前回の感想・コメントシートから
前回の授業の「感想・コメント」の欄に書かれたことと、それに対する返答は、
にありますので見ておいてください。
前回は「回転」という具体例についてですが、今回で少し抽象的な一般論をやります。
ベクトル空間
ここまで、ベクトルを「数を並べたもの」とか「矢印」とか、具体的なものとして扱ってきた。数学の利点の一つは「抽象化」である(抽象化することによって問題をより広い視点で見ることができるようになる)。
そこで、以下では「ベクトル」という言葉の意味をずっと広く取ることにする。
まず大雑把に述べておくと足し算とスカラー倍ができるようなものは全部ベクトルである。
そんなことを言ったらたいていの量はベクトルでは?と思った人へ---あなたは正しい。
ベクトル空間の条件
以下では、「ベクトル」という言葉を非常に抽象的に使うので、その意味でのベクトルはこれまでの
以下のような性質を持つ集合を「ベクトル空間」と呼ぶ。
次のような性質を持つ「加法」と呼ぶ二つの元から一つの元への写像
- 交換則 任意の元
について、 - 結合則 任意の元
について、 - 単位元 任意の元
について、 となる元(単位元と呼び「 」と書く)が存在する。 - 逆元 任意の元
について、 となる元 が存在する。
「加法」は、より精密に書くなら、ベクトル空間の要素の任意の組
次のような性質を持つ「スカラー倍」
- 可換性 任意の元
とスカラー について、 - 1倍 任意の元
について、 - 分配則(ベクトルの和について) 任意の元
とスカラー について、 - 分配則(スカラーについて)
任意の元
とスカラー について、
こちらもより精密に書くなら、ベクトル空間の要素の任意
以上が、その集合が「ベクトル空間(vector space)」(または「線形空間(linear space)」)であるための必要条件である。上の定義の中で用いた「スカラー」が実数である場合を「実ベクトル空間(real vector space)」(または「実線形空間(real linear space)」)、複素数である場合を「複素ベクトル空間(complex vector space)」(または「複素線形空間(complex linear space)」)と言う。実ベクトル空間と複素ベクトル空間はそれぞれ「実数を係数体とするベクトル空間」「複素数を係数体とするベクトル空間」のように呼ぶこともある。
「係数体」は上の定義の中で「スカラー」と呼んでいる数がどのような「体」に属しているかを示す言葉。「体」は「ここで使う数の範囲(加法と乗法がちゃんと定義されていることた条件)」を表現する言葉である。実は「実数」ではなく「有理数」に限って、「有理数を係数体とするベクトル空間」を考えることもできる(あるいは他にも体とy成り得る集合はある)が、ここでは省略する。
同じものを含んでいるが、前に考えたときの「ベクトル」は「数を
ここで書いている「加法」は「いわゆる普通の足し算」とは限らない。「いわゆる普通の足し算」ではない演算を持ってきて、それがベクトル空間になるかどうかを判断する。たとえば「この空間における加法とは二つの実数の平均を取る操作である」という定義を取ることができるが、その定義では結合法則が成り立たず、ベクトル空間ではない。数学では、なるべく一般的に物を考えようとするので、「当たり前」と思うところも前提として(ということはつまり、当たり前じゃないものも存在していると考えて)「そういう前提があれば何が言えるか」を考えていくのである。
我々はこの後しばらく「この公理が満たされるならどんな結果が導けるか」を考えていく。そうしておくことで後である空間がベクトル空間であると判明したならば、「○○の定理が使える」と即座に判断できるわけである。 これらはいずれも「何を当たり前のことを」と言いたくなるほどに「当たり前」の条件である。それは我々が普段使っている量がすでに「ベクトル空間」に属する量だからである。
の○○の全てが、考えているベクトル空間の中に存在していなくてはいけない、ということである。
いくつかの実例をみておこう。
もっともつまらないベクトル空間は
実数は通常の加法の定義においてベクトル空間をなす。単位元と逆元があることは自明として、実数と実数の線形結合は実数だからである。
「ベクトルとは矢印で表せるもの」とか「ベクトルは向きと大きさがあるもの」と習った人には、単なる実数が「ベクトル」と呼ばれることには違和感があると思うが、ここでの「ベクトル」はそういう定義なのだ。
ただし、条件の中の「スカラー」が複素数だと線形結合を取ると複素数になってしまうから、スカラーが実数でないとベクトル空間にならない。
同様に、複素数と複素数の線形結合は複素数なので、複素数もベクトル空間である(こちらはスカラーは実数でも複素数でもよいが、複素数にするのが普通である)。
もちろん、数ベクトル
普通に思いつく「ベクトル」よりも「大きな」ものも「ベクトル」の範疇に入る。たとえばある共通の定義域(
「当たり前」とは言ったが、なかには上の条件を満たさないようなものもある。たとえば「自然数」の集合を考えると、交換則と結合則は満たすが、単位元(
自然数が0を含むようにする定義もあるにはある。
ベクトル空間の公理を満たすならば、その空間では
ベクトル空間には単位元は一つしかない。
ベクトル空間の一つの元
のような定理が満たされる。
簡単なので問題としてやっておこう。
上の二つの結果を証明せよ。答えがわかってから開くこと。
単位元について。
逆元について。