前回の授業の「感想・コメント」の欄に書かれたことと、それに対する返答は、
にありますので見ておいてください。
前回は「回転」という具体例についてですが、今回で少し抽象的な一般論をやります。
ここまで、ベクトルを「数を並べたもの」とか「矢印」とか、具体的なものとして扱ってきた。数学の利点の一つは「抽象化」である(抽象化することによって問題をより広い視点で見ることができるようになる)。
そこで、以下では「ベクトル」という言葉の意味をずっと広く取ることにする。
まず大雑把に述べておくと足し算とスカラー倍ができるようなものは全部ベクトルである。
そんなことを言ったらたいていの量はベクトルでは?と思った人へ---あなたは正しい。
以下では、「ベクトル」という言葉を非常に抽象的に使うので、その意味でのベクトルはこれまでの$\vec a$のように矢印を使うのではなく、$\avec{a}$のように色付きゴシック体で表現することにする。その抽象的な「ベクトル」の集合が「ベクトル空間」である。
以下のような性質を持つ集合を「ベクトル空間」と呼ぶ。
次のような性質を持つ「加法」と呼ぶ二つの元から一つの元への写像$\left\{\avec{a},\avec{b}\right\}\mapsto\avec{a}+\avec{b}$が定義できる。
「加法」は、より精密に書くなら、ベクトル空間の要素の任意の組$\avec{a},\avec{b}$に対してベクトル空間の要素が一つ対応するという対応関係を作ることができる、ということになる。名前は「加法」であるが、この性質を持っていれば実際の演算はどんなものでもいい。
次のような性質を持つ「スカラー倍」$\avec{a}\mapsto\alpha\avec{a}$が定義できる。
こちらもより精密に書くなら、ベクトル空間の要素の任意$\avec{a}$とスカラー(実数または複素数)$\alpha$の組に対してベクトル空間の要素が一つ対応するという対応関係を作ることができる、ということになる。
以上が、その集合が「ベクトル空間(vector space)」(または「線形空間(linear space)」)であるための必要条件である。上の定義の中で用いた「スカラー」が実数である場合を「実ベクトル空間(real vector space)」(または「実線形空間(real linear space)」)、複素数である場合を「複素ベクトル空間(complex vector space)」(または「複素線形空間(complex linear space)」)と言う。実ベクトル空間と複素ベクトル空間はそれぞれ「実数を係数体とするベクトル空間」「複素数を係数体とするベクトル空間」のように呼ぶこともある。
「係数体」は上の定義の中で「スカラー」と呼んでいる数がどのような「体」に属しているかを示す言葉。「体」は「ここで使う数の範囲(加法と乗法がちゃんと定義されていることた条件)」を表現する言葉である。実は「実数」ではなく「有理数」に限って、「有理数を係数体とするベクトル空間」を考えることもできる(あるいは他にも体とy成り得る集合はある)が、ここでは省略する。
同じものを含んでいるが、前に考えたときの「ベクトル」は「数を$n$個並べたもの」であって、その足し算も定義がすでに行われていた。ここで考えているのは逆に、具体的な内容(数が$n$個で表されているとか)を考えずに「こんな演算ができる空間があったとしたら」という仮定を出発点に置く。
ここで書いている「加法」は「いわゆる普通の足し算」とは限らない。「いわゆる普通の足し算」ではない演算を持ってきて、それがベクトル空間になるかどうかを判断する。たとえば「この空間における加法とは二つの実数の平均を取る操作である」という定義を取ることができるが、その定義では結合法則が成り立たず、ベクトル空間ではない。数学では、なるべく一般的に物を考えようとするので、「当たり前」と思うところも前提として(ということはつまり、当たり前じゃないものも存在していると考えて)「そういう前提があれば何が言えるか」を考えていくのである。
