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どうしてワームホールにはエキゾチック物質がいるのか?

 SFではバクスターの『時間的無限大』なんかに出てくるワームホールだが、一応ちゃんと理論的背景というものは存在していて、まるっきり嘘なものではない。

 そもそもワームホールで超光速旅行したりする話をまじめに計算し始めたのは重力関係の物理学者であるキップ・ソーンたちだが、ソーンがそんなこと始めた理由は『コンタクト』を執筆中のカール・セーガンに「なんか理論的に破綻してない超光速旅行のネタないか?」と聞かれたからだという(^^;)。
 バクスターの作品中でしつこく出てくるように、ワームホールを作るにはエキゾチック物質なる不思議な物質が必要である。これについて、よく『エネルギーがマイナスの物質を入れてその負の圧力でワームホールをささえる』というような説明がされているのだが、これだとエキゾチック物質が空間をひっぱっているかのような印象を与えてしまう。力というのは物質に働くものであって空間に働くものではないので、この説明法はなんとなく気持ちが悪い。そこで実際のところどうしてエキゾチック物質が必要なのかを説明していく。一般向け説明なので厳密なものではなく『なんとなくわかったような気分』というところまでを目標にしているのでその点よろしく。

 

そもそもワームホールとは何か

 ワームホールとは、空間で離れている(ようにみえる)2点をつなぐ近道である。日本人には『どこでもドアみたいなもの』という説明が実は一番わかりやすい。このあたりの話を真面目に説明しているととてもたいへんなので、このページでは以後一貫して、通常の空間3次元、時間1次元よりも次元を一つ落として、空間2次元、時間1次元で考えることにする。紙を一枚用意する(これが宇宙だと思ってほしい)。その紙に2本、切れ目を入れる(図のABとA’B’である)。そして、この切れ目の部分を図のように“つなぐ”。この宇宙における旅行者の軌跡が図に書かれている。たとえば青線で書かれた旅行者1は、まず赤で書いた線AB(ワームホール)に上から入る。すると遠く離れた宇宙の線A’B’の下に出る。旅行者2の場合、線ABに下から入り、線A’B’の上に出る。旅行者3と4は特にワームホールに入らない。実際にこうなるように紙を切りはりするのはむつかしい、というか無理だが、ここは無理やりにでもできたことにしてほしい。図では紙が2枚あるような書き方がされているが、実際には1枚の紙の遠く離れた2カ所を描いている図である。

 余談であるが『開いているどこでもドアの裏側はどうなっているのだ』という疑問が昔からある。私はたぶん、この図のような感じでドアの裏側どうしがつながっているんじゃないかと推測しているのだが。

平面の極座標の図

物質があると空間がどう曲がるかという話

 さて、一般相対論では空間の曲がりが重力の原因だとする理論である。では物質があると空間がどう曲がるのか。物質のない空間(今考えているのは2次元だから実は面)を図に書いたのがこれである。平面の上に極座標が描いてあるところと思っていただきたい。この中心から半径rを少しずつ変えながら円が描かれているわけだが、当然各々の円の円周は2πrである。

 このまん中にどん、と質量をおくとどうなるかというと、

円錐になっていく「平面」

とこうなるのである。図を見ると、いかにも「物を置いたら、その重みで曲がった」というふうに見えるのだが、実はそんな風に思って見てもらっては困る。だって、この図の「下」は別に「下」じゃないんだから。そもそも「上」とか「下」とかは空間のある方向を示す言葉なのであって、この図の「上」とか「下」とかは空間から外れてしまう方向なのだ。この「空間」の中での「正しい下」はこの円の中心(質量が存在している場所)へ向かう方向である。
 それより注目して欲しいのは、物が置かれて曲がったことによって、「半径rの円の円周は2πr」という関係がくずれてしまっているということである。つまり、質量はこんなふうに“空間をたたみ込んで閉じようとする”という作用を及ぼすのである。
 物質によって空間が曲げられると円周が2πrより小さくなってしまうのだから、上の空間をアジの開きのように『開き』にすると、下の図のような『空間の展開図』が書けることになる。

展開図で表した円錐空間

 この展開図で考えると、中心にある質量のまわりを一周旅行する時、360度回らなくても元の場所に戻ってこれる。このように3次元時空に物質があるとその周辺の角度が360度より小さくなることを『欠損角』と言う。ちなみに、4次元時空でも棒状の物質があると同じようなことがおこる。この図で考えると『質量があれば欠損角ができる』と考えることもできる。

 

エキゾチック物質って何?

