ローレンツ変換によって保存される量は3次元的な意味での長さであるところのではなく、4次元的な意味での長さである。ある点(t,x,y,z)と、それから(時間的にも空間的にも)微小距離だけ離れた点(t+dt,x+dx,y+dy,z+dz)との間の距離をdsとした時、
ds^2 =-c^2dt^2+dx^2+dy^2+dz^2
として、4次元的な微小長さ(「線素」と呼ぶ)を定義する。
ds^2はいろんな符号がありえる。符号によって
ds^2>0 | (cdt)^2 < {dx^2+dy^2+dz^2} | 空間的(space-like) |
ds^2=0 | (cdt)^2 = {dx^2+dy^2+dz^2} | ヌル的(null-like) |
ds^2<0 | (cdt)^2 > {dx^2+dy^2+dz^2} | 時間的(time-like) |
のように4次元距離を分類する。「ヌル的」は「光的(light-like)」と言う場合もある。
本によって、上の式をds^2 = c^2 dt^2 -dx^2 -dy^2 -dz^2と定義する場合(timelike convention)と、ds^2 = -c^2dt^2+ dx^2+dy^2+dz^2と定義する場合(spacelike convention) がある。前者は、通常の粒子の場合ds^2>0となる点が好ましい。後者は、3次元部分だけを見るとユークリッド空間での線素の長さds^2=dx^2+dy^2+dz^2と等しい点が好ましい。どちらを使うかはその人の流儀であって、どちらを使っても物理的内容に違いはない。ここではspacelike conventionの方を使う。
このようにして距離が定義された空間をミンコフスキー空間といい、この空間での距離の計算の仕方を示すη_μνという記号のことを「ミンコフスキー計量」と言う。ちなみに、普通の、距離が
ds^2 = dx^2 +dy^2 + dz^2
で定義された空間は「ユークリッド空間」(正確には「3次元ユークリッド空間」)と呼び、行列 はユークリッド計量と呼ぶ。
この「4次元的距離」という考え方をすると、ローレンツ短縮やウラシマ効果を別な形で理解することができる。ローレンツ短縮は、「動いている棒は長さが縮む」という現象である。右の図は、棒が静止している座標系で、棒の先端と後端の軌跡を示した。図の水平矢印は、棒と同じ動きをしている人が観測する「棒の長さ」である。
次に、棒に対して動いている人を考える。同時の相対性により、この観測者の同時刻は傾いている。この人が棒の長さを測る時には、自分にとっての同時刻を基準に測るであろうから、「棒の長さ」は図の斜め矢印であると認識する。
水平矢印と斜め矢印は、グラフ上の見た目では斜めの方が長く見えるが、4次元的長さの自乗の定義がx^2+y^2+z^2-(ct)^2であることを思い出すと、水平矢印の長さXに対し、斜め矢印は長さがとなる(普通のピタゴラスの定理とは(ct)^2の前の符号が変わっていることに注意)。
ウラシマ効果は、動いている方が経過する時間が短いという効果であるが、それは図の斜め線の方が垂直な線より短いということで理解できる。
グラフを見ると斜め線の方が長く見えるが、今長さの定義が4次元的距離で定義されていることに気をつけなくてはいけない。そのため、真っ直ぐな線の4次元的距離の自乗は-(cT)^2であり、斜め線の4次元的距離の自乗は-(cT)^2+X^2 となる。「距離の自乗」がマイナスになるのは「自乗」という言葉の本来の意味からすると奇妙であるが、今「距離の自乗」は-(cT)^2+x^2+y^2+z^2と定義されているのでこれでよい。
マイナスになるのが気になるのであれば、「時間的な距離を測る時には距離の自乗は(cT)^2-x^2-y^2-z^2と定義する」と決めておいてもよい。
4次元的な曲線のうち、粒子の軌跡になっているような線を「世界線」と呼ぶ。世界線の長さを上で定義したdsを使って測定する。dsはローレンツ変換によって不変な量である。適当なローレンツ変換をしても値は変らないのだから、計算しやすい座標系で計算すればよいことになる。そこで今考えている粒子がちょうど静止しているような座標系を採用したとする。その座標系を(T,X,Y,Z)とすると、明らかに粒子の運動した線に沿っていけばdX=dY=dZ=0 であるから、
