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第4章 2次元のシュレーディンガー方程式

 この章では2次元のシュレーディンガー方程式の解き方を比較的真面目にやって、次の章の3次元は「2次元と同様(ただしもうちょっとややこしい)」ということで説明を簡潔に済ませる予定。

4.1 直交座標と極座標でのシュレーディンガー方程式

 この次の章から3次元のシュレーディンガー方程式を解く。そのためこの章ではそのための練習として2次元のシュレーディンガー方程式を考える。自由粒子を考えて、それを直交座標と極座標と、2種類の座標で解いてみる。

 直交座標でのハミルトニアンは

 H= (1/2m)((p_x)^2+(p_y)^2)

である。

 これに対応するシュレーディンガー方程式は

 i¥hbar{∂/ ∂ t}ψ=-{¥hbar^2/2m}({∂^2/  ∂ x^2}+{∂^2/ ∂ y^2})ψ

であり、これは1次元の時と全く同様に、

 ψ = A ¥exp[{{i/¥hbar}(p_x x + p_y y -{(p_x)^2+(p_y)^2/2m}t)}]

という解を持つ。これは1次元の解である ¥exp[ {{i/¥hbar} ( p_x x -{(p_x)^2/2m}t ) }] と、この中のxをyで置き換えたもの ¥exp[ {{i/¥hbar} ( p_y y -{(p_y)^2/2m}t ) }] の単純な積である。この場合、エネルギーはE={1/2m}((p_x)^2+(p_y)^2)となる。

では次に、同じことを極座標(r,θ)を使って解いてみる。

¥dot x,¥dot y,¥dot r,¥dot θの間には、

(¥dot x)^2 +(¥dot y)^2 = (¥dot r)^2 + (r¥dotθ)^2

という関係がある。なぜなら二つの座標系で速度の自乗を考えればこの式の左辺と右辺になるからである(右図参照。θ方向の「速度」(単位時間の移動距離)は¥dotθではなくr¥dotθ にあることに注意)。よって極座標での作用は

 L={1/2}m((¥dot r)^2 + (r¥dotθ)^2)

であり、これから運動量を求めると、

r 方向: p_r={∂ L / ∂ ¥dot r}=m¥dot r,θ 方向: p_{θ}={∂ L / ∂ ¥dot θ}=mr^2¥dotθ

である。

ここで注意すべきことがある。以下のようにやると間違えるのである。

---以下は間違い---

 極座標でのハミルトニアンは

 H=p_r ¥dot r + p_θ ¥dotθ -L={1/2m}((p_r)^2 + {1/ r^2}(p_θ)^2)        (4.7)

である。p_r=-i¥hbar{∂ / ∂ r}, p_θ=-i¥hbar {∂ / ∂ θ}と書き直すと、シュレーディンガー方程式に現れるハミルトニアンは

 H=-{¥hbar^2/2m}({∂^2 / ∂ r^2} +  {1/ r^2}{∂^2 /∂ θ^2})¥label{qH}      (4.8)

となる。

---以上は間違い---

 一見何も悪いことをしていないように思えるが、上の計算は間違えている。古典的なハミルトニアン(4.7)を出すところまでは間違っていない。その量子力学版が(4.8)だと考えるのが間違いなのである。

 テキストの説明では、動径方向の運動量p_rIHBAR¥PARTIAL¥OVER¥PARTIALだとして計算してしまっているが、実際にはこの形ではない。これだとエルミートにならないのである。

 というわけで以下の薄緑の背景の範囲は、p_r=IHBAR¥PARTIAL¥OVER¥PARTIALとしない計算で書き直してある。こっちを勉強してください。なお、ただしいp_rはどうあるべきかについてはいずれ別ファイルにて解説する予定。

