この授業は教職志望の学生を対象として「教える立場に立つ人にとっての物理学」を講義・演習していく予定です。
物理を1から教えることが目標ではなく、「いったん物理を教わったけど、いろいろと誤解や理解の不十分な点を残していて、教える立場に立つのは心もとない人」に、ちゃんとした理解をした上で「教える側」に回ってほしい、というのが目標です。
最初に「教える立場に立つ人」が満たすべき条件について述べておきます。
ものすご〜〜〜〜〜く「当たり前」のことなのだが、教える立場に立つものとしての注意点を、最初に強調しておこう。
こんなことは言うまでもないことであるはずなのだが、その点について覚悟が足りない人も時折見られるので、ここで言っておかずにはいられない。耳が痛いと思う人も、うざいと思う人もいるとは思うが聞いてほしい。
「物理の教員を目指してます」と言いながら、自分が教えることになる「物理」の中身をわかってないのでは話にならない(これは「中学理科の教員」でも同様)。それも、「高校のとき物理は得意でしたから」という程度のレベルの理解ではまだ足りない。「一を聞いて十を知る」という慣用句があるが、「一を教えるには十知ってなくてはいけない」1:10という比率は適当である。値はどうであれ、教える側は教えられる側より圧倒的に理解度が高くないといけないのは確かだ。と思っていた方がよい。世の中には「先生というのは教科書や教科書指導書に書いてあることを読み上げていけばいいのだから楽な仕事だ」と思っている人もいるが、そんなバカな話はない。少なくとも教える立場にいる(あるいは、「なる」)人間がそんなことを思っていてはいけない。自分が教壇に立って何か物理を説明しているところを思い浮かべて欲しい。聞いている生徒は、疑問を持ってあなたに質問してくるだろうこれも当たり前のことだが、「質問がある」というのはよいことである。聞いている生徒がそれだけ授業に入ってきてくれているということなのだから。。そのとき「教科書に書いてあるからこうなんだ」という答えをしたのでは、その生徒が質問するときに持っていた好奇心の芽を摘んでしまうことになる。もちろん質問されて答えられないというのでは困るだろうまた、バカな質問に対しても答えていく姿勢は大事である。バカな質問に対して「バカな質問をするな」という態度を取ると(たとえ口に出してそう言わなかったとしても)、その後は質問しにくい雰囲気になってしまう。。もっと困るのは「間違った答えを教えてしまう」ということだ。そうならないように修行してから先生になろう。
物理に関して特に注意して欲しいことは、「物理を教える」ときには、「知識を伝える」だけではなく「概念を習得させる」ということこそが重要だということだと書いたからと言って、他の科目では概念の習得は重要でないという意味ではないので誤解しないように。筆者は基本的に物理のことしか知らないから、他の教科でもそうだとも、他の教科は違うとも断言できない。「物理に関して特に」と書いた理由は、物理においては教える側が注意してないと学ぶ側が間違った概念を習得してしまう可能性が非常に高い(そのような例がたくさん知られている)からである。本テキストの中で何度も「よく見られる間違った概念」について説明することになるだろう。。
なお、以上の話は中学の理科教員を目指す人も同様である。「自分は中学理科を教えるのだから、高校の物理まではわからなくてよい」と思っている人も中にはいるかもしれないが、そうではない。中学理科の物理範囲は、高校物理までがしっかりわかっていないととても教えられない同様に高校物理を教えるときには「その先にあるもの」(大学物理だったり、物理の応用としての工学や医学だったり)を頭に置いておきたい。。むしろ中学理科の方が教えるのが難しい部分がたくさんある。
この講義は大学初年度級まで(少なくとも高校物理まで)の物理は既習の人を対象にしている。その上で「うっかりすると勘違いしそうなこと」を中心に記述している。そういう意味では必要な知識を網羅的にまとめてはいないので注意して欲しい。本テキストで始めて物理を勉強することは想定していない。あくまで物理そのものは他の授業または書籍によって学習した人向けである(足りない部分は各自補完すること)。
また、授業の性質上、「習ったはずなのにこんなこともわかってない人がいる」という内容を何度も書くことになるが、自分がその「わかってない人」に該当した場合は意気消沈することなく、「ここでちゃんと理解しよう」と奮起して欲しい。
ここで記述していることは、「高校生や中学生にこう教えろ」というものとは限らない。教えるときに教える側が持っているべき「バックグラウンドとしての知識や概念」のつもりで書いているものもあるわざわざこういうことを言うのは、教員を目指す学生さんの中に、「高校生や中学生はこんな難しいことを知らなくてもいい」という反応を示す人がときどきいるからである。教わる側は知らなくてもよいことでも、教える側は知っておくべきことがある。高校生のレベルで高校生を教えようとしてはいけない。中学生のレベルで中学生を教えるのは、もっといけない。。
