ここでベクトルの定義を、図形を離れてやり直そう。
N次元のベクトルとは実数をN個並べたものである(ただそれだけではなく、以下に示す演算の規則が満たされているものをベクトルと呼ぶ)。
まずは\文中式{N=3}の場合を考えよう。\mtx[ccc]{\xcol{x}&\ycol{y}&\zcol{z}}または\mtx[c]{\xcol{x}\\[-1mm] \ycol{y}\\[-1mm] \zcol{z}}のように「\xcol{x}成分、\ycol{y}成分、\zcol{z}成分」(各成分の名前はどうでもよい)と並べて表現する。前節で図形から定義した空間内のベクトル\vec vを\xcol{x},\ycol{y},\zcol{z}軸方向の基底ベクトルの線形結合として表現するとv_x\ve_x+v_y\ve_y+v_z\ve_zのようになるが、これと三つの数字を並べたベクトルとしてのベクトル\mtx[c]{v_x\\[-1mm]v_y\\[-1mm]v_z}が対応していることになる。しかし、数ベクトルは特に「矢印」のような図形的定義がなくても書き下すことができるので、こっちの方が「広い」のである。実際、これから先で使うことになる「ベクトル」は平面や空間内で定義されたものとは限らない。これまでに出てきた例でも、\mtx[c]{りんごの数\\バナナの数}というのは立派なベクトルなのだ(矢印ではないけれど)。
ベクトルを\mtx[c]{a_x\\[-1mm]a_y\\[-1mm]a_z}のように縦に並べるのを「列ベクトル(column vector)」(または「縦ベクトル」)、\mtx[ccc]{a_x&a_y&a_z}のように横に並べるのを「行ベクトル(raw vector)」(または「横ベクトル」)と呼ぶ。行と列のどっちが行でどっちが列かわからなくなる、という人は漢字
を思い出そう。横線を含む漢字が「行」で、縦線を含む漢字が「列」である。
本講義では、ベクトルは主に\mtx{a&b\\[-1mm]c&d}\mtx[c]{v_x\\[-1mm] v_y}のように「行列が掛かる相手」として登場するので、縦ベクトルを基本にし、ベクトルを一文字で\vec vと表すときは縦ベクトルだとする。よって\vec v=\mtx[c]{v_x\\[-1mm]v_y}}と書く。なお、\vec vと書いたときは表現をどのようにするかを指定してない、抽象的なベクトルであり、\mtx[c]{v_x\\[-1mm]v_y}と書いたときはある表現を指定した上で(つまり、x成分とかy成分とは何であるかを指定した上で)「x成分はv_x、y成分はv_y」と示している。よってこの二つは数式を書くときの「文脈」が違うので、等号で結ぶのは厳密には正しくない、と言う立場もある。ここでは細かいことは言わずに=で書いてしまった。
行列やベクトルの「縦\leftrightarrow横」の取り替える操作を「転置(transpose)」と呼び、横ベクトルは「縦ベクトルを転置(transpose)したもの」と解釈する。転置を記号{}^tを右に付けることで表現するので、(\vec v)^t=\mtx[cc]{v_x & v_y}である。
実数の足算(加法)と掛算(乗法)については以下のような法則が成り立つ。
実数の和の満たす法則
\begin{equation}
\begin{array}{rl}
交換法則:&a+b=b+a\\
結合法則:&(a+b)+c=a+(b+c)\\
分配法則:&a(b+c)=ab+ac
\end{array}
\end{equation}
ベクトルの和と実数倍に関しても以下が成立する。
ベクトルの和と実数倍の満たす法則
\begin{equation}
\begin{array}{rl}
交換法則:&\vec a+\vec b=\vec b+\vec a\\
結合法則:&(\vec a+\vec b)+\vec c=\vec a+(\vec b+\vec c)\\
ベクトル和の分配法則:&\lambda(\vec a+\vec b)=\lambda\vec a+\lambda\vec b\\
スカラー和の分配法則:&(\lambda_1+\lambda_2)\vec a=\lambda_1\vec a+\lambda_2\vec a
\end{array}
\end{equation}
ここで、通常の数を「スカラー」と呼んでいる。今の場合は実数である(複素数に拡張したりする話は、後でやる)。これらの法則は図を描いて確認することができるだろう。
以下は\alpha,\betaおよびベクトルの成分が実数の場合を考えよう。
ベクトルは成分を並べて\vec a=\mtx[c]{a_x,a_y}と表現してもよい。これを「成分表示」と呼ぶ。こうして分解すると、
\begin{equation}
\begin{array}{rl}
\vec a+\vec b=&a_x\ve_x+a_y\ve_y+b_x\ve_x+b_y\ve_y\\
=&(a_x+b_x)\ve_x+(a_y+b_y)\ve_y
\end{array}
\end{equation}
となり、ベクトルの足算は成分をそれぞれ足算すればよい。成分表示で書くと上の式は
\begin{equation}
\mtx[c]{a_x\\a_y}+\mtx[c]{b_x\\b_y}=\mtx[c]{a_x+b_x\\a_y+b_y}
\end{equation}
である。ベクトルから\xcol{x}成分と\ycol{y}成分を求める方法については、後で考えよう。
ベクトルを成分で表現したときの引算は
\begin{equation}
\begin{array}{rl}
\vec a-\vec b=&a_x\ve_x+a_y\ve_y-b_x\ve_x-b_y\ve_y\\
=&(a_x-b_x)\ve_x+(a_y-b_y)\ve_y\\
&または\\
\mtx[c]{a_x\\a_y}-\mtx[c]{b_x\\b_y}=&\mtx[c]{a_x-b_x\\a_y-b_y}
\end{array}
\end{equation}
のように成分どうしで引算をすればよい。
ベクトルの線形結合を作るという操作は
\begin{align}
