第11回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る 第13回へ

 

 前回のアンケートで「群速度の意味がわかりにくい」という声が多かったので、もう一度動くグラフを見せた。そのグラフはJavaアプレットで作った。見たい人はこちらをどうぞ。

 

第6章 Schrödinger方程式と波動関数

6.1 Schrödinger方程式

 いよいよ我々は、量子力学の基本方程式と言って良いSchrödinger方程式に到達する。

 量子力学の初期段階において、量子化という作業の手がかりとなったのは、プランクの関係式からアインシュタインが光量子のエネルギーの式として出した

E=hν

と、ド・ブロイの関係式

p= h/λ

である。この2式は光や物質で一般に成立する。

 ところで、振動数νで波長λをもち、x軸の正方向へと伝播する波は

ψ_λ= e^{2¥pi i({x/λ}-νt)}

という式で表すことができる。この式で表される波は平面波であって、宇宙の端から端まで同じ振幅で振動している波である。実際にできるのはこれらの波のいろんな波長のものを足し算したものになるであろう。

 今からつくる方程式は線形方程式(変数に関して1次の量のみを含む方程式)であることを要求する。線形であれば、解の重ね合わせができる。つまり、Aという解とBという解を見つけたならば、α A+β B(α,βは適当な定数)も解である。したがっていろんなλに対してψを求めれば、その重ね合わせでさらにたくさんの解を作ることができるであろう。これを「重ね合わせの原理」(principle of superpostion)と呼ぶ。前章で考えたことからすると、重ね合わせの原理は量子力学でも成立していて欲しい。

 逆に重ね合わせの原理が満たされているならば、複雑な波も簡単な平面波の重ね合わせで表現できるということになるので、とりあえず平面波をとりあげて考えていけばよいことになる。

 というわけで一つの関数ψを考えるわけだが、この前では

p →-i{h/2¥pi}{¥partial /¥partial x} =-i{¥hbar}{¥partial /¥partial x} (6.4)
E → i{h/2¥pi}{¥partial /¥partial t}= i{¥hbar}{¥partial /¥partial t} (6.5)

という置き換えができる。

【問い43】実際に演算子(6.4)と(6.5)を平面波を表すψにかけてやって、運動量やエネルギーが出ることを示せ。また、ψの式をp,Eを使った形で書き直せ。

 古典力学においては、エネルギーはハミルトニアンH(p,x)として、運動量や座標の関数として表された。量子力学におけるエネルギーE=i¥hbar {¥partial /¥partial t}も、同様に運動量や座標と関係付けられるはずである。その関係を、波動方程式の形で表したものがシュレーディンガー方程式なのである。

 非相対論的な古典粒子の場合、E=H=(p^2/2m)+V(x)であるから、そのような粒子を表す波は

 i¥hbar{¥partial/¥partial t}ψ = (-{¥hbar^2¥over2m} {¥partial^2 /¥partial x^2}+V(x))ψ (6.6)

のような方程式を満たすであろうと考えることができる。これがシュレーディンガー方程式である。このψは複素数で表され、「波動関数」と呼ばれる。

 より一般的には、解析力学の手法にのっとって、一般化座標q_iとそれに対する運動量p_iを使ってハミルトニアンH(p_i,q_i)を書き下し、p_i= -i¥hbar {¥partial /¥partial q_i}と置き換えたうえで

 i¥hbar{¥partial /¥partial t}ψ = H¥left(-i¥hbar{¥partial /¥partial q_i},q¥right)ψ

としたものが波動関数となる。一般化座標q_iには、x,y,zの他、θ,φのような角度座標も入ってくる。角運動量pはφに対する運動量であるから、-i¥hbar{¥partial /¥partial φ}のように置き換えられる。

6.2 なぜ波動関数ψは複素数なのか?

