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温度とは何ぞや? (「最高温度はあるか?(前編)」を改題)

 大学で「統計力学演習」を担当していた(今はしてない)のだけど、この授業の、まだ統計力学の「と」の字にも入っていないところで、こんな問題を出していた。

 最低温度の逆,すなわち最高温度は有り得るだろうか? (註:この問題は,この時点では正しい回答はでないであろう.)

 この質問をまだ統計力学をぜんぜん知らない学生さんにするわけだが、いろいろな答えが出てきて面白い。

 この一つ前の問題が「最低温度である絶対零度とはどんな状態か?」というもので、ここに到達するまでに「温度が高い=分子運動が速い」という程度の認識(当然「絶対零度=分子が止まっている」ということになる)はできている。だから、よく出てくる答えは

光速が速度の上限だから、分子が全部光速で運動したら、それが最高温度。

というものだ。高校物理の範囲でも1/2mv^2= 3/2kTという式は出てくるので、1/2mc^2 = 3/2kTとなるTcは光速度)が最高温度だ、というわけである。実はアシモフも「空想自然科学入門」の中で似たようなことを書いている。しかし、アシモフはこれを書いて直後に「これはうそだよ〜ん」と書いている。相対論的に考えればエネルギーは1/2mv^2じゃなくなり、光速度に達すると無限大になるからである。

 他にアシモフの答としては

宇宙の全エネルギーを1粒子に集めた時が最高温度である。

というのがあって、学生さんの中にも知ってか知らずかこの答えを出す人もいる。しかし、この「最高温度」の定義は、統計力学にくわしい人からすると受け入れがたいものがあるはずである(なぜかは後で述べる)。

 あと学生さんが出している答えでユニークなのは

たとえば空気の温度を測っているとすると、温度が高くなったら空気の分子が分子でいられなくなってプラズマ化する。そこが空気にとっての最高温度である。

というものもあって、なかなか感心する。

 では、最高温度ってのはほんとのところあるんだろうか、ないんだろうか。これについては「最高温度はあるか?」というページで説明をしていく。そのページの説明を理解するために、ここで「そもそも温度とは何か?」ということを解説しとこうと思う。

 「温度とは何か?」というのも学生さんによく質問することだ。たいていこんな感じになる。

わし「温度が高いのと低いのって、何が違う?」
学生A「温度が高いと熱くて、低いと寒いです」

 これは聞き方が悪かった。気をとりなおして聞き方を変えて、隣の学生に聞いてみよう。

わし「熱いのと寒いのって、何が違う?」
学生B「温度が違います

 ああ、やっぱりそうくるか。

 でまぁ、こういう問答を繰り返しているうちに、「温度が高い=分子運動が激しい」(人間が熱湯を熱いと感じるのは、水分子が速く衝突してきて痛いからだ、とか適当なことを言ったりする)ということで一応話がまとまる。そうしてたとえば、さっきも書いた1/2mv^2=3/2kTなんて式を出したりして、

1自由度あたり1/2kTずつエネルギーが分配される(等分配の法則)

なんてことでエネルギーと温度の関係を示したりするわけだ。

 この温度の定義はそれなりに便利だが、なんとなくすっきりこないものもある。例えば水中に熱した鉄球を放り込むと水の温度が上がり、鉄球の温度が下がり、同じ温度になったところで平衡状態に達する、なんて簡単に言うが、鉄と水は分子量(つまり一個の分子の重さ)も全然違うし、一方は液体、一方は固体だから分子の運動の仕方も全然違う。それなのに両方の運動エネルギーが等しくなったところで平衡に達するってのはどういうわけか。たとえば運動量の大きさが等しくなったところで平衡してはなぜいかんのか、1/3mv^3 が等しくなったところではなぜいかんのか。
 つまり何が言いたいのかというと、「温度」を定義するのなら、1/2mv^2=3/2kTなんてエネルギーを使った定義では不満なのである。「温度」というものの本質は「1自由度あたりのエネルギー」などというものにではなく

・高いところから低いところへと熱が移動する。
・同じ温度になったらそれ以上移動しない。

という部分にあるのである(実際、「1自由度あたりのエネルギー」という定義はいろんな場面で破綻する)。

 上のような性質を持ったものを「温度」と呼ぶべきであるから、「同じになったら平衡に達するような物理量」を探してきてそれを「温度」と呼ぶべきなのである。

 ここから先で、温度というものの統計力学的な定義というのを出していくのだが、そのためには「温度が等しくなると平衡に達する」というのはどういうことなのか、ということを分子運動のレベルで考えていかなくてはいけない。統計力学というのは名前のとおり、「統計」で物理を考える学問である。「統計」って何を数える統計なのかというと、物質の状態を数えるのである。

