カルノーはこのサイクルをガソリンエンジンのような内燃機関のモデルと考えた。するとQinは言わば「投入する燃料」である。

同じだけの燃料を使う(同じQinで考える)ならサイクルがする仕事は大きい方がよく、それはQoutが小さい方がいい、ということである。Qoutはどうやったら小さくできるか、と考えているうちにカルノーはもっとも効率がいい場合であっても、
QinQout=TT′
であること(カルノーの定理)を見つけてしまった。T>T′でT′は常に正(PV=NRTで温度が表現されていることを考えると、これは0にも負にもなりようがない)であるから、Qoutを0にすることはできない。
たとえば6000Kの高温熱源(これはだいたい太陽の温度)が用意できて、常温300Kを「排熱先」として使うと、
QinQout=TT′=6000300=0.05となる。つまりこんな高温熱源が用意できても、5%分は絶対損失となる(現実はもっと厳しいのはもちろんのこと)。
この定理は一般的に証明できる(つまり、物体が何かにも依らない)。実は理想気体でなくたっていい。とりあえず理想気体と考えてこの量を計算して、実際にTT′になることを示そう。
ただし、ここで
TT′という形になるのは、理想気体で
PV=NRTとなるような温度を採用しているからである。一般的に証明されるカルノーの定理では、
f(T)f(T′)のように温度の関数の比になる、ということまでがわかる。
f(T)=Tとなるのは「うまい温度を最初から使っていたから」ということになる。
理想気体の場合、温度Tで等温準静的に体積がV0→V1と変化した時の吸収する熱がNRTlog(V0V1)だというのはすでに計算してあるので、今の場合に当てはめるとQin=NRTlog(V0V1)である。同様に考えるとQout=NRT′log(V0′V1′)となる。
実はこのQinQoutは系がどのような物質でできているかによらず同じ値を取ることが証明される(これがCarnotの定理)ので、どのような物質でできた系においても、QinQout=TT′となる。これを変形したT′Qout=TQinという式は次の章で定義するエントロピーという量と関係していいて、とても重要。
カルノーの定理の一般的証明
この証明には、
ケルビンの原理
等温操作で
(T,X)から
(T,X)に戻る操作をしたとき、その系のする仕事を
Wcycとすると、
Wcyc≤0である。
を使う。カルノーサイクルはそのままでは二つの温度(T,T′)の熱源と相互作用するサイクルだから、ケルビンの原理の適用範囲外である。そこで、ある意味二つの熱源のうち1つの効果を打ち消すようなことを行う。
もう一度カルノーサイクルの図を見よう。

ここで吸収、放出されている熱は教科書では
Qin=Q(T;X0→X1)
Qout=Q(T′;X0′→X1′)
と書かれている。
もう1つ、逆向きに操作する(元のカルノーサイクルが時計回りなのに対して反時計回りである)「逆カルノーサイクル」を動かそう。

こちらは吸収、放出する熱は
qin=Q(T′;Y0′→Y1′)
qout=Q(T;Y0→Y1)
となる(逆回転なのでinとoutの位置が違う。また示量変数はXではなくYで表現している)。
ここでカルノーサイクルが吸収する熱Qinと逆カルノーサイクルが放出する熱qoutがα倍違っていたとする(すなわち、Qin=αqout)。
ここで逆カルノーサイクルをα個用意しよう。たとえばα=3だとしたら3つのカルノーサイクルを

