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 今日は前回説明しそこなった部分を再度説明しつつグラフを見せたりしたので、主に復習に時間を費やしてし まった。復習の中で出た質問。

 その箱型の波(前回の最後の方参照)が電子だとして、その波の形は見えるんですか?

 「見る」というのは、「光を当てて反射してきた光を目(レンズ)で集める」ということです。その光 の波長がこの箱のような波よりも長いような場合、反射してきた光は「箱の形」の情報を持てません。だから、見えるとは言えません。じゃあと波長の短い光を 当てると、先週話したガンマ線顕微鏡みたいに、この電子を跳ね飛ばしてしまいます。

というわけで、以下の5.4節は時間の関係で省略。とりあえず講義録には載せておくことにする。

5.4 直交関数系という考え方

前節で計算したフーリエ級数は「直交関数系」というものの基本的な例である。直交関数系は今後も量子力学でよく使うので、その意味するところを説明 しておく。

フーリエ級数の各成分にあたるcos mx, sin nxは違うもの同志をかけて積分すると0になるという性質を持っていた。これは、直交座標系の基底ベクトル\vec e_x,\vec e_y,\vec e_zが自分自身以外との内積が0であること

\vec e_x\vec e_y=\vec e_y\vec e_z=\vec e_z\vec e_x=0

に似ている。そういう意味で、このような関数列を「直交関数系」と呼ぶ。つまり、1,sin x,sin 2x,sin 3x,…, cos x, cos 2x, cos 3x,… が関数の「基底ベクトル」にあたるものなのである。関数がベクトルになる、と言われると不思議な感じがするが、以下のように考えると良い。

 関数というのは、「数字x(-πからπまでから選ぶ)を一つ選ぶと一つの数A(x)が決まる」という関係を表現したものである。

 xが連続的に変化する量だとするとベクトルと対応つけにくいので、Δという刻み幅を持って不連続に変化する量だとしよう。すると、関数A(x)と いうのは、全部で{2π/ Δ}個あるxの一個一個に対して対応するA(x)の値を与えるもの、ということになる。これを数式で表現すれば、

( A(π),A(π+Δ),A(π+2Δ),…,A(-Δ),A(0),A(Δ),…,A(π-Δ),A(π) )

のような数列である。後でΔ→0とするから、「全部で(2π/Δ)個」というのは事実上無限個だと考えることができる。この一個一個のA(x)をベ クトルのx成分、y成分のように考えれば、「関数A(x) は無限個の成分を持つベクトルである」と考えることができる。つまり、「A(-π)はベクトルAの-π成分(第1成分)」、「A(-π+Δ)はベクトルA の-π+Δ成分(第2成分)」のように考えるのである。

 二つの関数をかけて積分する、ということはこの無限成分ベクトルの内積をとっていることに相当する。実際関数A(x)と関数B(x)を上と同様に ベクトルで表現して内積をとってみると、\vec A\cdot\vec B=A_x B_x+A_y B_y A_z B_zとなるのと同様に、

となるが、これにΔをかけてからΔ→0という極限を取れば、

\lim_{Δ → 0} Δ \left( A(-π)B(-π)+ A(-π+Δ)B(-π+Δ)+… + A(π)B(π)\right)= \int_{-π}^π dx A(x)B(x)

となってこれは積分の定義そのものである。つまり、「二つの関数をかけて積分すると0」ということは、関数=無限成分ベクトルと見る立場では「二つ の無限成分ベクトルの内積が0になる。すなわち、直交する」と見ることができる。

 あるベクトル\vec A = A_x \vec e_x +A_y \vec e_y +A_z \vec e_zがあった時、A_xを求めたいと思え ば、

\vec e_x\vec A=\vec e_x・(A_x\vec e_x+A_y\vec e_y+A_z \vec e_z )


のように、\vec e_xをかけることで求めることができる。\vec e_xをかけると\vec e_y,\vec e_zの部分(y成分とz成分)が消えて しまうおかげで、x 成分だけを取り出すことができるのである。

