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7.7 質量とエネルギーが等価なこと

 最初に注意しておくが、この節で扱う質量は、静止質量である。

 すなわち、エネルギーE、運動量pとした時、

E^2 - p^2 c^2 = m^2 c^4

 で定義されるところの質量(つまり速度や座標系によらずに定義される質量)である。物体が静止している場合はp=0となってE=mc^2となる。エネルギーの負符号は許さない。許してしまうとエネルギーE=-¥sqrt{p^2c^2 + m^2 c^4}はpが大きくなることによっていくらでも(-∞まで)小さくなれる。「物体はエネルギーの低い方に行きたがる」という原則からすると全ての物体がみなE=-∞へと落ち込みたがって具合いが悪い。エネルギーには底がないといけないのである(図参照)。

 すでに述べたように、エネルギーは「運動量の時間成分×c」であり、物体が静止している場合でもmc^2だけあることになる。cが3×10^8[m/s]であるから、これは非常に大きなエネルギーである(1gの質量は、9×10^13[J]、すなわち90兆ジュールのエネルギーに対応することになる)。

 しかし、たとえエネルギーがmc^2 だといっても、これよりも低いエネルギーの状態がないのなら、これには意味がない。エネルギーを取り出すには、状態をエネルギーのより低い状態に「落す」ことによってその差をもらいうける必要があるが、このエネルギーは最小値がmc^2であるから、このエネルギーを取り出す方法がない。取り出せないエネルギーはいくら大きくとも意味がない。

 質量を持った物体と質量を持った物体が反応してその総質量を変えるような過程があれば、この質量の差が物理現象にエネルギーの差として表れてくる。そこで以下で、そのような過程を相対論的に考えると(すなわち、ローレンツ不変性を要求していくと)どのような結果が得られるかを考察しよう。

 今、質量mの二つの物体が逆向きの速度¥vec vと-¥vec vを持って正面衝突して合体したとしよう。単純に考えると質量2mの静止した物体が残る、と言いたいところだが、はたしてこんな現象は相対論的に正しいだろうか。これらの物体の4元運動量を考えると、保存則の成立から

衝突前:(mcγ,mvγ,0,0)と(mcγ,-mvγ,0,0)

であるから、

衝突後:(2mcγ,0,0)

となることになる。γ={1¥over¥sqrt{1-{v^2¥over c^2}}}は1より大きいから、衝突後の質量は2mより大きくなっていることになる。 こうなることが相対論的に考えれば必然であることを確認しよう。相対性原理により、同じ現象を、速度-¥vec vを持って運動している観測者が見たとしても同じことが結論できねばならない。この時、速度の合成則を使わねばならないので、速度-¥vec vで動きながら速度¥vec vの物体を見た時の速度は、2vではなく、{2v¥over 1+{v^2¥over c^2}}であることに注意せよ。この速度に対応するγは、

 {1¥over¥sqrt{1-¥left({2v¥over c¥left(1+{v^2¥over c^2}¥right)} ¥right)^2}}= {1+{v^2¥over c^2}¥over¥sqrt{¥left(1+{v^2¥over c^2}¥right)^2-{4v^2¥over c^2}}}= {1+{v^2¥over c^2}¥over ¥sqrt{1-2{v^2¥over c^2}+{v^4¥over c^4}}}= {1+{v^2¥over c^2}¥over 1-{v^2¥over c^2}}

となることに注意して、二つの座標系で運動量とエネルギーを計算してみる。

 もう一方はもちろん静止して見えるので、

 衝突前:¥left({mc¥left(1+{v^2¥over c^2}¥right)¥over1-{v^2¥over c^2}},{2mc v¥over 1-{v^2¥over c^2}},,0,0¥right)と(mc,0,0,0)

のような運動量を持っていることになる。この二つの和を取って、

衝突後:¥left({2mc¥over1-{v^2¥over c^2}},{2mc v¥over 1-{v^2¥over c^2}},,0,0¥right)

