琉球大学理学部物質地球科学科物理系のいくつかの講義(私担当の他、同僚が担当している講義も含む)では、物理あるいは数学のシミュレーションのアプリをインストールしたAndroidタブレットを学生に1台ずつ貸し出し、授業中に自由にそのアプリで遊んでもらう時間を設けるようにしている。
実際に使っているアプリは
である。自由に閲覧・ダウンロードして再利用してくださって構わない。
下の方はAndroidタブレットがなくてもスマホ(iPhoneでもAndroidでも)あるいはパソコンのブラウザで動かせるものもあるので、読者の方も是非試してみていただきたい。
授業を単に「話す→聞く」で終わらせないために、受け手の学生が「自分で動かす」ことができるアプリを作って使わせるのが私の「日々の取組」である。
本稿では、これらのアプリの使い方と、特に「幼稚園の砂場のように、自由に遊ばせる」ということがどういう結果を生むかについて説明していきたいと思う。
そもそも筆者が授業の中で「動くグラフ」や「物理シミュレーション」を使うようになったのは、量子力学の授業を担当していたときのことだ。
たとえば「位相速度と群速度は何が違う?」というのは自分が学生のときにもわからなかった疑問で、量子力学の授業の中で説明しようといろいろ黒板に図を描いてみたものの、自分でもよくわかってないから、説得力のある説明などできようはずもない。
そこで「動く図で見ればわかりやすくなるのでは?」とアニメーションを作ってみた。当時はjavaアプレットで作っていたのだが、今どきの流行に合わせて javascriptで作り直したのが(2019年7月作成)である。
この動く図を見ている間に「群速度と位相速度が違う理由は何か」を説明する方法を思いついた。のちに自分の本「よくわかる量子力学」にも書いた図で、下の図のようなものだ。
この図でも「実際に動いている図」の説得力にはかなわないと思う。動く絵を使って教育することは、学生にも自分にも役立つ。授業で「見せる教材」としてアプリを作っていくうちにそう思った。
量子力学の授業では、もう一つ、深く印象に残っていることがある。無限に深い井戸型ポテンシャルの中での波動関数の話をして、波束が壁にぶつかって跳ね返るところのアニメーションを見せていたときのことである。 当時使っていたものそのものではないが、(2018年11月作成)で、「各モードの振動数」を「n2に比例」に設定しておくと質量のある粒子が壁に囲まれたときの波動関数(もちろん、動くもの!)を見ることができる。各モードの振幅をうまく設定すると、波束の運動の様子が見えるのだが、波束が壁でぶつかって跳ね返る様子が、次の図のように(アニメーションで)表示される。
一人の学生(普段は質問なんて全然しない子だったのだが)がこの動きを見て、「先生! この粒子、壁に着く前に跳ね返ってませんか!?」と質問してきた。
この学生の考える「粒子」は波束の山の中心にいたのだと思う。「壁で跳ね返る」という言葉を古典的に「粒子(波束の中心)が壁にぶつかって反転する」という古典力学的イメージを持っていたのではなかろうか。もちろん「波束の中心」が壁に達することはない。こういう「動きのある絵」ならば、「波動関数で表現された粒子」は、位置にΔxの不確定性がある「幅のある存在」であることが実感として頭に入ってきて、普段は質問をしない子でも思わず声を上げるだけのインパクトを与えることもできる。「動く絵は授業に使える」と実感した出来事であった。
上で述べた群速度のときのように、物理シミュレーションのアプリをいろいろ作りながら自分で試しているうちに「なるほどそういうことだったか」とわかるという経験を何度かした。そこで、「この『なるほど』を学生・生徒自身ができるようになれば、いい学習体験になる」と考えた。そこで自分の予算や大学内の公募予算を使って数年かけてAndroidタブレットを少しずつ(最初はクラスに数台から始めて、やがて3人に1台、2人に1台と)買い揃え、現在では60人のクラスでも学生が1人1台のタブレットを使いながら授業できるようにした。
こうして「自分で動かす」体験を授業でやらせるようにすると、やはりいろいろと新しい発見があった。