我々はこの後しばらく「この公理が満たされるならどんな結果が導けるか」を考えていく。そうしておくことで後である空間がベクトル空間であると判明したならば、「○○の定理が使える」と即座に判断できるわけである。 これらはいずれも「何を当たり前のことを」と言いたくなるほどに「当たり前」の条件である。それは我々が普段使っている量がすでに「ベクトル空間」に属する量だからである。
の○○の全てが、考えているベクトル空間の中に存在していなくてはいけない、ということである。
いくつかの実例をみておこう。
もっともつまらないベクトル空間は$\avec{0}$だけを含む集合である。加法は「$\avec{0}+\avec{0}=\avec{0}$」で定義し、スカラー倍を「$\avec{0}$に何を掛けても$\avec{0}$」で定義すれば、ベクトル空間の公理をすべて満たす(とはいえ、つまらない)。
実数は通常の加法の定義においてベクトル空間をなす。単位元と逆元があることは自明として、実数と実数の線形結合は実数だからである。
「ベクトルとは矢印で表せるもの」とか「ベクトルは向きと大きさがあるもの」と習った人には、単なる実数が「ベクトル」と呼ばれることには違和感があると思うが、ここでの「ベクトル」はそういう定義なのだ。
ただし、条件の中の「スカラー」が複素数だと線形結合を取ると複素数になってしまうから、スカラーが実数でないとベクトル空間にならない。
同様に、複素数と複素数の線形結合は複素数なので、複素数もベクトル空間である(こちらはスカラーは実数でも複素数でもよいが、複素数にするのが普通である)。
もちろん、数ベクトル$\vec A$(3次元の場合に成分で表現すれば、$(A_x~A_y~A_z)$となる)は上の全ての条件を満たす。
普通に思いつく「ベクトル」よりも「大きな」ものも「ベクトル」の範疇に入る。たとえばある共通の定義域($a\lt \xcol{x}\lt b$}など)で定義された関数$f\kakko{\xcol{x}}$は立派なベクトルである。
「当たり前」とは言ったが、なかには上の条件を満たさないようなものもある。たとえば「自然数」の集合を考えると、交換則と結合則は満たすが、単位元($\avec{0}$はこの場合、数の0である)は「自然数」には含まれないし、$a$の逆元となる$-a$は負の数であるから「自然数」に含まれない。
自然数が0を含むようにする定義もあるにはある。
ベクトル空間の公理を満たすならば、その空間では
ベクトル空間には単位元は一つしかない。
ベクトル空間の一つの元$\avec{a}$に対して逆元$-\avec{a}$は一つしかない。
のような定理が満たされる。
簡単なので問題としてやっておこう。
単位元について。$\avec{0_2}$は単位元であるから、任意の$\avec{a}$に対して$\avec{a}+\avec{0_2}=\avec{a}$を満たす。よって、$\avec{0_1}+\avec{0_2}=\avec{0_1}$である。交換則を使うと、$\avec{0_1}+\avec{0_2}=\avec{0_2}+\avec{0_1}$であり、$\avec{0_1}$もまた単位元であるなら、$\avec{0_2}+\avec{0_1}=\avec{0_2}$となる。よって$\avec{0_2}=\avec{0_1}$である。すなわち単位元は一つしかない。
逆元について。$\avec{a}$の逆元が$\avec{b},\avec{c}$のように二つあったと仮定する。$\avec{b}+\avec{a}+\avec{c}$に結合法則を使うと \begin{align} \avec{b}+\goverbrace{\avec{a}+\avec{c}}^{先に計算} =& \goverbrace{\avec{b}+\avec{a}}^{先に計算}+\avec{c}\nonumber\\ \avec{b}=&\avec{c} \end{align} となる。よって逆元は一つ。
ベクトル空間が「有限次元ベクトル空間」である場合、独立なベクトルの線形結合を作ることで他のベクトルを表現できる。ベクトル空間$V$があるとき、以下の性質を満たすベクトルの組を「$V$の基底」と呼ぶ。
