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実験室のブラックホール

  ここでは、Steven B. Giddingsの"Black holes in the lab?"に添って、実験室でブラックホールを作れるかも、という話を紹介しよう。ちなみにこの論文はGravity Research Foundation Essay ContestのFirst Prizeなのだそうで、非常にうまくこの問題をとりまく状況がまとめられている。

TeV Gravity−重力は、実は弱くないというお話

 今の物理では、4つの力(重力、弱い力、電磁力、強い力)が知られているが、このうち重力だけがどうしてこんなに弱いのか、というのが一つの謎になっている。重力が弱いと言われると「え?」と思うかもしれないが、有名なところでは、水素原子の陽子と電子の間に働く電磁力(クーロン力)は陽子と電子に働く万有引力の実に10^40倍である。なぜこんなに弱いのか。この4つの力はもともと一つの力だった、という「重力を含む統一理論」を作ろうとしている人達にとっては特に、これは大問題なのである(ちなみに、弱い力が電磁力より弱いこと、強い力が強いくせにあまり我々の目に見えるところに出てこないこと、の二つについてはちゃんと説明がある)。

 この「重力だけが弱い理由」を説明する一つの理論として、膜宇宙モデルというものが考えられた。本来の膜宇宙は(名前は「膜」だが)3次元の広がりを持つのだが、説明の都合上(というよりは図を書く都合上)、しばらく2次元の広がりがあるとして考える。つまり、我々の住んでいるこの宇宙が1枚の膜で、2次元の広がりしかないとする。

二次元膜の上を広がる電気力線

 ここに+電気があるとする。+電気は電気力線を出す(まわりに電場を作る)。そしてこの電気力線は遠くにいくほど広がり、希薄になっていく。ということはつまり、遠いところほど電場が弱くなる、ということを示している。今図に描いたような2次元の場合なら、距離rに比例して電気力線の広がる範囲(図に描いた赤い円)が広がるから、電場の強さ(電気力線の密度に比例する)は距離rに反比例することになる。もし、我々の空間のように3次元なら、電気力線の広がる範囲は球となり、その面積は距離の自乗に比例するから、電場の強さは距離の自乗に反比例する。

2次元に広がる電場と3次元に広がる重力の図

 電場(図では青矢印)は上のように膜の上にだけ存在しているが、重力(図では紫矢印)はそうではなく、膜の外(図で言うと上下方向)にも飛び出すとする。そうすると重力の方は距離にではなく、距離の自乗に比例して広がっていく(球状に広がっていくから)ので、重力の強さは距離の自乗に反比例するということになる。
 我々の現実世界で考えるならばもう一つ次元があがるので、重力の強さは距離の三乗に反比例するということになる。

 自乗に反比例するものと三乗に反比例するものならば、三乗に反比例するものの方が弱いに決まっている、ということで重力は電磁力より弱いのである。

 と、こう書くと「ちょっと待て」と物言いが付くに違いない。我々の宇宙においては、電磁力も重力も距離の自乗に反比例しているはずである。三乗に反比例する重力など、聞いたことがない、と。

 しかし、三乗に比例するかに見えた重力を、ちゃんと自乗に比例するものに引き戻す方法がある。それは、今考えた上下方向を周回座標にする、ということ。つまり、図の上下方向に数ミリいくと、もとの場所に戻ってくるとするのである。するとどうなるかというと、この膜の数ミリ上にはこの膜のコピー(というか、実は自分自身なのだが)があることになる。そして、さらにその数ミリ上にはコピーのコピー(といっても、これも自分自身であるのだ)がある。ちょうど合わせ鏡のような感じで、膜宇宙の無限個のコピーが連なっているような状態になっている、と考えるのである。

無限に重なる膜宇宙

 この図はごちゃごちゃとしてわかりにくいかもしれないが(^^;)、このように無限個のコピーから発せられる重力場が重なることにより、足し算された重力場はちゃんと膜に接する方向に向き、かつ距離に反比例した力になってくる。ただし、電磁場より弱い、という性質は同じなのである。

 ちなみに、周回座標にするのでなく、膜から離れるにしたがって長さのスケールが変化するようになっているため、外にはあまり重力が出て行かない、というモデルもあるが、こっちの説明はここでは省略。

 こんなふうに「膜宇宙」(英語ではbraneworld)を考えるのは、ストリング理論の方で膜(brane)ができる解があるみたいだ、という話から来ている。ストリング理論はもともと10次元だの26次元だのという、我々の知る四次元より遥かに次元が大きい世界の理論で、余った次元をどうしましょうか、ということが問題になるのだが、ちょうどソリトンのようにストリングが宇宙のうちの一部に凝集しているような解があるという話なのである。2次元に凝集すれば文字通りの膜になる。ただし、braneという言葉は(もともと膜を意味する英単語membraneから来ているのだが)任意の次元の凝集に対して使っている。

