前回、ファンデルワールスの状態方程式を元に気相と液相が共存する場合について話したから、より一般的に「つりあいの式」から何が言えるかを考えよう。
系が$(T;V_1,N_1)$の系と$(T;V_2,N_2)$の系の二つに分けられるとする($V=V_1+V_2,N=N_1+N_2$)。つりあいの条件は $$ {\partial F[T;V_1,N_1]\over\partial V_1}={\partial F[T;V_2,N_2]\over\partial V_2} $$ すなわち$p(T;V_1,N_1)=p(T;V_2,N_2)$と、 $$ {\partial F[T;V_1,N_1]\over\partial N_1}={\partial F[T;V_2,N_2]\over\partial N_2} $$ すなわち$\mu(T;V_1,N_1)=\mu(T;V_2,N_2)$である。
前回考えたファンデルワールスの状態方程式に従う気体の場合、状態方程式から計算した擬似的ヘルムホルツ自由エネルギー「下に凸」でない状況を含んでいたため、接線を引いて「下に凸」になる「正しいヘルムホルツ自由エネルギー」を作った。
その段階で$F$のグラフが直線になる(つまり、${\partial^2 F\over\partial V^2}=-{\partial P\over \partial V}=0$になる)状況が現れた。この状況$V_{\rm L}\leq V\leq V_{\rm G}$では異なる${N\over V}$の状況が共存し、圧力は$p=p_{\rm v}$で一定になる。この時化学ポテンシャル$\mu$も一定である(つりあいからもわかるし、$F=-Vp+\mu N$という関係から$\mu={F+Vp\over N}$とすれば、この範囲では$F+Vp$が一定値になる)。
これはたとえば水と水蒸気の共存状態である(ただし、日常に置いて見られる「水と(水蒸気+空気)の共存状態」はこれとは全く別)
下に「動くグラフ」があるので、いろいろな場合で温度を変化させて、
を確認しよう。
青い線はヘルムホルツ自由エネルギーのグラフである。やはり、
ことを確認しよう。
a[10-3Pa・m6・mol-2]
b[10-6m3・mol-1]:
T[K]:
体積(横軸)は1目盛が
圧力(縦軸)は1目盛が
ヘルムホルツ自由エネルギー(縦軸)は1目盛が
初期値であるa=141、b=39は窒素の場合の値。
たとえば水蒸気(水)の場合でどうなるか、などを見てみよう。
下の図の赤く塗った部分では、圧力すなわち$-{\partial F\over\partial V}$が一定のままで体積が変化する。これが「気相・液相の共存領域」になる。
上の「動くグラフ」でも温度に応じて(低温のときに)このような領域が現れることを確認しよう。
この共存領域を$V$-$P$のグラフ上に表現すると↓のようになる。
この間に、たとえば液体→気体と相転移したなら、ぐっと体積が増える(液体窒素→気体窒素の場合で700倍)。
温度がある程度より高いと、$V$-$P$グラフは理想気体同様の単調減少な関数になり、先に説明したような液相←→気相の変化(相転移)が起きなくなる。このときの温度を「臨界温度」と言う。
よって、気相と液相がどうなっているかを$T$-$P$のグラフ上に書くと、
のようになる。臨界点より温度が高い状況では、液体と気体は劇的な相転移を経ることがない。むしろ、「臨界点より外では液体と気体の区別がない」という状況になる。
さらに固体という相も入れると、相図は
のようになる。三つが共存しているのが「三重点」である。
ある物質が液体の状態$(T;V_{\rm L},N)$から気体の状態$(T;V_{\rm G},N)$と変化したとすると、そのとき熱力学第1法則から、
(内部エネルギーの変化$U_{\rm G}-U_{\rm L}$)=(最大吸収熱$Q_{\rm max}$)$-$(最大仕事$W_{\rm max}$)
という式が成立するだろう。ところで相転移の時の圧力(一定)を$p_v$と書くことにすると、最大仕事は$W_{\rm max}=p_v(V_{\rm G}-V_{\rm L})$である。
以上の式を整理すると、 $$ U_{\rm G}+p_vV_{\rm G}-\left(U_{\rm L}+p_v V_{\rm L}\right)=Q_{\rm max} $$ となる。吸収する熱が$H=U+pV$という量の差になっている。
この量(内部エネルギー$U$に$pV$を足したもの$H=U+pV$)の物理的意味を考えよう。これの変化がちょうど外部から(熱の形で)与えられたエネルギーになっていることを思うと、$H$は「等圧で断熱された環境におけるエネルギーのようなもの」として機能しているのである。
