さて、仕事とエネルギーの関係を振り返っておこう。

ポテンシャルエネルギーを決めるには、図のようにまず「エネルギーの基準点」(ポテンシャルエネルギーが0の点)を決め、「エネルギーを求めたい状態」から定めた基準点まで物体を移動させた時、物体のする仕事を求める。物体のエネルギーはした仕事の分だけ減るというエネルギーの定義から、この時
(物体のする仕事)=(最初の場所で持っていたエネルギー)ー(基準点のエネルギー)
となる。基準点のエネルギーを0と置くから、(物体のする仕事)は(最初の場所で持っていたエネルギー)そのものになる。
熱力学的対象に対して力学の場合と同じように「した仕事の分エネルギーが減る」ということからエネルギーを求めたい。
我々はブラックボックスの中身を知らなくても、そのブラックボックスを押したり引いたりして仕事をすることで、そのブラックボックスの持つエネルギーを計算することができる。まず(ブラックボックスと言いつつ)よく知っている「フックの法則に従うバネ」の場合で仕事を計算してみる。

大事なのは「ある場所$x$でブラックボックス(実はバネ)の出す力は$-kx$である」ということで、これだけ知っていればブラックボックスのする仕事を
(バネがした仕事)=(最初のエネルギー)-(最後のエネルギー)
と計算して、
$\int_a^b (-kx) \mathrm dx= \left[-{1\over2}kx^2\right]_a^b={{1\over2}ka^2}-{{1\over2}kb^2}$
と計算できる($-kx$にマイナスがついているのは$x$軸負方向の力だから)。
この仕事はマイナスであるが、その結果として、ブラックボックス(バネ)のエネルギーが${1\over2}ka^2$から${1\over2}kb^2$へと「増えた」と考えられる。つまりバネのエネルギーが${1\over2}kx^2$であることがわかる。
次にブラックボックスの中にあるのが「等温環境に置かれた理想気体」だとしてみよう。

この時気体のする仕事は
$\int_{V_1}^{V_2} P\mathrm dV$
である。理想気体だとすれば$P={nRT\over V}$であり、等温準静操作だとすれば$T$は定数だから$nRT$を積分の外に出して、
(気体のした仕事)=(最初のエネルギー)-(最後のエネルギー)
と計算して、
$\int_{V_1}^{V_2} P\mathrm dV=nRT\int_{V_1}^{V_2}{\mathrm dV\over V}=nRT\left[\log V\right]_{V_1}^{V_2}={-nRT\log V_1} -{(- nRT \log V_2)}$
となる。$V_1>V_2$だからこれは負の量である(気体は仕事をされているからこれでよい)。
この式から気体の持つエネルギーのようなものは$-nRT\log V_1$から$-nRT\log V_2$へと減った、と解釈できる。
ここで「のようなもの」をつけた理由は二つある。
一つは「準静的」を仮定したこと(具体的には、$nRT$を「定数」として積分の外に出したところでこの仮定を使った)。よって実際にされる仕事はこれより小さい。
もう1つは、これは確かに「気体のした仕事」であるが、エネルギーは気体だけが供給していると考えるのはおかしい。等温操作だから気体と環境の間に「熱」という形でエネルギーの移動があるから、ここで変化しているのは「気体+環境」のエネルギーだと解釈しなくてはいけない。
温度計→(低温)(高温)
理想気体に対する$W_{\mathrm max}$は $$ W_{\mathrm max}(V_0\to V)=-NRT\left[\log V\right]_{V_0}^V=-NRT \log\left({V\over V_0}\right) $$ と求められる($V$に依存しない部分は後で考えよう)。
グラフで表現すると、


のように描ける。
力学的エネルギーを決めるとき「基準点」を考えて「その基準点に持っていくまでにできる仕事」でエネルギーを決めた。同様に、「等温操作をしつつある基準点まで変化させるときの最大仕事」で「ヘルムホルツの自由エネルギー」を定義する。
$F[T;V]=W_{\mathrm max}(T;V\to V_0(T))$
である。ただしこのエネルギーの基準点$V_0(T)$は温度によって変わっていい(まだ基準点は決めない。6章で決める)。

よってヘルムホルツ自由エネルギーは、基準点からエネルギーを求めたい場所までの$P$-$V$グラフの面積(右側ではマイナスにして計算する)で表されることになる(上の図参照)。
さらに、$W_{\mathrm max}(V\to V+\Delta V)=P\Delta V$と書けるから、 $$ \left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-p(T,V,N) $$ ($p(T,V,N)$は圧力)がわかる。
理想気体に対して計算すると、$p={NRT\over V}$を代入して、
$\left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-{NRT\over V}$を積分して、
$F(T;V,N)=-NRT\log V+$($V$に依らない部分)
となる。$V$に依らない部分は、基準点の決め方で決まるが、その基準点$V_0$は温度により違う値を取ってもよい。
なぜ「基準点は温度によって変わっていい」ということになるかというと、ここでは「等温操作」でヘルムホルツの自由エネルギーを定義していて、まだ「温度が変わると$F$がどう変わるか」は何にもわからないのである。ここまでで理解しておくべきことは、温度を1つ決めた時に「最大仕事」を使って$F$が定義(計算)できるということだけである。

ヘルムホルツの自由エネルギーは、エネルギーが持っているべき条件を満たしている。具体的には、示量的であることと、独立な二つの、示量変数が$V_1,N_1$の系1と示量変数が$V_2,N_2$の系2がそれぞれ$F_1(T;V_1,N_1),F_2(T;V_2,N_2)$のヘルムホルツの自由エネルギーを持っていたら、合成系のヘルムホルツの自由エネルギーは$F_1(T;V_1,N_2)+F_2(T;V_2,N_2)$になる。
ただし、この定義では「一定温度$T$」の場合しか述べてないので、温度が変わったとき(というのは「環境の温度を変えて操作をやり直したとき」という意味)にヘルムホルツの自由エネルギーがどう変わるかについては何も述べてないことに注意(もちろん、変わる)。