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2011.9.25

★ニュートリノの実験に ついて
 一昨日あたりから報道で「相対性理論が覆る!」などと騒がれ(例1)、さらには「タイムマシンが可能になる」(例2)、なぜかさらに「ワープも可能」(例3)とまで出ている。

 まずこれはそんなに騒ぐべきことなのか、について。今回の実験については、実験者自身が、この論文の中で、

Despite the large significance of the measurement reported here and the stability of the analysis, the potentially great impact of the result motivates the continuation of our studies in order to investigate possible still unknown systematic effects that could explain the observed anomaly.

(ざっと意味を書けば、「実験結果は安定しているけど、結果があまりにすごいので、この変な観測結果を説明できるような系統的誤差がないかどうかもっと調べたいよ!」ってこと)

と書いている。つまり、実験者自身が「相対論が覆ったぜイェイ!」とか言っているのではないということ。そして、世間の他の物理学者の反応はほぼ「ああ、きっとどっか間違っているよね」という感じ。

 そういうわけなので、あきらかに報道は騒ぎすぎなのである。何よりこの実験が(予想通りというべきか残念ながらというべきか)失敗だったことがわかっても「科学者の言う事はいいかげんだから」とか言わないでねお願い(^_^;)。

 というわけで、あまりに世間が「相対論終了!」などと盛り上がるのでついつい、twitterで、

トレンドに「相対性理論終了」と出ているけど、これで「終了」は気が早すぎる。ニュートリノの速度がCで、光の速度がcで、C>cで、しかもその差が小さいってことなら、「この世の最高速度はCです」ということで相対性理論作りなおせばいいだけのことのはず。


とか発言してしまった。後半の「C>cでCが最高速度にすればよい」という部分については、少し単純に言い切り過ぎた(もちろん、「そう簡単でもないでしょ」という反応があった)。

 ちなみにこれを書いた時点では「真空は実は誘電体/磁性体で、ニュートリノは電磁相互作用しないのでその誘電体/磁性体的性質を感じないので『本当の光速』で走れるが、光はそうはいかない」という妄想を走らせていた(^_^;)。

 ただ、「相対論はそう簡単に終了しませんよ」と思ったのはもちろんほんとで、相対論は膨大な実験結果に支持されているので、この実験結果に何か意味があったとしても、根本的なところで相対論という枠組みが壊れるということはない。量子力学ができたからといって古典力学は終了しなかったし、相対論的力学ができたからといってニュートン力学は終了しなかった。相対論(特に特殊相対論)というのは、もはや古典力学と同じぐらいのステータスは確保している。いや、むしろ古典電磁気学の一部になっているとも言えるほどだ(日常程度の現象でも、相対性理論がないと古典電磁気学は成立しませんよ、という例は、相対論の講義の中でも触れている)。

 そういう意味で、結果の

(v-c)/c = (2.48 ± 0.28 (stat.) ± 0.30 (sys.))×10^( -5)

というのは、他の観測結果と矛盾することがたくさん出てきてしまうと思う。光速は299792458m/sと、9桁の精度で確定している(しかも、いわゆる光速の測定だけでこれが決まっているわけではない)わけで、10^(-5)のオーダーでずれるというのはなかなか難しい。こんだけ大きい効果だと、上で書いた「妄想」がなかなか走ってくれない(^_^;)。

 というわけで、もし万が一この実験がほんとうに「ニュートリノの速度が光速より速い」という結果だったとしても、「2011年の実験で修正された特殊相対論は、より堅固な理論になったね」という結果になるというのがもっともありそうな結末である。最低でも相対論は「よい近似理論」としてのステータスは残すだろう。

 くどいようだが、「ここに見落としが!」と発見されるというのが一番ありそうであることはもちろんである。


★なぜ人は超光速とタイムマシン(ワープ)を間違えるのか?
 で、ちょっと考えたのが、上のリンクの例2や例3のようなことが起こるのだろう、ということ。というのは超光速ということとタイムトラベルは全く別の概念である。もちろん、超光速で情報が伝達できると、相対論的因果律を破る。しかしそれで過去への時間旅行をするには、その超光速現象を別のミンコフスキー座標系から見るという操作をしなければいけない。

 ワープにいたってはもっと関係ない(^_^;)。「宇宙戦艦ヤマトが現実に」なんて書いて、さらになぜか松本零士さんにコメント取っている例まであるけど、それは無茶というものだ。

 で、ふと思うのが「光には有限の速度がある」という概念ができてない人、つまり「光は瞬間的に伝わっている(今私が見ているものは今現在あるものである)」という概念を持っている人は「光より速い」となると「未来から来た」か「途中でワープした」になっちゃうのかなぁ、と。

 相対論の授業でよく「我々が“現在”だと思って“見て”いるのは、下向き光円錐の表面だからね」という話をするのだが、うちの3年生でも「えっ、今見えているのは今じゃないんですか?」と驚愕するという反応をすることがあるから、一般的にはそうなのかもしれないな、と思ったり。

 これけっこう理解するのはたいへんなことかもしれません。

2011.9.28

★超光速=時間を逆行?
 しつこいようだが、「超光速」ということと「時間を逆行する」ということが混乱して伝わっているんじゃないか、という点について、もう少し。
 たとえばこの日経の社説では、

