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 前回の直後より続く。

 くわしい計算をしなくてもλに比例することと、φが大きければ小さくなることはすぐ理解できる。λが大きければ「半波長」も大きくなるのでΔ xは大きくなる。また、φが大きいとそれだけたくさんの光を集めたことになるので、干渉によって光が消される条件がよりシビアになり、Δxが小さくなる。

 では、このΔxを可能な限り小さくするためにはどうすればよいだろうか。一つはφを大きくする、つまりレンズを大きくすればよい。もう一つの方法 は波長λの短い光(もしくは光でなくても、スクリーン部分で感知可能な波であればよい(電子顕微鏡は電子波を使って微小な ものを見る。電子波の波長は光よりはるかに短い))を使うことである。ハイゼンベルクはこの機械をガンマ線顕微鏡と呼んだが、それは知られ ている限りもっとも波長の短い電磁波を使うことを考えたからである。

 ところがここでp=h/λを思い出すと、λが短いということは運動量が大きいということに他ならない。つまり、あまり波長の短い光を使うと、位置を確か めようとしていた物体がどこかへ飛んでいってしまうことになる(ガンマ線の危険性を思い起こせ)。また、φが大きいということは、その時光がどの方向に反 射したかが測定できない、ということである。我々はA点もしくはB点のような、スクリーン上でのみ光を測定する。それゆえ、レンズのどの部分を光が通って きたのかを特定することはできない。特定しようとするならば、それは小さいレンズを使え、と言っているのと同じことになる。

真横から光があたったとする。この時、電子がどれだけのx方向の運動量を持つかを計算してみよう。光子(γ線)の運んでくる運動量は(h/λ)であ る。そして衝突後の光子の運動量のx成分は光が図の実線矢印方向に反射した場合ならば(h/λ)sin θであり、破線矢印方向に反射した場合ならば、-(h/λ)sinθである。電子の持つ運動量のx成分は(h/λ)-(h/λ)sinθ から、(h/λ)+(h/λ)sinθ までの範囲にある、ということになる。つまり、電子に光を当てた結果、電子の持つ運動量に不確定さΔpが生じてしまう。この運動量の不確定性はΔp=2 (h/λ)sinθとなる。この時、ΔxとΔ pの積を計算すると、

Δ x Δ p = h

という式が出る。この式は、Δ xを小さくしようとするとΔ pが大きくなる、ということを表している。つまり、この電子の位置の測定を精密にやればやるほど、電子の運動量が大きな幅で変化してしまうことになる。

 ハイゼンベルクは以上のような思考実験(実際にガンマ線顕微鏡を作って実験したわけではない)によって、不確定性関係を導いた。Δ xやΔ pは上で求めたよりも大きな値になることもあり得る。そして理想的な場合の最小値でも、この積は{\hbar/2}={h/ 4π}であることが計算できる(具体的な計算は後で行う)。よって

Δ x Δ p > hbar/2                                               (5.2)

というのが一般的法則である。

 結論として、我々が何かの物体の位置と運動量を測定しようとした時、その両方を確定的に決めることはできず、位置にはΔ xぐらいの、運動量にはΔ pぐらいの不確定さが存在し、その間に(5.2)が成立する。一方を小さくするともう一方が必然的に大きくなってしまう。

 このような不確定性は、ガンマ線顕微鏡(あるいは光学的顕微鏡でも同じ)だけで起こるものではなく、ありとあらゆる観測機器についてまわる一般的 な問題である。

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【問い38】 波動光学では「光は自分の波長と同じくらいの隙間を通り抜けた後、よく回折する」ということが知られているが、この現 象も不確定性関係の顕れと考えることができる。
 幅dのスリットを波長λの光が通り抜けたとする。この時、光子の存在位置は、Δ x = dという不確定性を持って決められたことになる(ただし、決まったのはx方向、すなわち進行方向に垂直な方向)。このため、光子のx 方向の運動量は-(Δp/2)< p<(Δp/2)のような不確定さを持つ。Δ pはどのくらいとなるか。光子の全運動量の大きさ(変化しないはず)と上の答を比べることにより、光子の進行方向の不確定性(光の進行方向に対する広がり 角度)を角度の正弦の不確定性Δ(sinφ)で求めよ。広がり角度が30度になるのはどんな時か。

