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   「Once Upon a Time...」


                いろもの物理学者


 「また、同じことの繰り返しなんかのぉ、ばあさんや」
 「前の時も、そう言いましたよ、おじいさん」

 昔昔、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。どれくらい昔から二人がそこに住んでいたのか、誰も知りませんでした。おじいさんと子供のころ遊んでもらった記憶のある人がおじいさんになっても、やっぱりそのおじいさんとおばあさんはそこに住んでいました。
 「おかしいなぁ、あのじいさんとばあさん、どうしてまだ死なないんだろう」と、おじいさんになったその人が孫に言いました。その人が死んで、その孫がおじいさんになっても、まだおじいさんとおばあさんはそこに住んでいました。
 みんな、「変だなぁ」と思いました。でも、二人ともまるで当然のように生き続けているもんですから、二人の住んでいる村の人達は「そういうものなんだ」と納得していました。時々、「どうしてじいさんたちは、そんなに長生きできるんだい?」と聞く人はいましたが、おじいさんもおばあさんも、ただ笑うだけで、けっして答えてくれませんでした。

 二人のことは、時には国じゅうの噂になりました。そして、いろんな人が二人を訪ねてきました。
 ある仙人が二人のところにやってきて、二人がどんな仙術を使っているのか、聞こうとしました。しかし、二人は仙術のことなど、なぁんにも知りませんでした。あまりに二人が物を知らないので、仙人は「こんなやつらがわしより長生きできる筈がない」と笑って、帰ってしまいました。もちろん、彼が死んでもおじいさんとおばあさんは、まだそこに住んでいましたけども。

 ある魔術師は、「何かのまやかしに違いない。見破ってやる」と言って、おじいさんとおばあさんのところにやってきました。そして二人に「おまえ達が誰よりも長生きだという証拠を見せろ」と言いました。おじいさんは答えました。
 「証拠なんてないさ」
 「じゃあ、貴様はみんなを騙しているのに違いない」
 「別に騙してなんかいないさ。みんながそう言っているだけだ」
 「貴様らはいつ生まれたんだ?」
 「さぁなぁ。ばあさん、覚えてるか」
 おじいさんはおばあさんに尋ねます。
 「覚えてなんかいませんよ」
 二人とも、ほんとに覚えてないのか、ただとぼけているのか、その様子からはわかりません。二人が証拠を見せたら、それは嘘だと見破ってやろうと思っていた魔術師は、すっかり当て外れで、調子が狂ってしまいました。そこで魔術師は尋ねました。
 「ほんとにそんな長生きしているのなら、この国が始まった時の王様の名前も知っているだろう。教えてくれ」
 「そんなこと、覚えてないよ。なぁ、ばあさん」
 「こんな田舎に暮らしているとねぇ、王様が誰かなんて、どうでもいいんですよ」
 魔術師ははぐらかされた、と自分で勝手に思い込んで、ぷんぷん怒りながら帰っていきました。そして国じゅうに「あいつらは嘘つきだ。絶対に、俺より長生きすることはない」と言いふらしました。もちろん、魔術師が死んでも、おじいさんとおばあさんはそこで暮らしていました。

