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20世紀初頭の物理学者たちがいかにして「光は粒子でもある」という認識を得るにいたったかを説明するために、まずはプランクが1900年に発表 した黒体輻射の研究について述べよう。これが量子力学の始まりなのである。
19世紀末、プランクが研究していたのは黒体輻射もしくは空洞輻と呼ばれる現象である。この研究はもともと溶鉱炉の中がどの温度でどんな色に見えるかとい う疑問から始まった。実際どうなるかというと、低温では赤く光るのだが、温度があがるにしたがって橙、黄、白と白っぽくなっていく。そしてさらに温度があ がると今度は青白くなる。これは実は恒星の色と温度の関係とほぼ同じである。
だから緑色の恒星なんてのはないのです。
どうしてですか?
可視光の真ん中あたりだけが存在しているような光があると緑に見えるんだけど、恒星から出る光は右
のグラフのような感じでべたっと広がっているので、可視光の真ん中だけが出るってことはありえないからです。
白い色ってどうやって出るんですか?
可視光がまんべんなく出ると白。だからグラフの山が可視光の真ん中に来た時が白です。
右のグラフがこの輻射のスペクトルである。可視光は振動数が3.9×10^14から7.9× 10^14 Hzである。5000Kのグラフを見ると、この範囲では、グラフはおおむね右下がりになっている。これは振動数の低い(波長の長い)成分の方が多いという ことであり、赤い色であることがわかる。これがなぜ問題なのかというと、当時の常識にしたがって計算すると、決して赤い色は出ないのである。
黒体輻射の色を出すjavaアプレットを作ってみました。別ファイルにあるので見てください。テストしてみると環境によって動かない場合があ ります。IEでは見えず、Operaでは見える(IEでも、 SunのJavaを使う設定にしておけば見える)。Netscapeは試してない(現在原因調査中)。
統計力学(ただし、古典統計力学)では等分配の法則という法則がある( まだ統計力学は勉強してないと思うが、ここではとりあえず「等分配の法則」というものがあるということだけ知っておけばよい)。
「熱平衡状態にある物質には、1自由度あたり(1/2)kTのエネルギーが分配される」
という法則である。k=1.38×10^(-23)J/Kで、ボルツマン定数と呼ばれる。
たとえば単原子分子の理想気体では分子一個あたりの持つエネルギーは(3/2)kTとなる(動く方向が3つあるので3倍される)。また2原子分子で あれば、(5/2)kTとなる(単原子分子の場合に比べ、2方向に回転できる)。もちろん(1/2)kTなどの値は平均値もしくは期待値である。実際の原 子はいろんなエネルギーを持っているが、その分布の平均がこの大きさになる。また固体分子の場合、一定点を中心に振動を行っていると考えることができる が、その振動の位置エネルギー((1/2)kx^2)に対しても同様に一つの自由度あたり(1/2)kTのエネルギーが分配され る。
実際に分子がこのようなエネルギーを持っていることは、比熱の測定から確認できる。下の問題の表にもあるように水素は比熱が大きいが、これは質量1 グラムあたりで比較しているからである。水素の方が同じ質量の中に含まれている分子の数が多い。この等分配の法則は液体や固体でもだいたい成立している。
原子の持つさまざまな形態のエネルギー、回転のエネルギーにも並進のエネルギーにも振動の位置エネルギーにも、等しく(1/2)kTずつのエネル ギーが分配されるのだから、この法則が普遍的なものであろうと考えるのは理にかなっているように思われる(等分配の法則の 導出過程などについては統計力学の授業で勉強して欲しい。ここではとりあえず実験事実としてこれが成立していると思え。たとえば一つの空気中の酸素と窒素 は、分子一個の質量は違うにも関わらず、同じ平均エネルギーを与えられていることは、実験的にもわかることである)。
もうちょっと補足しておくと、等分配の法則が成立するのは、いろんなエネルギーの形態の間でエネルギーがや りとりされて平衡に達しているからである。一つの特別な自由度(X方向の運動とか、ある特定の方向の回転とか)だけが大きなエネルギーを持っているような 状態があったとしても、長い間に分子の衝突などが起こるとそのような偏りはならされてしまう。
【問い7】以下の表を見て、各物質の1分子あたりの定積比熱を計算し、(3/2)kおよび(5/2)kと比較し考察せよ。
