一応、「第5章」としてプリントを作ったが、今回のは番外編。学生の一部が集中講義で抜けるため。というわけでこれは前回の続きになってません。
相対論に関しては、いくつかのパラドックス(逆説)と呼ばれるものが存在する。これらは一見パラドックスではあるが、相対論をよく理解していれば実は不思議なものでもなんでもない。
相対論で一番有名なパラドックスであろう。ただ、このパラドックスにはいくつかのレベルがあり、深いレベルまで考えると一般相対論を使って解くことが必要になる。ここではそこまで立ち入らずに、浅いレベル(でも充分難しいし面白い)だけを考えよう。
まず素朴にパラドックスの概要を述べよう。双子の兄と弟がいるとする。兄が亜光速で飛ぶことができるロケットに乗って宇宙の彼方まで旅をして、地球に帰ってきたとしよう。弟はずっと地球で待っている。運動していると固有時が短くなる(ウラシマ効果)ことから、帰ってきた兄は弟より若い。
そこでこのような主張を誰かがしたとしてみよう。
弟および地球から見れば確かに兄は運動して帰ってきた。しかし相対的に考えて兄が静止する立場で見たならば弟と地球の方こそ運動して、兄の元に帰ってきたと考えられるのではないのか。その場合弟の方が若くあるべきだ。これは矛盾である。
確かにこれは(一見)矛盾に思える。しかし具体的に図を書いて考えてみると、そうではない。まず、兄と弟がお互いにお互いの時間を遅く感じるということを、図で表してみると以下のようになる。
プリントの図ではP点が抜けてました。上のが正しい図です。
兄が弟(地球)から一番遠くまで行って、今まさにUターンしている時の時空点は図のBである。弟にしてみれば、この時間、自分は図のAにいる。弟の同時刻線は図の水平線(一点鎖線)であることに注意。つまり、
なのである。そして、図で見るとOB>OAに見えるだろうが、兄の座標系と弟の座標系で時間の目盛りがγ倍違うことを考慮するとOA>OBとなる。
一方、兄にとっての同時刻線は図の破線(斜め線)であるから、
となる。この場合は目盛りの違いを考慮しても、OB>OCであるので、まとめて、OA>OB>OCとなっている。つまり、互いに互いの時間を「遅い」と感じる。ここまでは、問題は完全に「相対的」である。
問題は兄がUターンした時に何が起こるかである。この時、兄の速度が変わったことに応じて、「同時刻線」が傾きを変える。つまり、B点で一瞬で加速が終わったとすると、加速前はB点とC 点が「同時刻」だったのに、加速後はB点とD点が「同時刻」なのである。兄の主観では、一瞬で弟の時間がC点からD点までいっきに経過したように感じることになる。弟の主観では、このような一瞬の時間経過はない。この不平等性のおかげで、兄の方が時間が遅くなるという不平等性が生じる。
帰りについて考えると、
に対し、
であって、AP>BP>DPとなって、やはり問題は相対的である。つまり、兄の加速という一瞬の間だけ、相対性が崩れているのである。
兄がずっと静止しているような図を書いたらどうなるんですか?
その場合、図はちょっと不思議なことになるんです。書いてみると下の図のような感じ。B点では弟がいっきに離れてまた元に戻ってくるような運動をします。それは、(後でくわしく説明するけども)動いている人から見ると距離が縮んで見えるという現象もあるんだけど、B点では一瞬兄が静止するので、その間だけ距離が元に戻るから。ものすごく変に思うんだろうけど、このB点でUターンしている間というのは加速運動しているから、その座標変換はローレンツ変換じゃない、もっとややこしい座標変換をしなくちゃいけない。その座標変換をやるとこういう図になる。こういう計算をちゃんとやるには一般相対論の知識が必要になってきます。
そのC→A→Dの場所、弟は光速超えてませんか?
超えてます。一般相対論的な計算(というか、加速度のある系への座標変換)をやる時は、光速を超えることはよくあります。「光速超えちゃだめ」ってのは特殊相対論の話だから、超えても問題ありません。
そのA点で、弟には何が起こっているんですか?
特に何も起こってないです。こういう運動をしているのは、あくまで兄の主観で考えたらということで、見掛けの運動みたいなもんですから。兄にとっては、Uターンするので今加速状態になっていて、だからいわば重力がかかっているような状態なんです。弟はその重力の中で投げ上げられて自由落下しているような状態にある。だから、無重力状態のようなもの。だから、こんなすごい急激な運動しているように見えても、弟自身は何も感じてない。この後で説明するけど、そのような重力がかかっていると考えて方程式たてて解こうとすると、一般相対論が要ります。それはこの講義の範囲外なんだけど。
A点とB点をどこでもドアでつないであったとすると何が起こるんでしょう。どこでもドアって距離の制限ってありましたっけ?