のように組み合わせ、カルノーサイクルが吸収する熱が逆カルノーサイクル3つが放出する熱と釣り合うようにする。
このカルノーサイクルの組み合わせが吸収した熱は
αqin−Qout=αQ(T′;Y0′→Y1′)−Q(T′;X0′→X1′)
で、この熱のやりとりは温度T′の環境とのみ行われる。
サイクル運動だから、この式はサイクルのする仕事Wcycに等しい。ところがケルビンの原理によりその仕事は0以下であるから、
αQ(T′;Y0′→Y1′)≤Q(T′;X0′→X1′)
が言える。
温度
Tがあるのに、ケルビンの原理(等温操作)は使えるんですか?
この温度
Tで熱をやりとりしている部分(
Qinを吸収し
αqoutを放出)は、いわば今作った「カルノーサイクルと逆カルノーサイクルの複合機械」の内側にあって、外からは見えない部分だと思ってください。で、外から見ると
Qoutが出てきたことと、
αqinが入ったことしかわからない。そう思うと、ケルビンの原理が使える状況そのものです。
一方、すべてのサイクルを逆回転させると以上の計算のすべてが逆になるから、
αQ(T′;Y0′→Y1′)≥Q(T′;X0′→X1′)
も言える。結局、
αQ(T′;Y0′→Y1′)=Q(T′;X0′→X1′)
であり、αの定義を思い出せば、
qoutQin×Q(T′;Y0′→Y1′)=Q(T′;X0′→X1′)
すなわち、
Q(T′;X0′→X1′)Q(T;X0→X1)=Q(T′;Y0′→Y1′)Q(T;Y0→Y1)
となって、最大吸熱の比は系が変わっても変わらないことになる。そして、理想気体ではこれがTT′であることはすでに見たから、Q(T′;X0′→X1′)Q(T;X0→X1)=TT′が全ての系に対して言える。
理想気体以外では計算してないのに、理想気体の式が使えることに注意。ここの計算では、理想気体かどうかに関係ないことだけを使って計算したので、結果は使っているものが理想気体かどうかによらない。そこで、理想気体の場合をそこに使ってもよい。
実際理想気体ではない気体で計算しても、(当然計算はそれだけ難しくなるんだけど)、ちゃんと
TT′という結果が出せる。
カルノーサイクルではないサイクル
カルノーサイクル以外のサイクル(以下「謎のサイクル」)の場合でも同様の議論を繰り返して、

のように考えて同様に、
αqin≤Qout
が言える。「謎のサイクル」は逆操作ができるとは限らないから、αqin≥Qoutの方は出ない。このことから「謎のサイクル」の吸熱比は等号にならず、
QinQout≥Q(T′;Y0′→Y1′)Q(T;Y0→Y1)=TT′
となる。よって「謎のサイクル」の吸熱比は、カルノーサイクルより大きくなる(つまり、熱機関の効率はカルノーサイクルより悪くなる)。
「謎のサイクル」が「ケルビンの原理」を満たさないような「謎の物質」でできていればこうはならないが、ケルビンの原理を破るような系は見つかってない。誰がが「ぼくの作った最強のサイクル」を持ってきたとしても、ケルビンの原理に反するサイクルを持ってきてない限り、そのサイクルはカルノーサイクルに負ける。
以上から、
QinQout=NRTlog(V0V1)NRT′log(V0′V1′)=TT′
となる。
log(V0′V1′)とlog(V0V1)が消えるのは、断熱過程の条件(TcV=一定)から、比V0′V1′と比V0V1が等しいことが示せるから。
理想的なエンジンは、与えられる熱をすべて仕事にできる(つまり、Qout=0)ものだが、それはT′=0でないと有り得ない(しかし、T′は0にも、負にもならない)。
こうして「効率のエンジンを作ろう」としても「投入した熱のTT′倍の部分は常に無駄になる、ということになる。
なお、じゃあT′=0にしよう」というのはダメ。T′は摂氏や華氏ではなく、ケルビンで測定する絶対温度である。0Kは達成できない。
カルノーの定理からわかることは「サイクルに仕事をさせるのに大事なのは温度差である」ということ。そこで水飲み鳥(平和鳥)にもう一度登場してもらう。
平和鳥が動くのは「濡れたくちばしの温度が下がるから」だった。温度差が大事なので、くちばしを冷やすのではなく胴体部を温めても、この鳥は動く。具体的には

のようにして体温で胴体部を温めると、ちゃんと鳥はお辞儀をするのである。