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ベクトルポテンシャルとは何ぞや?(その1)

 電磁気で有用なベクトルポテンシャルというもの、「どうもよくわからん」という声がよくあるので、その物理的意味を理解する助けになるかもしれないことを書いてみる。そういう意味では、すでに電磁気をよくわかっている人にとっては「何をいまさら」な内容であることをお断りしておく。
 なおこの項はこの後その2その3と続いて、ゲージ理論との関係のあたりまで話をする予定(あくまで予定)。

 電磁気を勉強してベクトルポテンシャルなるものがでてきた時、「よくわからん」という感想を抱く人は多いようだ。何を隠そう、学生時代のわしもそうだった。その昔の自分を思い出してみるに、ベクトルポテンシャルについて「よくわからん」と言う人の多くは「ポテンシャルがベクトルってどうゆうこと?」という疑問を抱いているのではなかろうか。そこで話を始める切り口として、スカラーポテンシャルってのはどういう意味があるのか、というところから始めてみよう。静電ポテンシャルを図で書くと

静電ポテンシャルの図

のような感じで、+電気のあるあたりは高く、−電気のあるあたりは低くなる。ここに電荷qを持った物体を置くと、q×(ポテンシャル)だけの位置エネルギーを持つ。そのため、qが正ならばその物体はよりエネルギーの低い(つまりポテンシャルも低い)方、つまり−電荷の近くに行きたがる。qが負なら、エネルギーの低い方はポテンシャルの高い方になるので、+電荷の近くに行きたがる。
 同じようにポテンシャルが出てくるのというと万有引力だが、この場合は(質量)×(ポテンシャル)がエネルギーになり、電気の場合と違ってプラス質量の周りはポテンシャルが低くなるので、正の質量を持った物体はポテンシャルの低い状態になりたがる、つまり互いに近づきたがる。

 以上のように考えると、スカラーポテンシャルとは「何か(電荷だったり質量だったり)をかけたら位置エネルギーになるもの」ととらえることができる。そうとらえると今度は「ベクトルポテンシャル」に出会った時、「ポテンシャル」でありながら「ベクトル」だということが奇妙に思えるわけだ。

 実は、ベクトルポテンシャルも「何かをかけたら位置エネルギーになる」という点では同じなのである。しかしそう言われたら当然の疑問として「その『何か』って何なのよ」と思うだろう。その「何か」はスカラーではない。なぜなら、ベクトルポテンシャルというベクトルとかけて、位置エネルギーというスカラーを答えとして出すものだからである。実はベクトルポテンシャルと「何か」ベクトルの内積をとることで位置エネルギーが出る。その「何か」とは何か。スカラーポテンシャルの場合、電荷とかけると位置エネルギーとなるのだから、その類推から考えると、ベクトルポテンシャルは電流との内積を取ると位置エネルギーになるのだな、と推測できるだろう。実際、その推測は正しい。より正確には、ちょっと余計な符号というやつがついて、ベクトルポテンシャルに電流をかけてマイナス符号をつけたものが、その電流の持つ位置エネルギーになる。

 それはどういう意味を持つのか、ということを実際に起こる現象を見ながら考えてみる。電荷とスカラーポテンシャルの場合、

電荷がスカラーポテンシャルを作る。
電荷は(電荷)×(ポテンシャル)の位置エネルギーを持つ
電荷は位置エネルギーの低い方へとひっぱられる。

のような現象として電荷と電荷の間に働く力が発生する。具体的には、+電気の周りはポテンシャルが高くなり、そこに別の+電気を置くとポテンシャルの低い方、つまりできる限り離れる方向へと行きたがる。

 電流の場合に起こる物理現象は

電流がベクトルポテンシャルを作る。
電流は−(電流)×(ベクトルポテンシャル)の位置エネルギーを持つ
電流は位置エネルギーの低い方へとひっぱられる。

となる。これを直線電流2本の場合で示したのが下の図である。

電流の周りのベクトルポテンシャル

 図を見てもらうとわかると思うが、電流Aの回りの空間にはその電流Aと同じ方向のベクトルポテンシャルが出現する。そのベクトルポテンシャルの中に別の電流Bがあると、電流Bとその場所のベクトルポテンシャルの内積と同じだけの位置エネルギーを電流Bが持つことになる。そして、物事はエネルギーの低い方へと進むのが普通だから、電流Bはよりエネルギーの低い方、すなわちベクトルポテンシャルの大きい方、つまりは電流Aの近くへとひっぱられる。これが、同方向の電流がひっぱりあう理由である。
 なお、同じことをベクトルポテンシャルを使わない電磁気で説明するならば、

電流の周りには右ネジの法則にしたがって磁場が発生する。
磁場中の電流はフレミングの法則にしたがって力を受ける。

となるわけだが、ベクトルポテンシャルの立場では、右ネジの法則やフレミングの法則などを導入しなくても、平行電流の引力を説明できる。いやそれどころか、実は磁場を導入する必要さえない。

渦巻くベクトルポテンシャルの中の電流

 フレミングの左手の法則は次のように理解される。磁場はベクトルポテンシャルの回転だから、今紙面(CRT面?)の裏から表へ向かう向き(図の人差し指方向だ)に磁場があったとすると、その場所には渦をまいたベクトルポテンシャルがあることになる(。左の図のような感じである。

 ここに図で黒矢印で描いたような電流があったとすると、どっちにいきたがるかというと、自分とベクトルポテンシャルが同じ方向を向く方である。その方が位置エネルギーが小さくなる(位置エネルギーを出す式の前ににマイナス符号があることに注意)。その方向はまさにフレミングの法則が示す力の方向である。

