ここまで考えた微分方程式は常微分$\left({\mathrm d\over\mathrm dx},{\mathrm d\over\mathrm dt},\cdots\right)$を用いた微分方程式だったが、偏微分$\left({\partial\over \partial x},{\partial\over \partial t},\cdots\right)$を用いた微分方程式もある。
簡単にその解き方を紹介した後、いくつかの実例を示そう。
以下では、求めるべき関数を$f({x},{y})$のように二つの独立な変数${x},{y}$によって決まる2変数関数として説明する。変数が${t}$になったり${r}$になったりしても考え方は変わらないし、3変数、4変数と変数の数が増えても、基本的には同様の手順で解いていくことになる。
のような微分方程式が与えられた時、これの解をいきなり探すのは難しい。そこで、この方程式の解が$f({x},{y})=X({x})Y({y})$のように${x}$を変数とする部分と${y}$を変数とする部分の積になるだろう、と仮定してみる。その後計算した結果、
\begin{equation} \left({\partial\over \partial x}と{x},X({x})の式\right) = \left({\partial\over \partial y}と{y},Y({y})の式\right) \end{equation}のように左辺と右辺に${x}$と${y}$が分離できたとする(これを「変数分離」と呼ぶ)。この式が成立するためには左辺も右辺も定数にならなくてはいけないので、その定数を$\alpha$と置いて、
\begin{equation} \left({\partial\over \partial x}と{x},X({x})の式\right)=\alpha,~~ \left({\partial\over \partial y}と{y},Y({y})の式\right)=\alpha \end{equation}という常微分方程式二つを解けばよい、というのが「偏微分方程式の変数分離」である。なお、変数分離で答が求まるというのはあくまで「仮定」であるから、これで正しい解が出ているかどうかについては注意しなくてはいけない。
$\alpha$は任意の定数だから、その定数に応じてたくさんの解が出るが、境界条件などにより実際の解がどのようになるかが決められることになる(このあたりは常微分方程式でもあったこと)。
一例として、$\left({\partial\over \partial x}+a{\partial\over \partial y}\right)f({x},{y})=0$という微分方程式を考えよう。まず、
\begin{equation} \left({\partial\over \partial x}+a{\partial\over \partial y}\right)(a{x}-{y})=0 \end{equation}であることはすぐわかる。実は任意の関数を$F$として、$F(a{x}-{y})$は、すべてこの方程式の解となる。
$F(a{x}-{y})$という関数は、$a{x}-{y}=C$($C$は定数)を満たす場所(つまり直線${y}=a{x}-C$上)では一定である。上で求めた解は、「直線${y}=a{x}-C$上で一定になる関数」だということになる。
上の場合「直線」の上で解となる関数が一定となったが、
\begin{equation} \left( P({x},{y}){\partial\over \partial x} + Q({x},{y}){\partial\over \partial y} \right)f({x},{y})=0 \end{equation}のような偏微分方程式の場合、解である関数$\Phi({x},{y})$を一つ見つけることができたなら、任意の関数$F(t)$の$t$に$\Phi({x},{y})$を代入した$F(\Phi({x},{y}))$もやはり解となる。この場合は、$\Phi({x},{y})=C$(定数)であるような線(直線とは限らない)の上で$F$は一定となる。
たとえば、
\begin{equation} \left({\partial\over \partial x}+2{x}{\partial\over \partial y}\right)F({x},{y})=0 \end{equation}の解は、一つの解として${y}-{x}^2$を持つ(代入して確認せよ)。よって、$f$は任意の微分可能な関数とすれば、
\begin{equation} F({x},{y})=f({y}-{x}^2) \end{equation}が解となる。すなわち、${y}-{x}^2=(定数)$を満たす線($x=0$を軸とする放物線になる)の上で一定であるような関数なら全てこの微分方程式の解になる。
上の図は、$\sin(y-x^2)$のグラフである(放物線の上で一定になるような関数になっている)。
このような線を「特性曲線(charactaristic curve)」と呼ぶ。特性曲線を求めるということも、偏微分方程式の解法と言える。「偏微分には方向がある」ということを前の章で(少々くどく)述べたが、この節で述べた微分方程式の解き方は「偏微分が0になる方向を探す」という方針の解き方である。
常微分方程式の時に、
\begin{equation} \left( \left({\mathrm d\over\mathrm dx}\right)^2 +(a+b){\mathrm d\over\mathrm dx} +ab \right)f({x}) =\left({\mathrm d\over\mathrm dx}+a\right)\left({\mathrm d\over\mathrm dx}+b\right)f({x})=0 \end{equation}のように「微分演算子の因数分解」を行って解く方法があったことを思い出そう。この場合、解は$\left({\mathrm d\over\mathrm dx}+a\right)f({x})=0$の解である$\mathrm e^{-a{x}}$と、$\left({\mathrm d\over\mathrm dx}+b\right)f({x})=0$の解である$\mathrm e^{-b{x}}$の線型結合である$f({x})=C_a \mathrm e^{-a{x}}+C_b \mathrm e^{-b{x}}$になった。
