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なんと、ワープです (古いぞ)

 ワープというかなんというか、とにかく空間をひんまげることで超光速を実現しよう、という話。 まずは歴史的順序(ってほどの歴史もないんだけどね) にそって説明していこう。 こういう話の走りになったのが、Alcubierreの論文。タイトルも、 "warp drive: hyper-fast travel within general relativity"という、まさにそのまんま。中身も、ロケットの前方の空間をちぢめ、後方の空間を伸ばすという豪快さである。

 この、空間を伸ばしたり縮めたりするということの意味を説明しよう。そのためにまず、普通の空間での光の速さとはどんなもんかを考え直そう。

図1

普通の宇宙の光円錐の図

 上の図は、普通の空間における光の伝播を書いたもの。t=0で一点から出発した光は、t=δでは半径cδの球(図では都合上、円で描かれています)に広がる。この円錐を専門家は光円錐と呼ぶ。よく、「相対論は光速以上の速度を禁止している」と言われる。この文章はおおむね正しいけど、実はちょっと問題がある。というのは、一般相対論においては、光速以上の速度というのも一応ありだからである。

 特殊相対論において光速以上の速度が禁止されるということは、上の図でいうと、光円錐の頂点から出発した物質は、けっして光円錐の外側に出ることはできない、ということを意味している。この「光円錐の外には出ない」という条件は、一般相対論になっても変わらない。

 一般相対論で光速が上限という法則が破られる例としては、宇宙が膨張している場合である。これも図で書こう。

図2

膨張する宇宙の光円錐の図

 宇宙が膨張しているため、光円錐と隣の光円錐の距離も広がっていく(厳密に言うと、光円錐自体も広がり気味になるんだけど、ちょっとずるしてそこまでは書いてない)。よって、光は通常の移動距離+宇宙の膨張によって光円錐と光円錐の間隔の増大分だけ広がることになって、通常の光速度より速く動くということになる(つまり超光速)。

 で、これが相対論での「光速を越えられない」という話とどう矛盾なく折り合うかというと、「相対論が禁止しているのは物体の速度がその場所での光速を越えることである」ということになります。「その場所の光速」なんていうとなんじゃそら、ですが、つまりは「その場所の光円錐の外に出ない」ということです。光円錐自体がぐにゃぐにゃ曲ってしまって、結果として外から見たら光速越えていたとしたら、それはそれでしょうがない、と考えるわけ。

 そもそも超光速はどういう原理で禁止されたかというと、物体の運動が光速に近づく(図的に言うと物体の軌跡が光円錐の端に近づく)と物体の持つエネルギーが∞に近づくから。つまり、光円錐の外にさえ出なければ、別にエネルギーは∞にならない。この理屈を使えば一般相対論の範囲内で超光速が可能になる。要は空間をひんまげて、結果としてその場所の光円錐もひんまげてしまう。そうすれば、その場所での光速を越えることはできなくても、外からみたら光速を越えているようにすることだってできるだろう。できるといいな。いやきっとできるに違いない、と考えて作られたのがAlcubierreのワープドライブである。これまたその概念を図にすれば、

ワープ時空の光円錐の図

って感じになります。真ん中の光円錐の左右で空間が伸びたり縮んだりしたせいで、真ん中の光円錐はぐにゃっとゆがむ。ゆがんだ光円錐の中の物体は、外から見ると超光速に見えるような速度で動くこともできる。図では光円錐の傾け具合を遠慮して書いているんだけど、膨張や収縮をもっと激しくすれば、この光円錐はもっとべたっと寝かせることができて、そうすると中にいる物体はいやがおうでも(図1に示したような空間の伸び縮みがないとした場合と比較すると)超光速と見えるような速度で動いてしまう、というわけ。

FTL.GIF - 5,177BYTES

 実際に超光速現象が起こっている状況を図にしたのが上の図。ピンクで書いてある光円錐は、「空間を曲げたりしなかった場合の光円錐」、つまり普通の光円錐。何か適当な物質(実はこの適当ってのがたいへんなんだけど)を使って光円錐が図のよういぐにゃ、と曲げられたとする。すると、その中にある物体は青の点線で書いたような経路をたどることができる(というか、光円錐の中心ってのは止まっているということだから、これが素直な経路と言えるかも)。ところが青の点線は、「空間を曲げたりしなかった場合の光円錐」の外に飛び出している。だから、これは「外から見ると超光速現象」になっている。青の点線自身にとっては、「私は止まってただけなんですが」と言いたいところなんだろうけど。

ワープバブルの図

 Alcubierreは具体的には「ワープ・バブル」という球体を作り、その球体の前側で収縮、後ろ側で膨張を起こして、中心に位置する宇宙船を超光速で動かす、というメカニズムでワープを考えた。左の図みたいな感じである。このバブルの内側は平坦な空間になっていて、宇宙船は中で静止している。ところがバブル全体が矢印で示した方向に移動しているので、一緒に動いてしまう。

 だから実は、この宇宙船はなぁあああんにも、してない。まわりのバブルに運んでもらっているだけで。どころか、図で青く書いている前方部分(収縮している部分)なんて、この宇宙船から信号を送ることは不可能だそうだ。つまり、この宇宙船に乗った人は、あらかじめ決められた経路を運ばれていくだけ。操縦は一切できない。