逆に、独立なベクトルを有限個の基底では表しきれない場合があって、その場合は「無限次元ベクトル空間」となる。本講義ではあまり扱わない。
ベクトル空間$V$に含まれる全ての要素を、あるベクトルの組$\allc{\avec{v_*}}$の線形結合で \begin{align} \xcol{x_1}\avec{v_1} + \ycol{x_2}\avec{v_2} +\cdots + \zcol{x_\sN}\avec{v_\sN} \end{align} のように一意的に表現できるとき、$\allc{\avec{v_*}}$を「$V$の基底」と呼ぶ。$N$を「$V$の次元」と呼び、$N=\dim V$と表す。
上の「一意的に」という言葉の意味は「二つの方法で一つのベクトルが表現できたりしない」ということである。
定義によりほぼ自明だが、以下のことが言える。
これまで考えていた$N$個の数を並べた数ベクトル$\mtx[c]{a_1\\[-1mm]a_2\\[-1mm] \vdots \\[-1mm] a_\sN}$は、 \begin{align} \mtx[c]{a_1\\a_2\\ \vdots \\ a_\sN}=a_1\mtx[c]{1\\0\\\vdots \\ 0}+a_2\mtx[c]{0\\1\\\vdots \\ 0}+\cdots+a_\sN \mtx[c]{0\\0\\\vdots \\ 1} \end{align} のように基底$\mtx[c]{1\\[-1mm]0\\[-1mm]\vdots \\[-1mm] 0},\mtx[c]{0\\[-1mm]1\\[-1mm]\vdots \\[-1mm] 0},\cdots,\mtx[c]{0\\[-1mm]0\\[-1mm]\vdots \\[-1mm] 1}$の線形結合として表現できる。
$n$個の実数を並べたもの$\mtx[c]{x_1\\x_2\\ \vdots\\x_n}$は実ベクトル空間となる。
スカラーとして複素数を使ってはならない。そうすると元の空間からはみ出してしまうからである。実数の集合を$\mathbb R$のように表すとき、$n$個の実数を並べた集合は${\mathbb R}^n$と表す。
同様に、$n$個の複素数を並べたもの$\mtx[c]{z_1\\z_2\\ \vdots\\z_n}$は複素ベクトル空間となる。${\mathbb C}^n$と表す。ベクトル空間の定理の中には${\mathbb C}^n$の場合は成り立つが${\mathbb R}^n$では成り立たないものが多い。よってこの二つの違いは重要である。
${\mathbb R}^n$も${\mathbb C}^n$も次元は$n$であるが、実は${\mathbb C}^n$の方は基底にかける係数は複素数であり、複素数は二つの実数で表現できるから、${\mathbb C}^n$は実数で考えると2倍の自由度を持っていることになる。
$n\times n$行列$\mt{A}$の集合はベクトル空間になる。 足し算とスカラー倍は行列なのだから定義でき、結合法則・交換法則・分配法則を満たしていることも当然である。問題は演算が閉じるかどうかとなる。
行列と行列の線形結合は行列だから、特に条件をつけてない「行列」はベクトル空間になる。
行列にある程度の条件をつけてもベクトル空間になる例がある。たとえば対称行列($\mt{A}^t=\mt{A}$)の集合は、「対称行列と対称行列の線形結合はやはり対称行列」という条件を満たすのでベクトル空間になる。
以下の行列の集合はベクトル空間をなすか?---係数体は複素数であるとする。
一般の$2\times2$行列は $$ \mtx{a&b\\c&d}=a\mtx{1&0\\0&0}+b\mtx{0&1\\0&0}+c\mtx{0&0\\1&0}+d\mtx{0&0\\0&1} $$ と表現できるから、四つの基底を持ち、4次元ベクトル空間をなす。これが対称行列なら、 $$ \mtx{a&b\\b&d}=a\mtx{1&0\\0&0}+b\mtx{0&1\\1&0}+d\mtx{0&0\\0&1} $$ となって、3次元ベクトル空間である。