同様にもし我々がたとえば偏微分方程式の微分演算子を \begin{equation} \left( \left({\partial\over \partial x}\right)^2 +(a+b){\partial^2\over \partial x\partial y} +ab\left({\partial\over \partial y}\right)^2 \right)f({x},{y}) =\left({\partial\over \partial x}+a{\partial\over \partial y}\right)\left({\partial\over \partial x}+b{\partial\over \partial y}\right)f({x},{y})=0 \end{equation}
のように`因数分解'して
\begin{equation} \left({\partial\over \partial x}+a{\partial\over \partial y}\right) f({x},{y})=0 ~~または~~ \left({\partial\over \partial x}+b{\partial\over \partial y}\right)f({x},{y})=0 \end{equation}のように式を分離することができれば、問題を簡単化(二階微分方程式が一階微分方程式になった!)できる。
その他、常微分で使えたテクニック(たとえば線形であれば重ね合わせの原理が使える、など)の多くは偏微分方程式にも応用が効く。
以下の節では、代表的な「自然科学で現れる偏微分方程式」を解いてみよう。
次の微分方程式は、1次元的な物体(細い棒など、断面積が無視できるような物体)の温度を表す関数の満たす微分方程式である。$\tau({t},{x})$は時刻${t}$、場所${x}$における温度を表す$\tau$はギリシャ文字の t に対応する文字で、読み方は「タウ」。温度(temperature)だから$t$を使いたいところだが、$t$は時間に使っているし、$T$も別の意味で使うのでギリシャ文字に登場願う。。
\begin{equation} \left({\partial \tau({t},{x})\over \partial t}\right)_{\!\!{x}} =K\left({\partial^2 \tau({t},{x})\over \partial x^2}\right)_{\!\!{t}} \end{equation}この式にはどんな意味があるのかを図解しておこう。右辺は${x}$に関する二階微分、すなわち${t}$を一定として考えると、${x}$-$\tau$グラフの曲がり具合であり、$\left({\partial^2 \tau({t},{x})\over \partial x^2}\right)_{\!\!{t}}$が正だということはその場所でグラフが下に凸だということである。二階微分の意味を考えると、「自分の両サイドの平均に比べて、自分の温度が低い」という状況を表している。このような時は温度は上がるだろう温度変化が線形(グラフが直線)のときは温度が時間変化しない。「温かい方から流れてくる熱と、冷たい方に奪われる熱が平衡している」状況だと考えよう。流れてくる熱量が温度差に比例すると近似して考えれば正しい。。
この式を変数分離で解く。すなわち、$\tau({t},{x})$をいきなり考えるのは難しいので、
変数分離形
\begin{equation} \tau({t},{x})=T({t})X({x}) \end{equation}のように、$\tau({t},{x})=T({t})X({x})$と${t}$の関数の部分と${x}$の関数の部分の積で表現されていると仮定し、これを代入してみる。$\left({\partial\left(T({t})X({x})\right)\over \partial t}\right)_{\!\!{x}} =K\left({\partial^2 \left(T({t})X({x})\right)\over \partial x^2}\right)_{\!\!{t}} $の左辺の${t}$による微分は$T({t})$にだけ掛かり、右辺の${x}$による微分は$X({x})$にだけ掛かるので、
\begin{equation} \begin{array}{rll} X({x}){\mathrm dT\over \mathrm dt}({t})=&K T({t}){\mathrm d ^2 X\over \mathrm dx^2}({x})\\[3mm] {{\mathrm dT\over \mathrm dt}({t})\over T({t})}=&K {{\mathrm d ^2 X\over \mathrm dx^2}({x})\over X({x})} \end{array}\label{heatbunri} \end{equation}となるので、左辺と右辺が定数$\alpha$になると考えて、
\begin{equation} {{\mathrm dT\over \mathrm dt}({t})\over T({t})}=\alpha,~~K {{\mathrm d ^2 X\over \mathrm dx^2}({x})\over X({x})}=\alpha \end{equation}の二つの常微分方程式を解けばよい。どちらも定数係数の斉次線形微分方程式だから、結果は