 もしこの場所に小さい磁石があったとしたらどちらを向きたがるだろうか?
 磁石というのは、実は小さな円電流である。その円電流と円を描くベクトルポテンシャルとの内積が大きくなる(つまりは同じ方向を向く)ということは、この磁石のN極が紙面の表側に来い、ということだ。右ネジの法則なり右手親指の法則なりで確かめて欲しい。つまり、方位磁石が磁界の方を向きたがるということも、結局はベクトルポテンシャルと電流の内積を大きくしたがる、という自然法則によって起こると考えてよい。

 ちなみに右ネジの法則は上の直線電流の図を使って以下のように説明できる。
 図で直線の右側では、右に行けば行くほどベクトルポテンシャルが小さくなる。この場所に小さい円電流を置いたとしたら、位置エネルギーがもっとも小さくなるのは円電流がどっちを向いた場合だろう?
 フレミングの左手の法則の説明と同じようなことになるわけだが、ベクトルポテンシャルの大きい左側では電流が上を向き、右側で電流が下を向くように円電流が配置されればエネルギーは最小となる。つまり、小さい円電流が時計回りに回ればよい。円電流を方位磁石と見れば、方位磁石のN極が紙面表から裏へ向かう方向を向く、ということである。つまりこの方向の磁場が存在していることを示している。逆に図の左側では裏から表に向かう磁場ができていることになる。結局、電流Aのまわりを右ネジ方向に周回するような磁場ができていることがわかる。

 電磁気の本などではベクトルポテンシャルを導入する理由として、記述が簡単になるとか、マックスウェル方程式の数が電磁場の自由度に比べて多すぎるのどうのというようなことを第一にあげている場合が多いが、いったんこういうふうに

・電荷はスカラーポテンシャルを、電流はベクトルポテンシャルを作る。
・ベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルによって電磁的な位置エネルギーが決定される。

という考え方で電磁現象を理解してしまうと、電磁ポテンシャルが電磁気の本質であって、電場や磁場というものが二次的なものであるということが納得できるような気がするがどうだろう?


註:磁場があるからと言ってベクトルポテンシャルが文字通り渦を巻く必要は実はない。たとえば左と右で左の方が大きくなっていたりすれば十分である。図はとりあえず一番わかりやすい状況を描いていると思って欲しい。元に戻る


2004.2.2追記

 なぜスカラーポテンシャルだけで話が終わらないのだ、ベクトルポテンシャルなどというものを持ち出してきて電磁気学をややこしくするのはけしからん。

と、できることなら勉強する事項は一つでも少なくしたい学生さんから怒られそうなので、なぜベクトルポテンシャルが必要になるか、ということを相対論との関係にからめて注意しておこう。
 スカラーポテンシャルは電荷と、ベクトルポテンシャルは電流と結び付いているのだから「スカラーポテンシャルだけで話を終わらせろ」と言うのは「電荷だけで話を終わらせろ(電流なんて出てくるな)」と言っていることと同じなのである。そりゃ無理というものだ。電荷が動いたら電流は流れてしまう。いや、電荷が動かなくても、観測している方が動いたら、それだけで電流は(その観測者にとっては)流れてしまうのだ。だから実は「電荷が動くと電流になる」のと同様に「スカラーポテンシャルが動くとベクトルポテンシャルになる」のである。よってスカラーポテンシャルだけで話を終わらせるわけにはいかないのだ。つまり、ベクトルポテンシャルの存在は相対論的に必然なのである。

 下の図を見て欲しい。左側は静止している電荷であり、まわりにスカラーポテンシャルができている。電荷に近いところはスカラーポテンシャルは大きく、離れると小さくなる(用語的には「高くなる」「低くなる」と書くべきなのだが、後の都合上許して欲しい)。図ではフォントの大きさで表した。これを動きながら見るとどうなるか。図の右側のようになるのである。

ベクトルポテンシャル発生の図

 中心の電荷が動くだけでなく、回りの空間にベクトルポテンシャルが生まれる。このベクトルポテンシャルも、スカラーポテンシャル同様、電荷に近いところほど大きい。さてこんなふうにベクトルポテンシャルの大小が変化しながら分布しているところに方位磁石を置くとどうなるかというと、上に書いたように、電流は、ベクトルポテンシャルとの内積を大きくしたがる(その方がエネルギーが低いから)。方位磁石というのはミクロに見れば円電流である(鉄なら鉄原子一個一個が磁石であり、磁場の発生源は電子の運動)。それゆえ、方位磁石の電流は図の青い丸矢印のような方向に流れたがる。つまり方位磁石を置いたとしたら、これに垂直な方向を向く。これはつまり、電流に対して右ねじ方向に磁場ができる、ということを示している。電流があると磁界ができる、という現象は「電荷の回りのスカラーポテンシャルが動くとベクトルポテンシャルが発生する」という形で理解できるのである。

 ちなみに、このベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルの変換は相対論における空間と時間の変換、つまりローレンツ変換

x'=γ(x-βt)

t'=γ(t-βx)

と同じ式になっている(ちなみにγ=1/sqrt(1-β^2)、βは速度。ただし光速度c=1の単位を使っている)。すなわち、

A'=γ(A-βφ)

φ'=γ(φ-βA)

である。

 電磁気学というのは相対論にのっとった作りになっている。正確に言うと電磁気にのっとった理論を考えたら相対論になったのだが。だから、電磁気の法則は相対論的、つまり「動きながらみてもちゃんと法則が成立する」ように作らないといけない。だから「電荷が動くと電流が発生する」ならば「スカラーポテンシャルが動けばベクトルポテンシャルが発生する」のは当然なのである。

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