となる。これは{2m¥over¥sqrt{1-{v^2¥over c^2}}}=Mと書くと、

({Mc¥over ¥sqrt{1-{v^2¥over c^2}}},{Mv¥over ¥sqrt{1-{v^2¥over c^2}}},0,0)

という形になり、質量Mの粒子が速度vで動いている時の式となる。

 以上からわかることは、二つの粒子が合体するという過程で、エネルギー保存、運動量保存を満足させたなら、必然的に質量は保存しないということである。

 授業が終わった後で「ほんとにそんな実験あるんですか?」と質問された。もちろんある。加速器による実験で重い未発見粒子を作る、という実験はまさにそれをやっているのである。

 

 このことは以下のように考えることができる。そもそも質量はm^2 c^4 = E^2 - p^2 c^2という式を満たしている。2個の粒子のエネルギーを足す時、Eは常に正であるから、純粋に足し算される。ところが運動量を足す時は、この二つがベクトルであるため、運良く同じ方向を向いていた場合以外は、単純な和よりも小さくなる。たとえば(E_1,¥vec p_1)というエネルギー、運動量を持った粒子と(E_2,¥vec p_2)というエネルギー、運動量を持った粒子二つをひとまとめに考えると、全エネルギーはE_1+E_2であり、全運動量は¥vec p_1+¥vec p_2であって、この大きさは|¥vec p_1|+|¥vec p_2|より大きくなることはない(たいてい、より小さい)。つまり合体の結果、より「時間成分が多い」ベクトルができあがる。これが質量を単純な和よりも大きくするのである。

 相対論的に考えれば、かならずある座標系で見れば¥vec p_1+¥vec p_2=0となる。そうなってもE_1+E_2はもちろん0ではなく、しかもこの大きさはm_1c^2+ m_2 c^2より大きくなることがすぐにわかる。

 左図のような4元ベクトルの足し算では、和の結果は元のベクトルを単純に足したものより長い(4次元的意味で、長い)ベクトルになるのである。

 アインシュタイン自身は1905年の論文で以下のようにして質量とエネルギーが等価であることを導いている。今、静止した、質量Mの物体が反対向きに2個の光を出す。光のエネルギーが一個あたりEだとすると、物体のエネルギーは2E減るはずである。しかし、逆向きに飛び出したのであるから、物体の運動量は変化せず、今も止まっているはずである。これを、物体が速度V で動いて見える座標系から見たとする。Vの方向は光の飛び出した方向と同じだったとする(註:アインシュタインは角度θの方向に飛び出すとして一般的に解いている)。光はエネルギーEと運動量の大きさpの間にE=pcの関係があるので、物体の静止系ではエネルギーEで運動量±E/cである。運動している系では、これをローレンツ変換した量となる。 表にまとめると、

静止系 運動系
エネルギー 運動量 エネルギー 運動量
物体 Mc^2 0 Mc^2γ MVγ
光1 E E/c γ(E-VE/c) γ(E/c-VE/c^2)
光2 E -E/c γ(E+VE/c) γ(-E/c-VE/c^2)
放射後の物体 Mc^2-2E 0 (Mc^2-2E)γ (M-2E/c^2)Vγ

であり、この式を見ても、放射後の物体がM-2E/c^2の質量を持った物体として振る舞うことがわかる。なお、アインシュタインがこの式を導いた時、光のエネルギーと運動量が運動系でどのようになるのかはローレンツ変換によってではなく、電磁気の法則から導いている。アインシュタインはこのような考察から、どんな形であれエネルギーが放射されるとその物体の質量はE/c^2だけ減少するであろうと結論した。

 書き忘れていたので口頭で補足したが、この時の運動量の変化は、ドップラー効果を使って波長を計算し、光子(アインシュタインの時代なので光量子と呼ぶべきか)の運動量がh/λで与えられることを使って計算してもよい。