\begin{equation} T({t})= A \mathrm e^{\alpha{t}},~~X({x})=\begin{cases}B \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} +C \mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}{x}}&\alpha\neq0のとき\\ D{x}+E& \alpha=0のとき\end{cases} \end{equation}であり$\alpha=0$の時に限り\reftext{tokusei}{特性方程式}が重解になるので別の解となる。、まとめると、
\begin{equation} \tau({t},{x})=\begin{cases} \mathrm e^{\alpha{t}}\left( F \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} +G \mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} \right)&\alpha\neq0のとき\\ {H{x}+J}&\alpha=0のとき \end{cases} \end{equation}となる($AB=F,AC=G,AD=H,AE=J$と置いた)。様々な$\alpha$の値全てに対して一個ずつ解があることになる。
線形微分方程式なので、実際の解はいろんな$\alpha$の解に対する和であり、
\begin{equation} \tau({t},{x})= H{x}+J +\sum_{\alpha}\left( \mathrm e^{\alpha{t}}\left( F_\alpha \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} +G_\alpha \mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} \right)\right) \end{equation}と書くことができる。係数$F,G$は各々の$\alpha$の値に対して別々に存在するので、$F_\alpha,G_\alpha$と添字をつけて区別することにした。
ディリクレ(Dirichlet)型境界条件
\begin{equation} \begin{array}{rl} \tau({t},{x}=0)&=T_0,\\[4mm] \tau({t},{x}=L)&=T_1 \end{array} \end{equation}ノイマン(Neumann)型境界条件
\begin{equation} \begin{array}{rl} {\partial \tau({t},{x})\over \partial x }\biggr|_{{x}=0}=&0,\\[4mm] {\partial \tau({t},{x})\over \partial x }\biggr|_{{x}=L}=&0 \end{array} \end{equation}周期境界条件
\begin{equation} \begin{array}{rl} \tau({t},{x}=0)=& \tau({t},{x}=L),\\[4mm] {\partial \tau({t},{x})\over \partial x}\biggr|_{{x}=0} =& {\partial \tau({t},{x})\over \partial x}\biggr|_{{x}=L} \end{array} \end{equation}熱伝導の場合、ディリクレ型は「境界部分の温度は一定という条件(等温条件)」、ノイマン型は「境界部分には熱の流れがないという条件(断熱条件)」(温度差があれば熱が流れることに注意!)になる両端で、$ \tau({t},{x})+\beta {\partial \tau({t},{x})\over \partial x }$($\beta$は定数)がある値を取る、という「ディリクレ型とノイマン型を混合した境界条件」もある。。周期境界条件は名前の通り、両端が繋がっているので、リング状の物体の温度を考えている場合に相当する。
FAQ:周期境界条件で微分も等しいのはなぜ?
二階微分方程式の一般解に含まれる二つの未定のパラメータを固定するには、二つの条件が必要。また、境界部分でもし微分がつながってなかったら、その場所での二階微分が発散($\to\infty$)してしまう(周期境界条件の「境界」はリング状の物体のある一点に過ぎないから、二階微分が発散されては困る)。
簡単な例として、ディリクレ型でかつ$T_0=T_1=0$という場合について解いてみよう。
まず$\tau({t},{x}=0)=0$という条件は$J=0$かつ全ての$\alpha$に対して$F_\alpha+G_\alpha=0$を意味する$\sum\mathrm e^{\alpha t}(F_\alpha+G_\alpha)=0$ではないのか?---と思う人がいるかもしれないが、任意の時間でこの和が0になるためには、係数$(F_\alpha+G_\alpha)$が全ての$\alpha$に対して0にならなくてはいけない。。そこで$J=0,G_\alpha=-F_\alpha$として、
\begin{equation} \tau({t},{x})=\sum_\alpha F_\alpha\mathrm e^{\alpha{t}}\left( \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} -\mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}{x}} \right)+H{x} \end{equation}という形になる。次に${x}=L$での条件を考えると、