10この粒子を箱に入れる まず、分子の運動を思いっきり単純化したモデルで考える。まず分子は10個しかないとする。そして、分子の持つエネルギーはある単位エネルギーEの正の整数倍(0,E,2E,3E,…)であるとする(実際はもちろんそんなに単純じゃないが、まず単純なところから出発するのだ)。今10個の分子(註:古典力学に考えて粒子は区別できるものとする)が、トータルとして10Eのエネルギーを持っているとしよう。そして、このうち4個が箱Aに、残り6個は箱Bに入っており、二つの箱は接触していて、粒子そのものは移動できないが、互いの粒子の持っているエネルギーが移動することはできるとしよう(実際にはエネルギーは壁との衝突を通じて伝わる)。ただし、二つの箱以外にはエネルギーは移動しない(二つの箱の中のエネルギーは保存している)。この箱の中の分子のとりえる状態の数はいくつあるか?

 これは、

 10個のりんごを10人の人間に分けます。一人の人間に一個もあげない場合も含めて、りんごの分け方は何通りあるでしょう?(ただし人は区別するがりんごは区別しない)

という問題と同じようにして解ける。説明するのがめんどくさいので答えだけ書くと92378通りである。
 ヒントを述べると、「りんご10個を10人に分ける」と考えるより、「りんご10個と、人間と人間の間のしきり9個を並べなおす」と考えた方がわかりやすい。

 しかし、その92378通りの中には、例えば「箱Aの4つの粒子が全エネルギーを独占し、箱Bの中の6個の粒子は一つもエネルギーを持っていない」という「ちょっとそれはありえなさそうだな」と思われる状態も含まれている。ちなみにこの状態の数は286通りである。

 ところで上に「ちょっとそれはありえなさそうだな」と思われるなんて書いたが、なぜそう思うのか。なんとなく、一方(それも少ない方)がエネルギーを独占するなんて不平等に過ぎるじゃないか、という気がする。しかしそれを「なんとなく」ではなく理屈と数字で納得したい。
 その理由を

92378通りの中の286通りなんだから、
そんなことは起こりにくいに決まっている
でしょ。

と、「数の論理」で考えるというのが統計力学の考え方である。

ありそうな分配となさそうな分配

 逆に「どんな状態が起こりやすい?」と聞けば直感的に「4粒子に4E、6粒子に6Eあげた状態がバランスがいいから、それが起こりやすそうだ」と思える。物理的に考えるとこの「ありそうな分配」は双方の分子が同じ密度のエネルギーを持っている場合で、「なさそうな分配」は一方だけがエネルギーを持って(動き回っていて)もう一方は止まってしまっているという状態である。これはなんというか、実にありそうもない状態ではないか。

 さて、この直感に数字的裏づけを与えてみよう。
 箱Aと箱Bの中の粒子が持っているエネルギーと、その時の粒子の取り得る状態をえんやこらさっさと計算すると次のような表ができる。

箱Aのエネルギー

0

E

2E

3E

4E

5E

6E

7E

8E

9E

10E

箱Aの取り得る状態

1

4

10

20

35

56

84

120

165

220

286

箱Bのエネルギー

10E

9E

8E

7E

6E

5E

4E

3E

2E

E

0

箱Bの取り得る状態

3003

2002

1287

792

462

252

126

56

21

6

1

全体の取り得る状態

3003

8008

12870

15840

16170

14112

10584

6720

3465

1320

286

 全体として取り得る状態の数は

(箱Aの取り得る状態の数)×(箱Bの取り得る状態の数)

