前回の授業に対する皆さんの感想・コメント(抜粋)が、
にあるので見ておいてください。
前回のレポート問題
上の図の現象で、回していれば水がこぼれないのはなぜかを「遠心力」という言葉を使わずに説明せよ。
(注意:外から見ている立場ならば、「遠心力」なんて言葉は一切使わないのが正しい考え方である。どうしても「遠心力」を使いたいなら、あなたは「バケツの中にいる人」にならなくてはいけない)
について解説しておきます。悪い例をいくつか述べます。
これはそもそも問題の趣旨が「遠心力という言葉を使わずに」なのですから、ダメなのはわかりますね。「ついつい使ってしまう」という人はおそらく、まだ「遠心力は見かけの力で、回転を外から見る立場ではそんなものはない」という概念ができてないのだと思われます。
これは実際に高校生に説明すると頻出する間違いでもあります。
おそらく教科書に「円運動しているときは向心力が働いている」という説明があったのを字面だけ覚えてしまっているのでしょう。「向心力」というのを、
と、大きな勘違いをしている例があります。そうではなくて、
というが「向心力」という言葉の意味です。向心力というのは都合よく出てくる力ではなくて、「物体が円運動してくれるためにはそのとき働く力はちょうどある強さである向きになっていなくてはいけない」という法則があって、その「ちょうどある強さである向きの力」のことを「向心力」といいます。
この間違いは本当に高校生の頻出間違いです。物理では「原因→結果」が大事です。「向心力」も原因があって生じる力(重力だったり垂直抗力だったり張力だったり)であって、「どこからともなく湧いてくる力」みたいなものはないです。「ここで向心力が働く」に対しては「何から?(誰から?)」というツッコミが必要です。その「何から力が働くか」を曖昧にして「なんかしらんけど向心力」のように曖昧に考えていたのでは物理になりません。
たとえば水が溢れないのは向心力の反作用の力が円の中心方向と逆向きに加わっているからのような説明ですこの間違いが、一つ上の間違いである「どこからともなく現れた向心力」と同時に起こっている(誤解の併発)場合もあるし、向心力の説明は正しいけど反作用がかかる、と間違えている例もある。。「見かけの力である遠心力は使ってはいけない」ということから「外向きの力」として遠心力以外と言うと「向心力の逆向きの力→反作用」と考えたのではないかと思われます。
のような図を描いて説明しようとした人もいます。
しかし、ここでもう一度、作用反作用はどういう関係だったかを思い出してください。↓は第2回で書いた図の再掲載です。
作用と反作用は働く物体が違うのでした。じゃあ、水に働く向心力(←これが何であれ)の反作用は水ではなく「水に向心力を与えたもの」に掛かります。この場合なら、たぶんバケツと地球ですね。
修正すると↓のようになります。
なお、後で説明しますが実際の向心力は地球からの重力が含まれているので、向心力の反作用の一部は地球に掛かります。↑の図は重力を無視した図になってるので、注意してください。
「水がこぼれまないか?」という問題を考えているのに、その理由に「バケツに働く力」を持ってきても意味がありません。
残念ながら、「運動方向の力」という言葉を使って説明しようとしている例がいくつかありました。こういう図を描いている人です。
また「運動方向に力が働く」と書いてなくても、「運動に力が足されるので」とか「速度に力が足されるので」とか書いている人は、やはりまだ「速度」または「運動」の概念が「力」の概念と分離してない(ごっちゃになっている)のではないかと心配になります。
当たり前ですが、単位または次元の違う量は足せません(体重60kgと身長170cmを足して230にしても、それは意味のない数字です)。
速度(m/sで測るもの)と力(Nで測るもの)は足せません。
ただ、「力が運動方向を変えるのに使われている」という視点を持っているという点では「速度に力が足される」という考え方も、悪くはありません。
ですが、「速度に力が足される」と説明してしまうと、生徒は $$\vec v= \vec v_0+\vec F$$ のようなむちゃくちゃな式が成立すると(曖昧な理解で)思ってしまうかもしれません。
「水は速度を持っているのでその速度の方向に力を受けるのでバケツの底に押し付けられる」という説明をしている人も何人かいました。これも速度と力が分離できてない例です。
この「上に来たときにバケツから水が落ちるのでは?」という疑問が湧く理由は(やはりMIF誤概念)「力が働けばその方向に運動するはず」という誤解をしているからです。
実際には、「力」は「運動の方向(速度の方向)」ではなく「運動(速度)の変化の方向」を向く。バケツが上に来たときの運動の変化は、
のようであり、速度の変化はのようになり、変化(加速度)の向きは力の方向(概ね下向き)を向いているのである。
つまり、ここでは重力(および手の力)という「(概ね)下向きの力」は「バケツおよび水の速度の変化(←これは速度と同じ向きではないことに、もう一度注意)」に使われているのである(最初、バケツや水が止まっているなら、当然水は落ちる)。
そもそも「重力のせいで水がこぼれるのでは?」という疑問が出発点なので「こぼれないのはなぜ」を説明することが大事です。「重力によって起こる加速度(速度変化)が円運動の加速度になっているよ(下向きに加速度があるからといって下向きに動くとは限らないよ)」という説明があるとその疑問に答えることになります。
上で書いた間違いの式$\vec v= \vec v_0+\vec F$を正すならば $$m\vec v=m\vec v_0 + \vec F\Delta t$$ となります。ここに出てくる$m\vec v$というのは運動量というやはり大事な量ですが、それはまた今度やりましょう。