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では等分配の法則を、溶鉱炉の中にある光(電磁波)の場合に適用して、電磁波の振動の1自由度ごとにkTのエネルギーが分配さ
れると考えてみよう((1/2)kTでないのは、固体の振動と同様、1自由度に対して運動エネルギー+位置エネルギーを考えるため)。そのような考え方を
すると、溶鉱炉内部はどんな色になるだろうか。この考察のためには、溶鉱炉内の電磁波がどれだけの「自由度」を持っているのかをまず考えねばならない。と
りあえず話を簡単にするため、溶鉱炉の中はからっぽとし、壁で電磁波が固定端反射していると考える。空洞輻射という名前がつけられているのはそういう意味
がある。「黒体」というのは光を反射しないという意味である(空洞は当然黒体である)。実際の炉ならば中に入っている物質の種類によって色に差が出るはず
であるが、まずはそのような物質の種類によらずに計算できるよう、内部を空洞とし、両端で電磁波が完全に反射するとしたわけである。空洞を一辺Lの立方体
とすれば、中に存在できる電磁波の波長は2L,L,(2L/3),L/2,(2L/5),…,(2L/n),…となる。よって電磁波の波数(2π÷(波
長)で定義されている)はnπ/Lのように、π/Lの整数倍になる。
ここで、波長がとびとびになったことと光のエネルギーがとびとびになったことを混同してはいけない。光のエネル
ギーは振幅で決まるので、波長がとびとびになってもエネルギーはまだまだ、任意の値を取れるのである。
つまり電場が
と書けるだろう。実際には3次元なので、x,y,z方向にわけて考えて、
のように、3つの自然数(,,)を使って空洞内の電磁波の状態を表すことができる。
2006.1.13補足上の計算は、ベクトルである電場をスカラーのように1成分の量と扱ってしまっていること、境界条件をいいかげんに処理していること、の2点で正しくない。実際の電場の境界条件は、x=0,x=Lの壁においてはExに対しては自由端境界条件、EyとEzに 対しては固定端境界条件を置く必要がある(yやz方向の壁についても同様)。ゆえに、Exに対しては
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このあたりの振動の様子がよくわからない、という意見がたくさん出たので、来週までにいろんなモードが動いて いる様子のアニメーション画像を作ることを約束しました。生徒じゃなく先生の方に宿題が出てしまった(;_;)。
で、以下は宿題の結果。
授業ではもう少しきれいなのをゆっくり見せますが、簡単なのをいくつかこのページに貼り付けておきます。
まず、(1,1)のモード。次に、(1,2)のモード。
続いて、(2,2)モード。最後に(3,4)モード。
この二つの数字は(,)を表します。z 方向はややこしいので省略。
空洞内に存在できる電磁波は、π/Lを単位とした3次元格子点の数だけの自由度がある、ということになる。そして、この「自由度」一つずつにkTの エネルギーが与えられることになりそうである。以上の議論をナイーブに考えるとどんなに短い波長の電磁波でも(つまり「どんなに大きな波数の電磁波で も」)存在できることになるので、空洞の持っているエネルギーは無限大になってしまう(これは、空洞を作って有限温度の物 体を接触させると、熱平衡に達するまでの間に空洞が無限の大きさの電磁エネルギーを吸い込むことができるということである。もちろんこんな現象が起こるは ずはない)。実際にはグラフにあるように短い波長(高い振動数)の電磁波は少ない。
【問い8】真空中を進む電磁波の電場が満たすべき式は (++- )E(x,y,z,t)=0 である。真空中のマックスウェル方程式からこの式を導け。 【問い9】上で求めた定常波解は ×f(t) と書ける。f(t)を求め、この電磁波の振動数を求めよ。 |
右 図は(,)の分布を表す図である(本来はもいれて立体的な図にするべきだが、ややこ しくなるので省略した)。格子点一つ一つが、空洞内に存在する電磁波のモード一つ一つに対応する。この空間で原点を中心とした一つの球面の上にあるモード は、同じ振動数を持つ(問い9で求められる光の振動数はである)。図に書かれたように、ある程度の振動数の幅 の中(νからν+Δνまで、あるいはν'からν'+Δνまで)にある格子点の数は、半径が大きいほど大きい(ここまでの計 算では光が横波であることを無視していた。実際には光には二つの振動成分(進行方向と垂直な方向が二つあるから)があるので、最後にエネルギーを2倍にす る必要がある)。