関数に対してもこれと同様のことが行ったのが、前節でa_n,b_nを求めた計算であった。

 ここでは三角関数の列を「基底ベクトル」として用いたが、問題によっては他の関数列を使った方が計算が簡単になる場合もある。量子力学ではこのよ うに関数を直交関数系を使って分解する、ということをよく行うが、フーリエ級数はその基本的な例である。

 この5.5節についてはまた波のグラフのアニメーション見せながら説明した。

5.5 波の群速度と位相速度

 前節で書いたように、一般の波はいろんな波長を持った波が重なったものと考えることができる。そして、波の重なりによってできた「波の塊」が我々が粒子 として感知するものであろうと考えられる。この「波の塊」を波束(wave packet) と呼ぶ。波束がどの程度の速さで進むのかを考えてみよう。

 今、波数( (2π/波長)で定義される)がkで、角振動数(2π×振動数で定義される)がωであり、x軸正方向に進行している波を考えると、その波はe^(ikx- iωt)のような式で表すことができる。この波の速度はv_p = k/ωである。この式の形から、時間がΔ t増加すると位相がω Δ t減少すること、x軸正方向にΔ x移動すると位相がk Δ x増加することがわかる。波の同位相の点は、kΔx = ωΔtを満たす場所に移動する。つまり、Δx/Δt = k/ωである。

この速度v_pはe^(ikx-iωt)で表される波の、同位相の点がどのように動いていくかを示す 速度なので「位相速度」(phase velocity)と呼ぶ。そしてこれは「波束の動く速度」とは一致しない。そもそも、e^(ikx-iωt)と いう波は、宇宙の端から端まで(x=-∞からx=∞まで)常に同じ振幅1で振動している波であって、そもそも波の「塊」になっていない。

 時間の都合で、ここからのf(k)を使った波束の話は飛ばしましたが、ちょっと急ぎすぎてわかりにくくなっ たかも。

 波束を作るには、いろんな波長の波(いろんなkの波)を足し合わせなくてはいけない。ある波の塊が

   ∫dk f(x) e^ik x - iω(k)t                (5.22)

のように、いろんなkを持つ波の和で書かれているとしよう。f(k)は、いろんなkの波をどの程度の重みをもって足し算していくかを表す関数であ る。ここで、ωをω(k)と書いてkの関数であるとした。ω とk にはなんらかの関係があるのが普通である(「分散関係」と呼ぶ)。

この波がk=k_0を中心としたせまい範囲でだけf(k)≠0であるような波だとする。そのような時は

ω(k)=ω(k_0)+ (dω/dk)(k-k_0) + …

と展開して、…で示した(k-k_0)^2のオーダーの項は無視できる。それを(5.22)に代入すると、

e^{ik_0 x - iω(k_0)t} \underbrace{ \int dk f(k)e^{i(k-k_0)x - i{dω/ dk}(k-k_0)t}}_{x-{dω / dk}tの関数}

となる。この後ろの部分はx-{dω / dk}tの関数になっているので、これをF(x-{dω/ dk}t)と書くと波は

e^ik_0 x - iω(k_0)t F(x- (dω/dk)t)

と書ける。つまり、F(x-(dω/dk)t)という場所によって違う振幅を持っている、e^{ik_0 x - iω(k_0)t}という波であると考えることができる。

 この振幅の部分はF(x)という関数をx方向に{dω(k)/ dk}tだけ平行移動させたもの、と考えることができる。ゆえに、この振幅は

v_g = (dω(k)/dk)