 

5.2 不確定性関係の意味

 不確定性関係は非常に神秘的な関係式と思えるかもしれないが、ド・ブロイの式p=(h/λ)を認めて、「物質は波動性を持つ」ということを考えれ ば、実はしごく当然の関係式である。

 今、一個の粒子が箱に入っているとする。話を簡単にするために1次元で考えて、この箱の端から端までLとしよう。この粒子の位置を観測しなかった とすると、箱のどの位置にいるのかわからないので、この粒子のΔ xはLである。この粒子を波だと考えると、箱の中に定常波ができている状態だと考えられる。すると、その波の波長は最大でも2Lである。「波長が最大で 2L」ということはすなわち、「運動量が最小でも{h/ 2L}」ということになる。実際には(定常波状態になっているので)箱の中には最低でも、{h/ 2L}の運動量を持った粒子(正方向に進む波)と-{h/ 2L}の運動量を持った粒子(負方向に進む波)が入っている、ということになる。つまりΔ p={h/ L}である。ここでもΔ x × Δ p \simeq hが成立している。より一般的には、もっと波長の短い(運動量の大きい)波が入ってもいいので、Δ pがもっと大きくなる可能性はある。

 箱を押して大きさを小さくしていったとしよう。Lが小さくなるのでΔxは小さくなるが、Δ pの方は逆に大きくなっていく。つまり、粒子の位置を確定しようとすると運動量の幅が広がってしまう(逆も同様)。

 ガンマ線顕微鏡の例では「xを観測するとpが乱される」という形での不確定性を論じたが、実は不確定性というのは観測する前の状態ですでに存在し ている。誰がどのように観測するか否かにかかわらず、Δ xΔ p>hbar/2という関係は成立しているのである。Δ x やΔ pは測定誤差ではなく、「値の広がり」を表す。つまり、「粒子はΔ xの幅のどこにいるのかわからない」というよりも「Δ xの範囲に広がっている」と考えるべきである。「どこにいるのかわからない」という考え方をすると、測定手段(実験機器など)の責任でΔ xが生じているような印象を与えるが、不確定性関係は、実験機器の責任によって生じるのではなく、物質の波動的性質によって必然的に生じるものと考えなく てはならない。

 現実において存在している粒子も、不確定性関係を守っている。我々は原子や原子核の大きさをこれくらい、と測定しているが、実際にその物質がそれ だけのサイズを持っているというより、その粒子がだいたいそれぐらいの範囲の中に広がって存在している(Δ xがその程度の大きさである)と判断せねばならない。

【問い39】 以下の二つの現象が不確定性関係に即していることを確かめよ。
1. 原子を回っている電子はだいたい10eV程度のエネルギーを持っている。原子の半径は10^{-10}m程度である。
2. 原子核内の核子は1MeV(=10^6eV)程度のエネルギーを持っている。原子核の半径は10^{-14}m程度である。
註:1eV=1.6×10^{-19}J。電子の質量は9.1×10^{-31}kg。核子の質量は1.7×10^{-27}kg。

【問い40】 二重スリットの実験(ヤングの実験)では、どちらのスリットを光が通ったかわからない、という話がある。
 今図のように中央に光がやってきたとしよう。上のスリットを通った時ならば光はスリット部分で下向きの運動量を与えられたことになるし、下を通ったなら ば上向きの運動量を与えられたことになる。運動量は保存するから、その分スリットが上下動するはずだ。では、スリットの上下動を観測することで上のスリッ トを通ったのか下のスリットを通ったか判断できるのか?
光子の持つ運動量を(h/λ)として、この問題を考察せよ。
ヒント:スリットの上下動を観測するためには、スリット自体の運動量をどの程度正確に測定しなければいけないかをまず考えよ。
その時、スリットの位置はどの程度正確に測定できるかを考えよ。

