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6.3 波動関数の意味

 これで方程式ができたが、ではこの方程式の解となる、ψとはいったい何なのか。

 ヤングの実験(第1章を参照)の類推から考えよう。ヤングの実験では光を使い、電場や磁場が重ね合わされた結果の干渉により、干渉縞ができる。電場¥vec E_1と電場¥vec E_2が重なると¥vec E_1+¥vec E_2という電場ができる。この電場の持つエネルギー密度は

 {1/2}¥epsilon_0 (¥vec E_1+¥vec E_2)^2={1/2}¥epsilon_0 (¥vec E_1)^2+{1/2}¥epsilon_0 (¥vec E_2)^2+¥underbrace{ ¥epsilon_0¥vec E_1¥cdot¥vec E_2}_{干渉項}

となる。最後の項が二つの電場が重なったことによって強めあったり弱めあったりする効果の表れる項である。古典電磁気学で考えれば、この干渉項がプラスとなる部分は強い光となり、マイナスとなる部分は弱い光となる。

 量子力学的に考えれば、この電場や磁場はたくさんの光子によって作られているものである。そしてそのエネルギー密度がρ hνというふうに、光子の個数密度ρに光子一個あたりのエネルギーhνをかけたもとして書くことができるだろう。つまり、電磁場の場合は

(電場)^2 + (磁場)^2 ∝ (光子数の密度)

のような関係がたっている。そこで一般の波動関数もこの類推で、

(ψ の実部)^2 +(ψ の虚部)^2 ∝ (粒子の数密度)

のような関係が成立するだろうと考える。

(ψ の実部)^2 +(ψ の虚部)^2はψ=ψ_R+iψ_I_R_Iはどちらも実数)と書けばψ^*_R-iψ_Iなので、

ψ^* ψ = (ψ_R + iψ_I) (ψ_R - iψ_I) = (ψ_R)^2 + (ψ_I)^2

となって、ψ^*ψと書くことができる。これは複素数ψの絶対値の自乗になっている(ψ=Re^iθと書いたならば、ψ^*ψ=(Re^-iθ)(Re^iθ)=R^2)。

 上では粒子の数密度だと書いたが、今考えている系に粒子が一個しかないような場合(この後考えるのはたいていこのような系)、数密度と考えるより、その粒子がここにいる確率密度と考えた方がよい。実際、ヤングの実験であっても、一度に一つしか光子がこないような弱い光で実験しても明暗は表れる。つまり、波動関数というものを「粒子がたくさんいて、そのたくさんいる粒子の密度を表すもの」と考えるのは実験にそぐわない。実際に粒子を見つけようとすると、どこか一点に見つかる(ヤングの実験であれば、スクリーンのどこか一カ所だけが感光する)。

シュレーディンガー本人は、電子などの粒子が実際に広がっていて、|ψ|^2は密度そのものだと思っていた。ゆえに彼は確率密度という解釈には反対していた。しかし、ψを実体のともなった密度のようなものだとすると、波を分割することで「電子{1/2} 個」が作れてしまうことになるが、そんな現象は決しておきない。たとえ波動関数が二つに分かれたとしても、電子はどちらか片方で一個見つかるのである。よって、(非常に気持の悪い解決法なのではあるが)波動関数は「一個の粒子がどこで見つかるか」という確率を表すものであると考えなくてはならない。これを確率解釈と言う。ヤングの実験の場合でも、スクリーンにあたるまでは光子の波動関数は広がっており、あたると瞬時に一点のみに光子が表れる。このように波動関数の広がりが小さくなることを「波動関数の収縮」と言う。

 以上のように、波動関数の絶対値の自乗ψ^*ψがその場所に粒子がやってくる確率に比例するだろうと考えられる。「比例」ではなく厳密に「確率密度」にするためには、

 ∫_{考えている全空間}dx ψ<SUP>^*</SUP> ψ = 1

となるようにしておけばよい。このようにすることを規格化(normalization)と言う。

 簡単のため、以下ではしばらく、空間をxの一次元として、その範囲は[-π,π]であるとして、x=-πとx=πは同一点であるとして考える(円周上に伝わる波と同様である)。同一点であるからψ(-π)=ψ(π) という周期的境界条件を置く。より一般的な範囲については後の章で考える。

