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3.2 電磁誘導の疑問

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第1章で概要だけ述べた、電磁誘導に関する疑問について、ここでくわしく考えておこう。図のように、二つの現象を考える。左の図では、コイルが磁石に近づき、右の図では、磁石がコイルに近づく。二つの現象は、見る立場を変えれば同じ現象であり、結果として「コイルに時計まわりの電流が流れる」という点でも同じである。しかし、その記述は同じではない。

右図の場合であれば、それはコイル内の磁束密度が時間変化するということからくると解釈される。すなわちMaxwell方程式の{\rm rot} \vec E = -{\partial \vec B\over \partial t} にしたがって、磁束密度が変化している場所には電場の渦が発生していて、その電場によってコイル中の電子が力を受け、電流となる。よく知られているように、この時に発生する電位差は、ファラデーの電磁誘導の法則V=-{d\Phi\over dt}によって求められる。ここで\Phiは回路内をつらぬく磁束であり、Vの符号は\Phiに対して右ネジの向きに電流を流そうとする時にプラスと定義される*1

この時に起こっていることはあくまで「磁束密度の変化→電場の発生」という現象である。

では左図はどう解釈されるか。この場合は各点各点の磁束密度は変化していないので、電場などは発生していない。{\rm rot}\vec E=-{\partial\vec B\over \partial t}の右辺はまじめに書くと-{\partial\over \partial t}\vec B(x,y,z,t)であり、ある一点(x,y,z)にある磁束密度の時刻tでの値の時間微分\times(-1)である。コイルの方が動く時、これは0である。「コイルを通る磁束は時間的に変化しているのではないか」と疑問に思う人がいるかもしれない。確かに変化しているが、この式の\vec Bは「ある点(x,y,z)の時刻tでの磁束密度」という意味なのであって、「コイルを通る磁束の磁束密度」という意味はないのである。

rotE.png

ではコイルが動く場合にも電流が発生するのはなぜか。磁場中を電荷qが速度\vec vで運動すると磁場とも運動方向とも垂直な方向にローレンツ力q\vec v\times \vec Bを受ける。この力は電子がコイルをぐるぐるとまわすような方向に働くので、電流が流れる。つまりこの場合、電場などは発生していないが、磁場によって電子が力を受けることによって、電位差が発生したのと同じ効果があらわれて電流が流れていることになる。

磁場が運動方向とまっすぐな方向を向いていたら、ローレンツ力は出てこないんじゃないですか?

あ、それいい質問です。その通りで、その場合にはローレンツ力が出ないので、電流流れません。

じゃあ立場によって電流流れなくなるんじゃ?

ところがですね。磁場が運動方向と同じということは、コイルを通る磁束も時間変化しないんです。だから、どっちの立場でも電流は流れない。電磁気学ってうまくできてますよ。

dPhidt.png

この考え方で、電子に働く力を計算し、電子が回路を一周する間にこの力がする仕事を計算してみよう。

磁場\vec Bは真上を向いていないので、上向き成分と外向き成分に分解して考える。電子に働く力に貢献するのはの方であるから、を使って仕事を計算する。この時電子に働くローレンツ力の大きさはであって、一周することによってという仕事をされる。これから計算される起電力はとなる。

一方、コイルが動いたことによってコイル内から単位時間に出る磁束も、に、円筒の側面積2\pi r vをかければよい。よって起電力はである。二つの計算法による起電力はちゃんと一致する。

このように、マックスウェル方程式を使った計算では、どちらの立場にたっても同じ答が出てくる。つまり、マックスウェル方程式は、「コイルが動き磁石が静止する立場」でも「磁石が動きコイルが静止する立場」でも正しく物理現象を記述する。つまり「相対的」なのである。

これはたまたまうまく行っているなのか、それとも必然的にそうなっているのか?

もちろん、「たまたま」などではなくこうなることには意味がある、というのが相対論の立場である。それはつまり「マックスウェル方程式はどの慣性系でも正しい物理法則である」ということに他ならない。今ではその立場が広く認められているわけだが、相対論ができあがる前には「マックスウェル方程式ではない方程式が必要だ」という考え方もされた。そう考えられた理由はもちろん、(直観的に正しいと感じられる)ガリレイ変換を尊重したからである。

次の節でその方程式について説明しよう。

3.3 マックスウェル方程式をガリレイ変換すると?


