前回の授業の「感想・コメント」の欄に書かれたことと、それに対する返答は、
にあります。
高校物理における「原子物理」は一時期選択科目になっていたこともあり、教科書の一番最後にあるので馴染みが薄い(進学校でないとそこまでやってない学校もある)かもしれません。
この単元は、まず力学・電磁気・波動の応用として重要です。これまで習ってきた単元の成果を使って「これまでは考えてなかった問題」を考える、というある意味「材料の提供」として原子物理があります。たとえば陰極線内を飛ぶ電子の問題は、力学(電子の運動方程式)と、クーロン力やローレンツ力という、電磁気で学習した力を両方使って解くべき問題である。X線によるブラッグ反射などの現象は、波動の回折・干渉の応用問題だとも言えます。
もうひとつの意義は現代物理の柱である量子力学の紹介である。大学等に進めば現代の物理学や物理を応用した工学を勉強していくことになるから、その前にある程度量子力学的な現象について知っておくことに意味がある。
以下で、原子物理の学習がこれまでの力学・電磁気・波動の復習となることと、新しい物理を教える分野であることを解説していこう。
光電効果は「金属に光をあてると電子が外に飛び出してくる」という現象。それだけなら、単純に「光のエネルギー$E$が、一部『仕事$W$』に使われつつ、飛び出す電子の運動エネルギー${1\over2}mv^2$になる」という力学的な現象で、このとき $$ {1\over2}mv^2 = E-W $$ という式が成立すると考えられる。
しかし、
という性質が、光電効果が単なる力学的・電磁気学的な現象ではないことを示している。
また、実験結果として、「飛び出してくる電子のエネルギー${1\over2}mv^2$は光の強さとは無関係である」ということもわかっている。
以上は光を古典的電磁波と考えると不合理である。
光電効果という現象において大事なことは、光を波と考えた場合と粒子と考 えた場合で、そのエネルギーが金属に与えられるときに連続的に与えられるのか、不連続な塊で与えられるのかという大きな違いがある、ということである。、光のエネルギーが金属全部に広がった波の形でやってくるとすると、ある程度の時間がたった後でなければ電子は飛び出さないことが計算してみるとわかる。しかし実験は、ただちに電子が飛び出すという結果をみせている。光を波だと (連続的に広がった 状態で金属にやってくるものだと) 考えるならば、金属の中に、(どんなものな のか想像もつかないが)「広がってやってきた光のエネルギーをかきあつめて電子一個に与えるメカニズム」があることになる。もちろんそんなものはない。光電効果は、光が「光子」というエネルギーの塊として降ってきていることを示しているのである。
アインシュタインは光が「光量子」(light quantum)(のちに名前は「光子」(photon)に変わった) という粒で出来ている とする「光量子仮説」をとなえた (1905 年) が、その証拠の一つとして光電効果がこれで説明できる、と述べている。
その光のエネルギーがプランク定数$h$に振動数$\nu$を掛けたものだとすると、 $$ {1\over2}mv^2 = h\nu -W $$ という式が成立する。
そのミリカンですら「光量子仮説は筋が通らないように思える」という言葉を残している!—「光は粒子だ」と認めることがどれほど難しかったのがわかるエピソードである。
なお「光を当てると電子が出る」の反対で「電子を走らせる(つまり電流を流す)と光が出る」装置としてLED(発光ダイオード)がある。電圧$V$を掛けた発光ダイオード内の電子には一個あたり$eV$のエネルギーが与えられるが、このエネルギーが光のエネルギーになる。ロスがあることも考えると、$h\nu < eV$のときに光が発生する。つまり、LEDはある程度以上の電圧を掛けないと光らない(光電効果がある程度以上の振動数の光をあてないと起こらないことの、逆の現象)。
今の高校物理の教科書には、この現象を使ってプランク定数を求める($e$は知っているとして、$V$と$\nu$を測れば上の式から$h$がわかる)という実験が載っている。
光の粒子性、特にその運動量が${h\over\lambda}$であることをもっと直接的に示す現象としてコンプトン効果がある。この実験では電子にX線を照射し、はねかえってきたX線の波長を測定する。すると、X線の波長は少し長くなっている。
コンプトンは入射X線の波長$\lambda$とはねかえってくるX線の波長$\lambda'$、そしてX線が散乱される角度$\theta$の間に、 \begin{align} \lambda' - \lambda = 2.4\times10^{-12}\times(1-\cos \theta ) [\hbox{m}]\label{comptonexp} \end{align} という関係があることを実験でしめした。このような関係式が出てくる理由を「光が光子であり、エネルギー$h\nu$、運動量${h\over\lambda}$であるからだ」と考えることができる。このことを以下で示そう。
静止していた電子(質量$m$)に振動数$\nu$の光(実験ではX線)があたり、これが振動数$\nu'$で、元の方向と角度$\theta$だけ違う角度に散乱されたとしよう。電子はこの時、この光と同一平面内で、最初の光の進行方向に対し角度$\phi$、速さ$v$(光速度$c$に比べ小さいとする)で飛び出すとする。
運動量保存則をベクトル図で表わすと