距離の制限があったかどうかは藤子不二雄先生に聞かなきゃわかんないけど。ただ「A点とB点をつなぐ」と簡単に言うけど、どこでもドアがどことどこをつなぐのか、つまりどこでもドアにとっての「同時刻」はどういう線なのかがわからないと何が起こるのかわからない。でも、もしB点とC点をつなぐどこでもドアと、B点とD点をつなぐどこでもドアがあったら、タイムマシンが作れるね。D→B→Cと動けば過去に戻れるから。ドラえもんがタイムマシンとどこでもドアの両方を持っているということは、物理的に見て正しい。
ここで、「経過したように感じる」ということをもう少しまじめに検証してみよう。実際には、兄は弟から光がこない限り、「弟の時計が指している時刻」を知ることはできない。そこで弟から時報を乗せた信号が電波で兄に向けて送られていたとしよう。この電波の様子を描いたのが右の図である。図でわかるように、B点(兄のUターン地点)までは、兄が聞く時報の間隔は、弟が時報を出す間隔よりもずっと空いている。兄は「ずいぶん間延びした時報だなぁ」と思うはずである。兄が弟から遠ざかっているために、光が到達するのに余分に時間がかかるせいである。
逆に、B地点を過ぎてからは、兄が受け取る時報の間隔は弟が出す時報の間隔よりも、ずっと短くなる。兄が近づくことによって時報が速く着くのである。よって、兄が自分の見た目だけで判断したとしたら、
と判断することになるだろう。つまり、兄が弟を目でみている限りにおいて、瞬間的に時間がたつなどということはない。最初に述べた考え方の場合は、兄が「今見ている弟の姿は○年前に出た光のはず。ということは今の弟の年齢はこれくらい」という計算をやって自分と弟の時計を比較しているのである。そしてこの計算法が、Uターンする前とした後でがらっと変わってしまう(同時刻がずれるから)ために、一瞬で弟の時間がたってしまうという結果になる。
別の言い方をすると、弟は常に一つの慣性系の上に乗っているが、兄はそうではない。往路の慣性系と復路の慣性系は別の座標系であり、加速する時に兄は「座標系の乗り換え」を行う。その時に時間がずれるのである。
ここで、もう一歩つっこんだ主張をしてみよう。
ところがそうではない。大事なことは、兄が途中で「減速+加速」をしているということである。「(二つの慣性系のうち)どっちが静止しているか決められない」とずっと述べてきたが、加速をしている間の兄は慣性系にはいない。物理的には、この間大きな慣性力を受けているはずである(急ブレーキと急発進をしているのだから)。この慣性力が働くか否かという物理的な違いによって、兄は自分が慣性系にはいないことを実感できる。弟にはもちろんそんなことはない。つまり、兄と弟の立場はこのような意味で(物理的に)対等ではないのである。
さらにこのパラドックスに対して深く考えると、次のような主張もできる。
なるほど、兄は慣性力を感じるから自分が慣性系にいないことがわかる、というのはもっともらしい。しかし兄はそれを慣性力と考えず「ややっ、突然宇宙全体に重力が発生したぞ」と解釈することも可能であるはずだ。そう考えたとしたら、やはり動いているのは弟の方になるのではないか。
運動が相対的かどうか、という話が「宇宙全体に力が発生したとしたら?」という疑問にまで拡大するあたり、マッハによる「ニュートンのバケツ」問題を思い出させる。残念ながら、ここまでつっこんだ質問をしてこられると、この講義の範囲内では解答は出せない。一般相対論を使うと「重力が発生した」という立場で問題を解き直すことができ、この立場で計算すると重力の影響で時間にずれが生じるので、やはり兄の方が若くなる。以下は、授業でもしゃべってない。おまけである。
続いて、ローレンツ収縮(もちろん新しい意味の方)に関するパラドックスを紹介しよう。
今、2台のロケットAとBが、それぞれ星αと星βの近くにいる。
2台のロケットの距離(星αと星βの距離)はLであるとする。ここでこのロケットが同時に加速して、瞬時に速度vに達したとする。すると、ロケットとロケットの間隔はローレンツ収縮して、(β=(v/c))となるはずである。ではいったいこの2台のロケットの位置関係はどのようになるのだろう?
たとえばL=10光年として、β=0.8とすると、は6光年となる。
「瞬時に加速したんだから、まだBはβの近くにいるだろう」と考えると、
となる。しかしこれでは、Aが一挙に4光年もαから離れてしまっている。しかし、「まだAはαの近くにいるだろう」と考えると
となって、今度はBが4光年もバックすることになる。「じゃあきっと真ん中でしょ」と考えると、
となってAが一瞬で2光年進み、Bが一瞬で2光年バックすることになる。そんなばかなことはないだろう。
実際にどうなるかという解答は、わかりきっている。「Aはαの近くにいるし、B はβの近くにいる」というものである。一瞬で加速したというのだから、まだ遠くまで行っていないのは当然である。
相対論で何かの運動を考えていてよくわからなくなった時は、(x,ct) のグラフを書いてみるのがよい。2台のロケットの動きを(x,ct)グラフに書き込めば、右のようになるだろう。当然、ロケットとロケットの間隔はLのままである(もしロケットの間隔がに変化するとしたら、どんな変な図を書かなくてはいけないか、考えてみるとよい!)。
では、動いている物体は長さが縮むという、(新しい意味での)ローレンツ短縮の話は間違いなのだろうか?
