断熱操作は、仕事という形の「目に見える」エネルギー移動だけが起こっている状況での操作というのがその定義であった。前回、
のような図を描いて説明した。断熱操作で出発点と到着点をそろえる(つまり、最初と最後で温度が同じ温度になるようにする)場合を図で表現すると以下のようになる。
断熱操作で同じ変化を起こす場合、その間に系のする仕事の総量は変化のさせ方によらず、同じ($W_{\rm ad}$)である。
温度を変える場合の$U(T;X)$の変化を考える。断熱操作では「熱」は関与しないので、温度が上がるということは外部から仕事の形でエネルギーが入ってきた、ということ。温度変化を$T\to T+\Delta T$とすれば、
$$U(T;X)\to U(T+\Delta T;X)$$というエネルギーの変化が起こる。エネルギーの変化量は
$$U(T+\Delta T;X)-U(T;X)= {U(T+\Delta T;X)-U(T;X)\over \Delta T}\Delta T\simeq \left({\partial U(T;X)\over \partial T}\right)_X\Delta T$$と書くことができる。よって、「$X$などの示量変数を変化させずに温度を単位温度(1ケルビン)だけ上げるために必要なエネルギー」を定積熱容量と呼ぶことにすると、その量は
$$C_V = \left({\partial U(T;X)\over \partial T}\right)_X$$である。理想気体の場合、$C_V=cNR$($R$は気体定数。$c$は単原子分子気体では${3\over2}$、二原子分子気体では${5\over2}$)となることが実験的に確かめられている。
歴史的には、「熱」と「エネルギー」は別々の量だと考えられていたが、「ジュール熱」に名を残すジュールたちが「仕事をされること(別の言い方をすれば力学的エネルギーが外部から投入されること)」が「温度上昇」を起こすという現象(ジュール熱が出るのもまさにこの現象だ)を詳しくしらべ、熱がエネルギーの移動そのものにほかならないことに気づいて今日の熱力学の基礎ができあがる(ジュールは新婚旅行に温度計を持って行って滝の上と下で$mgh$の分水温が上がることを確かめようとしたという)。
また、エネルギー保存則は熱の移動を含めて考えないと一般的に成立しないから、これがわかって初めて「ああエネルギーは保存量だ」と考えることができるようになったということになる。
大学での勉強の手順では、まず力学で「運動の法則からエネルギー保存則を導く(ただしこのときに力は保存力に限るなどの限定条件が必要)」をした後で熱力学に入るので、エネルギー保存則は「証明できるもの」というイメージを持ってしまうが、実際に人類がそれを認めるには、「熱」という量をちゃんと把握する必要があったわけである(だから熱力学におけるエネルギー保存則は、何かから導くものではなく、要請になっている)。
理想気体で実験的に確かめられていることは、「$U$が$V$によらない」ということである。具体的には、Gay-Lussacの実験により、気体を真空に向けて膨張させた時は気体の温度が(近似的に)変わらないことがわかっている(もちろん現実の気体は理想気体でない分だけ温度は変化する)。
さて、理想気体の内部エネルギーについて
がわかったから、これから$U$がどんな関数かはわかる。
$$U=cNRT + Nu$$となる。$Nu$の部分は「$T$で微分すると消える部分(いわば$\left({\partial U(T;X)\over \partial T}\right)_X=cNR$を積分したときの積分定数)」である($V$の変数でもない)。$U$が示量変数だから、$N$に比例することがわかる($N^2$とか${1\over N}$に比例する項はない)。$\mu$の意味はずっと後でやる。
理想気体を断熱操作した場合、$U$が$V$によらないから$U$の変化は${\partial U\over \partial T}\mathrm dT$になり、そのときする仕事$P\mathrm dV$は(状態方程式を使って${NRT\over V}\mathrm dV$となる。よって、
$$cNR \mathrm dT = - {NRT\over V}\mathrm dV$$という微分方程式を解いて、
$$ c \log T = - \log V+A$$($A$は積分定数)より、$ T^c V=$(一定)という答が出る。