$n$次の多項式$a_0+a_1\xcol{x}+a_2\xcol{x}^2+\cdots a_n\xcol{x}^n$の集合は、足し算とスカラー倍は結合法則・交換法則・分配法則を満たすように定義できるし、線形結合をとっても$n$次の多項式であり、単位元0も逆元$-a_0-a_1\xcol{x}-a_2\xcol{x}^2-\cdots a_n\xcol{x}^n$も存在するのでベクトル空間である。注意して欲しいのは、$a_0+a_1\xcol{x}+a_2\xcol{x}^2+\cdots a_n\xcol{x}^n$という一つの数がベクトルなのではなく、「$x$を与えれば$a_0+a_1\xcol{x}+a_2\xcol{x}^2+\cdots a_n\xcol{x}^n$がわかる」という対応関係(関数)そのものがベクトルであるということである。
$n$次の多項式は$n+1$個のパラメータを持つから、$n+1$次元のベクトル空間である。
「線形写像」の定義はで行ったが、その意味するところは
実例としてもっともよく目にするのは、「ベクトル$\vec v$に行列$\mt{M}$を掛けてベクトル$(\mt{M}\vec v)$を作る」という計算で、この$\vec v\mapsto (\mt{M}\vec v)$という写像は確かに上の定義を満たす。
他に「$\vec v$に対して、定ベクトル$\vec A$との内積を取って$\vec A\cdot\vec v$を作る」というベクトルからスカラーを作る写像$\vec v\mapsto\vec A\cdot\vec v$も線形写像である。
多項式に対する線形写像として重要なのが「微分」である。微分は \begin{align} \opcol{\diff \over \kidx}\left(\alpha f\kakko{\xcol{x}}+\beta g\kakko{\xcol{x}}\right) =\alpha\opcol{\diff \over \kidx}f\kakko{\xcol{x}} +\beta\opcol{\diff \over \kidx}g\kakko{\xcol{x}} \end{align} を満たす。
ベクトルをベクトルに写す線形写像$\phi\,\kakko{~}$により、$\avec{0}$は$\avec{0}$に写像される。 \begin{equation} \phi\kakko{\gunderbrace{\avec{a}+\avec{0}}_{\avec{a}}}=\phi\,\kakko{\avec{a}}+\phi\,\kakko{\avec{0}} \end{equation} のように写像前に$\avec{0}$を足しても、写像後に$\phi\kakko{\avec{0}}$を行っても同じであるという式(線形写像ならこれを満たす)を作れば、$\phi\kakko{\avec{0}}=\avec{0}$であることがわかる。この性質は、考えている「ベクトル」が多項式であっても正しい(たとえば、上で書いた例である「微分」は、$0$という多項式を$0$に写像する)。
なお、逆に$\phi\kakko{\avec{a}}=\avec{0}$になったからといって$\avec{a}=\avec{0}$とは限らない($\avec{0}$ではないベクトルの写像が$\avec{0}$になる可能性はある)。写像$\phi$を施すと$\avec{0}$になる要素の集合を「核(kernel)」と呼び、$\Ker \phi$という記号で表現する。
$V$の集合要素のうち、写像$f:V\to W$の結果が$\avec{0}$になる集合を、「$f$の核」と呼び、$\Ker f$と表現する。
$\Ker$という新しい記号を使っているが、実はこの概念自体は初めて出てきたわけではない。列基本変形を使って行列がのように変形できることをのあたりで示したが、この$\mt{0}$になっている列がかかる相手が$\Ker\mt{M}$である。この行列を掛けると、
