「自然科学のための数学」というのが本講義のタイトルであるが、そもそも自然科学になぜ数学が必要なのだろう。
物理(←ここには化学、生物、地学などが入ってもよい)は好きだが数学は嫌いだという人は結構いる。さらに数学なんて勉強せずに済ませたいという人もいるだろう。その気持はわからないでもないのだが、だからといって自然科学を学ぶ者は数学を避けるわけにはいかない。なぜならば、
である。まず「自然を知りたい」という科学者たちの欲求が先にあり、その目的を果たす為の手段として「数学を使う」に至る(時には「数学を作ろう」に至ることすらある)。数学という教科(科目)があってこれを使うのではないのである。
これまでの自然科学の発展を考えて見るに、数学を使わなければここまでの発展はなかった、と断言できる。かってガリレオ・ガリレイは
と言った。
ゆえに本講義 の主たる目標を「微積分そして微分方程式を自然科学のために使いこなせるようになること」に置こう。
受講者の中には、微積分??---あれって何に使うの?という感想を持っている人もいるかもしれない(いて欲しくないとは思っているが)。そういう人が本講義 の中盤あたりからは、微積分ってなんてありがたい物なの!と感動してくれるようにしたいと思っている。
実はそもそも微積分は「自然を記述するための方法として」ニュートン(およびライプニッツ)が「発明」したものである。つまりまず(自然を記述し研究する上での)必要性があって、その必要性を満たすべく「微分」と「積分」を作ったのである。したがって自然科学を学ぶものは、いつかは微積分などの数学テクニックが「必要」になる。その時のために腕を磨いていこう。
突然「微分方程式を解く」というタイトルの節が始まったので、「え、そんなのまだ勉強してないよ」と思った人もいるかもしれない。ここでは「微分」とか「微分方程式を解く」とかの意味をざっと図形でだけ説明しておこうと思う。つまり「これから始まる本講義 の予告編」である。だから記号の深い意味などは後から知ればよい。たとえば今から${\mathrm dy\over \mathrm dx}={x\over y}$なんて式を「解く」方法を説明するのだが、なにか計算をしようというわけではない(計算のやり方は後でやるが、ここでは扱わない)。
以下で知っておくべきことは、
という交通標識は、道の傾きが0.1であることを示している。 は傾きが$-0.1$であることを示している(道路標識では上りか下りかは絵で表現され、数値としてはどちらでも10%と表現するが、数学における傾きでは下るときは傾きを負の数値とする)。
グラフにおける「傾き」の意味するところはなにかというと「どれくらいの勢いで増えるか?」を表現していると思えばよいだろう。傾きが大きいということは、道路なら「急な坂を登っている」という状態である。もし考えているグラフの横軸が時間なら、「急速に増えている」という状態でもある。
では、次のページから、非常に簡単な例で微分方程式を図解していこう。
プログラムについて御質問、御要望、バグ報告などございましたら、前野[いろもの物理学者]昌弘へメールくださるか、または、twitterにてirobutsuまでメンションしてください。
まず、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=1$という「微分方程式」を考えてみよう。${\mathrm dy\over \mathrm dx}$という記号に「難しさ」を感じてしまう人は「(傾き)=1」という式だと読み直して欲しい。
次のグラフに描かれたは、その場所での傾きが1であること(つまりは今考えている関数のグラフはこの場所を水平に対して45度の方向に通過するということ)を表現しているもちろん、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=1$という数式そのものの意味は「$y$を$x$で微分したら1である」ということであるが、それは図形的に表現することもできるのである。。つまり、この式が成立するなら、$x$-$y$グラフには傾き1の直線がたくさん(隙間なく)引かれていることになる。
各場所での方向に動けば、どのような線(関数)ができるか?---どうなるかを予想した上で
ボタンを押してみよう。
赤い線―で予想どおりの線が引かれたであろうか?