「水には、重力およびバケツの面から働く抗力が働く。この2つの合力は円運動の速度変化(上の式では運動量変化)を起こすのにちょうどいい向きと大きさを持っている」ということが大事なのです。
円運動のイメージを持つために、以下のアプリをしばらく動かしてください。
アプリで見せているのは
と思ってもいいし、
と思っても、
と思ってもいいです。
もう一度最初から見たいときは、右のボタンを押すこと→
回転座標系で見た水平方向の初速度(この場所の回転速度の何%か):
回転座標系で見た垂直方向の初速度(この場所の回転速度の何%か):
左側は「円運動している系の内側から見た視点」、右側は「円運動している系を外側から見た視点」です。
人間が物体(リンゴだと思ってもいいしボールだと思ってもいい)を離すとどんなふうに運動するかを、初速度をいろいろ変えながらやってみてください。いろいろ、面白い動きが見られると思います。
初速度を設定すると、やのような不思議な動きをさせることができます。とにかくいろいろやってみて。
感じ取って欲しいところは、
ということです。「遠心力」は高校物理の力学の難所の一つです。難所になるのは上の感覚がなかなか身につかないからです。「見かけの力でしかない」という視点を持って考えないと、いろいろ間違うのです。
ガンダムのスペースコロニーもそうですが、宇宙で人類が過ごすときに「人工重力」が欲しいとき、この回転による見かけの力を使います。少し変なところはあるけど、左の「回転している座標系」で見ると「物が下に落ちる」という現象が見えます(ただし、この場合の「下」は「外に向かう方向」です)。
なお、この運動をじっくり見ると、「右へ曲がろうとしているなぁ」と感じるかもしれません。これは地球の北半球上の物体が(地球の自転のせいで)感じる見かけの力が「速度を右に曲げようとする方向」に働く(これを「コリオリ力」と呼びます)のと同じです。台風が渦を巻く現象はこのコリオリ力によります。
たとえば真上に投げても(水平方向初速度を0にして垂直方向の初速度を正にしても)元に戻ってきません。こうしてみると、スペースコロニーの中で球技をやるのは難しいかもしれません。
力学に関してはここまで考えた「運動の法則」がもちろん一番大事なのだが、以下で説明する「保存則」も大事である。詳しいところはテキストの50ページからを読んでおいて欲しいが、特に気をつけて欲しいことは
ということである。というのは物理法則というのは
に分かれるのだが、この二つを全く区別せずに「どっちにしろ法則でしょ」と理解している人が結構いる。
勉強した最初はどうやって導いていたかを聞いたり読んだりしたはずなのだが、後になるとそんなことはすっかり忘れて「そういう法則なんだから成り立つんでしょ」といういいかげんな理解でいることが多いが、それは物理がわかっているとは言い難い状況なのである。
教える立場に立つ人は特に「各々の法則の間のつながり」を意識していかなくてはいけない。でないと、「無駄な勉強」をさせてしまうことになる。
たとえば
と質問されたりするわけだが、どっちを使うか(あるいは両方使えるまたは両方使えないか)というのは、それぞれの保存則がどこから来るかを理解している人にとっては聞くまでもない「自明」なことである。
この質問に対して摩擦があると力学的エネルギー保存則は使えないよとか衝突のときは運動量保存則を使おうねとか答えるのは、(その場面では真実であったとしても)効率が悪い。「どういう理屈で力学的エネルギー保存則が成り立つのか?」を正しく伝えるべきである。
物理は「少ない原理からいかにいろんな現象が記述し予言できるか」という点が大事な学問である。「この公式を覚えればこの問題が解ける」という「各個撃破」モードに入ることは、物理にとっては効率も悪いし、物理という学問の便利で効率のよいポイントを自ら殺してしまっている行為なのである。もちろん、教える側がそちらに誘導するのはもってのほかである。
教えていると、「とりあえずこの公式覚えたら中間試験は通るから、覚えちまいな」というふうに教えたくなる気持ちはわからんでもない。でもやっぱりそれは学問の本道ではないし、長期的に見れば教える方も教えられる方も損をする指導方法である。
しかし、大変残念なことではあるが、
ダメな勉強
ありとあらゆる場面に対して「この場合はこの公式」という「各個撃破モード」に入ってしまう。
というような勉強の仕方をしてしまっている(あるいは先生がさせてしまっている)状況が、時折見られる。実は統一した考え方をすれば理解は簡単だし憶えるべき公式も少なくて済むというのに、である。
少しだけ、「力学的エネルギー」の意味がちゃんと理解されているかを確認しておこう。次の質問を、少し考えてから問題文をクリックして答えを開いてみて欲しい。
一つ注意しておくが、↑のエネルギーや仕事の定義は、中学理科の範囲である。中学理科教員志望の人は↑の意味するところを中学生に説明できないと、困る。
実際、↑のような質問に対してさっと答えが出てこない生徒は多い。そういう人は上の「ダメな勉強」をしている可能性がある。
次回の授業のとっかかりとして、以下のクイズ問題を出しておく。
床の上に質量$M$の物体があり、その上に質量$m$の物体が乗っている。床と下の物体の間には摩擦がないが、上の物体と下の物体の間には摩擦がある。
最初下の物体の初速度は$V$、上の物体の初速度は$v$だった($V < v$)。しばらくするとこの2物体の速度が一致した。
このとき運動量は保存するが力学的エネルギーは保存しない。その理由として正しいものを選べ(複数個選んでもいいし、正しいものがないなら「なし」と答えてよい)。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。
主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。