【問い44】以下のような関数で表される波動関数を考える(考える範囲は[-π,π]としよう)。それぞれを規格化し、確率密度のグラフの概形を書け。
(a)ψ(x)=sin(x)
(b)ψ(x)=e^inx (nは整数)
(c)ψ(x)= x (for x≧0)
 ψ(x)= -x  (for x<0)

 量子力学では、波動関数が与えられても、「粒子がどこにいるか」は判定できない。「このあたりにいる確率は80%」というような曖昧な予測しかできないことになる。そのような予測ができないのは「観測機器が悪いから」とか「誤差が入ってくるから」というような二次的な理由からではない。すでに何度か述べたように、物質波はいろんな波の重ね合わせでできている。つまりもともと波動関数は「いろんな状態の重ね合わせ」であり、何かを観測した時にその状態のうち特定のものが選ばれることになる。そして、どの状態が選ばれるのかを決める方法がないのである。

 ここで「最初から決まっていてどれだかわからないんじゃなくて、観測されて始めてどこにいたかが決まる。それを確認する実験もある」ということを言ったところ、当然ながら「どんな実験ですか?」と質問が。アスペの実験とかベルの不等式とかを今の段階で理解できるようにしゃべるのは無理なので、とりあえず名前だけ教えて「勉強してください」と答えた。

 このように量子力学で計算できるのが確率だけであることには昔から批判が多かったが、いろんな実験からこのような解釈が妥当であることは確認されている(量子力学の解釈は一つではなく、他にも多世界解釈とか、ボームによるパイロット波による理論などもあるが、確率解釈に比べるとマイナーである)。波動関数がどのように収縮するのか、そのメカニズムは何なのかということも古くから論争の種であって、いまだ決着がついているとは言えない状況である。とりあえずその難しい部分に踏み込むのはやめて、波動関数を確率と解釈する枠組みで考えて、シュレーディンガー方程式がどのような物理を記述することになるのか、それを考えていこう。

6.4 座標の期待値と分散

 ある物理量Aがある値A_iを取る確率がf_i(iはいろんな現象を区別する添字であるとする)である時、

<A> = Σ_i f_i A_i

で計算される量を「Aの期待値」と呼ぶ。たとえば100分の1の確率で1000円あたり、10分の1の確率で100円あたるクジであれば、もらえる賞金の期待値は

 f_{1000円当り}× 1000 + f_{100円当り}× 100 + f_{外れ}× 0 = {1/ 100}× 1000+ {1/ 10}× 100 +{89/100}× 0 = 20

となる。量子力学では確率しか計算できないので、物理量そのものではなく、物理量の期待値が計算できることになる。ここではiという不連続な添字で物理量のいろんな値を表したが、連続な変化をする場合ももちろんある。

 粒子が位置座標xからx+dxの間に存在している確率は|ψ(x)|^2dxであるから、期待値<x>は、

<x> = ∫ dx ψ^*(x,t) x ψ(x,t)

のようにして計算することができる(ただしψは規格化されていなくてはならない)。ここでxをψ^*とψの間に置いているが、この場合は別に xψ^*ψでも、ψ^*ψ xでもよい。

 波動関数が一つの山の塊(波束)を持つような時、<x>はまさにその山の中心を指し示すことになる(複数個の塊があるならばその平均のところにくる)。

 単純な矩形波

のような場合(ここでは時間依存性を無視している。実際には、このような波は時間がたつと形を変えていくはずである)、

 ∫ dx ψ^* x ψ = ∫_{a}^{a+δ}dx {1/ δ} x ={1/ δ}[{x^2/2}]_a^{a+Δ}={1/ 2δ}((a+δ)^2-a^2)={1/ 2δ}(2aδ+δ^2)= a+{δ/2}