【注意!】この節の話は現代物理からすると「間違った考え方」です。最終的には「ガリレイ変換は使えない」ということが明らかになるからです。そのことを説明するためにここであえて現代の視点からみると間違っていた考え方を説明しています。


電磁波の発見者としても名高いヘルツ(Hertz)は、動いている人から見たらマックスウェル方程式はどのように変化するのか、ということを考えて、マックスウェル方程式をガリレイ変換した方程式を導いている。

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3次元のガリレイ変換を

x^{\prime i}= x^i -v^i t または x^i = x^{\prime i}+ v^i t', ~~~~ t'=t

と置く。そして、この(x',t')座標系では普通のマックスウェル方程式が成立するとしよう。では(x,t)座標系ではどんな方程式が成立するだろう?

これは座標変換(x^i,t)\to (x^{\prime i},t')であるが、この時微分{\partial\over \partial x^i},{\partial \over \partial t}はどのように変化しなくてはいけないかを考えてみる。一般的な微分の公式から

\begin{array}{rl} {\partial \over \partial x^{\prime i} }=& {\partial x^{1}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{1}}+{\partial x^{2}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{2}}+{\partial x^{3}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{3}}+{\partial t\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial t}\\=& {\partial x^{j}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{j}}+{\partial t\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial t}={\partial \over \partial x^{i}}\end{array}
\begin{array}{rl} {\partial \over \partial t'}=&{\partial t\over \partial t'}{\partial \over \partial t}+{\partial x^{1}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{1}}+{\partial x^{2}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{2}}+{\partial x^{3}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{3}}\\=&{\partial t\over \partial t'}{\partial \over \partial t}+{\partial x^{j}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{j}}={\partial \over \partial t} + v^i {\partial \over \partial x^{i}}\end{array}

がわかる(アインシュタインの規約をつかって簡略化して書いた)。

つまり、xによる微分とx'による微分は同じもので、tによる微分とt'による微分が変化する。座標はxが変化してtは変化していないのだから、奇妙に思えるかもしれない。しかし{\partial \over \partial t}\neq {\partial \over \partial t'}であることは、{\partial\over \partial t}が「xを一定としてtで微分」であり、{\partial\over \partial t'}が「x'を一定としてt'で微分」であることを考えれば、納得がいくだろう。上図からわかるように、「x一定としてtが変化する」場合と「x'一定としてt'が変化」する場合では移動方向が違うのである。

逆に、{\partial\over \partial x}が「tを一定としてxで微分」であり、{\partial\over \partial x'}が「t'を一定としてx'で微分」であることを考えれば、この二つは同じものであることも納得できる。

では方程式を作っていく。ここで、電場や磁場の値は運動しながら見ても変化しない(どちらの座標系でも同じ値を取る)と仮定する。空間微分は変化しないから、\div \vec B=0\div \vec E=0はx'系でもx系でも同じ式である。時間微分を含む方程式である{\rm rot} \vec E =-{\partial \vec B\over \partial t}などを考えていこう。

(x',t')座標系を「マックスウェル方程式が成立する座標系」と考えたので、たとえばz成分の式として、

{ \partial E_y \over \partial x'} - {\partial E_x\over \partial y'} = -{\partial B_z \over \partial t'}

が成立している。これをガリレイ変換すれば、

\begin{array}{rl}{ \partial E_y \over \partial x} - {\partial E_x\over \partial y} &= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}- v_z {\partial B_z \over \partial z}\\&= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}+ v_z {\partial B_x \over \partial x}+ v_z {\partial B_y \over \partial y}\\&= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}+ v_z {\partial B_x \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}+ v_z {\partial B_y \over \partial y}\\\end{array}

ここで、1行めから2行目では{\partial B_z \over \partial z}= -{\partial B_x \over \partial x} -{\partial B_y \over \partial y}{\rm div}\vec B=0)を使った。

