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最高温度はあるか?(もともと「後編」だったものを改題)

 さてこの話の前編にあたる「温度とは何ぞや?」では、

エネルギーをエントロピーで微分したもの(∂E/∂S)が温度である。

が統計力学的な温度の定義だよ、ということを書いた。実際の計算では、「エントロピーをエネルギーで微分したもの(∂S/∂E)が温度の逆数である」の方が使いやすい。あるいはさらに砕くと、「状態数をエネルギーで微分したもの(∂W/∂E)をで割ってボルツマン定数kをかけたものが温度の逆数である」となる。その心は、「状態数が多いものが実現する」というところにあり、「状態数が最大になる」ということが「等温状態になる」ということと同じであった。図で書くならば

状態数の「つりあい点」

と表現できる。さて、この定義は1/2mv^2=3/2kTという定義と同じになるだろうか。そのために状態数を数えてみる。ここで、1/2mv^2と書いたv^2は実は

(v_x)^2+(v_y)^2+(v_z)^2

であることを思い出す。ところで実は今粒子は一個ではなく、たくさん(たぶんアボガドロ数以上)ある。そして、その全粒子(N個としよう)のエネルギーを足すとEになるとしよう。するとこの粒子の速度に関しては

3N次元の球1番目の(v_x)^2+(v_y)^2+(v_z)^2

+2番目の(v_x)^2+(v_y)^2+(v_z)^2

+3番目の(v_x)^2+(v_y)^2+(v_z)^2

+…

+N番目の(v_x)^2+(v_y)^2+(v_z)^2

=  2mE

という式が立つ。つまりこれは、3N次元の球(半径の自乗が2mE)の表面上の、どこか一点が、今考えている気体の状態を表している。
 ということから、全エネルギーがであるような状態の「数」すなわち状態数はこの3N次元の球の表面積に比例する。つまり2mE(3N-1)/2乗に比例する。Nがアボガドロ数ぐらいだということを思い出すととんでもなく急激な増加関数である。
 しかし、所詮はべき乗なのである。

 なぜ「所詮」などとばかにしたような言い方をしたかというと。温度を考える時に問題になるのは「エネルギーEをちょっと増やした時、状態数Wが何倍になるか」ということだからなのである。今状態数はE(3N-1)/2乗に比例する。つまり

W ∝ E^(3N-1)/2

だが、Eをちょっと増やした時の増加量はその微分なので(3N-1)/2-1乗に比例する。つまり、

∂W/∂E ∝ E^(3N-1)/2-1

である。これを元の量で割ってしまうと、

∂W/∂E÷W ∝ E^(-1)

となって、1/Eとなる。結局エントロピーの増加量は1/Eに比例する。

 ここでさっきの表現「状態数をエネルギーで微分したもの(∂W/∂E)をWで割ってボルツマン定数kをかけたものが温度の逆数である」を思い出すと、温度とエネルギーEが比例していることになる。ここでは細かい計算をしなかったが、まじめに計算すると係数も含めて一致する(注:実は3N-13Nと近似したりするが、Nがアボガドロ数ぐらいだということを考えれば当然の式である)。

 以上をもっと数学的に言うと、状態数WEのどんな高いべきであってもべき乗であれば、エントロピーSはそのlogなので、結局logEに比例してしまう。よって∂S/∂E1/Eに比例する。

 以上から、普通に考えれば温度はエネルギーに比例してしまい、エネルギーをあげればいくらでも高温が作れる、ということになる。

 じゃあ、最高温度なんてない、というのが結論だろうか。

 そもそも、上の計算で出した状態数がなぜ所詮べき乗なのかというと、今状態の数として数えられているバリエーションが、本質的には運動量の向きだけだからである。しかし、もしエネルギーを大きくしていった時に他の理由で状態数が増えていったとしたらどうか。
 例えば、

W=exp(αE)

