今日の授業の枕。平和鳥(「水飲み鳥」という名前もあるようだし、今回使った奴の商品名は「DRINKING LUCKY BIRD」)を持っていって動かしてみた。
この鳥、周囲からエネルギーを取り出してサイクル運動をしているように見える。ではKelvinの原理はどうなったのか?
Kelvinの原理は
系のする仕事$W_{\rm cyc}$が0以下になる、というものであった。
この鳥のおもちゃの作動原理は、
というサイクルである。ここで大事なのは「温度が下がる」という過程が入っていること。
つまりこのおもちゃは、頭部と胴体部の温度差のおかげで動いているので、Kelvinの原理の「等温環境で」という部分に当てはまっていない。よってこのおもちゃが動き続けても、Kelvinの原理には反しない。
ここで教訓として覚えておいて欲しいのは、正の仕事ができるかどうかにとって大事なのは「温度差があること」だということ。熱機関というと(ガソリンを燃やすなどで)高温部分を作って動くものを思い浮かべてしまいがちだが、このおもちゃの場合は水の蒸発で低温を作ることで動く。
「熱機関は温度差が大事」ということはこの後でもまた出てくる。
$F[T;X]=W_{\rm max}(T;X\to X_0(T))$
というのが、前回やったヘルムホルツの自由エネルギーの定義。
ただし、この定義では「一定温度$T$」の場合しか述べてないので、温度が変わったとき(というのは「環境の温度を変えて操作をやり直したとき」という意味)にヘルムホルツの自由エネルギーがどう変わるかについては何も述べてないことに注意(もちろん、変わる)。
$F[T;V,N]\to F[T;V+\Delta V,N]$という変化において
$\lim_{\Delta V\to0}{F[T;V+\Delta V,N]-F[T;V,N]\over \Delta V}=\lim_{\Delta V\to0}{-W_{\rm max}\over \Delta V}$
と書ける(仕事にマイナスがつくのは、分子の引き算が(変化後)ー(変化前)という方向で、上の$F[T;X]=W_{\rm max}(T;X\to X_0(T))$と逆だから)。
さらに、$W_{\rm max}=P\Delta V$と書けるから、$\left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-p(T,V,N)$($p(T,V,N)$は圧力)がわかる。
理想気体に対して$W_{\rm max}$を計算するとどうなるか、ということは先週もやったがもう一度計算しておこう。$p={NRT\over V}$を代入して、
$\left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-{NRT\over V}$
を積分して、
$F[T;V,N]=-NRT\left[\log V\right]_{V_0}^V=-NRT \log\left({V\over V_0}\right)$+($V$に依存しない部分)
と求められる($V$に依存しない部分は後で考えよう)。
ここまでは「等温操作」を考えてきたが、この章ではもうひとつの重要な操作である「断熱操作」を考える。
教科書ではまだ「熱」を定義していないが、「断熱」という言葉は「仕事以外のエネルギーの出入りがない」という意味だと定義することにする。
等温操作のときと同様に、示量変数の組が$X$で指定される状態から、$X'$で指定される状態に変化させる(とりあえず$X$の例として体積$V$を考えて、「膨張させたり圧縮したりする」という操作だと思っておけばよい)。この変化を
$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X')$
のように書こう(aはadiabaticのa)。
等温操作と同様にすばやくやったりゆっくりやったりといろいろな操作がある。等温操作では定義により最後は環境と同じ温度で平衡状態になるのを待ったが、断熱の場合はそうではない(平衡になるまで待つのはいいが、断熱されているので環境と等温にならない)ので、操作の仕方により到着点の温度は違う。
重要なこととして、等温操作と断熱操作では、温度$T$の変数としての意味が違うことを指摘しておきたい。
等温操作では$T$は環境の温度、つまり「これから実験を始めようというときの実験室の温度」であって、実験を始める時に人間が手で(エアコンの調節をして)制御できる量である。つまり、等温操作での$T$は「独立変数」である。
一方、断熱操作では$T$は操作のしかたによって変わる量であり、人間の手で直接操作できない(人間は体積$V$を操作し、結果として$T$が変わる。つまり、断熱操作での$T$は「従属変数」なのである。