のようになって、「$*$」の部分は演算によって消される(これこそが$\Ker$の意味)ことがわかる。この「0」が続く列が出てこない場合(行列の列の数と階数が同じ場合)は$\Ker$は$\avec{0}$のみを含む集合$\left\{\avec{0}\right\}$となる。
線形写像は$\phi\kakko{\lambda\avec{v}}=\lambda\phi\kakko{\avec{v}}$を満たすから、あるベクトル$\avec{v}$が$\Ker\phi$に属するなら、その定数倍$\lambda\avec{v}$も$\Ker\phi$に属する。また、$\Ker f$に属さないベクトル$\avec{u}$と$\Ker f$に属するベクトル$\avec{v}$の線形結合を写像すると、 \begin{align} f\kakko{\alpha\avec{u}+\beta\avec{v}}= \alpha f\kakko{\avec{u}} \end{align} となる。つまり$\Ker f$に属する部分の寄与は、写像によって「消えてしまう」ことになる。後で示すが写像により次元が下がるが、それは行列で表現した式を見てもわかるだろう。
$\Ker$と一緒によく出てくる集合として、「像(image)」(imageは「イメージ」と読み、記号$\Img$で表す)がある。
写像$f:V\to W$が行われるときの$W$の中の、写像の結果の集合を「$f$の像」と呼び、$\Img f$と表現する。
$\Img$も初めて出てきた概念ではない。のあたりで行基本変形を使うと行列がのように変形できることを示したが、この$\mt{0}$になっている行以外の部分が$\Img\mt{M}$である。
のような演算の結果を考えれば、「*」の部分が$\Img$であることがわかる。行列の行の数と階数が等しい場合、$\Img$は$V$そのものになる。
$\Ker$は$\ope{\cal O}$のよる写像前の空間$V$の部分集合であり、一方$\Img$は$\ope{\cal O}$の写像後の空間$W$の部分集合である。
簡単な例を見ておこう。$\mtx[c]{\xcol{x}\\ \ycol{y}\\ \zcol{z}}\mapsto \mtx[c]{\xcol{x}\\\ycol{y}\\0}$という写像(いわゆる「$\xcol{x}\ycol{y}$平面への射影」)を考えて、これを$\ope{P_z}$と書くと、$\Ker\ope{P_z}$は$\mtx{0\\0\\ \zcol{z}}$($\zcol{z}$は任意)という集合である。$\Img\ope{P_z}$は、もちろん$\xcol{x}\ycol{y}$平面である。
2次元でも3次元でも(あるいはもっと高い次元でも)回転という写像の$\Ker$は原点$\vec 0$しかない。$\Img$は全空間である。
$n$次多項式関数から$n$次多項式関数への「微分」という写像においては、$\Kerkakko{\opcol{\diff \over \kidx}}$は定数関数である。$\Imgkakko{\opcol{\diff \over \kidx}}$は$n-1$次の多項式関数になる。
集合$V$から集合$W$への写像$f:V\to W$において、$\Img f=W$であるとき、$f$は全射である。
また、$\Ker f =\left\{\avec{0}\right\}$のとき、$f$は単射である。
全射とは「写像の結果が集合全体を覆うこと」であり、単射とは「写像が1対1対応すること」である。たとえば写像$x\mapsto 2x$は単射でかつ全射である。一方、写像$x\mapsto x^2$は単射でも全射でもない。像の中に負の数はないから全射ではないし、$a$も$-a$も$a^2$に写ってしまうから単射でもない。