になる。それは表の最下段に示した。

この図を見れば「箱A(4粒子)に4E、箱B(6粒子)に6E」という状況が一番数が多く、ゆえに「起こりやすい」と考えられることになる。統計力学的「数の論理」と直感が見事一致したわけである。
 表を見るとわかるが、箱Aの粒子の持つエネルギーが増えると、箱Aの取り得る状態は増えていく。これは当たり前で、分けるりんごの数が増えれば分ける方法の場合の数が増えるのも当然である。ところが箱Aの粒子の持つエネルギーが増えるということは箱Bの粒子の持つエネルギーが減る(エネルギーの和が保存することに注意)ということだから、箱Bの粒子の取り得る状態は減っていく。そこで、双方の増減がつりあって最大値になるところがある。それが上の4E:6Eの状態なのである。
 一方がエネルギーを独占してしまうような状態は数が少ないので、実現しにくい(ちなみに、今考えている粒子が10個程度なので、状態数の差は286と16170とあまり大きくないが、アボガドロ数程度の粒子を考えると、この差は圧倒的になってしまう)。

 では、もっと一般的に、取り得る状態の増減がつりあう条件とはなんだろう???

 全体の取り得る状態の数は二つの箱の取り得る状態の数の積であるから、

(エネルギーがΔEだけ増えた時、箱Aの状態数が何倍になるか)

という数字と、

(エネルギーがΔEだけ減った時、箱Bの状態数が何分の1になるか)

という数字が等しくなった時が増減のつりあう時である。前者の方が大きければエネルギーをAに移したほうが状態数は多くなる。後者の方が大きくなるならばエネルギーをBに移したほうが状態数は多くなる。 実は(エネルギーがΔEだけ減った時、箱Bの状態数が何分の1になるか)というのは(エネルギーがΔEだけ増えた時、箱Bの状態数が何倍になるか)と同じ値(ΔEは小さいとして考えている)だから、結局エネルギーがΔE増えた時の状態数の変化を元の状態数で割ったものがAとBで等しくなればよい。
 例えば上の表で箱Aのエネルギーが4E(箱Bのエネルギーが6E)のところだと、箱AのエネルギーをE増やすと、箱Aの状態数は56÷35=1.6倍になる。一方箱BのエネルギーをE増やすと箱Bの状態数は792÷462≒1.65倍になる。だいたい同じである。そのような場所がちょうど全体としての状態数が最大になるところである。
 これを数式で表すならば、状態数をWと書いて、

∂W/∂E÷W

が等しくなった時、ということになる。

状態数の「つりあい点」

もうちょっと真面目に計算を書いておく。Aの状態数がWA(EA)とし、Bの状態数をWB(ET-EA)とする。ただしEAはAの持つエネルギーであり、ETは全エネルギーである。ゆえにBの持つエネルギーEBET-EAとなる。全体の状態数はこの積なので、
WA(EA)WB(ET-EA)
これをEAで微分して0と置き、少し整理すると、
∂WA/∂EA÷WA =∂WB/∂EB÷WB
が示される。

 さらにS=klogWという式でSを定義する(このSはいわずと知れたエントロピーであって、kはボルツマン定数である)と、

∂S/∂E

なる量(SをEで微分した量)が等しくなったところがもっとも起こりやすい状態なのである。

 「温度が等しい」=「起こりやすい状態」なのだから、「∂S/∂Eが等しくなる」ということは「温度が等しくなる」ということと同じことをあらわしているはずである。よって温度と∂S/∂Eにはなんらかの関係がある。実際に何か具体的なモデルで∂S/∂Eを計算してあげると、これが絶対温度の逆数であることがわかる。

 さて、ここまでで統計力学的には温度がどう定義されるのかがわかったはずである。ひとことで述べるならこうなる。

エネルギーをエントロピーで微分したもの(∂E/∂S)が温度である。

 結果はえらくあっさりしているが、とにかく「温度が等しい」ということが「エネルギー(熱)が出入りした時の状態数の変化がバランスする」ということと同じだということが大事であり、そのためにエネルギーと状態数の変化の割合によって温度が決まってしまうことになった。状態数とエントロピーはlogとってkをかけただけで内容的には同じものであるからエントロピーの変化とエネルギーの変化の比で温度が定義できることになる。

 なお、温度がこういう定義だということになると「宇宙全体のエネルギーが1粒子に集まった状態」というのを「最高温度」と考えるのは何かおかしいと思う。そもそもこういう定義の温度は、粒子がたくさんあって、「状態数」を勘定できてこそ意味があるからである。

 さて、このように定義された温度には、「最大値」はありえるだろうか。実は単に「エネルギーが絶対温度に比例する」などと考えただけでは出てこなかった「温度の最大値」の可能性が、この定義だと見えてくるのである。という話については「最高温度はあるか?」にて。

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