エントロピー導出の流れをもう一度

カルノーサイクルは等温操作と断熱操作を組み合わせているが、その等温線と断熱線を、$V$-$P$グラフ上に表現したものを見てみよう。

等温線と断熱線が「ゆがんだ碁盤(将棋盤でもチェス盤でもいいが)の線のようになっている。

ということに気づいて欲しい。どちらの線も曲線で、しかもよく似ているのだから少々見た目がわかりにくい。そこで縦軸を温度にして、かつ横軸をまだ決めてないある量(エントロピー$S$)にして、経路の図が長方形になるようにできるのでは?---つまり、

のようなグラフを作りたい!!という「野望」を抱こう。

 そのためには$S$はある平衡状態が与えられれば計算できるようにしたいから、「状態量」の組み合わせで作る必要がある。これまで出てきた状態量は、$P,V,T$の他に、

ヘルムホルツ自由エネルギー$F$:等温準静操作による仕事(最大仕事)により、$F_2-F_1=-W_{{\rm max:}1\to2}$のように定義。

と、

内部エネルギー$U$:断熱操作による仕事により、$U_2-U_1=-W_{1\to2}$のように定義。

の二つがあった。

 $U$と$F$の定義を今の場合に適用すると

 

等温操作で成り立つ式

  • 状態1→状態2で成り立つ式:$F_2-F_1=-W_{{\rm max:}1\to2}$
  • 状態3→状態4で成り立つ式:$F_4-F_3=-W_{{\rm max:}3\to4}$

と、

断熱操作で成り立つ式

  • 状態1→状態2で成り立つ式:$U_2-U_1=-W_{1\to2}$(←注意:今考えているサイクルとは別の仮想的操作)
  • 状態2→状態3で成り立つ式:$U_3-U_2=-W_{2\to3}$
  • 状態3→状態4で成り立つ式:$U_4-U_3=-W_{3\to4}$(←注意:今考えているサイクルとは別の仮想的操作)
  • 状態4→状態1で成り立つ式:$U_1-U_4=-W_{4\to1}$

が言える。1→2と3→4は等温操作であるが、出発点と到着点が同じになるような断熱操作(あるいは、その逆の操作)は必ず存在していて、その時の仕事で内部エネルギー$U$の差が定義されているので、上のような式を作ることができることに注意。

 もちろん、このときの仕事$W_{{\rm max:}1\to2}$と$W_{1\to2}$は違う(その違いが外部から入ってきた熱になる)ので注意(←実は黒板で最初うっかりと同じになる式を作って計算してしまったが、指摘してもらって気づいた)。もちろんこんな間違いをやってはだめ。

 そして、等温準静的操作での仕事と、同じ出発点・到着点が同じ断熱操作での仕事での差から系の吸収する熱量が定義できているから、

$Q_{\rm in}=U_2-U_1-(F_2-F_1)$(内部エネルギーの増加とヘルムホルツ自由の増加との差が吸熱量)

$Q_{\rm out}=U_3-U_4-(F_3-F_4)$(←こちらは「放出する熱量」なので引き算が逆)

がいえて、かつカルノーの定理${Q_{\rm out}\over Q_{\rm in}}={T'\over T}$または${Q_{\rm out}\over T'}={Q_{\rm in}\over T}$より、

$\displaystyle {U_3-U_4-(F_3-F_4)\over T'}={U_2-U_1-(F_2-F_1)\over T}$

となる。

 今から定義する新しい状態量$S$は、断熱準静的操作では変化しないように(つまりカルノーサイクルの$2\to 3$と$4\to1$で変化しないように)しなくてはいけないから、

  1. 状態2と状態3で変化しない。$S_2=S_3$
  2. 状態4と状態1で変化しない。$S_1=S_4$

という二つの条件を満たすことが必要となる。この式を辺々引くと

$S_2-S_1=S_3-S_4$

となるが、まずこの式が以下ですぐに示せる。

$\displaystyle {U_3-U_4-(F_3-F_4)\over T'}={U_2-U_1-(F_2-F_1)\over T}$という式をじっくり見ると、$S={U-F\over T}$という量を作ると、この式は