 その原因は、(p_r)^2を単純に-¥hbar^2 {¥partial^2 ¥over ¥partial r^2}と置き換えたところにある。たとえば、古典論においてはrとp_rは可換であるので、たとえば(1/r)(p_r)^2rと書いても(p_r)^2と書いても同じである。ところが量子論では同じではない。rとp_rは交換しないからである。古典論から量子論への翻訳を行う時には「演算子の順序をどうするか」に注意しなくてはならない。実は上の「間違い」のような計算は「座標と運動量は交換しない」ということを尊重しない計算をしていることになっているのである(直交座標の場合にそういうことを考えなくてもうまく行ったのは、直交座標がそれだけ``素直な座標'' だったからだと言える)

 直交座標系の微分と、極座標系での微分の関係は、

{¥partial ¥over ¥partial x}=¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r} - {¥sin¥theta¥over r}{¥partial¥over ¥partial ¥theta}

および

{¥partial ¥over ¥partial y}=¥sin¥theta {¥partial ¥over ¥partial r} +{¥cos¥theta¥over r}{¥partial ¥over ¥partial ¥theta}

のようにして求めることができる。

 演算子の順番に注意しつつ、ハミルトニアンを書き直そう。{¥partial^2¥over¥partial x^2}

¥left({¥partial ¥over ¥partial x}¥right)^2=¥left(¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}- {¥sin¥theta¥over r}{¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)¥left(¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r} - {¥sin¥theta¥over r}{¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)

と書ける。演算子の場合一般にはab≠baであるから、(a+b)=a^2+2ab+b^2という計算は成立しない。

(a+b)^2=a^2+ab+ba+b^2=¥underbrace{a^2 + 2ab + b^2}_{古典力学的計算} + ¥underbrace{[b,a]}_{量子力学的おつり}

なのである。

 ¥left({¥partial ¥over ¥partial x}¥right)^2 = ¥left(¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}¥right)^2 -2¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r} {¥sin¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta} +  ¥left({¥sin¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)^2+¥left[-{¥sin¥theta¥over r}{¥partial¥over¥partial¥theta},¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}¥right]

  最後の交換関係を計算しておくと、

¥left[-{¥sin¥theta¥over r}{¥partial¥over¥partial¥theta},¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}¥right] = -{¥sin¥theta¥over r}¥left[{¥partial¥over¥partial¥theta},¥cos¥theta ¥right]{¥partial ¥over ¥partial r}-¥sin¥theta¥cos¥theta ¥left[{1¥over r},{¥partial ¥over ¥partial r}¥right]{¥partial¥over¥partial¥theta} = {¥sin^2¥theta¥over r}¥left[{¥partial¥over¥partial¥theta},¥theta¥right]{¥partial ¥over ¥partial r}+¥sin¥theta¥cos¥theta {1¥over r^2}¥left[r,{¥partial ¥over ¥partial r}¥right]{¥partial¥over¥partial¥theta} = -i¥hbar¥left({¥sin^2¥theta¥over r}{¥partial ¥over ¥partial r}-{1¥over r^2}¥cos¥theta¥sin¥theta {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)

ゆえに、

 {¥partial^2¥over ¥partial x^2} = ¥left(¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}¥right)^2 -2¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}  {¥sin¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta} +  ¥left({¥sin¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)^2-i¥hbar¥left({¥sin^2¥theta¥over r}{¥partial ¥over ¥partial r}-{1¥over r^2}¥cos¥theta¥sin¥theta {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)

同様の計算により

 ¥left({¥partial ¥over ¥partial y}¥right)^2 = ¥left(¥sin¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}¥right)^2 +2¥cos¥theta {¥partial ¥over ¥partial r}  {¥sin¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta} +  ¥left({¥cos¥theta¥over r} {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)^2-i¥hbar¥left({¥cos^2¥theta¥over r}{¥partial ¥over ¥partial r}+{1¥over r^2}¥cos¥theta¥sin¥theta {¥partial¥over¥partial¥theta}¥right)

となる。

 ここで実は(sinθ/r {∂ / ∂ θ }^2を計算するとき、sinθと{∂ / ∂ θ }の順番を取り替える必要がある(そうしないとsin^2θにならないので後でcos^2θと足して1にできない)。この入れ替えでもおつりは出るのだが、(cosθ/r {∂ / ∂ θ }^2の方から出るおつりとキャンセルする。

