この授業の目的

 この授業「物理数学Ⅰ」は、物理などで使われる線形代数という数学を習得することです。

以下はこれからの授業へのイントロのビデオです。
以下ここまでまではビデオで話したこととだいたい同じ文章です。

 線形代数の主役は「行列」ですが、「行列」は「線形性」という性質を持っているある種の数学的操作を表現する方法です(どうやって?―という部分はこれから説明します)。そしてその行列によって変換される相手が「ベクトル」またはもっと抽象的なことばを使うと「線形空間」です。

 「線形代数」と聞くとまず「難しそう」な印象を持つかもしれない。だが「線形」は平たくいえば「1次式」もしくは「グラフで描くと直線」ということだから、むしろ「難しい」というよりは「一番簡単」ほんとの意味で「一番簡単」なのは0次式すなわち定数だろうけど、それはあまりに簡単すぎて考えるにはつまらなすぎる(trivial)。なものにつける名前だと思っていい。

 そうすると逆に「線形な問題だけやっても、簡単過ぎるから現実の役には立たないのでは?」という印象を持つかもしれない。しかし実は「線形な問題だけ」やっても、かなり役に立つのである。

 それは、実は物理で使う多くの現象が「線形な問題」を基礎にしていることの顕れである。たとえば「微分方程式を立てて、解く」作業を行うとき、我々はまず「考えている地点の近傍」でどのような現象が起きているかという「ローカルな情報」を手に入れてそれをもとに微分方程式を作る。「近傍」の「ローカルな情報」を司る式は(線形近似できるような近所の情報だけを扱うので)線形な方程式になる。そして(微分方程式の解き方がわかっている人はもう御存知のように)ローカルな情報を知ればそれをもとにグローバルな情報を見出していくことができるのである。

 具体的には、力学、電磁気学、量子力学などの基本方程式はすべて線形な方程式になっている。特に量子力学において線形代数の威力は絶大である。また、コンピューターグラフィックス、統計など、応用の分野においても線形代数は威力を発揮する場面が多い。本講義では、いろいろな応用にも触れながら説明していくので、「線形代数の威力」を感じながら進めて欲しい。

ここまで

 以下、物理など、自然科学のための数学を勉強するときに注意すべきこと(実際のところ「科学のための数学」に限らない、一般的に学問をするときの注意事項でもある)をまとめておこう。少し説教臭いだろうけど我慢してください。

  1. 目的意識を持って勉強しよう数学を勉強している理学部の1年生ぐらいの人からよく「こんなややこしい計算、嫌」という声を聞く。だが忘れないで欲しいのは「このややこしい計算が必要だから勉強するのだ」ということである。計算したい相手がまず存在し、そいつが「ややこしい計算」をやらないと太刀打ちできないような量だったり関数だったりするから、それに対抗する武器として数学が使われている。「ややこしい計算が嫌だ」と言って逃げてしまったら、対処できる敵の数が減ってしまう。自然という敵は手強いからこそ、数学という味方が必要だ。「必要だから勉強する」という気持ちを持つこと。
  2. 「覚えよう」は禁句何か計算間違いをした時など「○○を覚えてなかった」「次間違えないよう、××を覚えよう」と思う人が結構いるのだが、そこで「覚えよう」と思って覚えた人間は、多分すぐに忘れる。 たとえば「○○のチェックを忘れた」のなら「忘れていた」と反省するのではなく、「なぜ○○のチェックが必要なのか?」という理屈を自分が理解しているかどうかを考えよう。そして理解してないなら、「なぜこうしなくてはいけないか」が納得できるまで、その論理を考えなおそう。人間、理解したことはなかなか忘れないものだ。
  3. 図を描け、グラフを描け、情景を思い浮かべろ 問題を解く時にまずやるべきことは、状況を把握すること。そのためには図やグラフを描くことは大いに助けになる。それに、状況をちゃんと把握していれば、間違った解答を出してしまう可能性も減る。
  4. とにかく手を動かせ 目をつぶって考え込んだ後、「わかった!」と叫んで問題を解くことができるのは大天才だけである時々、「ここでぐっと式をにらむと物理的直感により以下のような答がひらめく」などと書いてある教科書があるが、あんなものは嘘である。大天才でない人間は手を動かせ!頭が動かない時こそ、紙と鉛筆に考えてもらうことだ。何をしていいかわからなかったらとりあえずいろいろ試してみる。そういうことをいろいろやっているうちに、正解にたどりつく方法が身についてくる。
  5. 話しあおう、教えあおう友人と数学や物理などについて語り合い、教えあおう。人に語りかけるために言葉を作る段階で「あっ、そういうことだったのか」と理解が進むことはよくある。「教える」ことは他人の為ではなく、自分の頭を整理するにも大いに役立つのである友達がいるつもりでエア友達に語りかけたってよい。それでもちゃんと効果は上がる。

 今回は、「まず最初に今からやる線形代数においてよく出てくる``行列''なるものは何なのかを俯瞰しておいて、これを勉強しようという気持ちになろう」という意図で書いている。わざわざこの章を設けた理由は、このあたりを勉強している学生さんから「なんでこんなこと考えなきゃいけないんですか?」と質問を頻繁に受けるからである。

行列とは

「行列(matrix)」とは、数を \begin{equation} \mtx[cccc]{ 4&3 &1 &5 \\ 2&-3 &0.5 &1 \\ \sqrt{5}&\pi &{1\over 4} &\E} \end{equation} のように縦横に並べて括弧をつけた量である。

 最初に勉強した時、「これ何の役に立つの?」という気分になる人が非常に多いので、以下で二つの観点から「なぜ行列なるものを使うのか」を示していこう。