\vec v\times \vec Bというベクトルを考えると、これのy成分が$ v_z B_x- v_x B_z xv_y B_z - v_z B_y$である。ゆえに上の式は

{ \partial E_y \over \partial x} - {\partial E_x\over \partial y} =  -{\partial B_z \over \partial t} +{\partial \over \partial x}(\vec v\times \vec B)_y-{\partial \over \partial y}(\vec v\times \vec B)_x

となる。 x,y成分に関しても同様の計算をすれば、この3つの式が

{\rm rot} \vec E = -{\partial \over \partial t}\vec B + {\rm rot}(\vec v\times \vec B)
(ヘルツの方程式その1)

とまとめることができることがわかる。ここで、計算の途中で\vec vと微分の位置を取り替えていることに注意。これは\vec vが定数で、微分したら零だからできることである。\vec Bと微分との順番は安易に取り替えてはならない。


この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
ベクトル解析を使って計算するならば、

\begin{array}{rl} \vec\nabla\times \vec E&=-{\partial \over \partial t}\vec B - \vec v\cdot\vec\nabla \vec B \\&=-{\partial \over \partial t}\vec B - \vec v\cdot\vec\nabla \vec B +(\underbrace{\vec\nabla\cdot\vec B}_{=0})\vec v\\ \end{array}

と、0になる項を付け加えた後で、公式

\vec P \times(\vec Q\times \vec R)= \vec Q(\vec P\cdot\vec R)-(\vec P\cdot \vec Q)\vec R

を使えばすぐに(ヘルツの方程式その1)を出すことができる。ただし今の場合は\vec P=\vec\nabla,\vec Q=\vec v,\vec R=\vec Bであるが、\vec\nablaによって微分されるのは\vec Bだけだという点に注意しよう。

同じ計算をテンソルを使ってやることもできる。ただし、そのためには外積をテンソルで書くと、外積\vec A=\vec B\times\vec CA_i=\epsilon_{ijk}B_jC_kとなることを知っていなくてはいけない。

ここで\epsilon_{ijk}はi,j,kについて完全反対称(\epsilon_{ijk}=-\epsilon_{jik}=-\epsilon_{ikj}=-\epsilon_{kji})で、かつ\epsilon_{123}=1であるようなテンソルである。つまり、\epsilon_{123}=\epsilon_{231}=\epsilon_{312}=1(添え字が123の偶置換)で、\epsilon_{213}=\epsilon_{132}=\epsilon_{321}=-1(添え字が123の奇置換)であり、それ以外は0である。こうして書くと、A_1=\epsilon_{1jk}B_jC_k=\epsilon_{123}B_2C_3+\epsilon_{132}B_3C_2=B_2C_3-B_3C_2となる。これはすなわち\vec B\times\vec Cのx成分である。

この記号を使うと、

\begin{array}{rll}  \epsilon_{ijk}{\partial\over \partial x^j}E_k&=-{\partial\over \partial t}B_i -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i\\&=-{\partial\over \partial t}B_i -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j\\\end{array}

のように書くことができる。{\rm div}\vec B={\partial\over \partial x^j}B_j=0であることを使って最後に0を足している。この最後の2項は、添え字を適当につけかえることで、

\begin{array}{rl} -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j=\left(\delta_{km}\delta_{il}-\delta_{kl}\delta_{im}\right){\partial\over \partial x^k}v_l B_m\end{array}

のように書ける(右辺から左辺への変形は容易なので、確認すればよい)。

ここで、\epsilon_{ijk}\epsilon_{ilm}=\delta_{jl}\delta_{km}-\delta_{jm}\delta_{kl}という公式を使う。この式の意味することは、「\epsilon_{ijk}\epsilon_{ilm}は、j=lでk=mの時は1になり、j=mでk=lの時は-1になる(ただし、j=k=l=mの時は0)」ということである(これは式の意味を考えると納得できる)。 これによって、

\begin{array}{rl} -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j=\epsilon_{pki}\epsilon_{pml}{\partial\over \partial x^k}v_l B_m=\epsilon_{ikp}{\partial\over \partial x^k}\left(\epsilon_{plm}v_l B_m\right)\end{array}

