前回の感想・コメントシートから
前回の授業の「感想・コメント」の欄に書かれたことと、それに対する返答は、
第12回授業への受講者の感想・コメント
にありますので見ておいてください。
ビデオ↓
以下は文章による説明。
Cayley-Hamiltonの定理と行列の対角化
特性多項式とCayley-Hamiltonの定理
特性方程式
の左辺のを行列に、という数をその後ろに単位行列を掛けた行列に置き換えて、
という式を作る。
これが実は零行列であることを示す定理がある。
Cayley-Hamiltonの定理
行列の特性多項式のを行列に置き換えて作った行列は零行列である。
証明を以下で示す(証明は何種類もある)。
FAQ:のにを代入すれば、になるから、証明は簡単ですね?
いや、そんな計算は無茶である。2×2行列の場合で書くと、
なのだ。これを
と展開した後でをに(と同時に定数をの定数倍に)置き換えた、
としたものが0になる、というのはCayley-Hamiltonの定理であり、これはとは全く違う。
ちなみにこの行列は、
となって確かにである。
固有値がすべて異なる場合のCayley-Hamiltonの定理の証明
以下の話の説明ビデオは↓
Cayley-Hamiltonの定理は、行列の固有値個がすべて異なるときは以下のように簡単に証明できる。
個の固有値のそれぞれについてが成り立つから、それぞれに1本ずつ右固有ベクトルを見つけることができる。
行列をの固有ベクトルの一つに掛けると、
となって(とは交換可能なことに注意)零ベクトルとなる。
今固有ベクトルが本(次元の数と同じ数)ある場合を考えている。これらの固有ベクトルは独立である。よって、次元の任意のベクトルを
と表現することができる(この固有ベクトルは左固有ベクトルでも右固有ベクトルでもいい)。この任意のベクトルにを掛けると、(各々のに掛かった結果がなので)零ベクトルになる。任意のベクトルに掛けて零ベクトルになるということは、この行列自体が零行列である。すなわち、
がわかる。
以上のことは、「ベクトル空間の分解」としてとらえることもできる。
固有値によるベクトル空間の分解(固有値がすべて異なる場合)
行列の固有値がすべて異なる個存在するとき、ベクトル空間は
のように直和分解される。
任意のに対してとが交換することと、との共通部分がしかないことからわかる。
という行列が掛かると、この空間が右にあるものから順に消されていき、最後のが掛かると全ベクトルがいなくなる。任意のベクトルに掛けて0になる行列は零行列である。
固有値がすべて異なる場合の対角化
以下の話の説明ビデオは↓
固有値がすべて異なる場合に固有ベクトルを本持ってくることができたとして、を満たす右固有ベクトルとを満たす左固有ベクトルを
のように並べた行列を作る(やがになるとは限らないので注意)。ここで、左固有ベクトルと右固有ベクトルを、を満たすように規格化しておけば、上のは確かにの逆行列となる。
これらを使ってを相似変換したを計算すると、
のように、結果は対角行列となる。このことから、「(固有値がすべて異なる場合について)行列式の値は固有値の積」だとわかる。
この相似変換されたは明らかに、
を満たす。すなわち、である。
なので、これはと同じことになる。
特性方程式が重解を持つ場合の三角行列化
以下の内容の説明ビデオが↓
特性多項式が以下のように因数分解されたとしよう。
は固有値の数で、より小さい整数である。
ここではを満たす1以上の整数(は1以上以下の整数となる)で、を固有値の「重複度」と呼ぶ。すべての重複度が1ならば前節で考えた場合になる。
特性方程式が重解を持つときでもCayley-Hamilton定理は成り立ち、
である。
前に述べたように「重解」になるのはたくさんの行列のうちの孤立した「珍しいもの」だけだである。
たとえばは特性方程式がになって重解を持つのだが、これをちょっとだけ変えた行列の特性方程式はになって、たとえが小さくとも重解ではない。
「重解」の場合の周囲に存在する「重解にならない行列」からの連続的極限の先に「重解になる行列」があると考えれば「重解でない場合に成り立つ式は重解の場合でも成り立ちそうだな」と予想される(その方向で証明する方法もある)。
ここでは三角行列化を使った証明を行う。特性方程式に重解があったとしても、固有ベクトルが本見つかったなら前項の証明はそのまま繰り返すことができる。ここでは固有ベクトルが本しか見つからなかった場合を考えよう。そのとき、固有ベクトル以外に「固有ベクトルとは独立なベクトル」が本見つかる。これらのベクトルは後で説明する「一般化固有ベクトル(generalized eigenvector)」になっている。
それらをとして
のような行列を作る。ここで使った列ベクトルは全て独立だから、逆行列を