の右の図のようになる。${h\over\lambda}$という運動量を持った光が電子に運動量$mv$を与えて自身の運動量が${h\over \lambda'}$に変化している。このベクトル図で表される関係が常に成立することは、光が${h\over \lambda}$という運動量をもった一つの塊として電子にぶつかっていると考えなくては説明がつかない。エネルギー$h\nu$を持った光が電子に運動エネルギー${1\over2}mv^2$をあたえ、自身のエネルギーが$h\nu'$に減ったと考えれば、エネルギー保存則は \begin{align} h\nu = h\nu' + {1\over2}mv^2 \label{Ehozon} \end{align} である。一方、運動量保存則をしめす三角形の図に対して余弦定理を使うと、 \begin{align} (mv)^2 = \left({h\over\lambda}\right)^2 + \left({h\over \lambda'}\right)^2 -2{h\over\lambda}\cdot{h\over \lambda'}\cos\theta \label{phozon} \end{align} という式が出る。二つの式から$v$を消去して計算することで、 \begin{align} {2mc\over h} \left(\lambda'-\lambda\right) =& {\lambda'\over\lambda}+ {\lambda\over \lambda'} -2\cos\theta\label{twominustwocos} \end{align} という式を出すことができる。ここで、実際にコンプトン効果で起こる波長の変化は小さいので、$\lambda'=\lambda+\Delta \lambda$とすると、 ${\lambda'\over \lambda}= 1+{\Delta\lambda\over\lambda}$であり、かつ、$\Delta\lambda$の1次までで近似すれば、$ {\lambda\over \lambda'}= {1\over 1+{\Delta \lambda \over \lambda}}=1-{\Delta \lambda \over \lambda}+ \left({\Delta\lambda\over \lambda}\right)^2 - \cdots $と展開できる。ゆえに$\left({\Delta\lambda\over \lambda}\right)^2$以上のオーダーを無視すれば \begin{align} \underbrace{ 1+{\Delta\lambda\over\lambda} }_{{\lambda'\over \lambda}} +\underbrace{ 1-{\Delta \lambda \over \lambda}+ \left({\Delta\lambda\over \lambda}\right)^2 - \cdots}_{{\lambda\over \lambda'}} =2+\left({\Delta\lambda\over \lambda}\right)^2 - \cdots \fallingdotseq 2 \end{align} となる。${\lambda'\over\lambda}+ {\lambda\over \lambda'}$も2に近似して まとめると、 \begin{align} {2mc\over h}\left( \lambda'-\lambda \right) &\fallingdotseq 2-2\cos\theta\nonumber\\ \lambda'-\lambda &\fallingdotseq {h\over mc}\left(1-\cos\theta\right)\label{comptonth} \end{align} という、コンプトンによる実験式と数値的に一致する式が出る。
この問題に対する一つの答が「波動関数の収縮」と呼ばれるで、広がった状態で「波」のように存在する電磁波が観測する(あるいは何かに当たる)ことによって局在した存在に変化する。
古典力学的な計算を実行してみよう。陽子と電子では陽子の方が約1800倍重いので、以下では陽子の方は静止しているものと考えて計算していくことにする。電子が速さ$v$、半径$r$の円運動をするとして考えよう。加速度は${v^2\over r}$であるから、運動方程式は \begin{align} m {v^2\over r} = {ke^2 \over r^2} \end{align} となる($k$はクーロンの法則の比例定数、$e$は素電荷)。
ここで、運動エネルギーは${1\over 2}mv^2$、位置エネルギーは$-{ke^2\over r}$であるから、その和を計算すると、 \begin{align} {1\over 2}m v^2 -{ke^2\over r}={1\over 2}r\underbrace{{ke^2\over r^2}}_{m v^2}-{ke^2\over r}=-{ke^2\over 2r}\label{kesqovertwor} \end{align} となる。 以上のように、原子の持つエネルギーは電子・陽子間の距離(ほぼ、原子の半径)だけで決まり、半径が小さいほどエネルギーも低くなる。原子核の半径は、原子の半径に比べ、$10^{-5}$倍以下である。なぜ電子はもっと下の、エネルギーの低い方にいかないのだろう?