こう考えていくと、高い振動数の波は、(それだけ格子点の数が多くなるから)よりたくさんの自由度を持っており、むしろ高い振動数の方がエネルギー は大きくなりそうに思われる。ところが実際の分布ではグラフには山があり、振動数の大きい光はエネルギーが減ってしまう。5000Kぐらいでは赤っぽい色 になるが、それは可視光内で波長の短い青の部分がグラフの山より右にあたり、赤の光の方が大きなエネルギーを持っているからである。
【問い10】振動数がνからν+Δνにある格子点の数(電磁波のモードの数)をΔνは十分小さいとして2次以上は無視するという近似を 行って見積もれ。 【問い11】モードの数×kTがエネルギーになるとする(つまり等分配の法則が成立するとする)と、単位体積あたり、単位振動数あたり にどれだけのエネルギーが分布していることになるか(この式はRayleigh-Jeansの公式と呼ばれる)。振動数とエネルギーのグラフはどんな形に なるか。注意:光が偏光を持つことによる×2を忘れないこと。 |
以上のように等分配の法則は成立していない。しかし一方で、波長の短い長い(テキストでは書き間違えてました)部 分(振動数の小さい部分)つまりグラフの左側部分に関しては等分配の法則は非常によく成立している。したがって等分配の法則が完全に間違いだとも言い切れ ない。
では、等分配の法則が高い振動数の領域で崩れてしまう理由は何だろうか?---プランクはこの理由を以下のように考えた。
電磁波の持つエネルギーはどんな値をとってもよいのではなく、hν(νは振動数)の定数倍に限るとする。すると振動数が大きい光は、エネルギーの塊 の単位が大きいということになる。等分配の法則はエネルギーをkTずつ分配しようとするが、高い振動数の光は「大きな塊(hν)のエネルギーをよこせ」と 要求するが、そのエネルギーが等分配の法則によって分配されるエネルギー(kT)より大きいので、それだけの分け前にあずかることができないのである。こ れに対して低い振動数の光はエネルギーの単位hνが小さいので、この単位でkT÷hν個分のエネルギーを受け取ることができる。
たとえて言えば、高い振動数成分の光は「5000円あげよう」と言われたのに「万札でよこせ」 と言っているようなものである。これでは1円ももらえない。低い振動数の光は「100円玉でください」と言うので、 50枚の100円玉をもらうことができる。よって、低い振動数では等分配の法則が成立する。結局、「強欲すぎるとかえって分け前は小さい」ということであ る。念のため再確認しておくが、これは実際の光の振動モード一個一個がちょうどこれだけエネルギーを持っているというのではなく、これより多いものもこれ より少ないものもいるのだが、平均をとるとこうなるのである。だからhν>kTであっても、分け前0になるわけではない。
プランクは実際に光のエネルギーがhνの整数倍であるという条件のもとにスペクトルを計算してみた。その計算は統計力学の知識が必要となるので省略 する。ちなみに単位体積あたり、単位振動数あたりのエネルギー密度が
になるというがプランクの答である。この式は実験で得られた値とぴったり一致した。ただしそのプランクも、この時点では光が粒子性を持つ、というと ころまでは考えてはいない。ただエネルギーが不連続であることを指摘したのみである。
【問い12】問い11で計算したRayleigh-Jeansの式が、プランクの出した式をνが小さいとして、あるいはhが小さいとし て近似したものに等しくなることを確かめよ。 たまにこういう問題を見て「νは小さいから、小さいものの3乗であるν^3は無 視できる。よって分子はゼロ」とかやってしまうあわてものがいる。物理では確かによく「小さいから無視できる」とやるが、無視できるのは「(大きいもの) +(小さいもの)」のように大きいものと足し算されている小さいものである。100万円持っている人は100円を無視してもいいが、100円しか持ってい ない人は100円を無視できない。 |
空洞輻射と同じように、エネルギーの分配が等分配則を満たさない例としては、低温での比熱の問題がある。たとえば上で述べた「2原子分子であれば分 子一個あたりのエネルギーは(5/2)kT」という議論は、温度が低くなるとくずれてしまう。固体の比熱でも同様のことが起こる。低温では、分子の回転運 動のエネルギーの平均がkTよりも小さくなってしまっているようなのである。これは光だけではなく、物質にも「エネルギーの単位」があることの証拠と言え る。回転運動の方がエネルギーの単位が大きいのであろうと推測できる。
軸の周りに回るもの(実際のコメントには図が書いてあった)は回転エネルギーはないのですか?