アニメーションを止めたい時は、 を押そう。
実際に線を引いてみれば、なんのことはない直線なのである。これは${\mathrm dy\over \mathrm dx}=1$を解くことができる人なら容易にわかることではあるが、もちろん図を眺めているだけでもわかることである。
つまるところ「微分方程式を解く」とはどういうことかというと、この「傾きがそれぞれの場所でどうなっているかを知っている時に「どんなふうに線がつながるか」を知るということである。
今やったことはつまり「傾き」すなわち「どれくらいの勢いで増えるか?」を表す数字が一定(上では1にした)であれば、直線的に増加していく量になるよ、ということだ(「どこでも同じ傾きなら直線になるのあたりまえじゃん」と思うだろうか---その感覚はとても正しい)。
このような、「微分方程式を解いた結果出てくる線」を「積分曲線」と呼ぶ「積分も難しいのに、『積分曲線』なんてますますわからないよ」と今思ったとしても心配する必要はない。これから先でじっくり説明していく。ここはあくまで「今からやりたいことを前もって見せておく」という場所である。。上の問題では答えは直線だったが、一般的には曲がった線が出てくるので、「曲線」と呼ぶ。また、この線は一本ではなく(グラフ全体を敷き詰めるように)たくさんの曲線になることが普通である(グラフの、線と隣の線の間にも隙間なく線があると考えて欲しい。全部書いてしまったら■で塗りつぶしてしまうことになるのでそうしてない)。
なぜこういうことを考えるのかというと、自然科学においては「ある場所で成立する法則(局所的な法則)」(今の場合でなら「傾きはだよ」ということ)と「全体で成立する法則(大局的法則)」(今の場合なら「直線だよ」ということ)を結びつけていくことが大事なのである。一瞬々々で成り立つ「局所的な法則」を知れば全体で成り立つ法則もわかる(あるいはこの逆)ということが、自然を見ていくとよくあるのである物理の例だと、運動方程式とエネルギー保存則がそういう関係。。この授業では微分と積分という計算を取り扱っていくが、それは自然に現れる様々な「変化」を記述する時に、このように(あるときは局所的に、あるときは大局的に)変化の様子を記述していくことが有効であることが(自然科学の過去の歴史から)証明されているからである。
ちょっとだけ計算をやっておくと、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=1$の解は$y=x+C$で$C$は任意の定数(積分定数)である。グラフの線の違いは$C$の違いである後でじっくりやることを先取りして説明しておけば、$y=x+C$ならば${\mathrm dy\over \mathrm dx}=1$というのは微分の計算そのものである。。
そこは大事なところ。今解いている方程式は方程式は方程式でも「微分方程式」である。
微分方程式は、数学的に表現すれば「微分」を決める式であると同時に、図形的に表現すれば「グラフの傾き」だけを決める式である(これは「局所的な法則である」と言ってもいい)。
グラフの傾きだけ決めても、グラフ全体は「どこを通るか」を変えれば一般に変わる。微分方程式の答として線が得られるが、出発点が違っていれば結果としてできあがる線も違うものになってしまう。そのため、微分方程式の「解」は1つには決まらないのである。
下のボタンで、
(dy/dx)=a
のa(つまり傾き)の値を(0.1〜5の範囲で)変えることができるので、その変化を観察しよう。
積分曲線がちゃんと「曲線」になる例に行こう。${\mathrm dy\over \mathrm dx}=x$という場合を考えてみる。この場合、$x$が大きくなると(グラフ上で右に行くと)傾きが大きくなっていく。$y$軸の上では$x=0$だから、傾きも0(水平)となる(図では$y$軸の真上には○が存在しないが)。
また、$x<0$の領域に行くと傾きがマイナス(右下がり)になっていることもわかるであろう。
こういう性質をもった量は自然科学にもよく登場するたとえばバネは伸び縮みに比例して力が強くなる。力はエネルギーの増加に比例するので、傾きが力に比例するとすれば、この$y$はエネルギーである。。
このグラフで各点各点をこの傾きで通るように線をつないでいくとどうなるか、実際に下の図で考えてみよう。
である。つまり、傾きがxの1次式で変化する(右へ行くほど傾きが急になることを確認しよう)。y軸より左では傾きがマイナスなので、右下がりの傾きになっている。
では、各場所でこの傾きにしたがって線を引いていくとどうなるか?
予想した後で、 ボタンを押してみよう。
赤い線―で予想どおりの線が引かれたであろうか?(この線の形が予想できただろうか?)