上の結果の全射の部分は全射という言葉の定義とほぼ同じである。単射の部分について説明しておこう。単射でなければ、$\ope{\cal O}\avec{v_1}=\ope{\cal O}\avec{v_2}$となるようなベクトル$\avec{v_1},\avec{v_2}$が存在するが、その場合$\avec{v_1}-\avec{v_2}$が$\Ker\ope{\cal O}$に入るから、$\Ker{\ope{\cal O}}\neq\avec{0}$である。逆に$\Ker{\ope{\cal O}}$が$x\left\{\avec{0}\right\}$でなければ(つまり、$\avec{0}$でないベクトルを含んでいれば)、$\ope{\cal O}\avec{v_1}=\ope{\cal O}\avec{v_2}$となるようなベクトル$\avec{v_1},\avec{v_2}$が存在する。
次のことも言える。
ベクトル空間$V$の中の、$\Ker\ope{\cal O}$は、ベクトル空間の定義を満たす。
$\Ker\ope{\cal O}$に属するベクトルの線形結合を取れば、やはりそれは$\Ker\ope{\cal O}$に属することは、$\ope{\cal O}\vec v_i=0$ならば$\ope{\cal O}\left(\sum_i\alpha_i\vec v_i\right)=0$となることからすぐわかる。ベクトル空間であるための条件はこのあと単位元と逆元の存在だが、$\avec{0}$が$\Ker\ope{\cal O}$内にあることは自明。
いくつかの例を見ているとわかることとして「$\Ker$が$\left\{\avec{0}\right\}$ではないときは$\Img$が小さく(狭く)なる」ということがある。それを定理としよう。
が成り立つことは以下のようにして示せる。
$\dim V=N,\dim\kakko{\Ker\ope{\cal O}}=n$とする。写像元の空間$V$の基底を \begin{align} \gunderbrace{\avec{v_1},\cdots,\avec{v_n}}_{\in{\Ker\ope{\cal O}}},\avec{v_{n+1}},\cdots,\avec{v_{\sN}} \end{align} のように選ぶことができる。$V$内の任意のベクトルは$\sum_{\dum{i}=1}^N \alpha_{\dml{i}}\avec{v_{\dmr{i}}}$と書くことができて、これに$\ope{\cal O}$を掛けると、演算子の線形性により \begin{align} \ope{\cal O}\left( \sum_{\dum{i}=1}^N \alpha_{\dml{i}}\avec{v_{\dmr{i}}} \right) = \sum_{\dum{i}=1}^N \alpha_{\dml{i}} \ope{\cal O}\avec{v_{\dmr{i}}} \end{align} となるが、$i$が1から$n$までは$\ope{\cal O}\avec{v_{i}}=0$なので、$\Img \ope{\cal O}$は \begin{align} \sum_{\dum{i}=n+1}^N \alpha_{\dml{i}} \ope{\cal O}\avec{v_{\dmr{i}}} \end{align} と書かれるベクトルになる。これは$N-n$次元のベクトルである。
なお、このことは$\Ker$と$\Img$を行列で表現した式を見てもわかる。$\dim\kakko{\Ker\mt{M}}$は行列の行数から$\rank \mt{M}$を引いた数だし、$\dim\kakko{\Img\mt{M}}$は$\rank\mt{M}$である。
ベクトル空間の中で、「より小さいベクトル空間」を作ることができたとき、それを「部分空間(subspace)」と呼ぶ。たとえば3次元のベクトル$\mtx[c]{V_x\\V_y\\V_z}$のうち第3成分を0にしたもの$\mtx[c]{V_x\\V_y\\0}$だけを抜き出したものは、やはりベクトル空間である。前節でベクトル空間$V$から$\Ker V$を抜き出すとそれもベクトル空間になることを示したが、それは一つの例である。
単に「抜き出した」だけではベクトル空間になるとは限らない。たとえば「$V_z\ge0$の条件を満たす成分を抜き出す」ことで作ったベクトル空間の部分集合は、ベクトル空間の条を満たさない(たとえば加法に対する逆元がなくなる)。
以下の例は「部分空間」になるか?