ds^2 = -c^2 dT^2
となる。つまり、dsはその物体が静止している座標系で測った時間経過に比例する。比例定数はicである(iがついてしまうのは、ds^2をspacelike conventionで定義したためである)。ds^2=-c^2dτ^2と書くと、このτがまさに、その物体が静止している座標系で測った時間である。つまり、この物体が持っている時計の刻む時間であると考えて良い。そこでτを固有時と呼ぶ。
dτ^2 = dt^2 - (1/c^2)(dx^2+dy^2+dz^2)
となる(固有時の定義の符号は常にこの形。座標時tの符号に合わせる)。この式の両辺をdt^2で割って平方根を取ると、となる。つまり、固有時の増加は座標時の増加の倍である。
固有時は、各物体ごとに違う進み方をする。上の式からわかるように、寄り道をするとdx^2が多くなり、結果として固有時の進みは遅れる(ウラシマ効果)。双子のパラドックスの計算なども、運動している物体の固有時が短くなる、と考えれば簡単である。
我々の知っている粒子の世界線はtime-likeであるかnull-likeであるか、どちらかである。世界線がspace-likeだということは超光速で運動している粒子であるということで、そんなものは見つかっていない。もし見つかったら、そのような粒子は見る人の立場によっては未来から過去に向かって走ることになるので、因果律に抵触することになるだろう。
世界線がnull-likeになると、固有時の変化dτは0になってしまう。よって光のように光速で動くものに対しては固有時が定義できない(あるいは定義してもそれは変化しない)。
次の節で4次元時空内でのベクトルを考える。ローレンツ変換は4次元時空間での「回転のようなもの」と解釈できるので、4次元に行く前に3次元空間における回転を復習しておく。
3次元の座標x^i(i=1,2,3)を回転させる座標変換は、
のように行列で書ける。
これをテンソルで書けばとなる。Aには具体的には例えばのような行列が入る。
このように座標系が回転した時、3次元空間のベクトルV^i(i=1,2,3)は、
(テンソルで書けばのように、同じ行列を使って回転される。そして、二つのベクトルV^i,W^iがあった時、その内積は保存する。そのことは、行列の性質
からわかる。この式をテンソルで書けばである。この式の左辺の掛け算は、の前の足どうしが同じ添字で足し上げられていることに注意。つまり行列の掛け算ルールに即するためには前の方を転置せねばならない(上の行列での表現もそうなっている)。また、回転の行列ならばこのような性質を持っていることは、ベクトルをこの行列で回転させるととなることからわかる。
今日の授業はこのセクションの途中で終わってしまった。共変ベクトルと反変ベクトルの違いとかも話す予定であったが、今回は省略。
3次元のベクトルV=(V_x,V_y,V_z)は座標変換の時に、座標x=(x,y,z)と同じ行列で変換される。その時二つのベクトルの内積が不変量であった(内積のもともとの定義は二つのベクトルの長さと、その間の角のcosの積である。回転によって長さと角度は不変)。
同様に、4成分のベクトルV^μ(μ=0,1,2,3)を考える(少し前から使っているが、i,j,k,‥などのアルファベットは1,2,3(3次元空間)の添字として、μ,ν,ρ,‥などのギリシャ文字は0,1,2,3(4次元時空)の添字として使う、というのが相対論の本でよく使われる約束である)。 座標がローレンツ変換された時、このベクトルはと同様のローレンツ変換を受けるとしよう。このような変換にしたがうベクトルを4元ベクトルと言う。後で出てくる4元速度、4元加速度、4元力などは全て4元ベクトルである。二つの4元ベクトルV^μ,W^μを考える。では、このようなベクトルによって作られる、座標変換(この場合ローレンツ変換)の不変量はどのようなものだろう。
この二つのベクトルの内積を3次元でと同じように V^0 W^0 + V^1 W^1+V^2 W^2+V^3 W^3と定義したとすると、これはローレンツ変換で保存しない。保存するのは、
η_μνV^μ W^ν= -V^0W^0 + V^1 W^1+V^2 W^2+V^3 W^3
である(これを4次元的な内積と考えよう)。これが保存することは、
