''$<$T'$なら、その後$T''\to T'$へと温度を上げればよい(上げるのはいつでもできる)。逆に温度を下げることはできないから、$T''$>$T'$ならその操作はできない。
次に、断熱操作$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X')$が可能なら$S(T;X)\leq S(T';X')$であることを示そう。
今度は、可能だと仮定した断熱操作で$(T;X)\to(T';X')$と変化させた後、断熱準静的に$(T';X')\to (\tilde T;X)$と$X$だけを戻す。Planckの原理から$T\leq \tilde T$だから、この一連の変化で温度は上がり、ということはエントロピーは増える。断熱準静操作ではエントロピーは増えないから、その前の断熱操作の間に増えていることになる。
こうして「断熱準静操作で変化しないような状態量」として定義したエントロピーは、実は(なぜそうなったのかというとKelvinの原理またはPlanckの原理のおかげだが)さらに「断熱(準静的とは限らない)操作では減らない(変わらないか、増えるか)」という興味深い性質を持っていることがわかった。
結局、「断熱線($S$が一定の線)」、言わば「等エントロピー線」を考えて、その等エントロピー線による「山を登る」方向にしか移動できないことになる(↓の図で、色をつけた部分にしかいけない)。緑の矢印は、可能な経路の例である。
なお、この場合は「温度を下げる操作」も可能である。Planckの原理で必ず温度が上がるのは、体積などの示量変数を固定しているからである。
気体などが真空に向けての膨張はエントロピー増大過程で(だから不可逆で)ある。それは理想気体の場合のエントロピーの式からもだいたいわかるが、膨張した気体を断熱準静操作で元の体積に戻すにはかならず外部から正の仕事をする(すると内部エネルギーが増える、つまり温度が上がる)。同じ体積ならエントロピーは温度の増加関数だから、エントロピーは増えている。
理想気体の場合の式を見てみると、確かに$S=cNR+NR\log\left({T^cV\over (T^*)^c V^*}\right)$という量は体積増加により増える量になっている。
等温準静操作での熱の定義はUとFで考えると
$Q(X\to X')=(U(T;X')-F[T;X'])-(U(T;X)-F[T;X])$
であり、これにエントロピーの定義$S={U-F\over T}$を入れると
$Q(X\to X')=T(S(T;X')-S(T;X))$
となり、つまり(等温準静操作では)エントロピーの変化$\times T$が熱であることになる。
エントロピーを等温準静操作では$\Delta S={Q\over T}$にしたがって変化し、断熱準静操作では変化しない量と「定義」してやる(←こういうのがClausius流)と、この量はちゃんと「状態量」になる。
カルノーサイクルの図の見方を少し変えて、「A→B→Dという変化」と「A→C→Dという変化」の比較として捉えよう。
B→DとA→Cは断熱操作だから熱の出入りはない。A→BとC→Dが等温操作で熱を吸収する(この二つの吸熱量は等しくない)。そのため「入ってきた熱の分だけ増える状態量」を考えようとしても、「経路A→B→Dと経路A→C→Dでは結果が違う」ということになってしまって破綻する。
幸いなことにカルノーの定理により、熱を温度で割ったものは等しいから、「${入ってきた熱\over T}$の分だけ増える状態量」を考えるとちゃんと「経路A→B→Dと経路A→C→Dで同じ結果」となる。これが$\Delta S={Q\over T}$と定義する理由である。
等温でも断熱でもない操作による変化はどのように考えればよいかというと、物理の常套手段である「細かく区切って考える」をここでも使う。すなわち、等温操作と断熱操作を『ギザギザ』に使って、そのギザギザの段階を小さくすることで現実の状況に近づけていくのである。
たとえば圧力一定の膨張を考えよう。$T$-$V$グラフ上では右上がりの直線になる($T={PV\over NR}$)。この直線上で熱量を計算する方法はまだ知らないが、これを「等温準静→断熱準静→等温準静→…」の繰り返しで表現することができる。
そのようにすると、断熱操作の間は熱の出入りがないから、$N$段階の等温操作それぞれについてエントロピーの変化を計算して、$\Delta S=\sum_i^N {Q_i\over T_i}$となるが、これの$N\to\infty$極限をとると、
$\Delta S = \int {\mathrm dQ\over T}$
という積分表示ができることになる。
左の図は4段階程度ににしか分けてない計算だが、この段階数$N$をどんどん大きくして刻み目を小さくしていけば、この「等温準静→断熱準静→等温準静→…」の繰り返しと直線的に(圧力一定で)変化した場合と、計算結果は同じになる。
このように定義したエントロピーも「不可逆を表現する量」になっていることの例をあげよう。
温度$T,T'$($T'$の方が高温)の二つの物体が接触すると、「高温から低温に熱が流れる」という現象が起きるが、このとき高温物体が「放出する熱」は${Q\over T'}$、低温物体が「受け取る熱」は${Q\over T}$である。よってエントロピーの増加は${Q\over T}-{Q\over T'}$となり、これは正である。
こうして、断熱された系に置いては(如何に仕事という形で操作を行っても)かならずエントロピーが増えてしまう(断熱準静的な場合のみ増えないが、準静的操作は理想的なものであって、ほぼ実現しないと思ってよい)。
現実においてエントロピーを下げているものは、実は外部に熱を放出する(結果として「外部」のエントロピーが増える)ということが起こっているからそうなるだけである。
熱力学第2法則は、ケルビンの原理だったりプランクの原理だったり、あるいは「熱は高温から低温に流れる」だったりいろんな表現があり得て、それぞれの立場がある。重要なことはエントロピーという量を定義したことで熱力学第2法則は「エントロピーは増大する」というひとこでちゃんと表現できる形になったということである。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。