ここでもう一度前章の(新しい意味での)ローレンツ短縮について考えてみよう。長さLの棒を、棒に対して動いている座標系から見ると、長さがに見える。今は棒がロケット間の距離に変わっているが、本質的な内容は同じである。ここで上の考察と、ローレンツ短縮の両方が満足されるとしたら、「ロケットが加速し終わった後のロケット静止系では、ロケットAとロケットBの間隔はになっていて、それがローレンツ短縮してLになっている」と考える他はない。
しかし、静止していた時にLだったロケットの間隔が、動き出すと伸びるというのはなぜだろう???
そこで、このパラドックスの問題文を読み直してみよう。相対論を考えるときには注意深く使わなくてはいけない言葉が無造作に使われているのに気が付くはずである。それは、「ここでこのロケットが同時に加速して、瞬時に速度v に達したとする。」というところの`同時'である。相対論において、ある座標系で同時に起こることは別の座標系では同時に起こらない。
ということを思い出して、さっきの時空図に、ロケットが加速し終わった後のロケット静止系を書き込んでみよう。結果は上左の図のようになる。この座標系(x',ct')での同時刻面はx'軸が示すように斜めに傾く。それゆえ、この座標系で見ると、ロケットの先端の方が先に加速し始めたことになる。
これをよりよく見るために、(x',ct')座標系が水平・垂直になるように書き直したのが上右図である。このように、加速後の座標系を基準にとって考えると、ロケットは先端が先に加速を始めるので、結果として「伸びる」ということになる。
相対論では離れた場所の「同時」は座標系が変わればどんどん変化する。それゆえ、「2台のロケットが同時に発進する」などという表現には注意が必要なのである。同じ理由で、相対論においては「変形しない物体(剛体)」などというものはあり得ない(もっとも、全く動かないか等速運動を続けるのなら話は別)。何かの加速を受けると必ず、その物体内の別の場所は(座標系によっては)別のタイミングで加速させられてしまうからである。
2台のロケットのパラドックスに似た問題である。簡単に言うと「固有長さL の車を固有長さl(L>l)のガレージに入れることができますか」という問題である。
常識的に考えればできないに決まっているが、車の方が亜光速で走っているとすれば、その長さに縮む。だからガレージの中に車が亜光速でつっこんできて、中に入ってしまっている時にさっとドアを閉めれば車はガレージの中に入る。そのまま亜光速で走り続ければ壁に激突して壊れるだろうが、今は壊すかどうかは関係なく、入るかどうかだけを問題にしている。「壊して入れるのは入れるうちに入らない」という反論は却下である。
これがなぜパラドックスかというと、相対論的考え方をして、車が止まっていてガレージが走ってくる座標系で考えてみると、入らないように思えるからである。この場合はガレージの方がに縮んでいるのであるから。
このパラドックスがどのように解決されるか、正解は述べないが、ここまでの講義で「相対論的考え方」を身につけることができている人なら、上の文章の中に相対論的に考える時に注意しなくてはいけない表現が混じっていることに気づくだろう。
弟と兄がテレビ電話で会話してたとしたら、一瞬で年をとるところが見えますか?
テレビ電話も所詮電波(つまり光)で映像と音声を送っているんですから、そうはいきません。上に書いた光の話と同じ。
どこでもドアでC点とB点がつながったとして、兄がUターンしたら、兄から見たらどこでもドアの中でいっきにC点からD点まで時間がたつんですか?
もしどこでもドアが、同時刻面が変化した時にいっしょにつながっている時空点が変わっていくようなシステムになっているなら、そういうことになります。そういうシステムかどうかは、藤子・F・不二雄先生に聞いてください(故人ですが)。
タイムマシンは作れるんですか?(同様の質問多数)
どこでもドアもしくは同様にある座標系でみて超光速に移動する手段があれば、なんとかなります。もっとも、そういうものがなかなかないんですが。
一般相対論では光速を超えてもいいというのは驚いた(同様のコメント多数)
ただし、一般相対論でも、物体の速度はその場所の光を追い越すことはできません。そういう意味では、「一般相対論では光速は一定値じゃない(cより速くも遅くもなる)」と言うべきだったかも。
実際にどれくらいの速さで走ればこんなことが起こるんですか。
上の式に入れて計算すればいいんですが、βが0.8(光速の80%)の場合、時間の進み方は0.6倍違います。弟が40年たつ間に兄は24年。両方が20才の時に出発して弟が60才になった時、兄は44才ということになります。