$\displaystyle \underbrace{U_3-F_3\over T'}_{S_3}-\underbrace{U_4-F_4\over T'}_{S_4}=\underbrace{U_2-F_2\over T}_{S_2}-\underbrace{U_1-F_1\over T'}_{S_1}$

となって$S_3-S_4=S_2-S_1$となる。満たして欲しい条件は$S_2=S_3,S_1=S_4$だから、この二つの式の引き算については証明できた。

さて問題は$S_2=S_3$になるかどうかだが、その式は

$\displaystyle {U_2-F_2\over T}={U_3-F_3\over T'}$

である。ここで$F$の定義が、

ヘルムホルツ自由エネルギー$F$:等温準静操作による仕事(最大仕事)により、$F_2-F_1=-W_{{\rm max:}1\to2}$のように定義。

だったことを思い出す。この定義は、等温操作による変化である$1\to2$と$3\to4$においてどのように$F$が変化したかは定義されている(つまり$F_2-F_1$と$F_4-F_3$は決っている。しかし$F_2$と$F_3$の関係については何も言ってない(決めてない)。

 別の言い方をすれば、$F$は一本の「等温線」の上では値が(正確には、等温線に沿って動くときにどう値が変化するか)は決っているが、違う等温線ではどう変化するか(たとえば、断熱線に沿って動いたときにはどう変化するのか??)は「まだ」決めていない。

「じゃあいつ決めるの?---今でしょ!ということでここで、$S_2=S_3$になるように決める。

 $S_3-S_4=S_2-S_1$はすでに示したから、$S_2=S_3$ならば$S_4=S_1$も決まる。


 このようにして決めた新しい状態量が$S$すなわちエントロピーである。

エントロピーの性質

エントロピーの性質

 エントロピーが示量変数で相加性を持つことは、$U,F$および$U,F$の定義に使った仕事という量が示量的で相加的であることを考えるとすぐに納得できる。また、断熱準静的操作で変化しないということも、ここで説明した作り方からすれば納得がいく。

 次に大事な性質として、教科書の結果6.3(教科書では一般的に$X$となっている示量変数を、体積$V$だけにして書いた)である、

任意の$T$<$T'$と任意の体積$V$について、
$S(T;V)$<$S(T';V)$
が成り立つ。また、(それぞれの変数が微分可能なら)
$\displaystyle {\partial U(T;V)\over \partial T}=T{\partial S(T;V)\over \partial T}$
が成り立つ。

がある。

 これを証明するために、次の図のような二つの操作を考える。

 ここで、操作1の4→1は、外界の温度(常に$T$)に接触した系(その前の段階で温度は$T'$になっていた)の温度が$T$に一致するまで待つ、という操作である(外界は常に温度$T$であることに注意)。

 操作2の1→4も同様で、この場合は外界の温度が常に$T'$で、系の温度がそれに一致していく。

 上の操作1(1→2→4→1)の一周において系のする仕事は、

$W_{\rm cyc}=\overbrace{F(T;V_1)-F(T;V_2)}^{1\to2での仕事}+\overbrace{U(T;V_2)-U(T';V_1)}^{2\to4での仕事}$

と書けるが、いまや$F=U-TS$となったことを使うと、

$W_{\rm cyc}=\overbrace{U(T;V_1)-U(T;V_2)-T(S(T;V_1)-S(T;V_2))}^{F(T;V_1)-F(T;V_2)}+U(T;V_2)-U(T';V_1)$

となり、ここで$-U(T;V_2)+U(T;V_2)$を消して、さらに$S(T;V_2)=S(T';V_1)$を使うと、

$W_{\rm cyc}=U(T;V_1)-T(S(T;V_1)-S(T';V_1))-U(T';V_1)$

となる。体積$=V_1$という、1つの体積について式が出せたことに注意。

 ここで、環境(外界)の温度は常に$T$だったことを考えると、ケルビンの原理により、$W_{\rm cyc}\leq 0$だから、

$U(T;V_1)-U(T';V_1)-T(S(T;V_1)-S(T';V_1))\leq 0$

よって、

$T(S(T';V_1)-S(T;V_1))\leq U(T';V_1)-U(T;V_1)$

となる。同様に操作2(4→3→1→4)を考えると、

$W_{\rm cyc}=\overbrace{F(T';V_1)-F(T';V_3)}^{4\to3での仕事}+\overbrace{U(T;V_1)-U(T';V_3)}^{3\to1での仕事}$