これから、

 -¥hbar^2 ({∂^2/ ∂ x^2}+{∂^2/ ∂ y^2})= -¥hbar^2 ({∂^2/ ∂ r^2}+{1/ r}{∂/ ∂ r}+{1/ r^2}{∂^2/ ∂ θ^2})          (4.18)

となるのである。

 実際の授業では、以下の「別の方法」についてはほとんど説明してない。計算自体としては以下の方法の法が遥かに簡単であるので、ちゃんと読んで、練習問題をやってみるとよい。

 別の方法で(4.18)を導く。まず、直交座標のx方向、y方向を向いた単位ベクトルをそれぞれ¥vec e_x,¥vec e_yとする。極座標のr方向、θ 方向を向いた単位ベクトルを¥vec e_r,¥vec e_θとする。

【問い43】¥vec e_r,¥vec e_θ¥vec e_x,¥vec e_yで表せ。
【問い44】¥vec e_x,¥vec e_yは定数ベクトル(どこでも同じ方向を向いているベクトル)だが、¥vec e_r,¥vec e_θはそうではないことに注意しよう。ゆえに、¥vec e_r,¥vec e_θの微分は0ではない場合もある。{∂ / ∂r }¥vec e_r,{∂ / ∂ θ }¥vec e_r,{∂ / ∂r }¥vec e_θ,{∂ / ∂ θ }¥vec e_θを求めよ。
【問い45】 直交座標ではナブラ記号は¥vec ¥nabla=¥vec e_x{∂/ ∂ x}+¥vec e_y{∂ / ∂ y}と定義されている。極座標では¥vec ¥nablaはどう書けるか。
【問い46】¥vec ¥nabla¥vec ¥nablaを直交座標と極座標でそれぞれ計算せよ(このような微分演算子の計算では、常に「後ろに任意の関数があると考える」ということを忘れないように)

【問い47】(4.18)を、微分演算子の間の関係式として導け。
【問い48】この微分演算子は

-¥hbar^2 ({1/ r}{∂/ ∂ r}({r}{∂/ ∂ r})+{1/ r^2}{∂^2/ ∂ θ^2})

とも書けることを示せ。

【長い註】(この部分は最初に勉強する時は理解できなくてもよい)

 さらにもう一つの方法を示そう。古典力学で座標変換を行う時、ラグランジュ形式を経由するという方法があったことを思い出そう。運動方程式を座標変換するのは骨が折れる作業だが、「運動方程式を導くような作用を考え、その作用を座標変換してから新しい座標形での運動方程式を出す」という方法で少し作業を軽減できる。たとえば2次元の粒子の運動方程式は、ラグランジュアンを

 L={1/2}m((¥dot x)^2 +(¥dot y)^2)={1/2}m((¥dot r)^2 + (r¥dotθ)^2)

として、作用∫ L dtが停留値を取るという条件からオイラー・ラグランジュ方程式

 {∂ L/ ∂ X}-{d/ dt}({∂ L/ ∂(  {dX/ dt})})=0

を使って導くことができる(Xにはx,y,r,θのどれかが入る)。

 量子力学でも同じようにして座標変換を簡単にすることができる。シュレーディンガー方程式を導くような作用として、

 ∫ L dx dy dt=∫ ( iψ^* {∂ / ∂ t}ψ+{¥hbar^2/2m}¥vec ¥nabla ψ^*¥cdot¥vec¥nabla ψ)dxdydt=∫ ( iψ^* {∂ / ∂ t}ψ+{¥hbar^2/2m}({∂ψ^*/ ∂ x}{∂ ψ/ ∂ x}+{∂ψ^*/ ∂ y}{∂ ψ/ ∂ y}))dxdydt