というわけで、皆さんが果たして物理学を「十」知っているかどうか、調べるためのチェックテストが次のページからあるのでやってみて欲しい力学の授業、または教職のための物理の授業の中で一回はこのようなチェックテストをすることにしている。間違いには早めに気づいて欲しいからである(特に教える立場に立つ人には!)。。
というわけで、「自分は間違えてないか?」をチェックするために、以下のようなテストをやってみて欲しい。今日の授業では全部は解説しない。テスト2だけは解説を行うが、4に関してはレポートにして次回に解説する。1,3,5は次回以降に、その単元を説明したところで解説していく。
下の図は、爆撃を行っている爆撃機の写真である。
下の図は写真の状況を模式的に表したもの(爆弾は代表して三つのみ描いた)である。
三つの爆弾それぞれに働いている力を(●が作用点)を使って、速度をを使って矢印で表し、上の図に描き加えよ。
無重力の宇宙空間内を宇宙船がA地点からB地点まで等速直線運動してきた。このままなら宇宙船はC地点に到着するところだったが、ロケットエンジンを噴射したため、宇宙船はD地点に到着した。D地点でロケットは噴射をやめた。
宇宙船のB地点からD地点、およびその後の運動の軌跡を図に描き込め。
図のような回路で、電流は $I_1>I_2$になる、と思っている中学生がいます(もちろん、正解は $I_1=I_2$です)。この子になぜ$I_1=I_2$になるのか、説明をしてください。
また、この子は「もし $I_1=I_2$ならば、いったいどこから光のエネルギーはやってくるの?」という疑問も持っています。これにも答えてください。
第1の文章「人間が壁を殴る(これを作用とする)。すると壁は目に見えないほど小さくではあるがいったんへこみ、弾力で元に戻る。戻ってくる時に人間のこぶしにあたる。この時働く力が反作用である」については、誤りである。作用反作用は同時に働く。こんなふうに時間差があって返ってくるものではない
第2の文章「相撲取りと小学生が相撲を取っている。この時、相撲取りから小学生に及ぼされる力と、小学生から相撲取りに及ぼされる力を比べると、当然前者の方が大きい」も間違い。作用反作用は大きさは同じである。単純に「相撲取りと小学生なら相撲取りの方が強い」という考え方もあるが、どうも「相撲取りが小学生を押す」というふうに力の原因となった法(この場合相撲取り)の方が力が強い、という誤解もあるようであるが、「作用・反作用」というのはどちらが行為者だとか原因だとかにも関係ないものである。
最後に第3の文章「作用・反作用の法則は物体がどんな運動をしていたとしても成り立つ法則である」だが、これは正解である。
作用反作用の法則は「常に成り立つ」。正確には、「我々は作用反作用の法則が成り立たない例を知らない」。これまでが人類が経験したすべての実験、観測したすべての現象において、作用反作用の法則が破れている証拠は見つかってない。だから我々をこれを(少なくとも力学の範囲において)証明不可能な「要請(数学でいえば公理)」として扱う。だからこそ「力学の基本原理である運動の法則」の第3法則となっているのである。
常に成り立つことがわかっている基本的な法則に対して「成り立たないこともある」という考え方を持っていては、正しく物理を教えることなどできない。
このあたりがよくわかってないまま勉強している子もたくさんいるので、要注意。
チェックテストのうち、1問だけ正解を述べた。また、1問をレポート問題とする(下の記述を参照)。
これらのチェックテストだが、「多くの場合、正答率が低い」(それも教えているこっちが驚愕するほどに、正答率が低いのだ)ということを指摘しておこう。理学部の学生にやっても50%を切ることもよくある。
実際のところ、ここで問うたことは力学および電磁気学の初歩の初歩、基礎の基礎の部分である。ところがこれを見事に「誤解」している生徒(そして学生)が非常に多いのである。心配なのは、これを読んでいる教員志望の「教える立場に立つ人」の中にも同じ「誤解」をしていた、という人もいるだろう、ということである。「そうでした」という人は今のうちに修正しよう。