 王様も、二人のところにやってきました。王様は、自分も長生きがしたかったのです。そこで兵隊に、二人を連れてくるように命じました。でも二人はやってきません。手荒なことをして死なない方法を教えてもらえないのも困るので、王様は自分でやってきました。
 「なぜお前達はそんなに長生きできるのだ」
 王様は尋ねましたが、おじいさんとおばあさんは、いつものように「さぁ」としか答えません。
 「自分達だけ、秘密の方法で長生きするのは、よくないことだと思わないのか」
 王様はそう言いましたが、おじいさんは首を振りました。
 「秘密の方法なんてありません」
 「嘘をつけ」
 「嘘ではありません」
 いくら王様がどなっても、なだめても、おじいさんとおばあさんは長生きの方法を教えませんでした。
 王様が頼んでも教えなかった――という話もまた、国じゅうに広まります。王様は自分の国の中に、自分の言うことをきかない人間がいるのが面白くありません。
 「ええい、どうせ長生きの方法を教えてもらえないなら、殺してしまえ」と言って、二人を死刑場に連れてこさせました。
 「どうだ。これでも教えないのか」
 おじいさんは、死刑台の上で言いました。
 「王よ。あんたも王ならば、世の中には理由もなくそうなっていることもあるということを知るべきだぞ」
 王はますます怒って、死刑の命令を出しました。
 不死の老人達が死刑になった、と国じゅうでは大騒ぎでした。ところがです。何日かたつと、二人はやっぱりあの村で暮らしているのです。
 そんなばかな、と確かめにきた王の兵隊は、首をかしげながら帰ってきて、王に報告しました。
 「あの二人、生きています」
 「そんなばかな。死刑執行人に、死体を確かめさせろ」
 死刑執行人は調べてみて驚きました。確かに埋めたはずの死体がなくなっていたのです。王はすっかり気味が悪くなりましたが、今度は二人を家ごと焼き殺すように命じました。
 ところが、何日かすると、二人がまた焼け跡に家を建てた、というではありませんか。
 その後も王様は二人の処刑を何度か命じました。しかし、そうこうしているうちに、隣の国が攻めこんできて戦争となり、王はとらえられ、処刑されてしまいました。
 王様は死ぬ時に、「なぜ俺が死ぬのかも、きっと、理由もなくそうなっているのだな」とつぶやいて、豪快に笑った、という話です。
 その国は隣の国のものになったり、また別の国のものになったり、独立したりを繰り返していきました。おじいさんとおばあさんはずっとずっと同じ場所に住んでいました。国じゅうの人が二人のことを知っていましたが、たいていの人は単なる伝説で、ほんとうはそんな人達はいないんだろう、と思っていました。もちろん、二人が不死だという話を信じて不死になれる方法を聞きに来る人は後を絶ちませんでしたけど、二人は何も教えませんでした。やってきた人は、あの仙人のように笑いながら帰ったり、あの魔術師のように肩すかしをくらって帰ったり、王様のように怒って帰ったりしました。そういう人達が帰っていくと、きまっておじいさんは言いました。
 「また、同じことの繰り返しなんかのぉ、ばあさんや」
 おばあさんが答えます。
 「前の時も、そう言いましたよ、おじいさん」
 波乱万丈のようにみえて、その実二人にしてみれば、同じようなことの繰り返しだったのでしょう。

 その村はやがて街となり、ビルも建ちました。やっぱり二人は同じ家に住んでいました。でも最近は科学の時代だとかで、不死の人間がいるなんてことを信じる人もだいぶ少なくなったのか、二人を尋ねてきて秘密を教えろ、という人もだいぶ減ってきました。それでも変な宗教団体の人や、TVの取材や、威張った科学者などがやってきましたが、結局みんな、あの仙人やあの魔術師やあの王様と同じようなことを言って帰っていきました。おじいさんは相変わらず、理由を聞かれても「さぁ」としか答えません。
 TVで世界に放映された時には、大評判になりましたが、数年もするとまた忘れ去られていきます。そしてまた何年か後、別の人達がやってくるのでした。そして、同じように帰っていきます。
 「また、同じことの繰り返しなんかのぉ、ばあさんや」
 「前の時も、そう言いましたよ、おじいさん」
 結局、二人の言うことは変わりません。