 そもそもエキゾチック物質って何なのか、という説明をするのを忘れていた。具体的定義としては「弱いエネルギー条件」を破っている物質、ということなのだが、この「弱いエネルギー条件」ってのは一言で言うと、「どんな人が見てもエネルギーがマイナスにならない」という条件である。相対論ではエネルギーの値は見る人によって変わる。しかし普通の物質ならば、どう見てもプラスになっている。見る人によってはエネルギーがマイナスに成り得る場合(もちろん誰が見てもどう見てもマイナスの場合も含む)、その物質のことをエキゾチック物質と呼ぶ。まぁややこしい定義を抜きにすれば「マイナスのエネルギーを持っている物質」と思っておけばよい。で、質量とエネルギーは等価なので「マイナスの質量を持っている物質」と考えてもだいたいOKである。
 現在のところ、そんな物質はない。唯一「これ使えるかも?」と言われているのはカシミア効果という量子力学な真空のエネルギー。ただし、マイナスだといっても通常とっても微弱であるので、実際に使うのは夢また夢である。
 だからワームホールを作るという話になった時は、どっかからこのエキゾチック物質(マイナスエネルギーまたはマイナス質量を持つような物質)を持ってこれる、と仮定しなくてはいけないのである。
 さて、なぜワームホールを作るのにマイナスエネルギーが、という本題に戻ろう。とはいえ、もう察しのいい人にはその理由がわかっているはずだと思う。

 

ワームホールの場合のエキゾチック物質の必要性

 さて、最初に書いたような2次元ワームホールの場合、どのように空間が曲がっているのかを見てみよう。実は、上の例のワームホールの場合、ほとんどの場所では空間(実際には平面だが)は曲がっていない。切れ目の部分(線AB、図では赤い線)は曲がっているわけではない。離れた場所につながっているのだが、つながり方自体はスムーズである。そうでない場所は点A(=点A')と点B(=点B')だけなのである。そこで点Aだけに着目してみる。点Aはどんなふうに曲がっているか、それを確認するために、点Aのまわりを一周する旅行をしてみる。旅程は図のような感じになる。

A点を回る周回軌道

 A点の周りを一周する経路を描いてみたわけだが、360度回っただけでは元の位置に戻ってこれない。ワームホールに入って、向こう側に出るだけである。さらに360度回って向こう側でも一周すると、またこっち側に戻ってこれる。つまり、720度回って初めて一周旅行が完結するのである。

 結局この場合、A点では欠損角の逆、いわば『過剰角』現象が起きている(今の場合は欠損角はマイナス360度!)。プラスの質量があると欠損角ができたのだから、過剰角、あるいはマイナスの欠損角を作るためにはマイナスの質量が必要となる。これがこのワームホールにエキゾチック物質が必要な理由である。

三角ワームホールと円形ワームホールの図 他の形のワームホールならこのマイナスの欠損角を回避できるだろうか。たとえば切れ目を直線でなく円形にするとか、三角形にするとか考えられる。しかし三角形にしても頂点部にマイナス欠損角が必要なのは変わらない。また円形の場合、一点に集中しないのだが各点各点に少しずつマイナスの欠損角があることになってしまう。どんなふうに空間を切り貼りしても、どこかにマイナス欠損角がない限り、ワームホールのような近道としては使えないのである。

 欠損角がプラスの場合の2次元空間(面)の曲がりというのは、紙を切って貼っても作れるし、ある程度思い浮かべることもできるのだが、マイナスの欠損角(過剰角)なんてのは無理矢理作ろうとしても紙はしわしわになっちゃうし、どうも頭に思い浮かびにくい。
 結局のところ、こういう(欠損角がマイナスになるような)“あり得ざる曲がり方”をさせるためには、“あり得ざる物質”であるエキゾチック物質が必要になっちゃうね、ということなのだな。

 バクスターのSF『時間的無限大』に登場するワームホールは正四面体になっているが、これが下の図のように、ABC面に入ったらA'B'C'面から出て、ACD面から入るとA'C'D'面から出るようになっているとしよう。この場合はおそらく辺にあたる部分がエキゾチック物質でできているはずだ。辺を一周するような道(たとえば図に書いたQ→P(P')→Q'(Q)という道)をたどると、辺のまわりを360度以上回っていることがわかると思う。インターフェイスはエキゾチック物質でできた棒6本でできているのだろう。

インターフェイス・ワームホール

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