力試しのチェックテスト

この授業の目的

 この授業は教職志望の学生を対象として「教える立場に立つ人にとっての物理学」を講義・演習していく予定です。

 最初に「教える立場に立つ人」が満たすべき条件について述べておきます。

 当然あなたは、教える内容について、教わる人(児童生徒)よりもずっと深く知っていなくてはいけません。「一を聞いて十を知る」という諺がありますが、人に教えるときには「十を知っていれば一教えることができる」ぐらいに思っておいた方がいいです。「一」しか知らない人が授業で「一」を教えても、中身が薄いものになりがちだし、児童生徒から質問が出たときにその「一」から外れてしまうともう対処できなくなります。特に物理などの理科系の科目の内容は「知っていること」よりも「概念を理解すること」が大事です。それは一朝一夕で身につくものではありません(先生になってから「明日の授業なんだったっけ〜」と予習すればなんとかなるというものではないわけです)。だから、今のうちに物理学のいろんな内容を、「十」知っておいて欲しいわけです。

チェックテスト

 というわけで、まず力試しの試験をしました。試験の内容のPDFはこちら

 今日はその試験の内容のうち、<チェックテスト1>だけを解説しました(2以降は来週から後に)。

図は、床の上に乗った物体の上にさらにもう一つ物体が乗っているところである。物体および床に働く力を全て図に書き込め。書き込み終わったら、どの力とどの力が作用・反作用の関係にあるかを示せ。

図は物体と物体、物体と床の間に隙間があるように描かれている。これは境界部分にどのように力が働いているのかがわかりやすくなるようにするためで、もちろん実際には物体どうしは密着している。そう考えて力の図を書くこと。

 まず個人で解答をそれぞれの用紙に書いてもらって回収した後、5〜6人でグループを組んで、それぞれの思うところを議論してもらった後、解説をしました。

 ここで議論をしてもらったのは、相手に説明しようという過程で自分の理解を深めるという体験をして欲しかったから。いろいろと悩んで議論になっていたようである。

力の絵

 多かった間違いは、

のように力の矢印の始まる位置がおかしいもの。矢印の根元の○の部分は「作用点」なので、これだと「上の物体が下の物体を引っ張る」という図になってしまっている。

 力に三要素(向き・大きさ・作用点)があるが、その「作用点」がわかりやすいように絵を描かないと、せっかく描いた絵も「ただ描いただけ」になってしまう。力の絵を描くのは、この後つりあいの式なり運動方程式なりを立てるためである。作用点が明瞭でない図を描いていると、後の作業に支障をきたす。

 もう一つまずいのは、

のように力が足りない例である。

 図に書き込んだように「重力」「上の物体が下の物体から押される力(垂直抗力)」「下の物体が床から押される力(垂直抗力)」を書いたとすると、作用・反作用の法則(作用と反作用では「主語」と「目的語」が逆転する)からして「下の物体が上の物体から押される力」と「床が下の物体から押される力」が必要なのである。それも書くと

となる。これが正解。

作用と反作用

 どれとどれが作用と反作用か?という問いもあった。これについては、3割ぐらいの学生さんが下の図の「誤った作用・反作用ペア」の方を指摘していた。

 この間違いも頻出する間違いで、学生の皆さんが教員になったら、きっと多くの生徒がこの間違いをやらかすところを見ることになるはずである(その前に先生が間違えてはいけないので、今回間違えた人は来週の授業で作用・反作用をみっちりやるのでしっかり勉強しよう)

 この間違いは「下向きの重力」と「上向きの垂直抗力」を「重力があるから垂直抗力が生まれた」のように考えて「重力と作用があるから垂直抗力という反作用ができた」のような文脈で捉えてしまっていることから起こる。

 他に、

の力の、「c+d」と「e」が作用と反作用、と答えているものもあった。これは「作用・反作用」と「つりあい」のちがいがわかってないという間違いであろう。

 来週、作用・反作用の間違いについて、<チェックテスト2>の解答も含めて解説していこう。

今日のまとめ

 今日は力の絵を使って作用・反作用をテストした。物理にはこういう「うっかりと勉強すると(あるいは先生がうっかりと教えると)」間違った概念が形成されてしまい、困ることになるポイントが多数存在する。教員志望の皆さんは前もってこういう誤概念を克服しておいて、児童生徒をこの誤概念に導いてしまわないように気をつけなくてはいけない。

 とはいえそれは難しいことではなくて、今日の話でいえば、要は「作用反作用の法則」の中身をちゃんと理解して、自信を持って教えることができる状態になっていればいいのである。

 この授業ではしばらくは力学の範囲に関して概念を正しく理解して(生徒が間違った方向に進まないように教えて)いく方法を考えていきます。

受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

 主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。


久しぶりに物理をやったが、復習する必要を感じた(同様の感想多数)。
しましょう!

今日のチェックテストで、自分がこんなにわかってないのかとびっくりした(この感想も多数)。
今のうちに、しっかり「教える側に立つため」の勉強をしておこう。

物理を高校であまりやっていなくて不安です。
いつか教えることになるかもしれないので、そうなったら「やってない」ではすまないので、今がんばりましょう。

人に1教えるには10理解」という言葉が印象に残った。
ほんと、教えているとそう思いますよ。

チェックテスト5の中学生の質問がいい答えが浮かばなかったので、もっと自分自身の理解を深めなければいけないと思った。
素朴な質問に答えられるようになろう。

エアコンほしいです。授業中暑すぎます。
壁にスイッチありますから暑いと思ったら勝手に押してください。

自分がいかにいいかげんに覚えていたかがわかった。
というふうに「覚えた」「覚えよう」という言葉を使っている人がいるんだけど、そもそも「覚える」のが間違いで、「理解する」ことが大事。人間覚えたことは忘れるけど、納得して理解したことはなかなか忘れない。


中学のときに習っている内容なのに、完璧に理科してなかったり忘れたりしていて、これから生徒にウソを教えてしまう可能性があることを感じて、おそろしくなりました。
その怖さを忘れないで、勉強していってください。

物理は苦手で嫌いで難しくてずーーっと逃げてきた科目なので、ほとんど何もわかりません。ばかげた質問をたくさんすると思います。
ばかげた質問ウェルカムです。

頭をつかう授業でとても楽しかった。人に説明する訓練をたくさんしたいと思った。
教職めざすなら、ぜひぜひやるべきです。

自分で解答したものと、グループでやったので、だいぶずれがあった。
そういうときに、どんなふうにまとめながら「正解」に近づけていくか、というのはとても勉強になります。
チェックテスト