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3.2 マックスウェル方程式をガリレイ変換すると?

 まず最初に強調。今話しているのは19世紀末ぐらいまでの考え方であって、21世紀に生きる我々はこれとは 違う考え方をしなくてはいけない。20世紀に入ってから、ガリレイ変換は実は間違っていて、座標変換は別の形(ローレンツ変換)でしなくてはいけないこと がわかっている。ここでは「ガリレイ変換を信用すると、現実に合わない答えが出てきてしまう」ということを説明するためにあえて、今では間違っている考え 方を紹介していることに注意。

 電磁波の発見者としても名高いヘルツは、動いている人から見たらマックスウェル方程式はどのように変化するのか、ということを考えて、マックス ウェル方程式をガリレイ変換した方程式を導いている。

3次元のガリレイ変換を

x'^i= x^i -v^i t または x^i = x'^i+ v^i t', t'=t

と置く。そして、この(x',t')座標系では普通のマックスウェル方程式が成立するとしよう。では(x,t)座標系ではどんな方程式が成立するだ ろう?

 これは座標変換(x^i,t)→ (x'^i,t')であるが、この時微分{∂/ ∂ x^i},{∂ / ∂ t}はどのように変化しなくてはいけないかを考えてみる。一般的な微分の公式から


がわかる。つまり、xによる微分とx'による微分は同じもので、tによる微分とt'による微分が変化する。座標はxが変化してtは変化していないの だから、奇妙に思えるかもしれないが、x^i=x'^i+v^i t'をtで微分した時には0にならなくてはいけない、ということに気をつければ、こうなることは当然である。

では方程式を作っていく。ここで、電場や磁場の値は運動しながら見ても変化しない(どちらの座標系でも同じ値を取る)と仮定する。空間微分は変化し ないから、div B=0やdiv E=0はx'系でもx系でも同じ式である。時間微分を含む方程式であるrot E= -{∂ \vec B/ ∂t}などを考えていこう。

(x',t')座標系を「マックスウェル方程式が成立する座標系」と考えたので、たとえばz成分の式として、

{ ∂ E_y / ∂ x'} - {∂ E_x/ ∂ y'} = -{∂ B_z / ∂ t'}

が成立している。これをガリレイ変換すれば、

ここで、1行めから2行目では{∂ B_z / ∂ z} = -{∂ B_x / ∂ x} -{∂ B_y / ∂ y}(div B=0)を使った。

\vec v× \vec Bというベクトルを考えると、これのy成分が v_z B_x-v_x B_zであり、x成分がv_y B_z - v_z B_yである。ゆえに上の式は

{ ∂ E_y / ∂ x} - {∂ E_x/ ∂ y} = -{∂ B_z / ∂ t} +{∂ / ∂ x}(\vec v× \vec B)_y -{∂ / ∂ y}(\vec v× \vec B)_x

x,y成分に関しても同様の計算をすれば、この3つの式が

 \rot \vec E = -{∂ / ∂ t}\vec B + \rot(\vec v× \vec B)

(3.11)

とまとめることができる(計算の途中で\vec vと微分の位置を取り替えていることに注意。これは\vec vが定数で、微分したら零だからできることである。\vec Bと微分との順番は決して取り替えてはならな い)\rot \vec B = {1/ c^2}{∂ \vec E/ ∂ t} の方は、

\rot \vec B &= {1/ c^2}{∂ \vec E / ∂t} -{1/ c^2}\rot (\vec v× \vec E)

(3.12)

となる(この計算は全く同様であるから省略する)。 よって、x系で成立する方程式は

\div {\vec B}=0 & \rot{\vec E}=-{∂ {\vec B}/ ∂ t}+\rot(\vec v×\vec B )\\ & \\ \div {\vec E}=0 & \rot{\vec B}={1/ c^2}{∂{\vec E}/ ∂ t}-{1/ c^2}\rot(\vec v× \vec E)

となる。これをヘルツの方程式と呼ぶ。

 この辺の微分がわんさか出るところで脱落してしまったような人が何人か見られた。そこでちょっと安心させて おくと、大事なことはこの計算自体ではなく、こういう計算をした結果、光の速さが立場によって(座標系によって)変化するという計算になっているというこ とである(そういう意味では式自体はそう大事ではない)。