からわかるし、そもそもVと同じ変換をするxで作られたη_{μν}x^μ x^νが不変量であったことからもわかる。
このように4元ベクトルどうしの「内積」を取る時にはη_{μν}W^νという組み合わせがよく出てくるので、
W_μ = η_μνW^ν
という量を定義する。上付きの添字を持つベクトルを「反変ベクトル」、下付きの添字を持つベクトルを「共変ベクトル」という。η_{μν}の内容を考えれば、W_0=-W^0, W_1 = W^1, W_2=W^2,W_3=W^3ということである。つまり、W^μとW_μの違いは第0成分(時間成分)の符号だけである。このようにミンコフスキー空間の直線座標系では反変ベクトルと共変ベクトルの差は時間成分の符号だけで、大きな差はないが、曲線座標系などではそうではなくなるし、特に一般相対論では大きな差になる。この講義ではそこには触れない。
η_μνの逆行列をη^μνと書くことにする。つまり、
ということである(注:この二つの行列の中身は同じ)。この時、
W^μ = η^μνW_ν
も成立する。つまり添字はηを使って上げたり下げたりできる。そういう意味でも、この二つのベクトルは中身は同じであって、表現が違うだけである。
共変ベクトルのローレンツ変換は、
となるので、その変換行列はである。よくみるとこれはの添字をηを使って上げたりさげたりしていることになるので、
と書く。この記号を使えば、共変ベクトルのローレンツ変換はとなる。
共変ベクトルも反変ベクトルも、「αの後ろの添字とベクトルの添字をそろえて和を取る。この添字は一方が上付きならもう一方は下付きである」と考えれば変換ルールを覚えやすい。
また、から、
ということもわかる。
座標と同じ変換をする方が反変で、少し違う変換をする方が共変なのは気持が悪いが、数学では微分演算子の方が基本的な量なので、こういう命名になっている。つまり微分演算子は共変ベクトルなのである。それは、とが両方成立するべきであることからわかる。
であれば、
である。最後で、という式を使った。この式ではαの後ろの添字同志で足し上げられている。先で求めた式はであって、前の添字同志を足し上げた式だから少し違うが、この二つを行列の掛け算と解釈すると、
となり、行列の計算においてAB=IならばBA=Iであるということを使っている。
反変ベクトルA^μと共変ベクトルB_μの内積のローレンツ変換は
である。つまり、反変(上付き)添字と共変(下付き)添字が足し上げられていると、ローレンツ変換した結果、それぞれのローレンツ変換が消し合って、まるで最初から添字がついていないかのごとく変換を受けない。つまり添字の意味がなくなっている。それゆえこのように添字が足し合わされている状況を「つぶれている」と称するのである。
なお、C_μν,A^ρλτ,D^τ_σμνのように添字を複数個もち、上付き(反変)添字がα^μ_νで、下付き添字がα_μ^νで変換されるような量を「テンソル」と言う。反変ベクトルは上付き添字が一つのテンソル、共変ベクトルは下付き添字が一つのテンソルである。例えば
のように変換される。η_μν,η^μνあるいはδ^μ_νは添字が二つあるテンソルの例でもある(座標変換で変化しないので、不変テンソルと呼ぶ)。
行列は苦手です(とっても多数)
そういう人は多いですが、この機会に勉強しておきましょう。後でいろんなところで使いますよ。
ローレンツ変換は4次元時空の回転なんですか?
「回転」という言葉を広くとらえて「内積を保存するような座標変換を回転と呼ぶ」と考えれば、ローレンツ変換は回転の一種です。
ローレンツ変換とユニタリ変換って関係あるんですか?
ローレンツ変換で保存されるのは4次元の内積。ユニタリ変換で保存されるは、ベクトルとエルミート共役のベクトルとの内積。保存する内積が違うので形や性質は違いますが、「内積を保存するように変換をする」という部分の考え方は同じです。
nullってどういう意味ですか?
「零」という意味です。
物体が空間的な運動をするということはありえないと言いますが、もしあったら何が起こるんですか?
物体が空間的に移動するということは、
左の図のようになるわけですが、これを動きながら見ると(ローレンツ変換すると)右の図のようになり、過去に戻っていることになってしまうのです。つまり、超光速移動(空間的移動)ができるとタイムマシンができます。