のように作ることができる。これらを使って、
のように「一部対角化」できる。
左下の部分はにより固有ベクトルが固有ベクトルではないベクトルに写像されないこおからとなる。
ここで対角化できた部分を、の部分をと書いて、としておこう。
この結果はまだ対角行列でも上三角行列でもないが、ここでさらに
を使って、すでに対角化されたの部分を壊さないようにしつつ、
のように相似変換を続ける。
が対角化行列になっていれば、行列は上三角行列化されたことになる。そうでなかったなら、話を次にすすめる。という行列も固有ベクトルを1本は持っているはずなので、の形にはできる(対角化できた部分を増やせる)。
これでもまだ三角化が完了してなかった場合は、の部分について同じ作業を繰り返せば、いつか、全体が上三角行列になる。
こうしてできた上三角行列の対角成分にがあることまではすでにわかっている。残りの個がだったとして、を相似変換した行列(対角成分はと)の行列式を計算すると、
となる(三角行列のには対角成分以外は寄与しない)。相似変換は行列式を変えないはずだから、これは固有多項式に一致しなくてはいけない。つまりの対角成分にはもともとの行列の固有値が重複度の回数ずつ現れる。ここでが
の形になったことを考えると、は




のようになり、この行列の積は0になる。
上の式の最初にある行列$\mtx[c]{

$は1列めがすべて0である。この行列と2個めの行列の掛け算の掛け算の結果は

のように、「1列めと2列めが全て0になった行列」になる。
その次と掛け算すると今度は3列めも消える。
以下同様に考えていくと、上の式の計算が終わると全ての行が消える。
こうして、Cayley-Hamiltonの定理が対角化できない場合でも証明された。
任意の行列の三角行列化
任意の行列は適当な正則行列を使って上三角行列の形に相似変換することができる。この結果の上三角行列の対角成分には、特性方程式の解がそれぞれの重複度の回数ずつ登場する。
も同時に示された。
特性方程式の解が重複している場合にどのようなことが起こるのかについて考えるため、次の節で「一般化固有ベクトル」とそれによるベクトル空間の分解を考えよう。
直和分解されたベクトル空間
以下の話の説明ビデオは↓
重複度が1でない固有値がある場合も以下のように直和分解ができる。
一般化固有ベクトルによる直和分解
特性方程式が
となる場合、ベクトル空間は
のように直和分解される。
これの証明には、
- との共通部分はしかない。
- すべてのの和は全空間である。
の二つを示さねばならない。
の中に入るベクトル\footnote{線形演算子のは\reftext{Ker部分空間}{部分空間と}なるので、も一つのベクトル空間をなす。何次元のベクトル空間になっているのは今はまだわからない。}を、以下のように「一般化固有ベクトル(generalized eigenvector)」と呼ぶ。
一般化固有ベクトル
}を満たすベクトルを、「行列の、固有値を持つ一般化右固有ベクトル」と呼ぶ。
特に、だがとなるが存在したとき、を「高さの一般化右固有ベクトル」と呼ぶ。一般化左固有ベクトルも同様に定義する。
のときが通常の固有ベクトルである。通常の固有ベクトルが固有値を二つ持つことは有り得ないことは既に示した。ゆえに特性方程式に重解がない場合にベクトル空間は直和分解することができた。
一般化固有ベクトルの場合で、一つのベクトルが二つ以上の固有値の一般化固有ベクトルになることはありえない(ただしを除く)ことを示そう。
多項式に関するユークリッドの互除法から導かれる定理として、
共通因数を持たない多項式に関する定理
すべてに共通な因数を持たない多項式の組に対し、適切な多項式の組を持ってくれば
になるようにできる。
がある(もし共通因数があったら、どうやっても右辺にその共通因数が残る)。
(証明)の場合の証明を示す。の方が次数が高いと仮定すると、
と書くことが必ずできる。つまり、余りはとの線形結合になる。今とは互いに素であるから、は0ではなく、よりも次数が低い。
次にとに関して
と書くことが必ずできる。とは互いに素であるから、(第2段階での余り)はやはり0ではない。
ここで上の式からを代入して、
とすることができる。つまり、第2段階の余りも、とに適当な多項式を掛けて作った線形結合で表現できる。
次はとに関して
という式を作り、と続けていくと、第段階の余りはを含まない定数になるのでこれをと置く。
上で考えたことから、もとの線形結合で書かれる。は0ではないから全ての式をで割れば、
を得る。が大きくなっても同様。
上の式はを行列に変えても成り立つ。「数であるの式なら成り立っても、行列では成り立たないのでは?」と心配する人もいるだろうが大丈夫。「数ではいいけど行列だと困る」ことになる原因は「行列の積が交換しないこと」なのだが、今の場合登場する行列はとだけなので、行列の非可換性が問題になることはないのである。
