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3.3 マイケルソン・モーレーの実験

 ヘルツの考察から、ガリレイ変換が正しいとすれば、電磁気の基本法則はマックスウェル方程式ではなくヘルツの方程式で表されることになる。このヘルツの方程式は結局は間違っていたわけであるが、間違っていると言っても理論的に間違っているわけではない。ヘルツの方程式は実験によって否定されるのである。ヘルツの方程式が正しいかどうか、あるいはエーテルが存在しているのかどうかを確認する実験として、ここではもっとも有名で、かつ直接的な測定であるマイケルソン・モーレーの実験について述べよう。光の速度がエーテルの運動によって変化するかどうかを確認した実験である。光の速さを測定しよう、というのであれば、一番単純な方法は「A地点で光を発射してB地点で受ける。A地点とB 地点の距離をかかった時間で割る」というものであろう。原子時計などを用いて精密に時間を測ることができる現代であれば、まさにこの通りの実験ができる。しかし、当時はまだそんな測定はできない。そこで干渉を用いて速度変化を検出しようというのがマイケルソン・モーレーの実験である。

 マイケルソンは以下で説明する原理の実験を、1881年に最初に行っている。以後、1887年からはモーレーと協同で装置を改良し、実験精度を上げながら実験を続けている。実験の目的は、南北方向の光と東西方向の光の速度を比較することである。地球が南北方向より東西方向に大きく動いているであろう(太陽が静止していると考えて、太陽から地球の運動を見ていると考えればこれはもっともらしい)ことを考えると、速度には差が出てきそうに思える。また、たとえそうでなく、たまたまエーテルの流れと地球の自転公転の速度が一致していたとしても、地球は1日の間に1自転し、1年の間に1公転する。したがって長い時間実験を行えば、かならずどこか(いつか)エーテルの風が吹く場所がありそうである。

 マイケルソンとモーレーの実験では、図のように、同じ長さの腕2本の上を光が往復する。エーテルが静止している(あるいはエーテルと実験装置が同じ速度で動いているとしても話は同じこと)と考えると、どちらの方向に進んだ波も、帰ってくるまでにかかる時間はt=2L/cとなるだろう。

 ではエーテルの風が図で左(西向き)に吹いている場合(あるいはエーテルが静止していて、観測装置が右に動いている場合)を考えよう。断っておくが、以下の計算はガリレイ変換が正しいと仮定した場合の計算である(後でこう考えたのではいけない、ということがわかる)。この仮定のもとでは、2種類の計算ができる。一つはエーテルが静止して実験装置が右(東)に動いているという立場であり、もう一つは実験装置が静止してエーテルの風が西向きに吹いているという立場である。

エーテルが静止している立場: まず、エーテルが静止している立場で考えよう。この立場では、実験装置が右へ動いている、ということになる。その立場で書いたのが上の図の中央と右の図である。実験装置がエーテルに対して速度vで東(図で右)に運動しているとして、南北方向へ進む光について考える。中央から棒の端まで光が進むのにt かかったとすると、ピタゴラスの定理により(ct)^2=(vt)^2+L^2が成立する。光が往復にかかる時間はこの2倍なので、

t_{南北}={2L\over \sqrt{c^2-v^2}}

となる。次に東西である。まず中央から棒の端まで光が進むのにt_1かかったとする。その間に棒もvt_1進んでいるので、光はL+vt_1進まねばならない。逆に棒の端から中央まで戻る時にt_2かかるとすると、この時進む距離はL-vt_2でよい。以上から

L+vt_1=ct_1           (3.17)
L-vt_2=ct_2           (3.18)

を解くことにより

 t_{東西}={L\over c-v}+{L\over c+v}= {2cL\over c^2-v^2}

が求まる。

 その式を見ていると、光の速さが変化しているみたいですけど。
 いや、この式はガリレイ変換的に考えて、しかも光の媒質であるエーテルは止まっていると考えての計算なので、どっち向きの光もみな、cという速さで走ってます。ただ、実験装置の方が動いているので、到着する時間を測るとそれが実験装置の速度に影響されているだけ。今はガリレイ変換が正しいとして考えているので、実験装置を止めて(つまり実験装置といっしょに動く座標系に乗って)考えることもできるけど、その場合はエーテルの方が動いていることになります。その場合の計算は、次でやります。