 ある時、一人の物理学者が二人の家のそばに住み着きました。物理学者は物事に頓着しない人だったので、二人が不死だという話にも、全く無関心でした。
 おじいさんとお茶を飲んでいるとき、おじいさんがふと、物理学者に訊ねました。
 「あなたは何を研究しておられるのかな」
 物理学者は答えました。
 「宇宙の始まりと終わりについてです」
 「ほお」
 おじいさんは面白そうに言いました。
 「何か、わかりましたかな」
 「ええ。どうも宇宙の始まりと終わりはつながっているらしいことがわかりました」
 「そりゃ面白いな。どうしてわかるのかな」
 めずらしくおじいさんが物理の話を面白がってくれたので、物理学者は調子にのって喋りはじめました。
 「宇宙のトポロジカル不変量を観測から推測していくと、時間的方向への閉じたサイクルがなくてはいけないことがわかるんですよ」
 「とぽろじかる?」
 おじいさんは突然難しい言葉が出てきたので思わず聞き返しました。
 「ええっと」
 物理学者はしまった、どうやって説明したらいいんだろう、と一瞬困った顔をして、それから、ふとそこにある輪ゴムを手にとり、言いました。
 「この輪ゴムを、こんなふうに湯呑みに貼り付けたとします」
 物理学者は、輪ゴムをちょっとだけお茶で濡らすと、湯呑みの側面に、ぺた、と貼り付けました。湯呑みにちょうど○のマークがついたようになりました。
 「この状態だと、輪ゴムを連続的に変形――つまりじわじわと動かしていくことで、別の形にもできますね」
 物理学者はそう言いながら、輪ゴムを△のマークにしました。
 「こういうふうに連続的に変形して、動かせるものどうしは、トポロジカルに同値――まぁ、『同じもんだと思いましょう』という意味ですが――とにかく、同値と言うんです。ところが」
 物理学者は今度は輪ゴムを湯呑みの回りを一周するように引っ掛けました。
 「こうすると、今度は連続的な変形ではさっきの○に移せません」
 おじいさんは輪ゴムをひっぱり、言いました。
 「こうやって、輪ゴムを外してはいかんのかね?」
 「ええと、今湯呑みの表面が宇宙なんで、そうやると宇宙から外れてしまうんです」
 「そうかぁ、宇宙から外れるのは嫌だなぁ、わしは」
 おじいさんはそう言って笑いました。
 「で、その輪ゴムがなんで宇宙と関係あるのかね?」
 「ええ。最初のは輪ゴムが湯呑みを0周していて、今のは輪ゴムが1周してますね。この輪ゴムが何周しているか、という数字は輪ゴムをいったん湯呑み――つまり宇宙から外さないと変えられないので、これをトポロジカル不変量というんです。で、宇宙のトポロジカル不変量をいろいろな観測から調べることができるんですよ。それでわかったことなんですが、どうやらこの宇宙には始まりから終わりに向けて、この輪ゴムみたいに1周巻いている物体が存在しているようなんです。逆に言うと、そういう輪ゴムがあるということから、宇宙の始まりと終わりがつながっていることがわかるんですよ」
 おじいさんはうふふ、と笑いました。
 「面白いのぉ。宇宙にはまった輪ゴムか。で、その輪ゴムにあたるものが何か、それはわかったのかね?」
 物理学者は困った顔をしました。
 「いえ、まだよくわからないんです」
 おじいさんはその答を聞いて、またうふふ、と笑いました。
 「でもとにかく、その輪ゴムは宇宙から外せないわけだ」
 「はい。外せませんし、輪ゴムが途中で切れても困るんです」
 「宇宙をつなぎとめているようなもんじゃからなぁ。それがないと、宇宙の始まりと終わりがつながらなくなるんじゃな」
 今度は物理学者が、うふふと笑いました。
 「勝手に切られては困りますね。まぁこれはニワトリと卵みたいなもので、始まりを終わりがあるから輪ゴムがいるのか、輪ゴムがいるから始まりと終わりができたのか、私にもよくわかりません。どうして宇宙にその輪ゴムにあたるものがはまってしまったのかも」
 おじいさんはうむうむ、と頷きました。
 「輪ゴムにしてみれば、前の宇宙にあったから今もいるし、次の宇宙でもいるんだからずっとあり続けるんだ、と言うかもしれんな」
 物理学者がにこにこ笑いながら答えました。
 「あはは。論理が閉じてますね。原因が結果、結果が原因ですか」
 おじいさんは言いました。
 「学者さんよ。あんたも学者ならば、世の中には理由もなくそうなっていることもあるということを知るべきだぞ」
 まったくですね、と言って物理学者は帰っていきました。彼もやがて死んでしまいましたが、おじいさんとおばあさんはそのまま暮らし続けていました。

 やがて人類が滅びました。次の生物が地球で栄える間も、おじいさんとおばあさんはそこで暮らし続けていました。地球の環境はどんどん変わっていきましたが、おじいさんとおばあさんには何の関係もないようでした。生物たちは時にはおじいさんとおばあさんに、なぜ不死でいられるのかを聞きにきたりしました。それもまた、同じ繰り返しでした。地球がなくなり、太陽が消えても、それは変わりなかったのです。

 やがて膨張を続けた宇宙は収縮に転じました。おじいさんとおばあさんはいつものような暮らしを続けました。収縮を続け、もう先がないことがわかってしまった宇宙に住む生物達の中には、おじいさんとおばあさんにどうすればいいのかを聞きにきたりもしました。でもおじいさんとおばあさんにできることは何もなかったのです。そのうちの一つの生物が、なぜ我々は滅びなくてはいけないのだ、と尋ねました。おじいさんは答えました。
 「生き物よ。あんたも生き物ならば、世の中には理由もなくそうなっていることもあるということを知るべきだぞ」
 生き物は納得しませんでしたが、納得してもしなくても同じことなのでした。

 宇宙がほぼ1点に縮まった時、おじいさんとおばあさんはまだそこにいました。
 「なんでわしらはまだここにいて、次の宇宙を生きなくてはいかんのだろう」
 おじいさんはつぶやきました。おばあさんはうふふと笑いました。
 「おじいさんも、世の中には理由もなくそうなっていることもあるということを知るべきですね」
 まったくだなぁ、とおじいさんは思いました。

 そして、次の宇宙が始まりました。それはもちろん、二人が前に体験した宇宙そのものでした。
 「次の宇宙が始まったが…」
 おじいさんは、ふう、と溜め息をつきました。
 「また、同じことの繰り返しなんかのぉ、ばあさんや」
 「前の時も、そう言いましたよ、おじいさん」


                             <Fin>

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