前回の感想・コメントシートから
前回の授業の「感想・コメント」の欄に書かれたことと、それに対する返答は、
第6回授業への受講者の感想・コメント
にありますので見ておいてください。
前回までで、との行列の行列式と逆行列の作り方をやりました。今回はいっきに「行列の行列式と逆行列」を考えましょう。
以下の話の説明ビデオは↓
の場合を思い出しておくと、
がレヴィ・チビタ記号を使った行列式の表現でした(そしてこれを微分すると余因子が計算できて、逆行列を作ることができた)。
その流れに乗って、まずは次元のレヴィ・チビタ記号を考えます。
まず任意次元のレヴィ・チビタ記号について確認しておこう。
任意次元のレヴィ・チビタ記号
- 次元のレヴィ・チビタ記号は個の添字を持つ()。たとえば2次元では、3次元ではのように。
- レヴィ・チビタ記号の隣り合う二つの添字を入れ替えると、符号が反対になる。
- 添字が1ずつ増えていく場合のレヴィ・チビタ記号の値を1と定める。
上の2.は隣り合う二つの添字に対する式だが、たとえば隣の隣と入れ替えるのであれば、
となるので、やはり符号は反転する。今入れ替えたとの間に個の添字()があったとしても、
となって、やはり符号は反転する。よって
レヴィ・チビタ記号の完全反対称性
レヴィ・チビタ記号の任意の二つの添字を入れ替えると、符号が反対になる。
と表現しても同じことになる。
ゆえに、レヴィ・チビタ記号は同じ添字が二つ以上あると0になる。
N×N行列の行列式
以下の話の説明ビデオは↓
以上のようなレヴィ・チビタ記号を使って、
と定義する(これを使って逆行列も後で定義する)。
たとえばならば4次元のレヴィ・チビタ記号をを使って、と行列式が定義されることになる。
行列の行列式に3重線形性があったように、
が成り立つ(行ベクトルの方についても同様である)。これがあるので
行列式を不変にする変形
- (1)ある行に別の行の定数倍を足す。
- (2)ある列に別の列の定数倍を足す。
- (3)ある行と別の行を交換し、どちらか片方の行を倍する(行列式全体の符号を反転してもよい)。
- (4)ある列と別の列を交換し、どちらか片方の列を倍する(行列式全体の符号を反転してもよい)。
はの場合でも同様に使える。
上の(1)と(3)は行に対する操作、(2)と(4)は列に対する操作である。
実は(1)を複数回使うと(3)は実現できる。
(4)も同様である。
行列式の幾何学的意味
以下の話の説明ビデオは↓
行列の行列式は「列ベクトル2本の作る平行四辺形の体積」であり、行列の行列式は「列ベクトル3本の作る平行六面体の体積」であった。類推から、行列の行列式は「列ベクトル本の作る次元立体の`体積'」となる。より正確に言うと行列式は「その行列の表す線形写像によってその空間の体積が何倍になるか」を表す量だと言える。2次元の場合で描いたのが下の図である。

このことから直観的に、以下が成り立つことがわかる。
行列の積の行列式は行列式の積
任意の同じ次元の正方行列について以下が成り立つ。
これを具体的に行列式の定義に代入して計算して確かめようとすると、少し面倒だが、行列式の重線形性を使うと比較的計算量少なく証明できる。
まず行列をなら、ならのように列ベクトルを並べたものとみなして考えよう。同様に、行列の積は
と表現できる。ここで、というベクトルは
のようにの線形結合で表現できることを思い出す。
よって、
なのだが、重線形性を使えばの係数であるところのをどんどん外に出していく。結果は
の形になる。ここで、後ろのはがの置換でない限り0になる(添字が同じ値になると、行列式の反対称性から0)。
この置換が偶置換なら結果はになり、奇置換なら結果はとなるから、
となり、証明された。
2次元平面を直交座標で表したときの微小体積はだが、極座標で表したときの微小体積はである。これは

のように図を描いて
という関係があること(図はのみがあるときとのみがあるときを表現しているが、両方があるときは和になる)を読み取り、さらにそれを行列で
と表現した後でこの行列の行列式を考える。すると、面積(2次元体積)の比が、であることがわかる。
余因子
以下の話の説明ビデオは↓
のときと同様に、の余因子を
で定義しよう。
の場合で確認。を微分して余因子行列を作ると、となる。
の場合も、を並べた行列のことを余因子行列と呼ぶ。
ではなくを並べた行列の方を「余因子行列」と呼んでいる本もある。その場合は「余因子行列の転置を行列式で割ったもの」が逆行列になる。
微分を使って表現しているが、難しい計算をしているわけではなく、行列式はの1次式でしかないので、やっている計算は係数を求めているだけである。