上のリンクよりダウンロードできるというアプリは落体の運動をタブレット上でシミュレートし、速度・加速度などを表示する。物体は指で「持って投げる」ことができ、速度や加速度を実感して学ぶことができる。
このアプリは加速度センサに対応していて、タブレットを傾けると「下」(タブレット画面上の下ではなく、重力の方向という意味の下)に物体が落ちるようにできる。
このアプリを学生に勝手に遊ばせていると、いろいろ面白い発見がある。跳ね返り係数を1にして延々と跳ねているのをずっと見続けているのもいれば、壁や床についたときの垂直抗力が変わるのを、タブレットを傾けて楽しんでいるのもいる。
ある日、タブレットをぐるぐる回して「壁や天井にぶつけたら負けゲーム」をやって遊んでいる(このゲームも私が指示したのではなく、勝手に始めたのである)子がいたので、ふと思いついて「うまく円運動させるにはどうしたらいいか、やってみて」とその場の学生全員に声を掛けたところ、ほとんどの子は最初、下の図(紙面が鉛直面である)のように「動かしたい方向が下になる」ようにタブレットを操作する。
「速度」と「力」がごっちゃになる(そもそも概念として未分化な状態にある)という典型的なMIF誤概念である。もちろんこれでは全然円運動しない。下の図のように円の中心が「下」になるように回すのが正しい。
運動の法則の概念が獲得できていればすぐにわかることだが、もちろんそうでない子の方が多い。しかし、わかってない子でも、ぐるぐるやっているうちに「あ、力(幸いなことにシミュレーションだから矢印が目に見える)を円の中心に向かう方向に加えなくてはいけないのか」と正しい回し方を覚えるようになる。この体験と円運動の運動方程式とが頭の中で結びついてくれれば、しめたものである。
「動きで納得させたいというのなら、実験をやるべき」という意見もあるだろう。とはいえ、実験では、「目に見える」けど見えにくいこともある。実際に物体を投げ上げながら説明するには落体の運動は速すぎる。シミュレーションなら「この動きをスローモーションで」も簡単だ。また、我々が教えたい「力」「速度」「加速度」は目に見えないが、シミュレーションならそれを「矢印」で表示することもできる。現実とシミュレーションというモデルをうまく結びつけたうえで体験させていきたいものである。
こういう授業の対象は大学生だけではない。私はよく小中高へ出前授業に行く(琉大物理系の出前講座については、こちらをご覧ください)のだが、琉球大学ではジュニアドクター育成塾(琉大ハカセ塾)とグローバルサイエンスキャンパス(琉大カガク院)もやっている。自然科学に興味がある小中学生および高校生を大学で教育するというプログラムなのだが、そこでも授業を提供し、小中高校生に対してこれらのアプリを使った授業をやっている。中には(2019年7月作成)のように、ヒッグス粒子やニュートリノ振動を小中学生に向けて説明する授業もある。
無茶だと思うかもしれないが、これらの授業に参加してくるのは、好奇心旺盛であると同時に、やんちゃで人の言うこと聞かずに暴走するという楽しい(将来有望な)性質を持っている子が多く、なんとか食らいついてきてくれる。この子たちに数式というバリアなしで物理を楽しませるために、アプリが役立つ。実際、上のヒッグス粒子のアプリの中では量子場を模した波動を自分で作る部分があるのだが、それをやっているうちに「波が伝わる」という現象を理解してくれているようである。この子たちもまた、自由な発想で、これらアプリの「自分の遊び方」(パルス波を作ったり鋸状波を作ったり)を見つけてくれる。
2020年度は新型コロナ感染症のために大学の授業を遠隔で行わざるを得なかった。私はオンデマンド型ですることにしたが、そこで役立ったのが、これまでに作ってきたシミュレーションである。まずこれらのアプリをAndroidタブレットではなくweb上から使えるように手直しした。そして、オンライン授業を、説明ビデオを見た後このアプリで遊んでもらう形で行った。その授業例が(2020年8月作成)で、教員免許取得のための物理学概論であるが、物理の基礎概念を「オンライン授業中に学生が自分でアプリを動かす」という形で伝えることができたと思っている(対面授業と違って反応をリアルタイムには確認できないが)。インタラクティブな部分がなくなりがちなオンライン授業で、学生の興味を持続させうるという点で、物理シミュレーションは、遠隔授業にも向いた教材だったのである。