 よく出る質問(FAQ)なのでテキストのここに書いてしゃべったのだが、学生さんの反応から判断するに、この話は「ψって何?」という部分の話を充分やってからやるべきだったな、と思う。

 シュレーディンガー方程式の波動関数は、複素数であることが不可欠である。その理由を知るために、話を少し古典力学に戻す。

 古典的なニュートン力学で、粒子の運動をどのように解いていたかを思い出そう。「運動を解く」とは、任意の時間における粒子の座標¥vec x(t)を求めることである。

 ニュートン力学の中心となる方程式は運動方程式

 m {d^2 ¥vec x(t)/dt^2}= ¥vec f

である。¥vec x(t)の2階微分がこの式によって決定されるので、この式を2回積分すれば、それより未来の全ての時間での¥vec x(t)を計算することができる。そのためには初期値としてある時刻での¥vec x(t){d¥vec x(t)/dt} を与える必要がある。

 つまり古典力学は2階微分の方程式であるがゆえに、一つの座標¥vec x(t)に対して二つの初期条件が必要になった。古典力学でも、ハミルトン形式では基本方程式は正準方程式

 {dp(t)/dt}=-{¥partial H/¥partial x},‾‾‾‾‾‾ {dx(t)/dt}={¥partial H/¥partial p}

であり、これは1階微分方程式である。しかしこの場合は力学変数が座標と運動量の二つに増えていて、初期値はやはり、x(t),p(t)の二つについて与える必要がある。

 一方、量子力学では運動量p(t)がド・ブロイの式によって波長λと関係付けられている。そしてこの波長というのは、ある瞬間の波の形から決まるものであるから、量子力学における運動量は、ある瞬間で定義されているものである。これは古典力学との大きな違いである。古典力学の運動量は

p(t)=mv(t)=¥lim_{¥Delta t¥to0}{m(x(t+¥Delta t)-x(t))/¥Delta t}

と表される。p(t)はΔtという(短い)時間間隔の間での引き算で定義されている。

力学変数 基本方程式 初期条件
古典力学(ニュートン)

x_i(t)

 m { d^2 x_i /dt}=f_i

x_i(t=0),(dx_i/dt)(t=0)

古典力学(ハミルトン)

x_i(t),p_i(t)

 {dp_i(t)/dt}=-{¥partial H/¥partial x_i}, {dx_i(t)¥over dt}={¥partial H/¥partial p_i}

x_i(t=0),p_i(t=0)

量子力学

ψ(¥vec x,t)

 i¥hbar {¥partialψ(x,t) /¥partial t}= H ψ

 ψ(¥vec x, t=0)

 シュレーディンガー方程式は1階微分方程式なので、ψ(¥vec x(t),t)の中には、x,pに対応する量が両方入っていなくてはいけない。

 さて、ではψが複素数でなくてはならない理由を説明しよう。もしψを実数で表すことができたとする。簡単のため1次元問題で考えると、xの正方向へ進行する波は

A¥sin ¥left( 2¥pi ¥left({x/λ}-ν t¥right)+α ¥right)       (6.11)

のように書けるだろうし、逆方向へ進行する波は

 A¥sin ¥left( 2¥pi ¥left({x/λ}+ν t¥right)+α ¥right)                    (6.12)

と書けるだろう(実際にそこにある波はいろんな波長、いろんな振動数の重ね合わせになっているだろうけれど)。

 ところがこの二つ、(6.11)と(6.12)は、t=0にしてしまうとどちらも

 A¥sin ¥left(2¥pi {x/λ}+α¥right)

となって区別がなくなってしまう。つまり、実数の波で考えた場合、初期状態の中に波の進行方向という情報が入らなくなってしまうのである。複素数であれば、

 Ae^{2¥pi i¥left({x/λ}x-ν t¥right)}

 Ae^{2¥pi i¥left(-{x/λ}x-ν t¥right)}

はt=0にしても、

 Ae^{2¥pi i{x/λ}x}および Ae^{-2¥pi i{x/λ}x}

というふうに違いが出る。つまり、初期値(t=0での瞬間の値)の中に「運動量の向き」という情報が含まれるようにするためには、複素数であることが必要なのである。

 複素数の方はxを反転(→-x)しているのに、実数の方はtを反転(→-t)しているのはなぜですか?
 xを反転させてもtを反転させても、どっちでも「逆向きの波」を作ることはできます。ところが「xを反転させて作った波」と「tを反転させて作った波」では、sinの中身の位相がちょうど反転するだけで、関数としては同じものになります。ただし、複素数でtを反転させてしまうとエネルギーの符号がひっくりかえって具合いが悪いので、xを反転させるしかありません。両方とも、xを反転させる話で統一すべきでしたね。

 e^{-2¥pi iν t}という形の式になっているので、ある一点に着目すると、波の位相は常に減少していく。よって上の図のように実部と虚部が変化する(たとえば実部が最大値(プラス)を迎えた後、虚部が最小値(マイナス)を迎える)ためには、波がどっち向きに動かなくてはいけないか、と考えれば波の進む向きがわかる。