が成り立つことはすぐにわかる。まずにして代入してみると、
であるが、が1でないなら、のどれかである。たとえばなら
となるが、レヴィ・チビタ記号はで反対称だから、この和は0になる。
がの交換で反対称、がの交換で対称であれば、になる。足し算の過程で(として)とが一回ずつ現れ、その和が0になる。のときはである。
がなどの場合も同様である。
こうして、
がわかった。
ではではどうなるかというと、
となる。これはついさっき定義した(行列の)行列式そのものである。
微分を使った表現を使うと
という式が出る。これは(以下にしめすように)行列式の重線形性からすぐにわかる。
1列めだけではなく任意の列に対してこれが成り立つことを示そう。まず、元ののうち、列めの成分だけを倍した行列
を考える。この行列をとしよう。の行列式は、もとの行列の倍である。すなわち
なのだが、この式の両辺をで微分すると(を含むのは列めだけであることに注意)、
という式が出る。ここで、にはすでには含まれていないので、に等しく、
が示せた。
上で出した式の出し方は、熱力学などでも出てくる「Eulerの関係式」(など)と同じ出し方である。
まだやってない人が多いと思うが、出てきたときに「あ、似たような考え方があったな」と思いだしてほしい。
これで、
がわかった。よって、逆行列は
で定義されることになる。
ここでは「一般的な逆行列の求め方」を考えたわけだが、逆行列の作り方の基本的な考えは、行列をのようなベクトルの列と考えてそれらのベクトルと}となるベクトル列(双対基底)を持ってきてと並べなさいということである。それをレヴィ・チビタ記号というツールを使って考えると上のようになる。
連立方程式を行列で解く
以下の話の説明ビデオは↓
行列は線形の連立方程式を解くのに使える、ということを導入としていたので、ここで具体的に「方程式を解く」という作業を行列を使ってやってみよう。が変数、を定数としてこの二つの関係が行列を使って
と表現されているとする。逆行列が存在しているならば、
でが求められる。
よって具体的な計算の上で問題となるのは
- 逆行列をいかにして計算するか?
- 逆行列がない場合はどうするか?
- 逆行列がユニークに決まらない場合はどうするか?
ということである。この問題を考えていく上で、「どういう場合に逆行列がなかったりユニークでなくなったりするのかを知る」ということも目標になる。
問題によってはが正方行列でないために、「逆行列がない場合」と「逆行列がユニークに決まらない場合」が有り得る。正方行列であれば、逆行列はあるかないかの二択である。以下ではしばらく正方行列のみを考える。
行列式が0のときは、が存在しないので、でを求めるというわけにはいかない。ではまったくに関して何の情報も得られないのかというと、そんなことはない。どの程度の情報が得られるのかを以下で考察していこう。
行列式が0になるのは
- 行列を構成する行ベクトルが独立でない場合
- 行列を構成する列ベクトルが独立でない場合
の二つが考えられる(実はこの二つは同じことである)。
そのことを示そう。
前にやった「行列式を不変にする変形」のうち、行に関する操作である
行列式を不変にする行の変形
- ある行に別の行の定数倍を足す。
- ある行とある行を交換し、どちらか片方の(行または列)を倍する(行列式全体の符号を反転してもよい)。
を使うと、行列をかならず「上三角行列」にできることが以下のようにして示せる。
まずから出発する。が0だと以下の作業ができないので、その場合は行の交換を行ってのうち0でない方をの位置に持ってくる。もしもが全部0だとこれはできないが、そのときはこの列については何もしなくてもいいので次に進む。
が0でなかったら、「1行目のを2行目に足す」「1行目のを3行目に足す」という操作をすると、行列をの形に変形できる。
なお、さっき「が全部0」の場合を別に考慮したが、それはすでに(変形しなくても)の形だったということ(この場合は(1,1)成分のも0)である。
次の段階として、のように行列を区切って、右下のの領域に対して同じことを繰り返す。これを続けていけば、ば、の形(つまり、上三角行列)になる。
上三角行列のありがたい性質は、行列式がになることである(それ以外の項は全部0になる)。よって、の全てが0でないとき、行列式は0ではない(一つでも0だと、行列式は0になる)。
の全てが0でないとき、上三角行列の行ベクトルは線形独立である。たとえばという列ベクトルは、それより下にあるベクトルをいかに足し算しても作ることはできない(他のベクトルには第1成分が全部0だから!)