 

5.3 円周上に発生する波の重ね合わせ

 上では狭い空間に閉じ込められた波に関して、不確定性関係が成立することを示した。閉じ込められていないが、空間の一部にだけ分布している波の場 合はどのように考えればいいだろうか。その場合、いろんな波長の波が重なり合うことで「空間の一部にだけ分布している波」ができていると考えることができ る。

 波の重ね合わせを考える簡単なモデルとして、半径1の円の上に発生している波を考えよう。円周にそっての座標をxとしてその範囲を[-π,π]と しよう。すると、x=-πとx=πは同一点である。この波の、ある一瞬での形をf(x)という関数で表すと、この関数はsin x,sin 2x,sin 3x,…および\cos x,\cos 2x,\cos 3x,…で表されるような、いろんな波長(ただし、{2π/ 自然数}に制限される)の三角関数(および定数)の和で書かれることが知られている(証明はややこしいので略すが、これら の級数和とf(x)の違いはいくらでも(つまり0になるまで)小さくできることが数学的に示せる)。つまり、f(0)=f(2π)になるよ うな関数f(x) は、

f(x) = 1/2a_0Σ_{n=1}^無限大 a_n  cos nx + Σ_{n=1}^無限大 b_n sin nx 

と書けるのである(a_0だけ前に{1/2}をつけて特別扱いされているが、それは後で作る a_nを求める式が簡単になるようにであって、深い意味はない)。このように数を三角関数の和で表したものを「フー リエ級数」と言う。ここで、

  上から、(5.5)〜(5.8)

である。すなわち、この式の各項は、自分自身以外とかけて積分すると答は0になっている。

【問い41】 上の式を証明せよ。

 波を一周期分積分すると、山(プラス変位)と谷(マイナス変位)を足していくことになるので、必ず0となるというのが、上のような式が成立する理 由である。二つの波を掛け算する時も同様だが、同じ波を掛け算した場合に限って、谷×谷もプラスになるので結果は0にならない。

 この性質を利用して、フーリエ級数の係数であるa_n,b_nを求めていくことができる。

 たとえば、f(x)にsin mxをかけて積分すると、f(x)の中のsin mxを含む項以外は全て0となり、

  \int_{-π}^π dx sin mx f(x)=πb_m

であるから、

 a_m = {1/ π}  \int_{-π}^π dx  f(x) \cos mx\\  b_m = {1/ π}  \int_{-π}^π dx  f(x) sin mx

と求められる(a_0の前の(1/2)は、上の式がm=0でも成立することに役立っている)。

 具体的な関数として、高さHで幅2δの矩形波を考えよう。この波は

 f(x)=\cases{H& -δ <x<δ \cr 0&(それ以外)}

のような関数で表される。

 この関数をsin,cosの和で表した時の係数を求めよう。

 a_m &=& {1/ π}  \int_{-π}^π dx \cos mx f(x) = {H/ π}  \int_{-δ}^{δ} dx \cos mx\\ &=&{2H/ mπ}sin mδ\\b_m  &=& {1/ π}  \int_{-π}^π dx sin mx f(x)=0\\a_0 &=& {1/ π }\int_{-π}^π dx f(x)={2Hδ / π}

となる。b_mが0になるのは、sinが奇関数で、f(x)が偶関数であることからくる。つまり、

 f(x)={Hδ/ π}+ {2H/ π}\sum_{m=1}{sin mδ / m}\cos mx

である。

 H=(π/2),δ=1の場合でこのグラフを書いてみる。次の図は、級数の第2項まで((1/2)+sin 1 cos x)と、第3項( (sin2)/2 cos 2x)、そしてそれを足して第3項まで( (1/2)+sin 1 cos x+(sin 2)/ 2 cos 2x)にしたものである。