 こうして、マックスウェルの方程式とヘルツの方程式という、二つの方程式が出てきた。どのようにしてヘルツの方程式が出てきたかを思い出そう。互 いにガリレイ変換x'=x-vtで移り変わる二つの座標系を用意し、x'系ではマックスウェル方程式が成立すると考えて、x系で成立する方程式を求めた。 これがヘルツの方程式である。つまり、宇宙には特別な「マックスウェル方程式が成立する座標系」x'があり、その特別な座標系に対して運動している座標系 ではヘルツの方程式が成立する。そして、それぞれの座標系から見てマックスウェル方程式が成立するx'系がどう運動しているのかを示すのが\vec vである。

エーテルの風に流されていくマックスウェル

 手違いで、上のxyz座標系とx'y'z'座標系は右手系になってない。yとz、およびy'とz'を取り替 えておいて欲しい。

 ここで、光同様に波である、音の場合を考えてみよう。音は「空気の静止系」では周囲に均等な速度で伝播する。しかし、「空気の静止系が速度\vec vで動いているように見える座標系」つまり 「風が速度\vec vで吹いている座標系 」では、風に流される。つまり、音の伝播は「空気の静止系」とそれ以外の座標系では、違う法則にしたがうのである。それと同様に、「マックスウェル方程式 が成立する特別な座標系」がどこかにあり、それ以外の座標系では\vec v≠0のヘルツの方程式を使わねばならない。音に対する空気のように、光に対して「エーテル」(麻酔薬のエーテルとは同じ名前だが何の関係もない。アリストレテスが天を満たしている元素としてエーテルというものがある、と言っ ていたのにちなんでいる。ちなみに綴りはEtherで、英語読みだと「イーサ」。これはネットワークのイーサネットの「イーサ」と同じ単語)と 言う媒質を考えると、「エーテルの静止系」(今の場合x'座標系)でのみマックスウェル方程式が成立するということになる。

 ここで、上の図のマックスウェルが光源を手にとってそこから出る光を観測すると、この座標系XYZではマッ クスウェル方程式が成立するので、光は同心球状に広がる(つまりどっち向きの光も同じ速度になる)という話をした。すると、
 それをxyz座標系の人が見るとどうなるのか?
という趣旨のことを聞かれた。xyz座標系から見ると右向きの光はc+vで、左向きの光はc−vで進むことになるが、この座標系から見ると、光源も速さv で動いているので、結局光の作る球の中心に光源がある、という位置関係は変わらないということになる。

 さらに、先走ってエーテルの風をどう測定するかという話に。つまりエーテルの風が吹いていればその方向への 光の速度はcではなくc+vになり、逆方向への光の速度はc−vになると考えられる(上の図で静止している光源から出た光の作る円の中心が光源とずれてい るのはそのせい)。そこで方向によって光の速度が変化しているかどうかを測定する実験をマイケルソンとモーレーが行った。当時(今でもそうだけど)人間が 持てる最高速度は地球の公転速度である秒速30キロで、光速の1万分の1。夏と冬で地球は逆向きに運動しているから、それぞれで光の速度を測れば、1万分 の1ぐらいの差が出てくることになる、ということ。ところがこの実験の結果、いつ測定してもエーテル風が吹いていない、ということがわかったので、「なら ばエーテルなんて考えない(ガリレイ変換なんて考えない)新しい物理を作ってしまえ」ということで作られたのが相対論。

 空間はエーテルに満たされている。このエーテルの振動が光であり、エーテルの静止系ではマックスウェル方程式が成立する。音が空気の振動であるよ うに、光はエーテルの振動だと考えたのである。そして、ヘルツの方程式にあらわれる\vec vは、エーテルの運動速度である。エーテルが動いていれば、光はエーテルの運動方向には速く、逆方向には 遅く伝わる。

【問い8】x座標系では光の速度は方向によって違うため、静止した光源から出た光は光源を中心とした円にはならない。一方、x'座標 系で見ると、光はどの方向にも均等に広がる。ではx'座標系で見た時、光の波の形が同心円にならない理由は何か?