逆に言えばが0である場合は、それより下のベクトルを足し算すればというベクトルは必ず作ることができる。
このとき、行列を行ベクトルを並べたものとみたときの行ベクトルは線形独立ではないということになる。ところで上で行った操作は、まさに行ベクトルの線形結合を取るという操作だったので、線形結合を取ったら独立じゃなかった、ということは「元々独立じゃなかった」ということになる。
さて、行列式を不変にする変形には、
行列式を不変にする列の変形
- ある列に別の列の定数倍を足す。
- ある列とある列を交換し、どちらか片方の(行または列)を倍する(行列式全体の符号を反転してもよい)。
もあった。こっちを使うと行列を「下三角行列」に直すことができて、同様に行列式が0なら線形独立ではないことが示せる。
つまり、行列式が0でないときは、行ベクトルは線形独立ではないし、列ベクトルも線形独立ではないのだ。
列ベクトルが独立でない場合、すなわち、
としたときに、
なる関係がある場合を考えよう。この式は、行列を使うと
と書くことができる。これの意味するところは、「が方程式の一つの解なら、も解になる」ということだ。これは「解がユニークに決まらない」と言う状況である。
さて、ここで行列を形成する列ベクトル本のうち何本が独立なのか、という数を考えよう。この数を「階数(rank)」と呼ぶ。行列は階数が大きいほど多い情報を含んでいる。階数をどのように評価していくか、そしてどのように連立方程式を解いていくか、いう話は次回やろう。
以上で第7回の授業は終わりです。webClassに行って、アンケートに答えてください。
物理数学I webclass
この感想・コメントシートに書かれたことについては、代表的なものに対しては次のページで返答します。
なお、webClassに情報を載せていますが、木と金の11:50〜12:50の間、オンラインオフィスアワーとしてzoomを開いてます。質問や相談などがある人は来て話してください。
受講者の感想・コメント
webclassでのアンケートによる、感想・コメントなどをここに記します。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。
主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。
今回の授業では行列を列ベクトル行ベクトルの組とみることで、そのベクトルの集合が線形従属であるなら行列式が0であるという事の証明をできましたが、その逆の行列式が0であるならベクトルの集合が線形従属であるという事(ベクトルの集合が線形独立ならば行列式が0であるという事)も成り立つのでしょうか?
成り立ちます。それは第8回の授業ですっきりわかるんじゃないかな。
行列式は苦手意識がありますが、性質を少しずつ覚えてきたので少なくなってきました。行列式を不変にする条件を満たせれば結果が変わらないのが分かりました。
「重要な量を不変に保ちつつ、便利なように変形する」というのは数学・物理の常套手段です。
レヴィ・チビタ記号にも慣れてきた。 講義の内容は、はっきりわかった、というのではないけれど、ぼんやりとはついていけている。
できればはっきりわかってほしい。
今までは出てきたから理解していたレヴィ・チビタ記号や行列自体も、どうやって使って何が便利なのかがようやく実感できて来た気がします。 今まで講義の流れを追うので精一杯だったので、今までの講義を復習して、自分でも手を動かして自分で計算できるようにしたいです。
手を動かして計算、はもちろんやってください。
行列式や逆行列は、高校まででならってた連立方程式を高次元で解くようなロマンがあって面白かった。上三角行列を作るときの過程のイメージを、連立方程式を単純に解くときのイメージと結びつけることができた。
単なる操作ではなく「何をやっているか」をイメージしながらやっていくと、「解けていく」感じがありますね。
上三角行列を作って計算する方法は、面倒だった行列の計算を行わずとも行列式を求めることができて革新的だなと思いました。操作自体も簡単な方なので使いこなせるように頑張ります。 余談ですが、N>3の時の行列式がN次元立体の体積を表すのなら、それはどういった立体なのか興味が湧きました。
「立体」といってもN次元なので、もちろん我々がイメージする立体とは違うものです。どうイメージすればいいのかも難しい。
解がユニークに決まらないことから、列ベクトルのどれくらいが独立でどれくらいが独立でないのかが分かるというのは面白いなとおもった。また、今回思った以上にレヴィ・チビタ記号の性質が使われて出てきたのでもう一度確認しなければいけないなと感じた。
解がどのように決まるか、というのはとても大事な情報なので、行列を使いこなしながら理解していってください。
これまで余因子行列を公式に沿って計算していたが、レビチビタの記号で詳しく考えることで理解が深まったと感じた。
レヴィ・チビタ記号は、特に次元があがるととっても便利です。
自分の苦手分野がわかってきました。機械的に行列の計算はできると思っているのですが、その行列が表す意味など、ちゃんと理解せずに進んできたことがわかりました。
中身を理解しながら、計算をじっくりと(味わいながら)やってみてください。
面積要素の計算がじぶんのなかでかいけつできたのでよかった
もっと複雑な関係の座標変換でも、ヤコビアンの考え方は使えるので、やってみてください。
行列の積の行列式は、行列式の積になるとわかって、スカラーの計算と同じで、行列を身近なものに思えてきました。 直交座標から極座標に変換する時にヤコビヤンとして"r"と加わる理由がわかりました。このrは、行列式であったと学べて行列式の有り難みを実感しました。