相対性理論の解釈では、超光速で動く物体では時間が逆戻りする。ニュートリノは過去に向かって飛ぶ「タイムマシン粒子」ということになる。

なんて書いてある。これは


相対性理論の解釈では、ある座標系から見て超光速で動く物体を別の座標系からみた場合ではその座標系において時間を逆行する運動をする時間が逆戻りする。ニュートリノは過去に向かって飛ぶ「タイムマシン粒子」ということになる。

ぐらいまで直せば正しいだろうか。どういうことだか(知っている人には蛇足だろうけど)少し説明を書いておく。

 25日の日記にも書いたけど、光の速度は有限(でかつこれが何かが伝わる最大速度)なので、物理現象の影響は瞬間的には伝わらない。

 縦軸を時間として、横方向の広がりを空間だとして図を書くと、「現在」からの影響が到着する範囲(因果的未来)と「現在」に影響を与えうる範囲(因果的過去)を図で表現すると、

のような感じになるわけである。


 超光速信号があると、この図の「因果関係のない領域」に向けて信号を送ることができる。





の赤い矢印(P→Q)を「超光速信号」だと思えばよい。しかし相対論では「同時刻の相対性」というのがあって(くわしい説明はわしの相対論講義録2010年第6回とかを見て)、互いに運動している人では「同時刻線」が違う。座標系BではP→Qは「過去から未来へ」という普通の(超光速だが普通の)信号だが、座標系Aで見るとこれは「未来から過去へ」という(驚天動地な)信号になる。

 ただし、これだけではまだ「ある座標系で見たら未来から過去へ」というだけで、「因果的過去」(つまり「現在」の原因となる時空点)には戻ってない。しかし、こういう超光速移動を2回やると、P→Q→P'と動いて「自分の因果的過去(自分を産む前のお母さんがいる場所とかね)」に戻ってこれる。

 Q→P’という移動は、図の座標系Bでは「未来から過去へ」という運動だが、座標系Aでは「過去から未来へ」という普通の(超光速だが普通の)運動である。よって、

という二つの「普通の運動」を連動させることで、時間旅行が実現するわけである。つまり、超光速を容認し、各座標系ごとに超光速粒子が普通の運動をすると、その組み合わせは時間旅行を可能にし「自分を産む前の母さんを殺す」というパラドキシカルな状況を実現させることが可能になる。だからこそ超光速は危ない、ということだ。

 わかっている人が「超光速信号が存在すると因果律が破れる」とか、更に調子に乗って「超光速信号が存在すると時間旅行ができる」とか言う時には、以上の ような意味である。
すぐ調子に乗る奴は誰だ → おれか。


 「わかっている人が」なんてえらそうなことを書いたが、つまりは上のように、


相対性理論の解釈では、超光速で動く物体では時間が逆戻りする。ニュートリノは過去に向かって飛ぶ「タイムマシン粒子」ということになる。

と書いている人、ここまで考えて書いているの?と疑問に思う。特に「超光速で動く物体では時間が逆戻りする」ってのは、「超光速で動いているロケットの中では時計の針が逆周りして、大人が子供になっていく」というイメージを与える文章じゃないか??―たとえわかっている人が書いた文章だとしても、読んだ人にそういう誤解を与えてしまう文章には、確実になっている。

 いくつかそういう書き方をしている文章を見ていると、

  1. 光速に近づくと時間が遅くなる(いわゆるウラシマ効果)
  2. 光速になったら時間が止まってしまう(ウラシマ効果の極限状態)
  3. 超光速では時間が逆戻り(え゛っ)

という流れで書いている人もいるようだ。

 3つの状態:(光速以下)(光速)(光速以上)は、それぞれ(time-like)(light-like)(space-like)と分類されるが、この3つは物理的様相というものが全く違うのであり、(光速以上:space-like)な物体(もはや物体とも呼べぬもの)に対して「中の時間」を云々することは、あまり意味がない。
昔タキオンが出てくるSF小説書いた時にそこはごまかしたけど。

 どうも上の「三段論法になってない三段論法」が誤解を生んでいるような気もするのであった。じわじわと亜光速→光速→超光速と変化させていくというところを想像すると、そうなってしまうのかもしれない。しかし相対論では、この3つは連続的につながっていないものなのである(これをわかってもらうのは「time-likeとはなんぞや」あたりまで話を戻して説明しないとだめかも)。


★この件に関する世間の反応
 ネットを見て回ると(おまえの「世間」はネットか、という今更なツッコミはなしで)、25日の日記のような記事に対して、

けっ、頭の堅い学者さんはあかんのぉ。新しい現象を認めていかなきゃダメじゃん。

とか、

自分が信じてたことが崩れるのがそんなに怖いのかよ。

のような反応が見られる(例によって誇張が入っていて、口調はもっとおとなしいものが多い)。誤解があるといかんので、

わたしも、そして多くの学者さんも、相対性理論が本気で修正しなきゃいけない事態になったら、「キターーーーー」と大喜びしますよ。めちゃくちゃ楽しそうだもん、そういう事態。

ということは表明しておこう(25日の日記はおもしろがり方が足りなかった)。残念ながら今のところそこまでの事態が来てないので、黄門様よろしく「様子を見ましょう」しているのである。
ちなみに、様子も見ず走っちゃっている人も、もちろんいる。

 さらには、

せっかく世の中が物理に注目してくれてんだから、水をかけるようなこと言うなよ。ここは乗っておいて予算ぶんどらにゃ。

という反応もあったが、さすがに「ワープ可能」とまで加熱したら、水をかけておくことも必要だと思うよ。ここで「そりゃあ物理学革命の時代じゃあ、予算よこせェ」というのはあまりに早急過ぎるんだし。


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