 さて、以上のような事情により、ほんとは強い重力場が弱く見えているという、このシナリオがほんとうだとしよう。すると、万有引力定数は我々が測定している値より実は大きいのだ、ということがわかる(我々が測定する重力は、膜宇宙の外への染み出しによって弱くなった後の重力だから)。万有引力定数と光速度とプランク定数から作られる質量の次元のある定数のことをプランク質量といい、我々の測定した万有引力定数から計算すると10^19GeVになる。しかしこれは弱められた万有引力定数によるものであって、本当の万有引力定数で計算すれば10^3GeV=1TeVぐらいになると言われている。つまり、我々の知っている万有引力は10^16乗倍に薄まっている、というわけである。

 では、その本当の万有引力定数を実感する方法はないのか、というと、ある。今膜と膜の間が数ミリぐらい(もっと短いというモデルもある)空いているとした。ということは、その距離よりも短い距離で見れば、となりの膜の影響はなくなって、本当の万有引力定数が見える。

ミリより小さいブラックホールを加速器で作る

 ちなみにプランク質量というのは、その質量におけるシュバルツシュルト半径(ブラックホールになった場合の半径)と、コンプトン波長(量子力学的に考えた広がりの幅)とが等しくなる質量、というふうに考えられる。普通の粒子の場合、コンプトン波長の方が圧倒的に大きい。つまりブラックホールになろうにも、量子力学的広がりの方が大きくて、シュワルツシュルト半径内に押し込めない。プランク質量(従来のモデルでは、エネルギーに換算して10^19GeV)になるとこの二つが同程度になり、ブラックホールになることが可能になる。ちなみ現在作られている加速器のエネルギーは最高で10^3GeV=1TeV程度のエネルギーしかないので、16桁足りない、ということになり、絶望的である。ところが膜宇宙シナリオがほんとうなら、プランク質量はまさにちょうど今建設中の加速器LHC("Large Hadron Collider" の略)の出せるエネルギーのところになる。加速器は、これだけのエネルギーを一点に集めることができる。つまり、LHCはブラックホールを作ることができる!

 どれくらい作れるのか、という試算がされている。モデルによっていろいろ変わるだろうが、Giddingsの計算ではLHCが運転されれば1秒に1個!!!のブラックホールが製造できるという。

 さてこの作られたブラックホールはどうなるのか。3つの段階を踏んで崩壊する。

第一段階:ハゲ段階
 最初できあがった時はブラックホールは多重極モーメントを持っている。しかしすぐにいわゆる”毛がない状態”(質量と電荷と角運動量以外の状態を持たない状態)になるはずだ。というわけでこれをハゲ段階と呼ぶ。嫌な名前だねぇ、まったく。だいたい、15〜40%のエネルギーが出て行くらしい。

第二段階:スピンダウン段階
 次に角運動量が失われていく。ホーキング輻射で外に電磁波が放出されるのだが、まずは角運動量を持ち出してブラックホールの回転を止めるような放射が出るということ。よくはわからないが、やはり25%ぐらいのエネルギーが出て行く。

第三段階:シュワルツシュルト段階
 回転エネルギーをなくしてしまった段階。後は蒸発するだけ。

 ブラックホールが蒸発した後いったいどないなるの、というのはいまだ未解決問題なので、これ以上はなんともいえない。だが、最後にブラックホールが持っていた1TeVぐらいのエネルギーがγ線やクォークやレプトンや、いろんな粒子になって「爆発」することになる。といっても全エネルギーは1TeV≒10^(-7) Jなので危ないわけではないが、少なくとも他の素粒子反応とは明確に区別のつく現象である。

 というわけでGiddingsは、うまくすればLHCによってブラックホールが生成され、新しい物理が開けると思っているようです。最後にこんなことを書いています。

 人類はより短い距離、より短い距離での物理を理解するための探索を続けるであろう。量子重力においてプランクスケールより小さい距離が存在するのかどうか、我々は知らない。しかしこれは実験的に対応すべき問題だろう。しかし、いったん我々がブラックホールを作りはじめたら、それはもう不可能だ。より短い距離を探ろうという衝突によるすべての企ては、事象の地平線の中に包まれてしまう。そして我々の観測機はブラックホールの崩壊だけを観測する--ブラックホールの中で起こる短距離現象を観測する方法はない。ブラックホール生成は短距離物理の終焉を意味する。しかし高エネルギー実験の暗い未来をとなえる必要はない。よりでかいブラックホールを作れば、それらは我々の世界である膜から離れ、我々に余分な次元の幾何やその他の性質を知る方法を与えてくれるのだ。高エネルギー物理は余分な次元の地理の探究になるのである。

 まぁ、膜宇宙理論もTeVスケールのブラックホールもまだ本当かどうか疑わしい段階なので、短距離物理の終焉を心配するのはまだまだ速いと思いますが(^^;)。Giddings先生、気合入ってますなぁ。

 

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