\begin{equation} \tau({t},{x}=L)=\sum_\alpha F_\alpha\mathrm e^{\alpha{t}}\left( \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}L} -\mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}L} \right)+ HL=0 \end{equation}となるが、任意の時刻で0になるためには、$H=0$かつ、全ての$\alpha$に対して
\begin{equation} \mathrm e^{\sqrt{{\alpha\over K}}L} -\mathrm e^{-\sqrt{{\alpha\over K}}L}=0 \end{equation}となる必要がある。上の式を変形すると$\mathrm e^{2\sqrt{{\alpha\over K}}L}=1$だが、「$\mathrm e^0=1$だから$2\sqrt{{\alpha\over K}}L=0$」と考えてしまうと$\alpha=0$になる。しかし、$\alpha=0$の場合はすでに別に考えているからおかしい。
気をつけなくてはいけないのは$\mathrm e^{2\pi\mathrm i}=1$(あるいは、これを$n$乗して($n$は整数)、$\mathrm e^{2n\pi\mathrm i}=1$)ということで、これから、
\begin{equation} 2\sqrt{{\alpha\over K}}L=2n\pi\mathrm i~~~すなわち、\alpha=-{n^2\pi^2 K\over L} \end{equation}を解として採用できる$\alpha$は連続的な量ではなく離散的な量である。こうなることを知っていたので、$\sum_\alpha$のように和を書いた。。この条件から$\sqrt{{\alpha\over K}}= \mathrm i{n\pi\over L}$として代入すると、
\begin{equation} \tau({t},{x}) =\sum_{n>0}\tilde F_n \mathrm e^{-{n^2\pi^2K\over L}{t}}\left( \mathrm e^{\mathrm i{n\pi\over L}{x}} -\mathrm e^{-\mathrm i{n\pi\over L}{x}} \right) =\sum_{n>0}(2\mathrm i \tilde F_n) \mathrm e^{-{n^2\pi^2 K\over L}{t}}\sin {n\pi\over L}{x} \end{equation}が境界条件を満たす一般解である。ここで、$\alpha$が$n^2\times(定数係数)$という形になったので、$F_\alpha$を$\tilde F_n$と書きなおした。解が実数であるためには、$\tilde F_n$は純虚数($2\mathrm i \tilde F_n$が実数)である。以下は$2\mathrm i \tilde F_n=\tau_n$と書こう。また、上の式を見ると$n\to -n$と置き換えても結果は本質的に同じであることがわかるので、$n$の和は正の部分だけを取れば十分であるので、$\sum_{n>0}$とした。
微分方程式の解としては、初期条件今考えている微分方程式は時間に関しては一階だから、初期条件は${x}$の一つの値に対して一つでよい。も満たさなくてはいけない。$\tau({t}=0,{x})=\tau_初({x})$を初期条件とする($\tau_初({x})$は与えられた関数である)と、
\begin{equation} \tau_初({x})=\sum_{n>0}\tau_n\sin{n\pi\over L}{x} \end{equation}になるように係数$\tau_n$を決めればよい。
ここで、
\begin{equation} \tau({t},{x})=\sum_{n>0}\tau_n \mathrm e^{-{n^2\pi^2 K\over L}{t}}\sin{n\pi\over L}{x} \end{equation}という式の物理的意味について考えておこう。この式には$\mathrm e^{-{n^2\pi^2K\over L}{t}}$がついている(しかも$n>0$)から、時間が立てば立つほど、温度は0に近づいていくことになる。今考えている状況は両端が温度0で、他に熱源はないのだから、十分に時間経過すれば全体の温度が0になるというのは「もっとも」なことである。$n$の違いはグラフで書いた時の「波の数」なので、より短い波長の温度分布(つまり頻繁に寒暖が入れ替わっている)ときに「早く冷める」というのは感覚的にも納得できるだろう。
という微分方程式を解いてみよう。
実はこれは音などの「波」の方程式である。左辺は時間の二階微分だから加速度で、それは波の媒質(考えている波が音ならば空気、海の波なら海水)に働く力に比例する。右辺も力に比例するのだが、それが${x}$に関する二階微分になっている。二階微分は「曲がり具合」を意味するのであった。ここで海にできる波をイメージして、$u({t},{x})$はある時刻におけるある場所の海面の高さだとしよう。右辺の${x}$による二階微分は「海面の曲がり具合」を意味する。それが正なら海面は「谷」になり、負なら「山」になっていると思えばよい。海の波においては「山」なら下向きの、「谷」なら上向きの力が働くだろう、と考えると上の式の意味がわかるもちろん、海水に働く力をちゃんと計算して式にしていくと(適切な近似を行う必要はあるが)上の式が出てくる。ここではこの式の意味を解釈するだけでよしとしよう。。熱伝導方程式では${x}$の二階微分がそのまま温度の時間変化になったが、波の方程式の場合は${x}$による二階微分は「時間変化の時間変化」(すなわち加速度)になる。
↓波のグラフ
↓速度のグラフ
初期状態を
初速度を
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。