 周期表で有名なメンデレーエフはエーテルに原子番号「0」を与えたという。エーテルがもし存在するとしても普通の物質とは全く違う性質を持ったも のであることは間違いない。まず光は横波であるから、エーテルは固体のように変形に対して元に戻ろうとする性質(弾性)を持っていなくてはいけない(液体 や気体中は横波は伝わらない)。光が秒速30万キロという速いスピードで進むことは、エーテルが非常に固い物質であることを示している。しかしエーテルが 満ちていると考えられる「真空」中を、物体は抵抗なく進むことができる(物体が動くと回りのエーテルもいっしょに動く、と いう考え方はすぐに否定された。たとえば一定磁場の中で誘電体の円筒を回転させる実験がある。エーテルが円筒といっしょに動いたとすると、ヘルツの方程式 の\vec vに円筒の回転速度を代入せねばな らないが、そのような計算は実験に則さない。)

 これがほんとうだとすると、マッハによってニュートン力学から追放されたはずの、「絶対空間」が電磁気学の世界で復活してきたことになる。と同時 に我々は電磁気の問題を解く時常に「エーテルの風は吹いているのか?」と問いかけなくてはいけないことになる。エーテルの風の速さ\vec vがわからないと式がたてられないのである。

 さて、この章の最初の疑問に対して、ヘルツの考え方はどのような答えを出すだろうか。3.1では、(x,t)系がマックスウェル方程式が成立する 座標系で、(X,T)系がその系に対して速度cで動いているとして、座標変換をX=x-ct(この逆変換はx=X+cT)と考えた。ヘルツの方程式の導出 ではx'=x-vtとして、x'系がマックスウェル方程式の成立する座標系(エーテルの静止系)であったから、対応((x,X)←→(x'x))を考える と、ヘルツの方程式にあらわれる\vec v\vec v = (-c,0,0)であることがわかる。3.1ではエーテル静止系はとまっていて、観測者が速さcで右側に動いていた。逆に考えると、観測者から見てエーテ ル静止系が速さcで左側に動いている。一方、3.2では、観測者に対してエーテル静止系が右に速さvで動いている、と考えればわかりやすい。

 よって、(X,T)座標系での電磁場

E=(0,E_0sin kX,0),     \vec B=(0,0,(E_0/c)sin kX)

の満たすべき方程式は、ヘルツの式で\vec v=(-c,0,0)とした方程式である。 \vec v× \vec Bを計算すると、 

 (\vec v× \vec B)_X =0,   (\vec v× \vec B)_Y = E_0 sin kX,   (\vec v× \vec B)_Z =0

となって、Eと\vec v× \vec Bが等しいということになる。\vec Bは時間によらないのだから、この電磁場は (3.11)を満たしている。 (3.12)も同様である。

【問い9】上で確認したのは速度vがちょうどcの時であったが、そうでない場合、電場や磁場はどう見えるだろう。そして、それはヘル ツの方程式を満足しているだろうか。

というところで、「実際には実験からヘルツの方程式は成立してないことがわかった。具体的には光速が変化しな い、つまりエーテルの風は吹いていない、ということがわかった。ではどうしようか、というのが次の話です」と話して、来週はエーテルの風が吹いてないこと を示す実験であるマイケルソン・モーレーの実験について話すところから始めます、と予告だけして、今回は終了。

学生の感想・コメントから

 どうしてガリレイ変換が間違っているという話 になってしまうんですか?(同様の質問多数)
 実験に合わないからです。いかに直観的に正しそうに思えても、実験にあわなければ捨てるしかない。

 ヘルツの方程式を出したのは無駄でしたか? ヘルツの方程式は成り立たないんでしょ?
 成立しないけど、だから出したのは無駄か、というとそんなことはありません。とりあえず式を出し て、実験と照合していくというのは物理の(というより科学の)発展の重要なステップです。

 ガリレイ変換が間違っていたためにヘルツの方程式も間違っていたんだ、ということがわかりました。しか しガリレイ変換もヘルツの式も、みた感じでは間違っているようには見えない。この頃は光の粒子性が考えられていないためにエーテルとかいう概念が出てきた のであろうが、今の科学的に考えてもエーテルのような物質があるとはとうてい思えない。
 量子力学を抜きにしても、我々の身体をすり抜けていくくせにものすごく固くて振動が速い、というの は非常に理解しにくい性質ですね。

 音や水の波の場合はガリレイ変換を使っていいんですよ ね?
 いえ、実はガリレイ変換を使ってはちょっとずれが生じます。ところが日常生活のレベルではその差は非常に小さくて感知できません。光の場 合に特にガリレイ変換がだめだというわけではなくて、光の場合には特にそのずれが大きくなる、ということです。

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