から、

$W_{\rm cyc}=U(T';V_1)-T'(S(T';V_1)-S(T;V_1))-U(T;V_1)$

となって、これが$\leq0$であることから、

$U(T';V_1)-U(T;V_1)\leq T'(S(T';V_1)-S(T;V_1))$

が言える。

 この二つをまとめて考えて、

$T(S(T';V_1)-S(T;V_1))\leq U(T';V_1)-U(T;V_1)\leq T'(S(T';V_1)-S(T;V_1))$

$T'\to T$になる極限(つまり、$T'-T=\Delta T\to0$となる極限)を考えると左辺も右辺も$T{\partial S(T;V)\over\partial T}\Delta T$へと接近する(中辺は${\partial U\over\partial T}\Delta T$になる)ので、

${\partial U\over \partial T}=T{\partial S\over \partial T}$

が言える。

 このこと(つまり、内部エネルギーの$T$微分とエントロピーの$T$微分が、比例定数$T$で比例すること)からエントロピー$S$が温度の増加関数であることがわかる。

 次でエントロピーの物理的意味について詳しく話すが、「示量変数(体積など)を固定して断熱操作を行うと必ず温度があがる」という定理(プランクの定理)思い出すと、この式からも「エントロピーを大きくするのは可能だが、小さくはできない(しかも、外部から頑張って仕事をしてもやっぱり小さくできない)」ということ(エントロピー増大の法則)が見えてくる。
エントロピー導出の流れをもう一度 受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

エントロピーの性質が色々でてきて、よく耳にするエントロピー増大の法則が少しみえてきて進んできている感じが楽しい。
ほんとはもう少し進む予定だったんですが、今日はちょっともたもたしてしまった。

今日は先生がまよいながらだったから、ついていきずらかった。講義録が楽しみです。
すいません、何度か間違えて、スムーズに話できなかったですね。

T-Vグラフを四角形にしたいがために、エントロピー$S$を定義しようとする発想がおもしろいと思いました(他にも理由はあると思いますが)。授業がはやかったので、よく復習しようと思います。
「断熱変化では変化しない」という状態量を作ろう、という発想だったのですが、できあがったものはそれだけではなく、「減らない状態量」だった、ちおうのが今週と来週のお話です。

新たなエントロピーについて、イメージはできたけど、まだ理解としてはふわふわしているので、定着させていきたい。
もう少し進むと、まとめて俯瞰する感じで理解できてくると思います。

エントロピーの説明がいろいろまざってしまって難しかった。
う〜ん、いろいろ定義がありますが、ここでの話では「まずFとUを決めて、それを使って作る」という流れです。

エントロピーを定義するに至り、今までの熱力学の知識を総組み合わせであった。さいごに作った${\patial U\over\partial T}=T{\partial S\over\partial T}$の式に至る流れも、丁寧に整理し直して理解したい。
いろんな流れ、一度は自分で計算してみてくださいね。

今日は「弘法も筆の誤り」「猿も木から落ちる」の実例を見れたので、楽しかったです(笑)。
いや本当にごめん。

話についていくので精一杯でした。理解はできたけど、納得はしてません。もう一度じっくり考えてみます。
じっくりと式をいじくりながら考えてみてください。

いくつかの方法からエントロピー$S$を見て、どういう量か少しわかったとかんじたけど、本質的なものはまだだと考えているので、エントロピーの本質をしっかりつかみたい。
まだまだ話は続きます。

「エントロピーは減らないもの」と聞いたが、エントロピーが増える事って不都合な事なのでしょうか?
エントロピーが増える、ということは「仕事として使えるエネルギーが減る」ということと、実は同じなのです。