のように、エネルギーが増えるにしたがって指数関数的に状態数が増えていったら?
 これはすなわち、エントロピー

S=kαE

のようにエネルギーに比例するということであり、結果として、

∂S/∂E=kα

のように、温度が一定値になってしまう、ということを意味する。

 かなり誤解されそうな書き方だが思い切って、おおざっぱに状況を俯瞰しておくと、

 物体に熱を与えると、その熱は状態数を増やすこと温度をあげることに使われる。指数関数で表せるほどに速く状態数が増えてしまうと、温度を上げることができない。

というふうに言える。通常の場合は状態数はべき乗程度で増えるので、温度も状態数も仲良く増えていく。

 ちなみに、もし熱を与えることで状態数が減ってしまうようなことがあったとすると、その時その系の温度はマイナスになる。摂氏や華氏でマイナスではなく、絶対温度でマイナスである。ただし、熱を与えて状態数が減るという状況はかなり特殊な状況である。

 では状態数が指数関数的に増えていくことはあり得るのか。ここで前編での

たとえば空気の温度を測っているとすると、温度が高くなったら空気の分子が分子でいられなくなってプラズマ化する。そこが空気にとっての最高温度である。

という考え方を思い出そう。空気の分子が分子でいられなくなるほどに高温になったとしよう。そうなる前は、状態数を数える時は、空気分子の運動だけ考えてやればよかったが、分子がプラズマ化するほどの高温になると、「空気分子の状態数」(まだ分離してないのもあるから)と「プラズマの状態数」を両方考えなくてはいけない。プラズマの方が粒子の数は増えるのだから、この時、通常よりも状態数の増える割合は大きくなることになる。しかしこれだと粒子のほぼ全部がプラズマ化した後はやはりべき乗で増えていくことになり、温度に上限ができる、という話にはならない。

 ではどういう場合、温度には上限が生まれるかというと、

エネルギーが上がれば上がるほど、次々と新しい粒子状態が、それもどんどん生まれていくような場合

である。さっきのプラズマの話でいけば、もっと温度が上がればクォークに分離するだろう。さらに温度を上げるとサブクォーク(クォークを作っていると言われる粒子。現在のところ仮説上の存在)になりサブサブクォークになれば温度があがるたび次々と状態数があがっていくわけである。

 しかしそんな、無限に状態数が増えていく、なんてうまい話はあるまい・・・ということになるのだが、実はそういうことが起こる素粒子のモデルがある。ストリング理論(超弦理論)である。

 なぜストリング理論ではエネルギーを上げるほど状態数が増えていくのか。ストリング理論では素粒子一個一個はひものような1次元的広がりを持っていると考える。そのひもは、空間内でびよよよ〜んと振動できる。

だんだん速く振動するストリングたち

 こんなふうに。

 上の図は高校物理なんかでは「開いた気柱の振動」ってのでよくお目にかかる図だが、左から「基本振動」「2倍振動」「3倍振動」というふうに振動数が倍になっていく。量子力学ではプランク定数×振動数がエネルギーの単位だから、エネルギーの単位が2倍、3倍になっていくと考えればよい。単位エネルギーをEとしよう。ひもの持っているエネルギーがE以下だったら、そのひもは全く振動していないはずだ。つまり点粒子と同じで広がりがない。つまりこのようなひもの状態数を数えると、粒子の場合と同じ数になる。
 ところがエネルギーがEを超えると「振動してないひも」と「基本振動しているひも」が共存する。同じエネルギーなら、「基本振動しているひも」の方が動きが鈍い(運動エネルギーが少ない)はずだが、とにかく状態数は多くなる。さらにエネルギーが2Eを超えると、バリエーションはもっと増えて、「振動してないひも」「基本振動しているひも」「基本振動だが2倍のエネルギーで振動しているひも」「2倍振動しているひも」となる。
 「基本振動で1.5倍のエネルギー」等がないのは、量子力学的に考えているからである。

 さらにエネルギーが3Eを超えると、3倍振動も仲間に加わってたいへんにぎやかなことになる。というふうに、エネルギーが上がれば上がるほど、この紐の取り得る状態数は大きくなっていく。その大きくなり具合は指数関数的であって、所詮べき乗である通常の場合とは全く違うのである。
 ストリング理論では素粒子が「紐状」という構造を持っているために、エネルギーがでかくなればなるほどたくさんの振動状態が現れて、結果的に状態数がものすごい速さで増えるためにある程度以上温度が上げられない、という不思議な現象が起きるのである。
 で、この温度どれくらいなの、ということが気になるところだが、当然ストリング理論のモデルに依存する。だがだいたいのところは次元解析からして、

(プランク質量)×(光速度の自乗)÷(ボルツマン定数)

というところになるはず。とんでもない温度になることは間違いありません。

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