 とりあえずこれで運用的には問題ありそうだけど、理論的にはワープが可能、ということになるが、このような空間を作り出すためには、ワームホールと同様、exotic matter(マイナスエネルギーの物質)がいるよ、 という話になってくる。 どのくらいのマイナスエネルギーが必要かを計算したのが、 「The unphysical nature of Warp Drive」という論文。 この論文によると、半径100メートルのワープバブルを速さvで動かす場合に必要なマイナスエネルギーは

-6.2×10^65×v グラム

となる。vは光速度を1とする単位で測る、ワープバブルの速度。ちなみに普通の銀河の質量は2×10^45グラムなんだそうで、ということは上の質量ってのは

-3×10^20×v×銀河質量

ってことに。まぁ、宇宙一個分ぐらいじゅうぶんある。つーわけで、こういう宇宙船を作ると結果として、宇宙一個分以上のエネルギーが余ります(必要だ、というんでないのがまたなんとも)。

 この結果を論文の著者であるPfenningとFordは「fantastic amount of negative energy」と書いて、ばっさりと「物理的に到達不可能」と書いてある。もっとも彼らの計算は量子力学的考察からワープバブルの壁は非常に薄くなくてはいけない、というのが前提なので、その前提を外してやって、壁が1メートルあってもいいんだ、ということにすれば、太陽質量程度というお値打ち価格にまけてもらえる(^^;)。

REDUCED.GIF - 2,553BYTES じゃあ、そのマイナスエネルギーをちょっとでも減らしてあげようじゃないの、というのが 「A `warp drive' with more reasonable total energy requirements」って論文で、ドラえもんの4次元ポケットよろしく、小さい空間の中にでっかい宇宙船を押し込む、という形でマイナスエネルギーの大きさを小さくしている(ああなんかプラスマイナスがこんがらがる表現だな、我ながら)。右の図みたいに、ちっこいワープバブルの中に体積の広い空間を作って、その中に宇宙船を放り込むわけ(どうやっていれるんだろ。ボトルシップみたいに、部品を少しずつ入れていくんだったりして)。まぁとにかくこうすると、だいぶマイナスエネルギーを減らす(って言葉も符号を考えるとだいぶ変だ)ことができる。外からみるとこの宇宙船、たとえば半径1ミリぐらいの球にしか見えないわけで。そんなもんが超光速で通り抜けるってのもなかなか恐い。

DANMEN.GIF - 3,848BYTES  批判的な話ってのももちろんあって、「こういうふうに空間をひんまげるためには、ひんまげるのに使っている物質は超光速で走らなきゃだめじゃん」というのがいくつか出ている。D. H. Coule, "No warp drive," Class. Quantum Grav. 15 2523-2527 (1998). とか、Lowの論文とか。今まさに超光速で移動しているワープバブルの断面図を書いてやると左のような感じになる。水色のエリアは宇宙船より前方なので、超光速で(宇宙船と同じ速さで)移動していかないといけないことになる、というわけ。

 それに対していや、 まだなんとかなるかもしれんぞ、と言っているのがこの論文とか。 それらの批判についてちょっとまとめておきましょか、みたいな感じの論文も出てて、「亜光速のバブルならいいんじゃない?」みたいなことも書いてあるけど、亜光速じゃつまらんよね。

 Alcubierreの紹介のところで、「ロケットの前方の空間をちぢめ、後方の 空間を伸ばす」というのがワープの原理だと書いたんだけど、別にそうし なくたってワープはできるよ、というのが「Warp Drive With Zero Expansion」というタイトルのNatarioの論文。 もっとも前方の空間は半径方向に縮みつつ、それと直角な方向に広がる(後方ではこの逆)ことによって全体としては膨張なしになっているということなんで、今度は空間を掻き分けて進む、という感じかな。

     とまぁいろんな話があるもんですが、このあたりの論文を見ているとやっぱり、「空間を曲げる物質は超光速で進んでいるんじゃないの?」という指摘はけっこうクリティカルに効いとりますね。結局超光速を実現するためにまず超光速を実現しなさい、みたいな話になっちゃっているというか。でもこれ果たしてそうであろうか。線形加速器だって電場を使って粒子を押すわけだけど、電場そのものが粒子と同じ速さで走っているわけじゃない。単に順番にスイッチをON/OFFしていく、という問題ですわな。だから、「exotic matter発生装置」(なんてものが作れるとはとても思えんのだけど)をずらっと並べておいて、少しだけ時間差をおいてスイッチをONにしていく、という方法で超光速ワープが可能になるかもしれぬ、とも思ったりもするわけです。 こうなると宇宙船というよりは銀河鉄道(いや銀河リニアモーターカー?)でんな。さらに上で書いた4次元ポケット方式を使って小さくしてからエキゾチックリニアモーターで打ち出すとなると、乗り物というよりは弾丸がとんでいくイメージで。

     ワームホールもそうなんだけど、この手の話ってのは全部「まず計量(時空の構造)を考えて、その計量を作るためにはどんな物質がそこにいればいいか計算する」っていう話になっていて、その辺がまっとうな重力屋さんとしては気に入らん、ということもあるようです。まっとうな方向は、「まず物質を用意して、その物質がどんな空間を作るか考える」だというで。そういうわけでこの話、やはり物理学者の間では「ちょっと外れたところにあるお話し」であることは間違いないようです。まぁそら、宇宙一個分のマイナスエネルギーをうんぬんして、つー話だからねぇ。

     まぁ主流から離れてようが、面白ければそれでよし。ましてSFのネタに使うなら傍流上等、ってことで。

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