まず一番単純な説明は「原子に大きさはないから、この方向の回転には意味がない」というものです。ただし細かいこ
とをいえば、原子にだって構造があるので、回転エネルギーを持ってたってよさそうですが、そういう自由度にはエネルギーが割り当てられなくなっています。
その理由はまたもう少し話が進んでから、時間があれば話しますが、高い振動数の光にエネルギーが行かなくなる理由と本質的には同じです。
「光は波だ」が常識だった時代に黒体輻射の研究で粒子性を見出したプランクはすごいと思う。粒子性につ
いては発表するときは勇気が必要だったと思うが、プランクは自信を持っていたのだろうか。
やはり、悩んだ後での発表だったようです。最初にうまく合う式を見つけてしまって、その式でうまく
行く理由を考えて粒子性に行き当たった、という話もあります。
温度が上がるにつれて青白くなるというのが、日常の感覚として意外だった。そしてそのときふと炎色反応
とは何なのかと思った。炎色反応というのはある一定の温度でのみ観測される出来事なのでしょうか。
たいへん、すばらしい質問です。炎色反応で出ている色というのは、今日話した黒体輻射とは全く別の
メカニズムで出てくる光なのです。そしてそれは温度とは無関係に、各原子に固有の光になっています。このあたりの話は第3章で触れると思います。今日は空
洞という、物質が入ってないものを考えたので、原子の性質などが関係ない話でした。
「5000円あげよう」に「万札でよこせ」が高い振動数の光だとすると、ある一定以上のエネルギーはも
らえないということですか? その場合、「5000円」はどこへ使われるのでしょう?
箱に入った気体の場合、分子の運動エネルギーが回転のエネルギーになったり、別の分子の運動エネル
ギーになったり、とエネルギーの形態がどんどん変化しています。空洞輻射の場合なら、光は周りの壁などといろんな形のエネルギーをやりとりしています。こ
うしていろんなエネルギーが乱雑に変化している状態なので、ある形のエネルギーが特別に大きい状態になってしまうことはなく、全体が同じぐらいのエネル
ギーになるように平均化されてしまう、というのが等分配の法則です。ですから、「万札でよこせ」などという光にエネルギーが当たらなければ、他のものにエ
ネルギーは行ってしまいます。
結局エネルギーは平均的にはならないんですか? なぜみんな同じにならないんですか?
上に書いたように、空洞の中ではいろんな大きさのエネルギーがあっちからこっちへと移動をし続けて
いるわけです。高い振動数の光は、大きなエネルギーが移動してきた時はそれを受け取ることができるけど、小さいエネルギーは受け取ることができず、そのエ
ネルギーはもっと振動数の低い光に取られてしまう。このために高い振動数の光に割り当てられるエネルギーが減ってしまいます。
hν>>kTとhν<<kTで考えてましたが、急に変わるものなのですか?
いえ、実際にはゆっくりと変化します。グラフにあるように、少しずつエネルギーが減少していくことになります。