という式が作れる。これは\vec\nabla\times(\vec v\times \vec B)のi成分である。

{\rm rot} \vec H = {\partial \vec D\over \partial t}+\vec jの方は、

\begin{array}{rl} {\rm rot}  \vec H &= {\partial \vec D \over \partial t}-{\rm rot} (\vec v\times \vec D)+\vec j + \rho \vec v\end{array}
(ヘルツの方程式その2)

となる。この計算は(ヘルツの方程式その1)を出したのとほぼ同様である。違いは符号と、\div \vec Dが0ではなくρになるために最後の項がついてくることである。

よって、x系で成立する方程式は

\begin{array}{cc} \div {\vec B}=0 &~~~~ {\rm rot}{\vec E}=-{\partial {\vec B}\over \partial t}+{\rm rot}(\vec v\times\vec B )\\ & \\  \div {\vec D}=\rho &~~~~ {\rm rot}{\vec H}={\partial{\vec D}\over \partial t}-{\rm rot}(\vec v\times \vec D)+\vec j + \rho\vec v  \\\end{array}
(ヘルツの方程式全)

となる。これをヘルツの方程式と呼ぶ。ここで、x'座標系での電場や磁場の値は、x座標系での値と全く同じであると考えて方程式を出していることに注意せよ。実際にこうなのかどうかは、実験的に検証する必要がある。

この章の最初の疑問に対して、ヘルツの考え方はどのような答えを出すだろうか。2.1節#denjihanogimonでは、(x,t)系がマックスウェル方程式が成立する座標系で、(X,T)系がその系に対して速度cで動いているとして、座標変換をX=x-ct(この逆変換はx=X+cT)と考えた。ヘルツの方程式の導出ではx'=x-vtとして、x'系がマックスウェル方程式の成立する座標系(エーテルの静止系)であったから、対応((x,X)\leftrightarrow(x',x))を考えると、ヘルツの方程式にあらわれる\vec v\vec v = (0,0,-c)であることがわかる。2.1節ではエーテル静止系はとまっていて、観測者が速さcで右側に動いていた。逆に考えると、観測者から見てエーテル静止系が速さcで左側に動いている。一方、2.3節では、観測者に対してエーテル静止系が右に速さvで動いている、と考えればわかりやすい。

よって、(X,Y,Z,T)座標系での電磁場

\vec E=(0,E_0 \sin kZ,0),~~~~ \vec B=({E_0\over c}\sin kZ,0,0)

の満たすべき方程式は、ヘルツの式で\vec v=(0,0,-c)とした方程式である。

\vec v\times \vec Bを計算すると、

(\vec v\times \vec B)_X =0,~~ (\vec v\times \vec B)_Y = E_0 \sin kZ,~~ (\vec v\times \vec B)_Z =0

となって、\vec E\vec v\times \vec Bが等しいということになる。\vec Bは時間によらないのだから、この電磁場は(ヘルツの方程式その1)を満たしている。(ヘルツの方程式その2)も同様である。したがって、ヘルツの方程式が等しいとすれば、「止まっている電磁波」は存在することになる。

3.4 エーテル---絶対静止系の存在

etherwind.png

こうして、マックスウェルの方程式とヘルツの方程式という、二つの方程式が出てきた。どのようにしてヘルツの方程式が出てきたかを思い出そう。互いにガリレイ変換x'=x-vtで移り変わる二つの座標系を用意し、x'系ではマックスウェル方程式が成立すると考えて、x系で成立する方程式を求めた。これがヘルツの方程式である。つまり、宇宙には特別な「マックスウェル方程式が成立する座標系」x'があり、その特別な座標系に対して運動している座標系ではヘルツの方程式が成立する。そして、それぞれの座標系から見てマックスウェル方程式が成立するx'系がどう運動しているのかを示すのが\vec vである。

ここで、光同様に波である、音の場合を考えてみよう。音は「空気の静止系」では周囲に均等な速度で伝播する。しかし、「空気の静止系が速度\vec vで動いているように見える座標系」つまり「風が速度\vec vで吹いている座標系 」では、風に流される。つまり、音の伝播は「空気の静止系」とそれ以外の座標系では、違う法則にしたがうのである。それと同様に、「マックスウェル方程式が成立する特別な座標系」がどこかにあり、それ以外の座標系では\vec v\ne0のヘルツの方程式を使わねばならない。