さて、「熱」という言葉の定義を先延ばしにしてきたが、ここまで何度も予告しておいたように「等温操作(環境と熱のやりとりをしながらの変化)」と「断熱操作(周りと仕事以外のエネルギーのやりとりのない変化)」を比較することで「熱」を定義したい。
そのために、比較すべき「操作」を用意しよう。
まず等温準静的な操作を用意しよう。以下のような二つの操作を考える。
さて、ここで等温準静的操作の方を見て、エネルギーの収支を考える。気体のエネルギーは$U(T;X)\to U(T;X')$と変化したから、$U(T;X)-U(T;X')$というエネルギーが外部に仕事として放出されることになりそうである。この時される仕事は$W_{\rm max}$だが、実はこれは$U(T;X)-U(T;X')=W_{\rm ad}$より大きい(膨張する場合で考えている)。
エネルギーと仕事の勘定が合わない理由は、(これも何度も繰り返し指摘してきたが)、等温操作では環境とのエネルギーのやりとり(「熱の移動」)を禁じてないから、外部からエネルギーが入り込むからである。$W_{\rm max}$という最大仕事が実現するときの「入ってくるエネルギー」を$Q_{\rm max}$と書いて最大吸熱量と呼ぶことにしよう。つまり、
$$\underbrace{U(T;X)-U(T;X')}_{W_{\rm ad}}+Q_{\rm max}=W_{\rm max}$$という式が成り立つようにする(最大でない時も、同様に熱を定義する)。なお、$W_{\rm max}$の方は$F(T;X)$の引き算で定義できているから、$Q$は$U$と$F$が全部分かればわかる、とも言える。
最大仕事が実現しないときというのは、のようになってピストンの動きに気体がついていかず真空(に近い)状態ができるときであった。そのとき、シリンダ内の気体の温度は(準静的な場合に比べ)下がるのが遅い。ということは(温度差が少ない分)熱の流れ込みを少なくなるだろう、と考えると吸熱量が最大にならないことに納得できる。
なお、最大級熱量も相加的で示量的である(これも仕事を元にして定義しているから)。
今日はカルノーサイクルについてはここのプログラムを見せてどんなサイクルであるかを説明しただけ。
ちょっとだけ先走りしておくと、カルノーサイクルは等温過程で熱を$Q_{\rm in}$だけ吸い込み、$Q_{\rm out}$だけ排出する。全体でエネルギーが保存するから、サイクルのする仕事$W$は$W=Q_{\rm in}-Q_{\rm out}$となる。
このサイクルに無駄なく仕事をさせたいと思ったら、$Q_{\rm out}$を小さくすればいい、と思われる。ところがカルノーが見つけた定理によれば、${Q_{\rm out}\over Q_{\rm out}}$は温度だけで決まる係数で決まってしまう。
つまりカルノーの定理はサイクルに仕事をさせるときの効率に温度に関係する重要な制約を課すことになる。
温度計→(低温)(高温)
●の温度: ●の温度: カルノーサイクルの効率=
吸熱量Qin= 放熱量Qout= 仕事量W=
物質量Nと気体定数Rは1にして計算してある。
四つの「角」のうち二つ(図の赤と青の●)はドラッグして動かせるので、サイクルの行程を変化させていろいろ試してみて欲しい。
ただし、温度は4から49の範囲までしか変化しない。
カルノーサイクルとは、上にもある「等温過程→熱浴を取り去る→断熱過程→熱浴で取り囲む→等温過程→熱浴を取り去る→断熱過程→熱浴で取り囲む→」という過程の繰り返しである。サイクルという名前の通り、一周して元の状態に戻るようになっている。
等温過程では周囲を熱浴(温度一定の物体)に囲まれているために温度が変化しない(現実的にこういう運動を行わせると多少は変化するだろうが、ここでは過程が準制的に行われたということにして、温度変化が全く起こらないとする)。
一番上のグラフは横軸V(体積)、縦軸P(圧力)のグラフである。黄色の薄い線は等温線(PV=一定の線)、緑色の薄い線は断熱線(PVγ=一定の線)である。
温度変化は、図の一番下にもあるように温度を表現する(サイクルの中の最低温度が水色、最高温度が柿色で表現され、段階的に変化するようになっている)。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。