 ここで、 Ae^{2¥pi i¥left( ¥pm{x/λ}x+ν t ¥right)}のような形の波は考えなかったが、これはマイナスのエネルギーを持っていることに対応するので、物理的には出てこない。

 電気回路の問題で交流を考える時にもI_0¥cos ω t¥to I_0 e^{iωt}と拡張して電流を複素数化して計算することがあったが、あれはあくまで計算の便法であり、付け加えられた虚数部iI_0¥sinω tには物理的意味はない。しかし量子力学での波動関数の虚数部は、立派な物理的意味がある。

なお、正確には、波の方向を表すものが波動関数の中に入ってくるようになってさえいれば、波動関数が複素数である必要はない。しかし、実数1成分の場では波の方向を表すものは作れない。たとえば電磁波は実数の波であるが、常に電場と磁場という二つの場がセットになって出てきており、波の進む方向は¥vec E¥times¥vec Hの方向として求めることができる。電磁波のうちある一瞬の電場部分だけ(あるいはある一瞬の磁場部分だけ)を見たのでは波の進む方向はわからない。電場と磁場の両方を見ると、「電場→磁場」とねじを回した時に右ネジの進む向きが電磁波の方向であるとわかる。

 つまり波の進行を表すためには、複素数というよりは実数2成分分の自由度が必要なのである。波動関数も、複素数で書くのがどうしても嫌なら、実数2成分の関数を使って表すこともできる。ただしその場合、運動量は行列で表されることになって計算がややこしくなる。

 余談ではあるが、相対論的にはエネルギーと運動量の間には、

E^2 = p^2 c^2 + m^2 c^4

という関係式が成立する。Schrödingerは最初この方程式を波動方程式に焼き直して

¥left( -¥hbar^2 ¥left( -{¥partial^2 /¥partial t^2}+c^2{¥partial^2 /¥partial x^2} ¥right)+m^2 c^4 ¥right)φ=0¥label{kg}           (6.18)

という式を作ったそうである。ところがこれを使って電子の運動を計算してみると、実験にあった答えが出なかったので、非相対論的な式である(6.6)を作った。

 この相対論的な方程式(6.18)は後に電子ではない、別の粒子に対する波動方程式として使われ、クライン・ゴルドン方程式と呼ばれている。クライン・ゴルドン方程式は2階の微分方程式なので、φは複素数である必要はない。その代り、初期値はφとφの時間微分、二つを与える必要がある。電子の相対論的方程式としてはディラック方程式という、全く別の式があり、相対論的な計算ではそちらを使う必要がある。クライン・ゴルドン方程式は実験に合わないと上で述べたが、ディラック方程式はぴったり実験に合う。

学生の質問・コメントから

 なぜ負のエネルギーが出てくると物理的におかしいのですか?
 負で、しかも底無しのエネルギーがあると、「物体はエネルギーの低い方に行きたがる」という原則に従ってどんどん物体がその負エネルギー状態に落ち込んでしまいます。とにかく、エネルギーには「最低点」が必要なのです。普通、その最低点をエネルギーの原点にします。

 なぜ複素数の波だと未来の波の形がわかるのでしょうか?
 複素数の波は、

exp(ikx-iωt)=cos(kx-ωt)+i sin(kx-ωt) = cos(kx-ωt)+ i cos(kx-ωt-π/2)

と書けます。この時虚数部は実数部よりπ/2位相が小さくなっています。これは時間にしてπ/2ωの差で、「実数部分のπ/2ω未来の姿を表すのが虚数部」と考えることができます。こうして一つの波を見るだけで未来の波の予測が可能になります。

 シュレーディンガーが最初に作った方程式なのにクライン・ゴルドン方程式という名前なのはシュレーディンガーがかわいそう。
 シュレーディンガーは、自分の名前のついた方程式が一つあるんだからいいんじゃないでしょうか。プランクは「ボルツマン定数と呼ばれているkも、あなたが最初に作ったんじゃないですか?」と言われて「私は定数二つもいりません」と言ったという話です。

 この他にも「ψってなんだぁ」「縦波でも横波でもない波ってなんだぁ」「複素数はきらいだぁ」などの混乱したコメント多数。

 

私もねぇ、通ってきた道なんだよねぇ。

 

第11回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る 第13回へ