を考える。これに対するオイラー・ラグランジュ方程式

 {∂ L / ∂ ψ}-{∂/ ∂ t}({∂ L/ ∂( {∂ ψ/ ∂ t}) })-{∂/ ∂ x}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ/ ∂ x})})-{∂/ ∂ y}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ/ ∂ y})})=0

または、

 {∂ L / ∂ ψ^*}-{∂/ ∂ t}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ t})})-{∂/ ∂ x}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ x})})-{∂/ ∂ y}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ y})})=0

からシュレーディンガー方程式が導ける(「(∂/∂ψ)する時、ψ^*は微分しなくてよいのか?」と疑問(不安?) に思う人がいるかもしれない。しかし複素数z=x+iyによる微分は(∂/∂ z)={1/2}( {∂ / ∂x}-i{∂/ ∂ y} )が定義である。この微分演算子をz にかけたら答は1であり、z^*=x-iy にかけたら答が0 であることはすぐ確かめられる。安心して、(∂/∂ψ)ψ^*=0としてよい)

 ここで、作用を極座標に書き直す(上の問題で計算した極座標での¥vec ¥nablaを使えばすぐできる)と、

 ∫ [iψ^* {∂ ψ/ ∂ t}+{1/2m}({∂ ψ^*/ ∂ r}{∂ ψ/ ∂ r}+{1/ r^2}{∂ ψ^*/ ∂ θ}{∂ ψ/ ∂ θ})]r drdθ dt

となる。これを∫ L drdθ dtと書くと、

 L= [iψ^* {∂ ψ/ ∂ t}+{1/2m}({∂ ψ^*/ ∂ r}{∂ ψ/ ∂ r}+{1/ r^2}{∂ ψ^*/ ∂ θ}{∂ ψ/ ∂ θ})]r

となる。積分がdxdydtからrdrdθ dtに変わった分だけ、rが後ろにくっついていることに注意しよう。このLに対してオイラー・ラグランジュ方程式を作ると、

 {∂ L / ∂ ψ^*}-{∂/ ∂ t}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ t})})-{∂/ ∂ r}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ r})})-{∂/ ∂ θ}({∂ L/ ∂(  {∂ ψ^*/ ∂ θ})})=0       (4.26)

であるが、これをちゃんと計算すれば、

 i¥hbar{∂ψ/ ∂ t}= -{¥hbar^2/ 2m}({1/ r}{∂/ ∂ r}(r{∂/ ∂ r})+{1/ r^2}{∂^2/ ∂ θ^2})ψ       (4.27)

となる。2回めのr微分をする時にLについている因子(直交座標の時にはなかった)であるrを含めて微分することになるので、「量子力学的お釣り」の部分が出てくることになっている(3次元の極座標でやれば、余分な因子はr^2sinθである。これから3次元の極座標でのラプラシアンがどういう形になるかがわかる)

【問い49】(4.26)から(4.27)が出てくることを確かめよ。

 結局解くべきシュレーディンガー方程式は(定常状態で考えて)

  -{¥hbar^2/ 2m}({∂^2/ ∂ r^2}+{1/ r}{∂/ ∂ r}+{1/ r^2}{∂^2/ ∂ θ^2})ψ=E ψ

ということになった。

 正月早々の授業ということもあって、ちょっとペースつかみそこねていまいち進みが悪かった。残る授業時間も少ないというのに(;_;)。

学生の質問・コメントから

 結局、最初の計算は何が間違っていたのですか?
 古典論から量子論への翻訳をするときには、常に「演算子の順番はこれでいいのか?」というチェックが必要なのです。それをさぼってしまっているということが間違いです。

 量子力学はややこしい・めんどくさい・不思議だ・たいへんだ・間違えそうだ(そのほか同様の意見多数)。
 ええほんとに。特にこんなふうに演算子をひっくり返す時は注意しましょう。それにしても今日の授業はちょっと計算ばっかりやりすぎましたね(ちょっと反省)。

 先生最近早口ですよ。
 うーん、授業が残り少なくなってきたのであせってきたか。気をつけます。

 

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