音に対する空気のように、光に対して「エーテル」と言う媒質を考えると、「エーテルの静止系」(今の場合x'座標系)でのみマックスウェル方程式が成立するということになる。

空間はエーテルに満たされている。このエーテルの振動が光であり、エーテルの静止系ではマックスウェル方程式が成立する。音が空気の振動であるように、光はエーテルの振動だと考えたのである。そして、ヘルツの方程式にあらわれる\vec vは、エーテルの運動速度である。エーテルが動いていれば、光はエーテルの運動方向には速く、逆方向には遅く伝わる。

これがほんとうだとすると、マッハによってニュートン力学から追放されたはずの、「絶対空間」が電磁気学の世界で復活してきたことになる。と同時に我々は電磁気の問題を解く時常に「エーテルの風は吹いているのか?」と問いかけなくてはいけないことになる。エーテルの風の速さ\vec vがわからないと式がたてられないのである。とはいえ、当時考えられていたことは、この``エーテルの風''がたとえ吹いていたとしても、せいぜい地球の公転速度である秒速3キロ(光速の1万分の1)のオーダーであり、精密な実験をしない限り観測にはかからないと考えられた。

最終的にはここで考えられたようなエーテルは存在しないことが明らかになったわけだが、当時わかっていたことだけを考えても、このような物質の存在は考えがたい。周期表で有名なメンデレーエフはエーテルに原子番号「0」を与えたという。エーテルがもし存在するとしても普通の物質とは全く違う性質を持ったものであることは間違いない。まず光は横波であるから、エーテルは固体のように変形に対して元に戻ろうとする性質(弾性)を持っていなくてはいけない*2。横波というのは「進行方向に対して直角な方向への変位に対して、元に戻ろうとする復元力」が存在している時に発生する(これに対して縦波は「進行方向に平行な方向への変位に対する復元力」によって起こる)。

光が秒速30万キロという速いスピードで進むことは、エーテルが復元力の強い、非常に固い物質であることを示している。しかし、すぐ後に示すように、エーテルが満ちていると考えられる「真空」中を、物体は抵抗なく進むことができる。固いのに抵抗がないとはいったいいかなる``物質''なのであろうか?

このように考えていくと、「光も波なのだから媒質となる物体が存在しているだろう」という素朴な考え方が、むしろ非常識な結果を生むことがわかる。では実際にはこの非常識なエーテルなるものは存在するのか、それともないのか?

それを決めるのは実験である。そのための実験としてもっとも有名なのがマイケルソン・モーレーの実験の実験なのだが、これについては次章で述べるので、この章の残りの部分ではそれ以外の実験においてもヘルツの方程式を採用すべきか否かについてある程度の情報が得られることを示そう。

3.5 ヘルツの方程式の実験との比較

Rontgen.png

ヘルツの方程式が正しいかどうかを判定できる実験として、レントゲン(R\"ontgen)とアイフェンヴァルト(Eichenward)による、回転する誘電体の実験がある。図のように誘電体を半径Rの円筒形にして、軸方向に磁場をかけておいて回転させる。

エーテルがこの回転する誘電体と一緒に運動しているとすれば、ヘルツの方程式の中の\vec vには、各点各点の回転速度を代入すればよい(これで本当にいいのかは再考が必要)。磁場が一定だとしてヘルツの方程式(ヘルツの方程式その2)はこの場合、

{\rm rot} \vec H = -{\rm rot} \left(\vec v \times \vec D\right)

となるから、

\vec H = -\vec v\times \vec D

が一つの解である。この式には{\rm rot}をかけて0になる量を足すだけの自由度があるが、そんな項がついていたとしたら、\vec H=-{\rm grad} \phiで表すことができる静磁場が重ね合わされるということである。静磁場がない状況を考えているならばこの項はない。