実験装置が静止している立場 この場合はエーテルの風に乗った方向(西行き)では光速がc+vになり、逆風の方向(東行き)では光速がc-vになると考えて計算する。また、エーテルの風と直角の方向(北行きもしくは南行き)の光は、速度が\sqrt{c^2-v^2}に減る(速さcで斜めに進んだ光が、速さvで東に流されると考えれば、ピタゴラスの定理でこうなることがわかる)。

以上、どちらの計算でもt_{東西}とt_{南北}が得られる。そして、この二つには差がある。vはcより十分小さいとして近似を行うと、

 t_{南北}\simeq {2L\over c}\left(1+{1\over2}\left({v\over c}\right)^2+\cdots\right),~~~~
 t_{東西}\simeq {2L\over c}\left(1+\left({v\over c}\right)^2+\cdots\right)

つまり、(2L/c)÷2×(v/c)^2ぐらいの時間差が出ることになる。cが自転(秒速0.46キロ)や公転(秒速30キロ)に比べて非常に大きい(秒速30万キロ)ため、(v/c)は公転速度をとったとしても10^-4程度の値になる。最初の実験ではL=3mほどだったので、時間差は

 \Delta t = {2× 3\over 3.0×10^8}× {1\over2}\left(10^{-4}\right)^2\simeq 10^{-16}

となり、10^-16s以上の精度での時間の測定が必要となる。そこで実際の実験では時間を直接測定するのではなく、光の干渉を用いた。二つの光をハーフミラーなどを使って重ねてスクリーンなどにあてると、ヤングの実験やニュートンリングの実験などと同様に、二つの光の光路差によって干渉が生じ、スクリーン上に縞模様ができる(実際に使う光はある程度の広がりがある)。エーテルの風が吹いている時と吹いてない時では光路差が違うので、干渉の(強め合うとか弱め合うとか)の条件が変化する。10^-16という時間は短いが、光路差に直すとc=3.0×10^8がかかって3.0×10^-8mとなる。光としてナトリウムランプを使ったとしたらその波長6×10^-7mに比べ、だいたい20分の1 となる。

 地球の速度として、銀河系の動きとかを考えると、もっとすごい比になるんじゃないですか?
 なりますね。vが秒速何百キロにもなるので、もっと容易にエーテルの風が吹いていることがわかるはずです。でもどっちにしろ、そういう結果は出なかった。

 実験装置は90度回転できるようになっており、回転しているうちに南北と東西が入れ替わる。光路差はプラスからマイナスへと、この倍変化するので、波長の10 分の1程度光路差が変化する。ということは明線から明線までの距離の10分の1 (明線から暗線までの距離の5分の1)の干渉縞の移動が見られるはずであった。ところが、実際にはそのずれが観測されず、エーテルの風は吹いていない、という結論になった。マイケルソンとモーレー、あるいは別の人々が実験装置を大きくしたり、光を何度も反射させてLを大きくしたりして、いろんな実験を行ったが、結果は常に予想される移動量よりも小さく出た(この移動は誤差の範囲内)。

 なんで実験装置を回す必要があるんですか?
 この実験装置では、t_東西やt_南北そのものを測ることはできない。この二つの差を測っている。光の干渉が起こるんだけど、もしこの二つの時間が正確に同じだったら、もともと一つだった光が二つに分かれてまた同じ形で出会うから、山と山、谷と谷が出会って、強め合うという結果になる。もし時間差があったら、山が同じ位置で重なることができなくて、干渉の条件が変わってしまう。実際には光には幅があるから、実験装置の光を受けるスクリーンの部分には最初から干渉縞ができている。この状態だけ見ても、さてt_東西とt_南北に差があるのかどうかは判別しにくい。でもここで実験装置を90度回すと、その干渉条件が変化するので、干渉縞が移動するはず。それを見て時間差を調べよう、というのが実験の目的だった、というわけです。