以上のようなシミュレーションを使った授業をやっていくうちにわかったことは「いろいろと自由にやらせる方が(学生も教員も)面白い」ということであった。
先に挙げた落体の運動アプリの円運動なども一つの例で、アプリを作ったとき、こんな使い方は全く想定していなかったが、「自由に遊ぶ時間」の中で自然発生的に出てきたのである。
別のアプリでの例を挙げよう。2つの電荷による静電場の電気力線と等電位線を描くアプリを作った。電場の作用をわかるためには試験電荷がある方がいいだろうと思って2つの電荷から力を受けて動く試験電荷をプログラムに入れたものがである。このアプリに現れる試験電荷は正電荷なので、負電荷の周りを周回運動させることもできる。
このプログラムを与えてしばらく「勝手に遊んで」と放置する。するとそれぞれが本当に「勝手に」遊んで「新しい遊び方」を見つけてくれる。
試験電荷の周回運動をじーっと見ている子、8の字運動させられないかと頑張る子、いろいろいて楽しい。
別の学生は「う〜〜、これでどうだ、止まれ〜〜」とか叫んでいる。何をしているのかと見てみると、下の図のように、2つの正電荷の間にできる「鞍点」の部分に試験電荷を乗せて静止させようと苦労していたのである。
こっちは何も教えてないのに、「ポテンシャルの安定点」を探すという課題を見つけたわけである。アーンショーの定理により安定点はなく、不安定な釣り合い点が一箇所あるはずだが、そこに試験電荷を置くのは無理なので、その付近に置いても試験電荷はいずれポテンシャルの低い方へと「ころげ落ちる」ことになる(だから学生は悪戦苦闘していたわけだ)。「こんな定理があります」と説明するよりもずっと、静電場に安定点がないということを実感できる「遊び」である。
また別の学生は「パチンコ作りました」と下の図のような画面を見せてくれる。
2つの正電荷を配置し、試験電荷を大きい方の正電荷の近くに置いて、小さい方の正電荷にぶっつけようとしていたのである。「うまく置かないと当たらないんですよ」とか言っていた。読者の皆様はおわかりだろうが、これはラザフォード散乱のシミュレーションである。原子核にα線を当てると、正面衝突では跳ね返るが、そうでない場合は角度を持って散乱される(その角度は衝突パラメータに依存する)なんてことも自然に理解できる。
砂場で遊ぶ子供は、自分で「教えられてない新しい遊び方」を発見するものである。上にいくつか例を挙げたように、同じことが物理シミュレーションにも言える。授業に物理シミュレーションを取り入れる一つの大きな意味は自由な遊び場としての「砂場」を提供することではないかと思う。
シミュレーションが「砂場」として有効であるためには、(お城でもダムでも作れる砂場と同様に)やりたいことが自由にできる状況が必要である。そこでアプリを作るときにも、プログラム上の制約はなるべく少なくしていろんなことができるように組む。そうやって自由度のある「物理で遊べる砂場」を提供してあげると、自由に動かすうちに、なにかしら面白い現象を発見してくれる。当然、子供たちのやることのほとんどは単なる遊びである。たとえば電荷や磁石を配置するアプリを渡すと、ただただ沢山並べることだけに熱中するのもいる。だが「砂場なのだから何をやってもいい」と思いつつ黙って(ときにはむしろ「いいぞもっとやれ」と煽り立てながら)見ていると、あちこちで、こっちが想像してなかった使い方を発見する子が現れる、という経験を何度もした。子供というのは「やらされている勉強」よりも「自分で見つけた遊び」の方により熱中するものだし、こういう時間を作ると普段積極的に質問しない子も授業に入ってこようとしてくれる。それに、遊びの中で見つけた現象や法則は、ずっと心に残るようである。概念獲得の為の説明を言葉と板書でくどくどするよりもずっと、物理概念が頭に入ってくれると感じている。
学生・生徒もスマホを縦横無尽に使いこなしている今の時代、物理教育もこの「砂場」をうまく使っていきたい。