< 物理学概論2019年度講義録第8回

今日の授業

 今日は前回の最後で考えた


 人間がボールを投げる。投げる前と投げた後で、運動量が保存してないように思える。 これはなぜか。

  • 運動量は保存してないが、その理由は〜
  • 実は運動量は保存している。なぜかといえば〜

の二つの答え方ができるので、両方を答えよ。


の解答から。

解答講評

 まず、何も書いてないものが何名かいた。思いつかなかったということだろうが、それはとても残念。

 だがもっと残念なのは「何も書いてない」より悪い「間違いを答えている」解答があったことである。

 間違いを教えることは「何も答えない」よりももっと悪い。なぜならあなた達は先生になるのであり、先生が嘘を教えるぐらいなら何も教えない方がましだからである。

「何も書かないよりは何か書いておいた方がいい」というのは、せせこましくみみっちく試験の点数を取るための方法としてなら、ギリギリわからないでもない。だが、人に教える立場に立った人がそれをやったら、教えられた側への被害はものすごく大きいということは自覚しておくように。今は、大学の授業でのレポートを書くときだからいいが、教える立場に立ったらそうはいかない。

正解

 この問題に答えるには


運動量が保存しない理由 人間の足と地面の間に力が働いている。運動量が保存するのは「外力がない場合」で、外力があるならその力積の分運動量が変化する。

か、または


実は運動量が保存していると思っていい理由 人間は地面を蹴っている。その分地球が後退する。地球の運動を無視して考えると運動量が保存してないように思えるが、ちゃんと地球の運動を計算に入れれば保存している。

のどちらかである。これら二つを、両方答えると正解。

 まずは最低でも、「人間にはもうひとつ、地面からの力(「摩擦力」と表現している人もいた、それでもよい)が働いている」ということに気づいて欲しい。この力があるおかげで運動量が保存しない、と説明してもいいし、地球に働く力によって地球が動くのだ、と説明してもよい。

だめな答えの例

運動量は保存してない。投げる前は両方静止しているが、投げた後はボールが動いているから。

と書いて終わっている人がいたが、「なぜそういう運動量が保存しないということが起こるのか」を説明しないと、何も答えてない。

人間はボールを投げた後に後ろに下がっている。

という説明をしていた人がいたが、実際には人間は投げ終わると静止する。現実に起こっていることを無視してはいけない。これが「もしも地面に足がついてなかったら(あるいは摩擦がなかったら)という考察として出てくるのならまだいいのだが。

実は運動量は保存している。なぜなら、作用・反作用の法則で力$F$でボールを投げるとき、人間に力$-F$が働くので成り立っている。

もちろんこの記述自体は正しいが、それは「こういう理屈で保存しているに違いない」ということを述べただけに過ぎない。こう言われても「じゃあどうして人間は後ろに下がらないの?」という疑問が出てくるだけで、解決にはならない。

これと同様に、「$\vec F_1+\vec F_2=0$だから」のように数式を使って「運動量が保存する理由」を説明している人が多数いたが、この問題に即して「どこに運動量を受け取っている物体がいるのか」を説明しないと意味がない。

ボールを投げるときに後ろに一回ボールを持っていってその後に前へ向かって投 げる。だから、後ろに$m\vec v$の運動量でもっていって、前に$m\vec v$で投 げているから、実は運動量は保存されている。

これからどうして「運動量は保存されている」という話になるのかさっぱりわか らないが、「後ろ向きの運動量」と「前向きの運動量」が等しいと言っているな ら、「向きが違う運動量(運動量はベクトルである)は等しくない」ので間違い となるし、「後ろ向きの運動量と前向きの運動量を足して0」というつもりなら、 「時間の違う運動量を足して0であることは『保存する』とは別」という 話である。保存というのは「ある時刻の運動量と別の時刻の運動量が等しい」と きに使う言葉である。

投げた後は投げる前には考えていなかった重力を考える必要があり、投げる 前と投げた後の条件が違うから。

この問題で疑問になっている「運動量は保存しているか」で考えているのは、ボー ルの水平方向の運動量である。ここで、鉛直方向に働く重力は、何も関与しない (できない)ので、これは理由にならない。

ボールには空気抵抗が働くので運動量は保存してない。

空気抵抗が働くのは正しいが、それは今問題にしている話とは関係ない。

上半身を回転させたときに、下半身に逆方向に同じだけ力が働いている。角運動量保存?の法則

角運動量保存の法則を使ったとしても、それで等しくなるのは、力ではなくトルク(力のモーメント)で、別の話。

人間がボールを投げた瞬間に力が抜けて運動がとたんに収束するので運動量が保存しないように見える。

「力が抜けて運動がとたんに収束する」というのは、典型的MIF誤概念。力が抜けたら運動が止まったりはしない。

保存してない分のエネルギーは人間の運動エネルギー分に行く。
誰もエネルギーの話はしてない。運動量とエネルギーを混同している?
人間は食べたものをエネルギーにしているから。
これも、関係ない話。運動量の保存とエネルギーの保存は別の話である。
ボールが人を押す力よりも、摩擦力の方が大きいため、人は動かない。

これも誤概念。最初に人が止まっている場合、「人は動かない」としたらそれは「力がつりあうから」である。「摩擦力の方が大きい」なら人は摩擦力の方向に動く。

ボールを投げ終わった後、人間は投げたときの遠心力で前に着地する。

ここで「遠心力」が出てくるのもおかしいのだが、そもそも前に着地したらなんだというのだろう?

人は地面に接触しているから動けない。

これは言いたいことはわからないでもないが、物理として説明するなら「地面からも力を受けているから」ということを明確に指摘したい。

熱力学

 問題の後、テキストの熱力学の章を、平和鳥の動きなどを見せながら説明しました。

受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

 主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。


力学はまだまだ復習の必要があると思った。
そうですね、がんばってください。

運動量保存則、作用・反作用と奥が深すぎて難しい。
教員になるというのはその奥の深いことを教える、ということなのだから、頑張ってください。

運動量とエネルギーの違いについて全く理解できていなかった。
そこは流れ(どう導くか)も含めて理解しておこう。

書く物理量がスカラーなのかベクトルなのかは大事だと思った。
もちろん、大事です。

「熱エネルギー」って誤用なんですね。先生も使ってましたが。
言葉というのは、誤用であっても使われてしまうし、そのうち誤用が定着しちゃう。

問題を授業で出すのはいいんですけど、考える時間が短すぎます。時間とるのが難しいのはわかりますが、もう少し考えさせてください。
悪いけど、これ以上考える時間を取るのは無理。

今日はパパパコメントのページに飛べなくなってしまってコメント送れませんでした。もう一度QRコードを配るか、webclassに貼っていただきたいです。
「パパパコメント」で検索すれば出ます。また、この講義録ページからもリンクしてあります。

平和鳥の動きに癒やされました。来週も持ってきてください。
来週は電気に入るので。

平和鳥考えた人天才。水を吸って位置エネルギーを得たのかと思ってた。
水を吸ってもそんなエネルギー出てこないしなぁ。

熱力学第2法則が要請なのはわかったのですが、証明できないものを土台にして熱力学の体系を作ったことがわからない。その要請が矛盾ないので信憑性が保たれているのか?
いかなる科学の分野でもいくつか「証明できないこと」を土台にして作ってます(力学も電磁気も、あるいは化学や生物や数学もそう)。全部が証明できる場合なんてありません。要請はもちろん、互いに矛盾してはいけないし、実験に合致しないといけない。

鳥が可愛かったです。どこで買いましたか?
amazonです。

今日の授業