そこでこの$H$を「エンタルピー」と読んでエネルギーに似ているがエネルギーとは別の量として扱うことにする(エントロピーと名前は2文字違いだが全然違うものであることに注意すること)。
$H$の物理的意味をもう少し考えてみよう。図のように質量$m$の重りで蓋をされた気体を考える。簡単のために蓋の質量は無視する。また、外部は真空とする(大気圧は0とする)。この物体に働く力のつりあいから、$pS=mg$である。
この系は質量$m$の重りによってい圧力が$p={mg\over S}$で一定になるように保たれている。このような系に対して熱を与え気体を膨張させたとすると、物体が上に上がるだろう。その物体の位置エネルギーは、与えた熱から提供される。つまり、外部から熱という形で与えられたエネルギーは「気体の内部エネルギーの上昇」と「重りの位置上昇」に消費されることになる。この「重りの位置エネルギー」という系の外にある隠れたエネルギーも含めて熱の移動の収支を考えなくてはいけない。
そのエネルギーはもちろん$mgh$だが、計算してみると$mgh=pSh$であり、$Sh$が体積$V$であるとすれはこれは$pV$という項そのものである。
エンタルピーは、この「外部の気体を等圧に保ってくれるもののエネルギー」という「隠れたエネルギー」$pV$を内部エネルギーに足したものだと考えればよい。
ここで、ヘルムホルツ自由エネルギーも同様に「外部にある熱源(熱浴)から供給されるエネルギー」も含めたエネルギーだと解釈できたことを思い出そう。$U$から$F$を作るという計算($-TS$を足す)が、$U$から$H$を作る計算($pV$を足す)と、実は同様のことをやっていることになる。
もう少し数学的に考えてみよう。ヘルムホルツ自由エネルギー$F[T;V,N]$が内部エネルギー$U[S,V,N]$の$S\to T$のルジャンドル変換であったように、エンタルピー$H$は$U[S,V,N]$の$V\to p$というルジャンドル変換だと考えることもできる。対応を書いておくと $$ \begin{array}{ccl} T={\partial U[S,V,N]\over \partial S} & F[T;V,N]=U-S{\partial U\over \partial S}=&U-TS\\ p=-{\partial U[S,V,N] \over \partial V} & H[p;S,N]=U-V{\partial U\over \partial V}=&U+pV\\ \end{array} $$ となって、全く同様の計算をやっているのである。
微分形を使った表現を書いておこう。 $$ \mathrm dU=T\mathrm dS-p\mathrm dV+\mu\mathrm dN $$ だったから、$H=U+pV$の微分は $$ \mathrm dH =T\mathrm dS-p\mathrm dV+\mu\mathrm dN+\mathrm pV+p\mathrm dV =T\mathrm dS+V\mathrm dp+\mu\mathrm dN $$ となる。$H[p;S,N]$は完全な熱力学関数である。
$U$は$S,V,N$の関数として考える。これは$S,V,N$を独立変数または別の言葉でいえば「コントロールできる変数」として考えているということである(この時、$T,p,\mu$は$U$の微分で与えられる「後から決まる変数」になる)。$F$は等温環境で考えるから、温度$T$の方を「独立変数(コントロールできる変数)」と考える。だから$S\to T$のルジャンドル変換が必要なのである。
同様に、$V$ではなく$p$を独立変数にしたければ、$V\to p$のルジャンドル変換を行う。結果が$H$である。
こうなると、もう一歩進めてみよう、という野望を抱かないだろうか??
をしたのだから、等温で等圧な環境に対しては、「$S\to T,V\to p$と二回のルジャンドル変換をしたい」と思いつく。実際それは、 $$ U\to \underbrace{U-TS}_F +pV=U-TS+pV $$ と考えてもよいし、 $$ U\to \underbrace{U+pV}_H-TS = U+pV-TS $$ と考えてもよい(結果は同じ)。すなわち$G=U-TS+pV$という量を考えれば、これが$T,p,N$で表現された完全な熱力学関数になりそうである。
これを「ギッブス自由エネルギー」と呼ぶ。4つ目の完全な熱力学関数である。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。