いくつか、この実験結果への反論(および反論の反論)を紹介しておこう。

運動しながら光を出せばその光の速度はcではないのでは?
つまり「実験装置が動いている場合の計算で速度をcにしているのが間違いなのではないのか」ということだが、例えば音の場合、音源が動いているからと言って音速は変化しない。音速が変化するとしたら、風が吹く(つまり媒質が運動する)か、観測者が動くことによってみかけの音速が変化するか、どちらかである。今は媒質の運動しているかどうかを観測する実験をやっているのである。なお、t_{東西} の計算ではc+vやc-vが現れているが、これは光速が変化しているのを意味しているのではなく、棒の両端(光源ではなく、光を受ける方)が動いているために到達時間がのびたり縮んだりしていることのあらわれである。この説明は実験装置が動いている立場でのもの。エーテルの風が吹いているという立場ではもちろん光速が変化している。ただしその原因はあくまでエーテルの風(この時は実験装置は止まっている)式(3.17)と式(3.18)の作り方をよく見てみよう。
たまたま、エーテルの移動と地球の移動が同じ方向だったのでは?
だとしたら、その6ヶ月後に同じ実験をしたら、公転速度の二倍分、エーテルに対して地球は移動しているはずである。しかし、そんなことはなかった。
エーテルが地球といっしょに運動しているのでは?
この実験だけを説明するのなら、「エーテルは地球表面といっしょに運動しているので、地球上で実験してもエーテルの運動は検出できない」という考え方でも説明できる。しかし、そうだとすると地球表面でエーテルが渦巻くような流れを作っていることになり、外から地球にやってきた光は、地表面近くのエーテルの流れに流されることになる。これでは、我々が見ている星の位置は、地上のエーテルの流れに流された分ずれることになってしまう。しかし、そんな現象は確認されていない。
実験の精度が悪かったのでは?
実験というのは、「これを判定するためにはこれだけの精度が必要である。ゆえにこのように実験装置を組み立てる」という計画を持って行うものである。マイケルソンらも、上に書いたような「光の干渉縞はどれだけ移動するはず」という予想をもって、誤差の精度がその予想より小さくなるように注意して実験を行っている。「古い実験だから精度が悪い」などということはない。また、この実験自体は現在でも(光にレーザーを用いるなど、さまざまな改良をしたうえで)行われているので、「古い実験だから」などという反論は、そもそも成立しない。

3.4 ローレンツ短縮

 マイケルソン・モーレーの実験でエーテルの速度が検出されなかったことは、物理学者たちに衝撃と困惑を与えた。ローレンツはt_{東西}とt_{南北}が\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}倍違うことから、「東西方向の棒の長さは\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}倍に縮んでいる」という説を唱えた。これが古い意味での「ローレンツ短縮」である。

 本によっては、「ローレンツ短縮」を相対論の帰結である、と説明しているが、ローレンツはあくまで実験を説明するためにad hoc(「その場しのぎ」という意味の言葉。科学でなにかの現象を説明するために急ごしらえで作った説などを「ad hoc仮説」などと言う)にこの短縮を導入したのであって、相対論の帰結として理論的に導き出したわけではない。

 もう一つ注意しておく。このローレンツ短縮という考え方では、マイケルソン・モーレーの実験について説明することは可能だが、そのほかの実験を説明するにはこれでは足りない。「ローレンツ変換」はその一部として「ローレンツ短縮」と同様の現象を含んでいるが、より広い意味がある。

 「ローレンツ短縮」も「ローレンツ変換」も、アインシュタインではなくローレンツの名前がついている。どちらもアインシュタインより前にローレンツが提出しているからである。しかしローレンツは(同様にこのあたりの研究をしていたポアンカレもそうなのだが)「ローレンツ短縮」を、例えば「エーテルの圧力によって物体が縮む」というような、力学的な意味での短縮だと考えていた。「ローレンツ変換」に関しても「こう考えればうまくいく」という提案であって、その意義を理解してはいない。後で出てくるアインシュタインによる考え方とはその点が違うので注意すること。