という速度をもって移動していることになる。この速度v_gを群速度(group velocity)と呼ぶ。

 非常に単純な例として、波数k-Δ kで角振動数ω-Δ ωの波と波数k+Δ kで角振動数ω+Δ ωの二つの波が重なった場合を考えよう。この二つの波を同じ振幅として足すと、

  e^{i((k-Δ k)x-(ω-Δ ω) t)} + e^{i((k+Δ k)x-(ω+Δ ω) t)}=  e^{i(kx-ω t)}\left(e^{-{i}(Δ k x- Δ ω t)}+e^{{i}(Δ k x- Δ ω t)}\right)=  2e^{i(kx-ω t)}cos \left({Δ k x- Δ ω t}\right)

となる。

 cos(Δkx- Δωt)が一般論におけるF(x-{dω/ dk}t)に対応し、この部分の速度は{dω/ dk}である。

このような波は空間全体に広がるので波束とは言えないが、振幅がcos(Δkx- Δωt) であるから、(π/Δk)の幅のこぶができ、そのこぶが(Δω/Δk)という速度で進行していくことになる。この波の実数部分をグラフ化して示したのが次 の図である。

 授業ではこれもアニメーションで見せた。アニメーションのjavaアプレットを作ったので、見たい人はこちらのページをどうぞ。生徒の半分ぐらいは位相速 度が半分になっていることがよくわかった様子(残り半分は不思議そうに見ていた)。櫛の歯にあたる小さい波が前進しつつも、大きなこぶの中では後退してい ること、つまり大きなこぶの波の方が速いことを確認して欲しい。櫛の歯の速度が位相速度、こぶの速度が群速度である。

 群速度を求めるには、前に解析力学と波動力学の関係を述べる時に使った「いろんな波が重なる時には位相が極値になっている波が生き残る」という考 え方と本質的に同じ方法を使ってもよい。つまり位相φ=kx - ω t をkで微分して0とおけば、

x - (dω/dk)t =0

となってv_gの式を得る。群速度というのは「波の振幅が大きくなっている部分」の進行速度であるが、振幅が大きくなるため には、その波束を構成している一個一個の波e^iφの位相がそろっていればよい。

 ド・ブロイ波の場合、k=(2π/λ)でω={h^2/ 2mλ^2} であるから、ω(k)= {hbar k^2/ 2m}となり、位相速度は

 v_p = { (h^2/2mλ^2) / (2π/λ) }=   (h/2mλ) = \hbar k/ 2m

であり、群速度は

 v_g = {d/ dk}\left({hk^2/ 2m}\right)= {hk/ m}={h/ mλ}

である。

 この当たりの式、テキストではhbarのバーが抜けたりしてました。正解は上の通り。

 つまり、v_g = 2v_pである。この式からmv_g = (h/λ) が成立していることがわかる。つまり、波束を粒子と見た時の運動量mv_gが(h/λ)に対応する。このように波の伝 わる速度には2種類あるが、古典力学での粒子の運動と対応しているのは群速度の方である。

学生の質問・コメントから

 左右から逆位相の波(一方は一つの山、もう一方は一つの谷)がやってきたとします。すると二つの波がぶ つかった時に一瞬波が消えて、また何事もなかったようにすりぬける、というようなことは起きますか?
 実数の波ならそういうことは起こるんですが、量子力学での波は複素数なので、逆向きに進む二つの波(一方はexp (ikx)、もう一方はexp(-ikx))が足し算されてもcosなりsinになりになるだけで、広い範囲でゼロにはなりません。

 位相速度は観測できるんでしょうか?
 直接位相を観測するということはできないですが、間接的に位相速度を知ることはできます(干渉を起 こさせるとか)。

 位相速度って何のためにあるんですか?
 波全体としての運動(群速度)と、局所的な波の山の運動を区別するためです。

 重ね合わせる波の速度が同じ時はどうなりますか?
 その場合は位相速度と群速度は一致します。

 群速度と位相速度は、どんな波にでもあるのですか?
 全ての波の位相速度が一致しているような場合以外は、どんな波でも起こりえることです。真空中の光のように、波数に関係なく速度一定の場 合は、群速度と位相速度に差があらわれません。

 

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