 四角い点線はf(x)を表す。第3項が足されたことで、関数がよりf(x)に近い形になっていることがわかるであろう。

【問い42】 2Hδ(この矩形の面積)を1に保ったままでδ→0の極限をとるとどんな関数になるか。結果は後で出てくるデルタ関数 となる。

 この後も次の関数、次の関数が足されていくごとに級数はf(x)に近づいていく。そのようすを示すグラフが下の図である。

 せっかくだから、nを増やしていくごとに波形がどう変化していくかをアニメー ションで見せた。n=1からn=20まで変化してくところ。

δ=1の場合と、δ=0.5の場合。グラフでtと書いてあるのがn。δが小さい(矩形の広がりが 小さい)と、同じ数の波を足しても矩形に近づいていないことが見て取れる。

 δが変化すると、重ね合わせる波も変化していく。重ね合わせる波の振幅を表すのが係数a_m=(sin mδ)/mであるが、a_mの様子をグラフにしたのが下のグラフである。

 

 δが小さくなると、より大きいmの波をたくさん加えなくてはいけないことがわかる。これはつまり「小さい矩形波を作るためにはより波長の短い波を 重ね合わせなくてはいけない」ということである。逆に、矩形より大きい波をいくら足しても矩形が作り出せないことは容易にわかる。

 実際にはグラフの通り、波長が無限に小さい波までをどんどん足していかなくてはいけないのだが、おおざっぱに考えるとmδ =2πとなるまでを取れば、だいたいの形は再現できると考えていいだろう。つまりm=0からm=(2π/δ)までの広がりのある波を足し合わせていると考 える。波長はλ={2π/ m}で表され、p= (mh/2π)となることから、今足している波はΔ p = 2×(h/2π)×(2π/δ)= 2h/δ ぐらいの幅を持つ。一方、矩形波が存在している幅Δxは2δである。つまり波束の幅を縮めれば波数の幅が広がり、波数の幅を縮めれば波の広がりが大きくな る。この場合はΔ x Δ p=4hとなり、不確定性関係に則している。

 不確定性関係は、「Δ xとΔ pの積がhより大きい」という述べ方をするとずいぶん神秘的に聞こえるが、いったん波動力学的立場を認めて、「Δ xとΔ(1/λ) の積が1 より大きい」という述べ方をすれば不思議でもなんでもない関係であることがわかる。

 調子よく説明した後で、5.3節後半のプリントを配ってなかったことを指摘された。ああなんというポカを (;_;)。来週、もう一度グラフ見せながら説明をやり直す予定。

学生の質問・コメントから

 波を重ねあわせて四角くなるのに驚いた。フーリエ級数って便利ですね(同様のコメント多数)
 フーリエ級数や、これの親戚筋にあたる直行関数展開というのを、これから量子力学でよく使います。

 不確定性関係というのは、へんなやつだと思いました。ほのてゃ、人間が観測できないだけで、一点に物質 はあったりして。
 そういう考え方は「隠れた変数理論」というのですが、実験的には否定されています。ものすご〜くや やこしい理論で「実際は粒子は1点にいる」という考えかたもあるけど、主流ではありません。

 波のグラフって歯ぐきみたいですね。
 確かに。何かの牙のようにも見えます。

 ΔxΔpですが、どんな時が一番精度よく測定できるので すか?
 minimum packetというのがあって、exp(-αx^2)のようなガウス関数型の時です。後期の授業の中で触れると 思います。

 不確定性関係というのはフーリエ級数を使うと出てくる関 係なのですか?
 いえ、フーリエ級数を使ったから出てきたというより、運動量の幅Δpを考えるのにフーリエ級数を使うのが適当なので使ったのです。フーリ エ級数の各項は、決まった運動量を持った波になっています。だから、関数を表すのにどれくらいの級数項が必要かということは、運動量の広がりと直結してい るというわけです。

 

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