 同様に、熱も質量に貢献する。熱が移動するということはミクロにみれば分子の運動エネルギーが増すということである。N個の粒子からなる系があるとして、書く粒子が4元速度P_I^¥muを持っている(Iは粒子を区別する添字とする)とすると、全体としてはΣ_I P_I^¥muの4元運動量を持つことになる。このN個の粒子が箱に閉じ込められた気体だとして、箱の静止系で見れば運動量の和¥sum_I P^i_I=0となる(全体として気体が動いてないのだから)。しかし¥sum_I P^0_Iはもちろん0ではなく、単なる静止エネルギーの和Σ_I m_I c^2より大きくなる(P^0_I = {mc¥over¥sqrt{1-{v_I^2¥over c^2}} })。つまり、箱に入った気体のように、個々の構成粒子は運動しているが全体としては静止しているような物体の質量は、その運動エネルギーに対応する分だけ、大きくなるのである。

 以上は相対性原理からは自然な結論であるが、はたしてほんとうに全ての種類のエネルギーに対してE=mc^2の関係が成立するかどうかはもちろんわからない。しかし実験はそれを支持している。

 たとえばヘリウムHe(2つの陽子、2つの中性子、2つの電子からなる)の質量は4.0026032497u(原子質量単位)であって、重水素(1つの陽子、1つの中性子、1つの電子よりなる)の質量2.01410177779uの2倍より少し軽い。そもそも原子質量単位はCの質量を12uとして定義されているが、水素Hの質量は1.0078250319uである。このように原子は構成要素である陽子や中性子の質量の和を取ったものよりも軽くなる。これを質量欠損と呼び、その原因は原子が作られる時に、γ線などのさまざまな形でエネルギーが放出されることである。鉄など、周期表で真ん中あたりにある元素は質量欠損の割合がもっとも大きく、その分安定であり、ウランなどを核分裂させるとエネルギーが得られる理由はこれである。 E=mc^2という式は原子力などでのみクローズアップされることが多いが、もちろん原子力特有のものではなく、全てのエネルギーで成立すると考えられる。たとえば伸び縮みしたばねは、自然長のバネより(1/2)kx^2/c^2だけ質量が大きいであろうと思われる。ただしこのような日常的なレベルではc=3× 10^8という数字の大きさのために、観測可能なほどの差にはならない。

 ここで、「ちゃんと測定すれば、2H2+O2の質量は2H2Oより重いんだよ」という話をした。うっかりH2+2O2と書いてしまって訂正されたが(;_;)。

 実はE=mc^2という式は、アインシュタインが作ったものでもなければ、相対論によって始めて導かれたものでもない。純粋に電磁気学的な計算から、電子のような荷電粒子を動かす時の抵抗(慣性に相当する)が、回りの電場のエネルギーの分だけ増えることを電磁気の法則から導かれていた。簡単に言うと、電子を動かそうとすると、回りの電場も動かさなくてはいけない。しかし、電場は電子と全く同じように時間的に変化することはできず、電場の変化は電子の運動に、少し遅れることになる。この遅れた電場は電子を加速と逆方向にひっぱるのである。その力が「電磁場の質量」のように作用することを示した。さらにその「質量」が{m¥over¥sqrt{1-{v^2¥over c^2}}}と同じ速度依存性を持つことも計算されていたのである(ただし、当時の計算ではエネルギーと運動量の比が後に出た相対論の式とは合わなかった。後にポアンカレが電子を球に保つための力に由来する運動量とエネルギーを計算に入れることで修正されることを示した)。相対論的見地を持って計算したわけではなかったのにこのような結果が出たのだが、それは驚くにはあたらない。相対論はそもそも、電磁気学(あるいはマックスウェル方程式)を尊重することによって生まれたものである。だからマックスウェル方程式にしたがった計算を正しく実行すれば、相対論的にも正しい結果が出るのは当然なのである。