この結果を使って、特性多項式に関して
という式をまず作る。は「分数」になっているので多項式ではないのでは?---と心配になるからもしれないが、はを含んでいるので、「割った」というよりは「掛けるのをやめた」ものであり、多項式である。ゆえに上の式を満たすような係数を見つけることができる。このをに置き換えた式
も、もちろん成り立つ(こちらの式の分母にがあることも、上と同様に考えれば問題はない。実際にはこの計算の中で分数は出てこない)。
に属するベクトルをと書くことにして\footnote{このベクトルの独立な本数が1とは限らないことに注意。}、このベクトルに上の行列を掛けよう。番目の項以外は因子を含むので消えてしまい、
となる。すなわちは
- に掛かるとを掛けるのと同じ(何もしない)
- それ以外に掛かるとを掛けるのと同じ(消す)
という行列になっている(左固有ベクトルに対しても同様)。これを「への射影演算子」と呼ぼう。以後、と書くことにしよう。
これで、一本のベクトルがとの両方を満たすでないベクトルは存在しないことがわかる。両方を満たすベクトルは、射影演算子のどれを掛けても0になるが、だから、それは「を掛けると」ということで、そんなベクトルはだけである。
直和分解された空間での行列
以下の話の説明ビデオは↓
はと交換するので、に属するベクトルはを掛けても内に留まる(つまり、は、の不変部分空間である)。 とに重なりがないことも示されたので、と基底を取ることにより、
のようにがブロック化されることがわかる。
このように行列が対角ブロックに分けられたとき、
となる。行列からを引いても同じことが言えるので、
となる(ここに現れる はそれぞれ次元が違うことに注意)が、左辺はなので、それらの各因子を
のように割り振るしかない。は固有値をしか持たないはず。よって行列式は以外の因数を持てない。これは、が行列であることを意味している(つまり、今考えているは次元のベクトル空間である)。
こうして、特性方程式に重解が出る場合も、ベクトル空間をで分解できることがわかった。後はそれぞれの分解された空間の中身を考えていけばよい。
その「後はそれぞれの分解された空間の中身を考えていけばよい」の部分は、次回やろう。
以上で第13回の授業は終わりです。webClassに行って、アンケートに答えてください。
物理数学I webclass
この感想・コメントシートに書かれたことについては、代表的なものに対しては次のページで返答します。
なお、webClassに情報を載せていますが、木と金の11:50〜12:50の間、オンラインオフィスアワーとしてzoomを開いてます。
ただし、7月8日(木)は出張中のため、オンラインオフィスアワーは休みです。
質問や相談などがある人は来て話してください。参加者が少ないので、物理系1年生向けのオフィスアワーと合同になってます。
テキストの
PDF版はこちらです(後少し改稿して完成です。印刷版は来週以降に配布します)。
受講者の感想・コメント
対角化の考えが深まった、連立微分方程式を対角化して解く解き、より俯瞰できそうに感じた
対角化というのは、実は量子力学や統計力学などでも大事になる考え方なのです。
今回の授業はCayley-Hamiltonの定理がどのように証明されるのか、また証明する際にどのような作業をしているのかを理解することが出来ました。
いったん証明すると、非常に強力な定理です。
特性方程式が重解を持つ場合は珍しいということで安心した。また、計算自体は大変そうではあるが、やっていることは固有値がすべて異なる場合と同じようなことの繰り返しに思えたので、慣れてしまえば何とか計算できそうだなと感じた。
後でまたやりますが、物理でよくでてくる例(エルミート行列など)の場合は必ず対角化できるので、重解がでても複雑なことにはなりません。
最近の講義では今までに使用してきた手法などを組み合わせて考えたりなど、内容もだんだん難しくなっていると感じています。そこで、何か練習問題などありましたら配布してくださると復習に使用できて嬉しいです。
テキストになるべくつけるようにはしますが、いろいろやってみてください。
固有値が同一でも、左右のかけ方で固有ベクトルが変わるので、対称行列とエルミーと行列のありがたみを感じました。
エルミート行列は物理でも頻出ですが、これのおかげでだいぶ助かります。
今回の講義は特性方程式が重解を持つ場合の三角行列化の説明のところで、つまづいてしまいました。重解の場合の周囲に存在する重解にならない行列からの連続的極限の先に重解になる行列があるという考え方がよくわからなかったです。
そこは説明してないただの紹介なので「そんなのもあるんだな」程度だけ知っててくれればいいです。