ベクトル空間$V$が二つの部分空間$W_1,W_2$を持ち、$W_1\cup W_2=V$でかつ$W_1\cap W_2=\left\{\avec{0}\right\}$であるとき、「$V$は$W_1$と$W_2$の直和(direct sum)である」といい、$V=W_1\oplus W_2$と表す。
少し具体的に書くと、$W_1,W_2$に含まれるベクトルを \begin{align} W_1内の任意のベクトル:&\sum_{\dum{i}=1}^{M_1}\alpha_{\dml{i}}\avec{u}_{\dmr{i}}\\ W_2内の任意のベクトル:&\sum_{\dum{i}=1}^{M_2}\beta_{\dml{i}}\avec{v}_{\dmr{i}} \end{align} のように基底$\avec{u_1},\avec{u_2},\cdots,\avec{u_{\sM_1}}$と基底$\avec{v_1},\avec{v_2},\cdots,\avec{v_{\sM_2}}$を使って表したとき、両方の基底を合わせた$\left\{\avec{u_*},\avec{v_*}\right\}$は$V$の基底となり、かつ$\avec{u_*}$と$\avec{v_*}$に重なりがない場合を$V=W_1\oplus W_2$と表現する。重なりがあってもよい場合は、$V=W_1+ W_2$のように、単なる足し算記号で示す。
直和になっているときは、$V$内の任意のベクトルは \begin{align} \sum_{\dum{i}=1}^{M_1}\alpha_{\dml{i}}\avec{u}_{\dmr{i}}+\sum_{\dum{i}=1}^{M_2}\beta_{\dml{i}}\avec{v}_{\dmr{i}} =\mtx[c@{\,}c@{\,}c@{\,}c]{\avec{u_1}&\avec{u_2}&\cdots&\avec{u_{\sM_1}}} \mtx[c]{\alpha_1\\\alpha_2\\\vdots\\\alpha_{\sM_1}}+\mtx[c@{\,}c@{\,}c@{\,}c]{\avec{v_1}&\avec{v_2}&\cdots&\avec{v_{\sM_2}}} \mtx[c]{\beta_1\\\beta_2\\\vdots\\\beta_{\sM_2}} \end{align} で表現できる。$\left\{\avec{u_*},\avec{v_*}\right\}$を基底として使えば、$V$内のベクトルは、 \begin{align} \mtx[c@{\,}c@{\,}c@{\,}c@{\,}c@{\,}c]{\avec{u_1}&\cdots&\avec{u_{\sM_1}}&\avec{v_1}&\cdots&\avec{v_{\sM_2}}} \mtx[c]{\alpha_1\\\vdots\\\alpha_{\sM_1}\\\beta_1\\\vdots\\\beta_{\sM_2}} \end{align} となり、その成分は、$\mtx[c]{\alpha_1\\[-1mm]\vdots\\[-1mm]\alpha_{\sM_1}\\\beta_1\\[-1mm]\vdots\\[-1mm]\beta_{\sM_2}}$のようにきれいに分けて表現される。この書き方を「直和分解」と呼ぶ。
以上のようにベクトルの成分を直和分解して表現したとき、ある行列$\mt{M}$が \begin{align} \mt{M}\avec{V}=\mtx[ccc|c]{\\&\mt{M^{(1)}}&&\mt{0}\\\\ \hline&\mt{0}&&\mt{M^{(2)}}}\mtx[c]{\\\alpha_*\\ \\\hline \beta_*}\label{MoneMtwo} \end{align} のように別れた形で表現できることがある(もちろんこうならないときもある)。つまり「$\mt{M}$を掛けても$W_1$からベクトルが外に出ることはない($W_2$に関しても同様)」という状況であるが、こうなったとき、「$W_1$と$W_2$は$\mt{M}$の不変部分空間(invariant subspace)である」と言う。逆に不変部分空間であったときは、ベクトルの基底を調整することで(これは行列の列基本変形を行うことに対応する)、かならず上の式の形に書き直せる。
$\mt{M^{(1)}}$は$M_1\times M_1$行列、$\mt{M^{(2)}}$は$M_2\times M_2$行列である。
この行列の行列式は \begin{align} \det\mt{M}=\det\mt{M^{(1)}}\det\mt{M^{(2)}} \end{align} と、各々の行列の行列式の積で計算できる。
以上で第10回の授業は終わりです。webClassに行って、アンケートに答えてください。
物理数学I webclassなお、webClassに情報を載せていますが、木と金の11:50〜12:50の間、オンラインオフィスアワーとしてzoomを開いてます。質問や相談などがある人は来て話してください。参加者が少ないので、物理系1年生向けのオフィスアワーと合同になってます。