こういう「基礎の基礎」がわかってない生徒でも、「問題集をドリルのように解く」という「訓練」をやるとそこそこ「試験の問題」は解けてしまったりする。そして「自分は物理ができる」と勘違いしてしまったりする。試験というのは元来、「その科目の教えるべき内容を理解できているか」を測定するためのもののはずなのだが、当然それは「万能の測定器」ではなく、「理解」よりも「試験に正解を出す能力」の方を測ってしまうこともあるし、試験を受ける側が「試験に正解する能力」だけを鍛えてしまう可能性もあるのである。さらに困るのは教える側が「試験の点数を上げる方法」を教えることである。たとえば「公式はこれだからあてはめてね」しか教えない授業で、そういう授業を受けた人は「勉強というのは先生の言う通りに問題を解いて試験の点数が上がればそれでいいのだ」と勘違いしてしまう(自然法則の概念の取得なんてクソ喰らえ、ってなもんである)。この授業を受けている皆さんには、そういう教員にならないで欲しい。
極端な話、あなたの生徒は
という状況である場合だってあるのである。それがゆえに「パターンから外れている(しかし、物理がわかっていれば答えは明白な)問題」の正解率がぐっと下がるそういう問題を「引掛けだ!」などと批判する向きもあるがとんでもないことで、物理の試験の目的は「物理がわかっているかどうかを判定すること」にあるのであり、「試験問題のパターンを覚えているかどうか」を試験しているのではない。。
今日は物理における「よくある間違い」が発生する例としてのチェックテストを紹介した(紹介しただけでまだ答えを全部解説してないが)。実際、物理は「誤解」が生じやすい教科である。物理に限らず学問というのはみなそういう側面を持つのだが物理には特に、「素朴な感覚で考えると間違える」ということがよくある。
「頭で考えるよりも直感が大事」という言葉が映画やドラマではよく出てくるが、その言葉を物理には使わない方がよい。こと物理に関しては、過去の教訓が「直感で考えると見事に間違えるから、ちゃんと頭を使おう(さらには、数学を使おう)」と告げているのだ。実例はこの後具体的に指摘していくが、たとえば「地球が止まっていて太陽がその周りを回っている」というのは素朴な直感から見れば全く疑いようのない「正しいこと」のように思われる。人類がこの「直感」から脱するには、いわゆる「コペルニクス的転回」が必要だったわけだ。現代人の我々は「太陽の周りを地球が回っている」ことを疑いもしないが、それは教育の成果であって、「素朴な直感」のおかげではない。
直感というのは怖い。「人は直感に騙される」と思っておいた方がよい。
ここで強調しておきたいのは、もし生徒(学生)のみならず教えている教員の方まで誤解したまま教えているとしたら、それは「誤解の再生産」へと結びつく、非常に困った事態であるということだ。教える側は「生徒はどのような誤解をしやすいか」を認識した上で、それを避ける手段を講じていかなくてはいけないだろう。
皆さんも、「教える立場に立つ」ときのために、がんばってください。
チェックテスト4に関してはレポート問題とするので、webClassの方で解答してください。
今日は一回めの授業ということもあるので、軽めにこの程度にしておき、皆さんのレポートの様子を見ながら第2回以降の授業を組み立てていきたいと考えてます。半年間、よろしくおねがいします。
以上で第1回の授業は終わりです。各自のwebclassへ行って、「第1回授業感想・コメントシート」のアンケートに答えてください(今日の問題を見た感想の選択回答が一つ、自由記述の感想・コメント欄が一つあります)。これらは出席の代わりです(この授業は出席点はありませんが、皆さんがどの程度受講しているかも確認したいのと、反応もみたいので)。
また、チェックテスト4がレポート問題としてwebClassに上がってますので、提出してください。
レポートの提出はwebClassからやってもらうのが簡単でいいですが、webClassがよくわからんという人(さすがにもういないんじゃないかと思うけど)は、回答文書を作って前野までメール(maeno@sci.u-ryukyu.ac.jp)してくれても構いません。
普通のメールにする場合、webClassと違って自動的には伝わらないので、名前と学籍番号を忘れずに書いてください(たまに「ヒロコで〜す」とかメールが来ることがありますが、出会い系スパムと間違えます。
今回は図で答える問題ですが、きれいな画像にする必要は全くないので、適当に紙に書いて写真を撮るというやり方で十分です。パソコンなどで画像(jpg,png,gifなど)またはPDFファイルを作成して送ってくれても、もちろん構いません。
webclass↓
なお、webClassに情報を載せていますが、授業があった日の午後8時より約1時間、オンラインオフィスアワーとしてzoomを開いてます。質問や相談などがある人は来て話してください。
webclassでのアンケートによる、感想・コメントなどをここに記します。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。
主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。