\goverbrace{\mtx[c]{V_x\\ V_y}}^{\vec V}
=\alpha\goverbrace{\mtx[c]{a_x\\ a_y}}^{\vec a}+\beta\goverbrace{\mtx[c]{b_x\\ b_y}}^{\vec v}
=\mtx[c]{\alpha a_x+\beta b_y\\ \alpha a_y+\beta b_y}
\end{align}
と書くことができる。実はこれは、
\begin{align}
\mtx[c]{V_x\\ V_y}=\mtx[cc]{a_x&b_x\\ a_y&b_y}\mtx[c]{\alpha\\ \beta}
\end{align}
という行列計算とやっていることは同じである。ここに現れた行列\mtx[cc]{a_x&b_x\\ a_y&b_y}は、\mtx[cc]{\tatevec{\begin{array}{c}a_x\\a_y\end{array}}&\tatevec{\begin{array}{c}b_x\\b_y\end{array}}}のように縦ベクトルを二つ並べたものと考えることができる。
以下はベクトルの満たす法則を説明したビデオ
線形独立と線形従属
k個のベクトル\vec a_i=(\vec a_1,\vec a_2,\cdots\vec a_k)があって、どんな0ではない係数 \alpha_iを持ってきて線形結合を作っても0ベクトルにできないとき、つまり
\begin{align}
\sum_{i=1}^k
\alpha_i\vec a_i=
\alpha_1\vec a_1+\alpha_2\vec a_2+\cdots+\alpha_k\vec a_k
=\vec 0
\end{align}
となるのは全ての\alpha_iが0である場合だけであるとき、このk個のベクトル\vec a_iは「線形独立(linearly independent)」または「一次独立」だと言う。逆に、適当に係数\allc{\alpha_*}をもってくれば上の式が成り立つようにできるとき、これらのベクトル\allc{{\vec v}_*}は「線形従属(linearly dependent)」または「一次従属」だと言う。
平面のベクトルの場合、2本のベクトル\vec a,\vec bが同じ方向を向いてなければ線形独立である。同じ方向を向いていれば、\vec a=k\vec b(kはある定数)が成り立つということで、この場合\vec a,\vec bは線形従属である。以上は図形のベクトルの経験から納得できるだろう。数ベクトルで同じことを考えると、ベクトル\mtx[c]{a_x\\[-1mm]a_y}と\mtx[c]{b_x\\[-1mm]b_y}を考えて
\begin{align}
\alpha\mtx[c]{a_x\\a_y}+\beta\mtx[c]{b_x\\b_y}\stackrel{?}{=}\mtx[c]{0\\0}
\end{align}
で等号が成り立つようにしようとすると、\alpha a_x+\beta b_x=0にしなくてはいけないから\beta=-{\alpha a_x\over b_x}と決まってしまう。すると、
\begin{align}
\alpha\mtx[c]{a_x\\a_y}-{\alpha a_x\over b_x}\mtx[c]{b_x\\b_y}
= \mtx[c]{0\\\alpha a_y-{\alpha a_x\over b_x}b_y}
= \mtx[c]{0\\\alpha \left(
a_y-{a_x\over b_x}b_y
\right)}
\end{align}
となるが、a_y-{a_x\over b_x}b_y=0が成り立たないと右辺は零ベクトルにならない。この条件は{a_x\over b_x}={a_y\over b_y}=kと書き直すことができるから、つまりは\vec aが\vec bの定数倍(今の場合はk倍)であるときには(そのときに限り)線形従属である。
N次元のベクトルのk本の線形結合\alpha_1\vec v_1+\alpha_2\vec v_2+\cdots \alpha_k\vec v_kは行列を使って表現すると
\begin{align}
\mtx[cccc]{\tatevec{\begin{array}{c}\\\vec v_1\\ \\\end{array}}&\tatevec{\begin{array}{c}\\\vec v_2\\ \\\end{array}}&\cdots&\tatevec{\begin{array}{c}\\\vec v_k\\ \\\end{array}}}\mtx[c]{\alpha_1\\\alpha_2\\\vdots\\\alpha_k}
\end{align}
と書くことができる。このベクトル\allc{{\vec v}_*}が線形従属なら、上の式の計算結果が\vec 0になることがある。線形従属かどうかを判定するにはどうすればよいかというと、この行列の性質を調べればよい。その性質とはなにかについては、後でじっくり説明しよう。
3次元以上については線形従属の条件は単純に「定数倍」とはならない(たとえば、3本のベクトルが互いに平行ではないが\文中式{\vec a+\vec b+\vec c=0}になっている状況は考えられる)。N次元のベクトル空間では、線形独立なベクトルはN個しかない。定義から、N次元なら任意のベクトルを(基底を\vec v_1,\vec v_2,\cdots,\vec v_Nとして)\vec V=\alpha_1\vec v_1+\alpha_2\vec v_2+\cdots \alpha_N\vec v_Nと表すことができる(\alpha_1,\alpha_2,\cdots,\alpha_Nは適切に選ばれた係数)。
シラバスの予定では内積までやるところでしたが、内積・外積の話は来週に回します。
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物理数学I webclass
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