今日は計算が多かった気がする。6章の勉強をして、「流れ」「つながり」をはっきりと理解したい。
ちょっと計算長かったかな。でもその「流れ」が重要。

定理などの名前が覚えられません。
まぁ、名前は知らなくても中身がわかってればいいですよ。

今日は授業のスピードが速かったので、ついていくのがやっとでした。
う〜ん、実は前回の話の繰り返しが長かったんだけど。

計算がメインの書いでした。できたら復習したいと思います。
いや復習は「できたら」じゃなく常にやりましょう。

噂のエントロピーが出てきました。復習したいと思います。
エントロピーが理解できれば、熱力学もだいたいわかったと言っていいでしょう。

教科書と向き合ってエントロピーの意味をとらえたい。
教科書は授業以上の情報がたくさん詰まっているので、じっくり読んでみましょう。

ミスが多かったようですが、予習ノートなるものは持たないのでしょうか? 話が前後したりで理解に苦しみました。復習がんばります。
いつもは作って頭に入れてくるんですが、今回は入れたつもりの分が入りきってませんでした。すみません。

とうとう本格的にエントロピーに入ってきましたね。だんだん「熱力学の山」に登っているということなのか? 今まで以上に復習が必要だと思いました。
これまでの道のりを振り返って整理してみましょう。

$S$というのは内部エネルギー$U$とヘルムホルツの自由エネルギー$F$で作った便利道具だと思っていた(前回まで)。今回そうではないことを知って、面白かった。
「便利道具」と言えば「便利道具」です(^_^;)。物理的意味は、とっても深い。

エントロピーSの定義について学んだ。
どのように定義されているか、そしてそれがどんな意味を持つのか、というのが大事です。

本と熱力学のHPを見て整理します。
いろいろ見てみてください。

いろんな関係が混在していて少し理解がたいへんだったので、エントロピーを導入した人はかなり式をいじったんだろうなと思いました。
いろいろいじくって考えたんでしょうね。

エントロピーSが出てきて頭がごちゃごちゃしてきたので、復習にはげもうと思う。
自分の手でもう一度計算をやってみましょう。

エントロピーについて詳しく学習できた。計算や何をしているかがややこしくなってきたので、自分でもう一度復習していきたい。
じっくりと復習お願いします。

エントロピーについて学んだ。あまり理解することができなかった。教科書を見なおして復習する。
じっくり計算しながら理解してみてください。

計算が多かったので、もう一度繰り返して理解したいです。
計算は自分でもやってみましょう。

$\left({\partial U(T,V)\over\partial T}\right)_V=T\left({\partial S(T,V)\over \partial T}\right)_V$について証明した。
証明の中身、そして何を手がかりに証明したか、を理解しておいてください。

今回の講義は後でしっかり復習します。ところで前野先生はカラオケでどんなアニソンを歌いますか?
そもそもカラオケに行きません(^_^;)。

エントロピー$S$を定義する流れを学んだが、まだ自分の中で整理がついていないので、復習の際にもう少しゆっくり考えたい。
定義についてはこれで二回やりましたので、じっくり整理してみてください。

式や考えが多く出てきたので、しっかりと整理したい。
整理して、まとめておきましょう。

定積熱容量を言葉での説明はどのようなものですか。エントロピーの温度依存性が、言葉で説明するとどうなりますか。
定積熱容量:体積を変えずに温度を上げるのに必要な熱。エントロピーは温度が増加すると増える(その割合をTで割るとエネルギーの増加割合になる)。とこう書いても、式で書くのと中身は一緒ですが。

今日は式の間違いが多くて、途中から間違い探しをしているようだった。
すみません。間違いが見つけられるというのはちゃんと見ている証拠ではあります。

エントロピーSを定義する時の説明は、前回の説明よりわかりやすかった。Fの「等温でないとき」のところがまだちょっと理解できていない。
Fを最初に定義したとき「等温の場合」しか考えてなかったというところから、もう一度考えてみてください。

式展開はスムーズにわかったが、そこから導かれたことは簡単にはわからなかった。
う〜ん、何がどう導かれるかは、これからもやりますが、そこは大事なところです。

エントロピーSを再確認できた。
何度も何度も再確認しておきましょう。

授業中気を失っててすみませんでした。
あらら。

今日の内容はわかりにくいところだったので、自分でしっかり考えていきたい。
何事も「自分でやってみる」というのが理解の近道です。

エントロピーの性質