ヒッグス粒子ってなあに?---内部自由度とは



 素粒子の「内部自由度」

 

 少し話を「昔」に戻そうと思います。いわゆる「素粒子」と呼ばれる粒子の中で、最初に発見されたのは電子でした。その後光子、陽子、中性子と続きます。

 この4つを比べてみると「おや?」と思うことがあります。それは
 陽子と中性子だけ、よく似ている

 ということです。ちょっと性質を表にしてみましょうか。

古い時代の「素粒子」の表
名前質量電荷
電子9.1×10-31kg-e
光子0 kg0
陽子1.6726×10-27kge
中性子1.6749×10-27kg0


 陽子と中性子だけ、3桁めまであってます。こんなに質量が近い値にあるのはなぜでしょうか??
 昔の素粒子物理学者がこんなことを考えました。
 もしかして、陽子と中性子という二つの粒子は、「同じ粒子の二つの状態」なのではないのか??

 「似ている」のには「元々は同じものだった」よって「陽子と中性子はどちらを選んでも差がない」つまり、「陽子←→中性子の対称性がある」のではないかと考えたのです。もちろん実際には中性子はちょっとだけ陽子より重いし、電荷も違いますから、「対称性がある」というのは「質量のちょっとした違いと、電荷の違いには目をつぶれば」ということです。
 ここで粒子というのが「架空の方向への振動(励起)」だと考えられているということを思い出してください。上の4つの粒子を場の振動と考えると、その場の振動は、


古い時代の「素粒子」の「場」の表
場のバネ電場との相互作用
電子バネ定数小さいする
光子バネ定数0しない
陽子バネ定数大きい(ほぼ↓と一緒)する
中性子バネ定数大きい(ほぼ↑と一緒)しない




のように考えることができます。
 これまでは、粒子の種類ごとに別々の「架空の振動」がある(そしてその架空の振動の伝わる様子を我々は「粒子が移動する」ととらえる)という話をしてきました。しかし粒子と粒子に対称性があるとすると、「架空の振動方向」にも何かの対称性があるんじゃなかろうか、と考えたくなります。つまり、↑の図の下二つの場()の間に「関係」をつけたくなるわけです。そして、下の図のように「架空の方向」を増やしてみます。


 そして、この「架空の方向」のうち、陽子(英語でproton)の方向をp軸方向、中性子(英語でneutron)の方向をn軸方向と考えた時、このnp軸をぐるぐる回す対称性がある(が、質量の違いと電荷の違いの分だけ、その対称性が破れている)と考えたのです(実はこの架空の方向は複素数で表現されてたりするので、ここで説明した「回転」はもっともっと複雑なものになるのですが…そこは簡略化して表現させてもらってます)。

 

 ちょっと質量が近いだけで、そんな(架空の方向での回転なんて)大それたことを考えてもいいのか?

と言いたくなるところですが、この「架空の空間の回転」理論(名前は「アイソスピン理論」と言います)は意外と(?)うまくいきました。素粒子物理学はその後理論も実験も発展を続けていき、素粒子の数もどんどん増えて、前に書いた

「物質」粒子の表
u(アップ)c(チャーム)t(トップ)2e/3
d(ダウン)s(ストレンジ)b(ボトム)-e/3
νe(電子ニュートリノ)νμ(ミューニュートリノ)ντ(タウニュートリノ)0
e(電子)μ(ミュー粒子)τ(タウ粒子)-e


まで増えました(その一方で陽子や中性子は素粒子でなくなった)が、アイソスピン対称性は、

上2列の上下(u←→d、c←→s、t←→b)

と、

下2列の上下(νe←→e、νμ←→μ、ντ←→τ)

の対称性という形で残っているのです(電子にもアイソスピン対称性の相棒が見つかっていることに注意)。


 ただし、実はこの表の素粒子には「左巻き成分」と「右巻き成分」というのがあり、アイソスピン対称性があるのは「左巻き成分」だけであって、「右巻き成分」には対称性はありません。ただこの話もやり始めると長い(そもそも左巻きって何?というのも説明がたいへん)ので、とりあえず右巻き成分というのは無視して考えます。これは素粒子の世界で左右対称性が最初っからない(最初あったのに破れたという話ではなく、最初っからない)という不思議な(面白い)話ではあるのですが。


 表の一番右に電荷を書きましたが、上2段も下2段も「上下でeだけ電荷が違う」という点が共通しています。
 さて、ここまで「質量の違いと電荷の違いに目をつぶれば対称性がある」と何度か言いました。こうなってくると、「ではこの違いを作ったのは何なのか?」という疑問も湧いてくるわけです。

Q:架空の方向の違いが粒子の種類の違いだとすると、波長とかの違いは何になりますか?

A:波長の違いは運動量の違いになります。



  対称性をやぶった犯人は誰なのか? ---実はそれもヒッグス場なのです。