$X$に含まれる体積$V$はどちらの場合でも独立変数である。
等温操作のときと同様に、これに「準静的に変化させる」という制約を加えた操作を「断熱準静操作」と呼び、
$(T;X){{\rm aq}\atop\longleftrightarrow}(T';X')$
と書く。(これも等温操作と同様に)準静的だと逆が可能なので、矢印が双方向になる(この場合の$T'$は1つに決まる)。
等温操作では示量変数が元に戻るように操作すると(温度も等温操作の定義により元と同じだから)、その操作はサイクルになった。ところが断熱操作では示量変数$X$が元に戻っても、温度は一般に元に戻らない。つまり、
$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X)$
という操作で、$T\neq T'$である。実際に起こる現象を考えると、実は$T\leq T'$である(準静的に行って帰った場合のみ等号が成り立つ)。
この「温度を上げる断熱操作は常に可能」ということも要請(教科書の「要請4.1」)とする。
上の例(温度を上げる操作はあるが、下げる操作はない)でもわかるように、断熱操作は常に存在できるわけではない。しかし、$(T;X)\to (T';X')$と$(T';X')\to (T;X)$のどちらかは1つは実現できる。
ここで、$(T;X)\to (T'';X')$という断熱準静操作を考える。もし、$T'$>$T''$なら、あとは温度を上げるだけなので、要請4.1で存在を要請された温度を上げる断熱操作をすれば$(T';X')$に到着する。
もし$T'$<$T''$なら、その時は要請により$(T'';X')\to(T';X')$は必ず存在する。そして$(T;X)\to (T'';X')$という断熱準静操作は(準静的なので)逆が存在するから逆をたどればよい。こうして、どちらの操作も可能になる。
断熱操作は「仕事以外のエネルギーの出入りがない」状況を考えているので、エネルギーはちょうどした仕事の量だけ増減する(等温操作ではそうではなかったことに注意)。
そのためにはもちろん、(力学で位置エネルギーが定義できる条件がそうであったように)「はじめの状態と終わりの状態が決まればその間にする仕事は1つに決まる」という条件が成り立っていなくてはいけない。力学の場合、系が質点や剛体でできていて摩擦や空気抵抗がなく保存力しか働かないならこれは導くことができる定理になる。しかし熱力学ではこうなることも要請(教科書の要請4.3)にしておく。
この、「最初$(T;X)$と最後$(T';X')$が決まれば途中経過によらず決まる仕事の量」を$W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T';X')\right)$と書いて「断熱仕事」と呼ぶことにする。断熱仕事は最大仕事と同様に、示量性と相加性を持つ。
断熱仕事により増減する量として「内部エネルギー$U(T;X)$」という量を
$U(T;X)=W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T^*;X^*)\right)$
または
$U(T;X)=-W_{\rm ad}\left((T^*;X^*)\to (T;X)\right)$
として定義する。$T^*,X^*$は$U$の基準点で、$U(T^*;X^*)=0$と決められているものとする。
定義が二つあるのは、$(T;X)\to (T^*;X^*)$という断熱操作が常に可能とは限らないからで、その場合は$(T^*;X^*)\to (T;X)$という操作を使って定義する。
別の書き方をすれば、
$W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T';X')\right)=U(T;X)-U(T';X')$
ということ(ただしこう書けるのは$(T;X)\to (T';X')$という断熱操作が可能な時に限る)。
$U$の定義は上のようになっているから、この定義から「$U(T;V,N)$を$T,N$を一定にして$V$で微分する」ということはできない(温度$T$が変化している式しかないから)。
ここまでで、$W_{\rm max}$を使って定義されたヘルムホルツの自由エネルギーと、$W_{\rm ad}$を使って定義された内部エネルギーの二つが出てきた。この二つは状況が違うが、どちらも「どれだけの仕事ができるか」という量になっている。状況の違いは一言で言えば「熱の関与」だから、この二つの差を考えていくことで「熱」の意味がわかってくる。
では、次回はもう少し断熱操作を考えた後で、二つの操作を使っていこう。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。