3.5 現代における光速度不変

 マイケルソン・モーレーの実験は100年以上前の実験であり、当時の実験技術の粋をこらして実行されたものとはいえ、現代の技術でならばもっと精密な実験が可能である。もちろんそのような実験も行われており、マイケルソンとモーレーの実験に比べると精度は10万倍に上がっている(むしろ、マイケルソン・モーレーの実験器具は干渉を用いて精密に距離を測定する方法として使われることも多い。光速が一定であることを逆手にとって利用して、距離をはかる手段に使うのである。重力波の観測機器にも使われている)。もちろん、光速度不変の原理を疑うに足る証拠はまったくない。

 しかし、現代ではもっとシンプルな方法で光の速さを測定できる。「A 地点で光を発射してB 地点で受ける。A地点とB地点の距離をかかった時間で割る」という方法である。マイケルソン・モーレーの実験ではエーテル風の影響は(v/c)^2のオーダーであったが、このような直接測定を行えば(v/c)のオーダーで影響が出る。一方、現在の原子時計が10^-7 秒ぐらいの精度で時間を測ることができる。

 逆に、「光がこれだけの遅れで伝わってきたからA地点とB地点の距離はこれこれである」という原理で現在位置を測定する機械がある。カーナビなどで使われているGPS(Global Positioning System)である。GPSは複数の人工衛星からの電波を受信して、その電波が発信源からどれくらい遅れて到着したかということを計算して自分の位置を測る。衛星Aからの電波が衛星Bよりの電波に比べてより遅れているのなら、自分は衛星Bの近くにいると判断する、という具合いである。このような機械がうまく動作するためには「光速が一定である」という大前提がなくてはならない。衛星は頭上2万キロぐらいの高さを回っている。カーナビの精度は数メートルぐらいであるから、10^-7の精度で距離が測定できていることになる(誤差の原因は、電波が大気中を通る時の速度変化と、軍事利用されないためにわざと混入されている誤差)。エーテルの風が吹くという考え方がもしも正しいならば、GPSの衛星から来る電波の速度が季節によって10^-4ぐらい変化してしまうことになるので、10^-7の精度で距離を測ることなど、とてもできない。つまり、現在我々の生活に直接関係する部分でも、エーテルが存在しないことを前提とした機械が使われており、しかも何の問題もなく動作しているということになる。すくなくとも現在の実験のレベルにおいて、光速度不変を疑うことはもはやできない。もちろん今後実験精度がさらにあがった時に何か変なことが発見される可能性は零ではないが、それを言い出せば、もともと物理における全ての法則は実験精度の範囲内でしか保証されていないのは当然のことである。

学生の感想・コメントから

 光速が不変なのは実験結果からわかるが、なぜ不変なのかを教えて欲しい。
 うーん、難しい。結局のところ「世の中はそうなっているから」としか答えようがないのかも。いつか深い理由がみつかるかもしれませんが。

 アインシュタイン先生が「熱いストーブに1分間手をあてると1時間くりあに思える。かわしい子と1時間おしゃべりしても1分くらいに思える。これが相対性理論です」って言ってましたが、今やっている勉強とどうつながるんですか?
 時間の進み方は立場によって(座標系によって)違うという話を来週します。もっとも、かわいい子とおしゃべりする時間が短く感じるのとは全然別の話だけど。

  内容もわからずにローレンツ変換を作ったなんて、ローレンツさんもなかなかいいかげんだなぁと思いました。
 ある意味いいかげんですが、数式の変形を正しくやったからこそ、正しい答えに着いた、とも言えます。そう考えるとやっぱりただものではない。

 ローレンツさんはなぜ苦しい言い訳(ローレンツ短縮)を言う必要があったんですか、自分の実験じゃないのに。
 当時、「なぜエーテルの風が検出できないのか?」は物理学者全体にとっての大問題であって、単にマイケルソンとモーレーの実験がうまくいかないね、ではすまない話だったんです。ローレンツは電磁気に関する権威だったから、この問題についてもいろんなことを考えていたわけです。

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