これにより、円筒が角速度ωで回っているとするならば、表面には大きさR\omega Dの磁場が発生することになる。ところが実際に測定された磁場は{\epsilon-\epsilon_0\over \epsilon }R\omega Dであった(εは誘電体の誘電率、\epsilon_0は真空の誘電率)。ここではまだ書かないが、もちろん相対論を使った計算ではこの結果に一致する答えが出る。

Wilson.png

上で電場中で物体を回転させて磁場を作ったことの逆で、物体を磁場中で回転させて分極を作る実験がある。この現象については、アインシュタインとラウプがローレンツ変換を使って磁場中で動く磁性体の分極を計算している(1908年)。W.ウィルソンとH.A.ウィルソンが実験で確認した(1913年)。この実験結果も、素朴にヘルツの方程式を適用した計算とは合わないが、相対論的計算ならば合う。

ここでは「誘電体が回転している速度をヘルツの方程式の\vec vに代入する」という計算をやっているが、物体が動いてもその場所のエーテルは動かないのかもしれない。実は「物体が動くとその周りのエーテルは一緒に動くのか?」ということを定めるための実験は、すでに1851年にフィゾー(Fizeau)によってなされている。

fizeau.png

彼は水中の光速度が、水が流れている時にはどのように変化するかを間接的に測定した。流れる水の中を水と同じ方向に通した光と逆方向に通した光で干渉を起こさせて、流速を変化させた時の干渉縞の変化から水中での光速度を推測している*3。フィゾーの実験の結果、静止している水中の光速をuとすると、光の進む方向に水が速さvで流れているときは

u+\left(1-{1\over n^2}\right)v

という速度で光が伝播することがわかった*4。もしエーテルが完全に引き摺られるのであればこの式はu+vになっただろう。まったく引き摺られないのならばuとなっただろう。

この実験の結果から、エーテルは(もし存在するのなら)水の流速の1-{1\over n^2} 倍で引き摺られることになる。この1-{1\over n^2}をフレンネル(Fresnel)の随伴係数と言う。しかし屈折率nは通常、光の振動数によって違うので、光の振動数ごとに別々のエーテルが別々の速度で動く、ということになる。これは音にたとえれば、ドの音を伝える空気と、ソの音を伝える空気が違う速度で運動していることである。この「エーテルの引き摺り」現象はエーテルというものを実在のものと考えることを非常に困難にする実験事実であると言えるだろう。 


この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。

もう一つ、相対論登場以前の電磁気では解けなかった問題を述べよう*5。サールが1896年に提案した思考実験である。

searld.png

コンデンサーに電圧を加えると、両極板は正負に帯電し、極板は互いに引っ張り合う。極板を何かが支えておけば、もちろんこの状態で静止する。さてこのコンデンサーを極板と斜めになる方向に等速直線運動させよう。すると極板の電荷の移動は電流となり、周りに磁場が発生する。その磁場による力の向きは図のような偶力*6となり、運動方向とコンデンサーの向きが同じになるようにしようとする力になる。

この偶力を作る力は、極板間に働くクーロン力に比べて\left({v\over c}\right)^2倍(vは等速直線運動の速度)に比例する量となるので、非常に精密な実験でないと測定できない。1901年から1903年にかけて、トルートンとノーブルはこの力が測定可能な装置を作り上げて実験を行った。しかし、彼等の苦労にもかかわらず、コンデンサを回転しようとする力は全く観測されなかった。

「電磁気にも絶対静止系など存在しない」という立場に立てば、この力は観測されないのが当然である(等速運動している慣性系では、静止系と同じ物理現象が起こるはずだ!)。ではいったい、何がどうなってつりあいが保たれているのだろう??---この疑問もまた、相対論の登場によって解決されることになる*7

じゃあ、実際に実験するとその回転させようとする力は現れないんですか?

質問されたから、答を先に言っておくと、このコンデンサの極板がくっついてしまわないように支えている力が、動いている立場から見るとコンデンサを逆回転させようとする力になって、ちょうど釣り合うんです。これは力の向きというのが実は不変量じゃない、ということです。

学生の感想・コメントから

ガリレイ変換が間違っていることを証明したいのに、今のところ「そう考えるのは困難だから怪しい」で止まっている感じなのでびしっとこない感じです。

確かに、ちょっと相対論に入る前に時間かけすぎているかもしれませんが、来週あたりから相対論的なお話をどんどんできるので、もうちょっと待ってください。

ヘクトとパスカルって違う人なんですか?「人間は考える葦である」と言ったのはパスカルですよね?