 このあたりで説明したことは「何がなんでもE=mc^2(電磁気編)」で書いたことと同じ。

 最後にこの話を持ってきたのは、相対論の講義の全体の流れ

・ガリレイの相対性原理は電磁気(マックスウェル方程式)には適用できない。
・悪いのはガリレイの相対性原理か、マックスウェル方程式か?
・マイケルソンとモーレーの実験によりマックスウェル方程式が支持される。
・ゆえにガリレイ変換は棄却され、ローレンツ変換を採用した相対論が生まれる。

を再確認して欲しかったから。また同時に、物理の理論というものは一人の天才がちょちょいと計算した結果忽然と生まれるものではなく、正しい理論はできあがる前からいろんな兆候を見せているものなのだ、ということもわかってもらいたかった。

 そうそう、授業中も言いましたが、テストは計算をがんがんやる問題などより、本質的な内容を問う問題を出しますからそのつもりで、特に、なんらかの物理現象に関して(x,ct)のグラフや(x',ct')のグラフを書くような問題は、絶対出します。

 

学生の感想・コメントから

 電荷を動かしたときに電気力線の動きが遅れて電荷に力が働き、そこからE=mc^2が導けるというのは初めて知った。面白かった(似たような感想多数)。
 結局、相対論というのは電磁気学から生まれたものなんですね。具体的にどんなふうに「電気力線が遅れるか」というのも、「何がなんでもE=mc^2(電磁気編)」で書いてますんで、読んでみてください。電場、磁場というのがまるで「質量のある物体」であるかのように思えてくると思います。

 実際に電場のエネルギーが質量に効くことを出すには、どんな計算をしたのですか?
 電子を球と仮定して、球の表面に分布している電荷がどのような力を受けるかを計算していきます。けっこう面倒な計算です。「ファインマン物理」の「電磁波・物性」の巻に書いてあります。

 衝突後に質量が増大すると、たくさんの粒子の入った閉じた系ではそのうち粒子の運動がなくなって、全ての粒子が静止してしまいそうです。そうならないのですか?
 非弾性衝突を繰り返すとそうなりますが、気体分子などの衝突は弾性衝突なので、大丈夫です。

 2H2+O2の質量は2H2Oより重いというのは初めて知った。でも、とても測れないぐらいの微妙な差を、どうやって「差があります」と証明したんだろうと思った、理論上、計算の上で出てきたものなのに。
 さて、水の場合で実際に質量を測って比較して実験した例があるか、私は知りません。10億分の1ぐらいの精度で水分子の質量が測れないと比較できないので、かなり難しいでしょうね。でも、原子核などのもっと大きなエネルギーの場合にちゃんと成立している法則が、水のようなものになったとたん成立しなくなったとしたら、そのことの方が不思議だと思います。

 エネルギーが安定状態にある時が1番軽くなるんですか?
 その通り。

 E=mc^2という式は原爆のイメージがありましたが、全てのエネルギーに対して成り立つということなので、そのイメージは改めます。
 そうです。今度から、何かエネルギーを消耗したものを見たら「質量が減っているんだなぁ」と思ってあげてください。

 同じボールを回っているものと止まっているもので比べると、止まっている方が軽い?
 そうなります。

 地球上で高い所にあるものは、エネルギーがmghだけ大きいので、その分質量は重いのですか?
 おっとこれは難しい質問です。正しい答えを出すには、一般相対論の力を借りる必要があって、高さによって時間の進み方が違ってくることが関係します。ですが、「重い」と考えてもいいでしょう。

 もうテストがいっぱいで頭ぱんぱんです。相対論も追試をやって欲しいです。
 今から追試の心配ですか(^_^;)。

 今回で最後の授業だったわけですが、振り返ってみると私が今まで受けた授業の中でもベスト3に入る熱い授業でした。
 ありがとうございます。これからも熱くがんばります・・・・ってこの「熱い」っての「クーラーの効きが悪かった」という意味じゃないですよね??

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