「物体はエネルギーの低い方に行きたがる」という原則からすると、電子はこの電磁波を放出しながら、どんどん原子核に近づくはずである。そして、その時間は驚くほど短い(ここではその計算は省略)。
しかし現実には、どの水素原子を見ても、電子は一定の場所を安定して回っているようである(実際の処電子が回っているところが見えるわけではないが、すくなくとも水素原子には「個性」はなさそうである)。何かが電子に制限を加えているのである。しかし、古典力学的に考えるとけっして電子の軌道に制限が出てこない。
制限を与える条件として
が考えられた。$n$は自然数であり、$h$はプランク定数である。$h$がちょうど(運動量)×(座標)という次元を持っていることに注意せよ。歴史的にこのような条件が出てくるまでは、長い話があるのだが、ここでは省略。
この条件によって電子のエネルギーは下限を持つことになる。ボーアの条件は$r$が小さくなると$v$が反比例して大きくなることを示しているが、運動方程式は$r$と$v^2$が反比例するという制限を与えている。両方の条件を満足するには特定の軌道しか回れないことになる。
具体的な計算を実行しよう。運動方程式とボーアの量子条件から、速度$v$を消去してみる。$v={nh\over 2\pi m r}$として代入して、 \begin{align} {m \over r}\left( {nh\over 2\pi m r} \right)^2 =& {ke^2\over r^2} ~~~~~より~~~~~ {n^2 h^2 \over 4\pi^2 m ke^2} = r\label{BohrRadius} \end{align} 一方、電子の持つエネルギーは$-{ke^2\over 2r}$で表されるから、全エネルギーは \begin{align} -{2\pi^2k^2 m e^4 \over n^2 h^2} = -\underbrace{ {2\pi^2k^2 m e^4 \over h^2}}_{\epsilon}\times {1\over n^2} =\underbrace{-{2.19\times10^{-18}\over n^2}}_{{\rm J}で表して} =\underbrace{ -{13.6\over n^2}}_{{\rm eV}で表わして}\label{htotal} \end{align} となる。
量子力学的な効果によって起こる面白い(かつ、応用範囲も広い)現象として超伝導がある。
超伝導に関する正確な説明はここではやらないが、「(低温に冷やした)物質中にいったん流れた電流が、いつまでも流れ続ける」という現象である。ボーアの原子模型で「電子が一定速度で回り続ける」に対応する状態が実は最低エネルギー状態であったことに似ていて、電流に関しても「流れ続けている」という状態が存在し得るのである。
超伝導に関しては、以下に示すような実験がある。
超伝導は工学的にも応用され、ここで説明した浮上はもちろんのこと、途中でジュール熱をロスすることのない送電や、強力な磁石を作るのにも利用されている。量子力学はLEDのような身近なものも含めて、現代社会では欠かせない技術を支えているのである。
やはり前回やった「単スリットの回折」は、量子力学で大事な「不確定性関係(不確定性原理と呼ぶこともある)」の例になっています。
↑のアプリでスリット幅を変えていくと、スリット幅が小さいときに波がむしろ「広がる」ことがわかります(下の図)。
これは、図の上向きをx軸としたときに、光の存在する範囲のx軸方向の範囲($\Delta x$)が小さいほど、通り抜けた後の光のもつ運動量の範囲($\Delta p_x$)が大きくなることを示しています。量子力学で大事な「不確定性関係」はこういう関係なのですが、実は波のところで学習したことで、その本質はわかっているわけです。
さて、これで半年続いた物理学概論の遠隔授業も終わりです。お疲れ様でした。
この授業は理科教員志望の皆さんに、よい理科教員になって欲しい(そして、皆さんの教え子たちが理学部を目指すような理科好きの子供に育って欲しい)と思ってやってます。そのため「こういう先生にはならないで」という想いから「ダメ出し」のようなこともやりました。ムカッと来た人もいるかもしれません。また、自分が物理をわかってないことが判明して、落ち込んだり、「まずい」と思ったりしている人もいるんじゃないかと思います。
そういう人は是非、「今からが勉強」と思って、将来「教える立場」に立ったときのための勉強を続けてください。
最後にもう一つ強調しておきたいのは、本来理科教員が伝えるべきなのはここで間違い(誤概念)が発生したような概念を正しく伝えることであって、「テストの問題が解けるようになる」というのは二の次(というより、概念理解の結果としてそうなるべき)だということである。
将来あなたの教える生徒が「ドリルでやったことがある問題は解けても、大事な物理概念はまるっきり頭に入っていない」ということがないように、正しく「理科(物理)を教える」ことができる教員となれるように、がんばって欲しい、という願いを伝えて、本講義を終わりたいと思います。
最後にもう一度、最初に書いた「大事なこと」を記しておく。
よい理科の先生になれるよう、がんばってください。
試験を行う予定でしたが、コロナの状況が悪くて不安だという声がありましたので、最終レポートの提出に変えます。最終レポートの課題は、webClassに上がってます。
各自のwebclassへ行って、「第15回授業感想・コメントシート」に答えてください。
なお、webClassに情報を載せていますが、木と金の11:50〜12:50の間、オンラインオフィスアワーとしてzoomを開いてます。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。
主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。