アニメーションを止めたい時は、 を押そう。
ちなみに答は、$y={x^2\over 2}+C$、いわゆる放物線であるこの線は「平行光線を一点に集めるにはどのように鏡を配置すればよいか」という問題の解だったりする(BSのアンテナを「パラボラアンテナ」と呼ぶのは「放物線」が英語で「parabola」だからである。中心から離れれば離れるほど鏡を傾けないと一点に集まらない、と思えばだいたいこういう形になりそうだ、というのはわかるだろうか?(それをちゃんと計算で示してしまうのが数学の力だ)。。
下のボタンで、(dy/dx)=aのaの値を(0.1〜3の範囲で)変えることができるので、その変化を観察しよう。
次に、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=y$という場合を考えてみよう。今度は$y$が大きくなると(グラフ上で上に行くと)傾きが大きくなり、$x$軸より下では傾きが負になる。このような場合はどのような曲線が描けるか、考えてみよう。
を考えてみよう。この式は「yが大きいほど傾きが大きくなる」を意味している。図を見て傾きがy座標に比例していることを確認した後、前頁までと同様にグラフを書かせてみよう。
以下のボタン類の意味はこれまでと同様。
結果のグラフを描き込んでみた人は、横軸の$x$が時間、縦軸の$y$がネズミの数だと思えば、「最初少なくてもふと気づけばどんどん増えていく!!」という関数であることが実感できるだろう。答を見ればわかるように、これは$x$軸($y=0$)から離れよう離れようとする方向に線が伸びていくちなみに答は$y=C\mathrm e^{x}$というものになる。どうしてこうなるのか、これがどういう関数なのかも、後でちゃんとやる。。
このような関数は、たとえば「ネズミ算」式に物(生物の個体数)などが増える時に現れる。餌が豊富なら、何度も出産するような動物の、1世代で増加する量は、今いる個体数に比例すると考えていいだろう。おおざっぱに言えば「100匹のネズミの集団で10匹子供が産まれる間に、200匹のネズミの集団では20匹の子供が産まれるだろう」ということであるもちろんこれはいつでも正しいわけではない。1匹のネズミでは絶対に子供は生まれないだろうし、1000兆のネズミは住処に困りそうだ。。これはつまり「$y$(今いる量=ネズミ口?)が大きいほど、それに比例して増加の割合${\mathrm dy \over \mathrm dx}$(ネズミの出産数)も大きい」ということになるからである。
今度は${\mathrm dy\over \mathrm dx}={y\over x}$を考えてみよう。
この式の意味するところは「グラフの傾き(下の図の水色の直角三角形の斜辺の傾き)と(y/x)(下の図の青色の直角三角形の斜辺の傾き)が等しい」である。
よって${\mathrm dy\over \mathrm dx}={y\over x}$は、考えている線に対し、原点から自分のいる場所に引っ張った線と同じ方向に進め!と「線を伸ばすルール」を決めていることになる。
この下にこれまで同様の「動く図」がある。どのような関数になるか、だいたいわかると思うが、これまで同様に絵を書かせてみよう。
以下のボタン類の意味はこれまでと同様(このページでは、aは変えられない)。
計算で答を出すのであれば、
${\mathrm dy\over \mathrm dx}={y\over x}$
から(ちょこちょこと計算することで)
$y= C x$
となる(この場合図で考えるより計算する方がむしろ難しい!)。
ここで考えるのは、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=-{x\over y}$である。これは前頁でやった${y\over x}$と比較すると、「傾きが(逆数)のー1倍」になっている。こういう場合、2つの線は垂直になる(直線の場合ではあるが、中学や高校で習ったはず)。ということは、「線が進む向き」は前頁の場合の90度違う。ということはどうなるか。やはり下の図を見て予想したの後、ボタンを押して線を描かせてみよう。
以下のボタン類の意味はこれまでと同様(このページでは、aは変えられない)。
ここまで考えてきたことは、図で考えても式で考えても同じ結果が出るのはもちろんだが、${\mathrm dy\over\mathrm dx}$が複雑な式になればなるほど、「図を見て考える」はたいへんなものになっていくたとえば台風の渦の形はなぜああなるのか、はこれよりもっと複雑な微分方程式を立てることで(ある程度)理解することができる。しかしそれは図だけで考えても、式だけで考えても大変だ。。
そういう時に、「数式で考える」ことが重要になってくる。本講義では、図と式の両方で「ある一点での量と量の関係(局所的な関係)から全体を通しての量と量の関係(大域的関係)を得る」ということができるようになることを目指したい。そのために自然法則を数や式で表現し計算するための数学テクニックを磨いていこう。
さて、最後のページではいろんな関数を表示できるようにしてあるので、自由に遊んでみて欲しい。
ゆっくりとアニメーションで図を書くのがまっていられない人の為に、一挙に線を引いてしまうこともできるようにした。下にある「描画モード」を選べばよい。
微分方程式を計算して解いていくのはもちろん大事だが、こういう図のイメージで「微分方程式を解いて関数を求める」というのは何をやっているのかを感じておくのも大事である。
くどいようだがこの式の意味や、どうしてこうなるかは、今はわからなくてよい。今回は「予告編」であり、「この講義で勉強するとこういう計算がすいすいできるようになる」ということを期待して欲しい。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。