となって、確かに波の中心である。

 古典力学で「粒子の位置」と我々が観測するものはこのような<x>である。ただし、たいていの場合波の広がりは測定機器の誤差の中に埋もれてしまう。

【問い45】[問い44] で計算した波動関数それぞれの場合について<x>を計算してみよ。

 同じ期待値であっても、波動関数の広がり具合いが違う場合があるので、その広がり具合いを判断する基準として「分散」という量がある。分散は、期待値との差の自乗を確率密度の重みをつけて足し算したもので、数式で書くならば、

<(A-<A>)^2>=<A^2-2A<A>+(<A>)^2> = <A^2>-(<A>)^2

となる。

 xの分散を(Δx)^2と書いて

(Δx)^2 = ∫ dx ψ^* (x-<x>)^2 ψ

のように計算する。もし、今考えている波動関数がデルタ関数的なもの(つまり、ある場所xでのみ0でなく、他の場所では0であるようなもの)であったならば、xと<x>が一致する場所にしか粒子がいないということであるから、Δx=0である。<x>から離れた場所に粒子が存在すればするほど、Δxの値は大きくなっていく。

 さっきの矩形波の場合で計算しておくと、

 ∫ dx ψ^* x^2 ψ = {1/ δ}[{x^3/ 3}]^{a+δ}_a= {1/ 3δ}((a+δ)^3 - a^3)= {1/ 3δ}(3a^2 δ + 3aδ^2 + δ^3)= a^2 + aδ + {δ^2/ 3}

となり、分散はこれから(<x>)^2=(a+{δ/2})^2を引くので、

Δ x^2 = a^2 + aδ + {δ^2/ 3} -(a+{δ/2})^2 ={δ^2/3}-{δ^2/ 4}= {δ^2/ 12}

となる。Δ x={δ/ 2¥sqrt{3}}ということで、波の幅に比例した答えが出てくる(あくまで目安なので、ぴったりδにならないからと目くじらをたてることはない)。

【問い46】[問い44] で計算した波動関数それぞれの場合についてxの分散<x^2>-(<x>)^2>を計算してみよ。計算する前にどの場合が分散が一番大きくなるか、予想をしてから計算してみること。

 

学生の質問・コメントから

 シュレーディンガーは方程式作ったときに波動関数の意味は考えてなくて、他の人がψの解釈を作ったら納得いかなくて、すねたってことですか?
 考えてなかったわけじゃなくてシュレーディンガーはシュレーディンガーなりに考えたんだろうけど、それとは違う解釈が主流になったことは気に食わなかったのかもしれません。

 確率密度が納得できません。観測するまでどこにいるのか決まらないということは、例えば机の上の消しゴムもどこにいるかわからないってことですよね。でもその範囲は古典力学では気にならないほど小さいってことですね?
 古典力学で気にならないというか、我々の眼の分解能より遥かに小さいサイズで揺らいでいると考えればいいでしょう。そして観測するたびにその精度の中で位置が確定しているわけです。

 シュレーディンガーやアインシュタインが納得できなかったものを、理解しないといけないのですか? すごく自信がないのですが。
 19世紀に生まれた人たちが納得できなかったからと言って、21世紀に生きる若者が心配することはない。今の世の中、周りにあるものは量子力学で動く機械ばっかです。ずっと、量子力学を納得しやすい状況なのです。

 波動関数で計算して求めただいたいの位置というのは、そこにある可能性が高いということですよね? ということはそれとはずれた位置に現われることもあるのですか?
 はい、もちろんあります。古典力学で計算したら出てこれないはずの場所に忽然とあらわれることもあります。

 初等量子力学の試験の日は、熱力学と熱力学演習の試験もあります。優しい前野先生は、簡単な問題にしてくれるんだろうなぁ。
 私は優しいので、追試の準備をしておきます。

 一個の粒子が二重スリットを通って干渉すると、一箇所に粒子が見つかる。では粒子はスクリーン全体に来ているのか、一ヶ所に来ているのか、どっちでしょう?
 スクリーンに当たる直前は全体に、当たった後は一ヶ所に、というふうに「波動関数の収縮」が起こる、と考えます。

 

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