それはパスカルさんです。ヘクトさんってのもいますが、別人です。ちなみに、単位の「ヘクトパスカル」の「ヘクト」は「百」という意味ですよ。キロパスカルが1000パスカルなように、ヘクトパスカルが100パスカル。ところでなぜ相対論の質問にパスカルが?

相対論はアインシュタインが一人で作り、量子論は大人数で作ったという話を聞いたことがあるが、それは間違いであることに気付いた。失敗の実験が理論を組み立てるのに役立ったであろう。

あなたの言う通り。アインシュタインは特殊相対論の完成の、最後の大きな一歩の部分を担当してますが、アインシュタインが「後一歩」を踏み出せばいい状況にまで持っていったのは、他の物理学者達です。なお、一般相対論の方はアインシュタインの貢献の割合がもっと大きく、一般相対論なら「一人で作った」と言われても大間違いではありません。

なぜ間違っているのかと考えるのもとても大切なことだと思えた。

その通り。結局人間って間違えるものなんです。だから、間違いを修正する方法も、歴史から学んでいかないといけません。

水の進む向きで光の速さが変化するとは思わなかった。

ほんとに微妙な違いなんですが、それが測定できる(それも19世紀に)というのはすごいことですね。

もしヘルツの方程式の方が正しかったら、エーテルの静止系が絶対空間になっていたのですか?

なっていたでしょうね。そうなってたらややこしいことになっていただろうな、と思います。

ガリレイ変換が正しいとしてマックスウェル方程式を書き換えるとややこしい式になったので、マックスウェル方程式の方が正しくてよかった。

アインシュタインも、マックスウェル方程式が正しい方がいい、と思って相対論作ったんだと思います。

エーテルに原子番号0がつけられたということは、粒のようなものだと思われていたんですか?

うーん、粒とは思われてなかったと思います。確かに粒じゃないのに原子番号あげるのは変ですが、当時は「エーテルも物質のうち」だったんでしょう。ちなみに、当時はまだ「原子が実在する」派と「原子は単なる計算を便利にするトリックのようなもので、実在じゃない」派が論争していた時代なので、水素や酸素すら、「粒じゃないかも」と思われていたのです。

物理の世界ではだいたいがうまくいくようにできているんだなと思いました。

物理がというより、この世界がうまくできているから、その世界を表す物理もうまくできているんでしょう。

同じ電磁誘導なのに2種類の物理現象があることがわかった。

実は電磁気の授業の時も強調しておいたんですが、覚えてません??

基礎学力が足りないせいで相対論がだんだんと難しくなってきた。

いい復習をやっているんだと思って、今のうちに基礎学力を回復させましょう。

どうやってガリレイ変換を変えていくのか気になってきた。

もう少しで授業がそこまで進みます。


*1 角運動量\vec L=\vec x\times \vec pなど、回転に対応するベクトルの向きはこのように決めるのが普通である。高校物理の参考書などで、「この式のマイナスは``磁場の変化を妨げる向き''であることを示す」などと書いてあるのがあるが、あの書き方は厳密性を欠き、よくない。
*2 地震波には横波と縦波があるが、液体中(地球の中心殻など)は横波は伝わらない。
*3 このあたりの実験のやり方は後で出てくるマイケルソン・モーレーと似ている。
*4 後で「光速度は不変である」ということを口が酸っぱくなるほど言うので、ここで光速が変化するという結果が出ていることに、後々違和感を覚えるかもしれない。しかしここで述べているのは物質が満ちている空間における光速であり、「光速度が不変である」と言っている時の光速は真空中のものである。
*5 実はこれ以外にもたくさんある!
*6 正反対で同じ大きさだが、一直線上に乗っていない二つの力をこう呼ぶ。回転を起こそうとする力になる。
*7 実際にこの謎を解いたのは次の節にあるローレンツで、この段階ではまだ相対論として完成してはいなかった。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:46