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3.6 ポテンシャルの壁を通過する波動関数

 次に、図のように有限の長さと有限の高さを持つ壁を考えよう。0<x<dの間だけV(x)=V_0となり、通り抜けた後は再びV(x)=0となるようなポテンシャルである(前節の最後の計算では一部がくぼんでいたが、この節で行う計算では一部が盛り上がっている。ポテンシャルの符号が逆になっていると思えばよい)。 まず、壁の左側では入射波をe^ikx(これを振幅1として基準にする)、反射波をRe^-ikxとおく。壁の内部ではAe^{ik'x}+Be^{-ik'x}のように、左行きと右行きの波が共存している。壁を抜けて透過して行く粒子の波動関数がPe^{ik(x-d)}(これは右行きのみ)で表せるとしよう。

 なんでPの式でxからdを引くんですか?
 Pの出てくる式には後でx=dを代入することになるので、その後の式が簡単になるようにです。
 勝手に引いていいんですか?
 Pは未知数で、まだ決まってませんから、こういう定義だと思ってやればよいのです。たとえばP'e^ikxのようにしてP'という文字を使って計算したら、e^ikdだけ違う答が出てくるだけのことです。

ここでk'は

 k'=¥cases{{¥sqrt{2m(E-V_0)}/ ¥hbar} E¥ge V_0 ¥cri{¥sqrt{2m(V_0-E)}/ ¥hbar}=iκ E<V_0 }

としておく。

 接続条件は4つ出て、

x=0でのψ                       1+R=A+B
x=0でのψ               ik(1-R)=ik'(A-B)
x=dでのψ       Ae^ik'd + Be^-ik'd =P
x=dでのψ   ik'(Ae^ik'd -B-ik'd )=ikP

となる。未知数4つで条件も4つなので、これでR,A,B,Pはすべて求められる。計算は少々面倒であるが、ここでは結果を書いておくことにする。計算の答は

P = {4kk'/ D}
R = {((k')^2-k^2)(e^{ik'd}-e^{-ik'd})/ D}(3.75)
A = {2k(k+k')e^{-ik'd}/ D}
B = {2k(k'-k)e^{ik'd}/ D}

である。ただし、共通分母Dは

D={(k+k')^2e^{-ik'd}-(k-k')^2 e^{ik'd}}

である。

【問い39】(3.75)を見るとわかるように、ある条件が満たされると反射波がなくなってしまう。その条件を求め、その物理的意味を考察せよ。
【問い40】 反射波がなくなってしまう時、透過波の振幅が1になっていることを確かめよ。その物理的意味は?

E<V_0の場合、すなわちk' が虚数になる場合はk'=iκと置き換えて、

P= {i4kκ / D}
R = {(-κ^2-k^2)(e^{-κ d}-e^{κ d})/ D} A = {2k(k+iκ)e^{κ d}/ D} B = {2k(iκ -k)e^{-κ d}/ D}

となる。この場合の共通分母は

D= (k+iκ)^2e^{κ d}-(k-iκ)^2e^{-κd}

となる。

 たとえV_0>Eでも、Pは0にはならない。つまり、古典的には通過できないはずの壁がそこにあっても、粒子が向こう側へ通り抜ける確率は存在しているのである。ただし、その確率振幅にはe^{-κ d}の因子がかかっているから、d が大きい時やκが大きい(つまりEよりV_0の方がずっと大きい)時にはその確率は非常に0に近くなる。

 なお、この場合、壁の中の波動関数は

A e^{-κ x} + B e^{κ x}

となる。この場合、どんどん振幅が増大する波であるe^{κ x}も解の中に入って来る。壁が有限の距離しかないので、このような場合でも発散しなくてすむからである。もっとも、式の形からわかるように係数Bはe^{-2κ d} という因子を持っていて非常に小さく、この振幅が増大する解はけっして波の主要な部分にはならない。

 このような状態の一例が右の図である。壁内部(濃く塗られた部分)では波は振幅が減衰する波と振幅が増大する波の和になっているが、増大する方の波は小さく、全体の波の形にあまり大きな影響を与えていない。

 k'が実数である場合のグラフの一例を下に挙げておく。

 例によってjavaアプレットもあるので動くのが見たい人はこちらへどうぞ。これを見せている時に出た質問。

 壁の境界にあたるところで反射が起こるという話ですが、何度も何度も反射が起こったりしないんですか?
 今見せている図というのは定常状態です。だから、何度も何度も反射が起こってもう変化しないところまで落ち着いたらこうなる、というふうに思ってください。

 

【問い41】kが実数の場合も虚数の場合も、反射波の振幅|P|と透過波の振幅|P|の間には、|R|^2+|P|^2=1が成立することを確かめよ。

 このような長方形ポテンシャルで、長方形の面積を変えずに壁の幅を少しずつ狭くしていく(つまり壁の高さは高くしていく)と何が起こるかを考えておこう。シュレーディンガー方程式を-dからdまでという、狭い範囲で積分する。

¥int_{-d}^d dx ( -{¥hbar^2 /2m}{d^2 / dx^2}+V(x) )ψ = ¥int_{-d}^d dx Eψ¥¥[ -{¥hbar^2 /2m}{d / dx}ψ]_{-d}^d= ¥int_{-d}^d dx (E-V(x))ψ¥¥{d / dx}ψ(d)-{d / dx}ψ(-d)= -{2m/ ¥hbar^2}¥int_{-d}^d dx (E-V(x))ψ

 この式の右辺はもしV(x)に発散がないならd→0で0になり、微分{d/ dx}ψは連続的につながる。しかしもしこの範囲でV(x)=V_0δ(x)のような発散があれば、

¥lim_{d→0}({d / dx}ψ(d)-{d / dx}ψ(-d))= {2mV_0/ ¥hbar^2}ψ(0)

となり、微分がx=0の点で不連続となる(だいたい、下右の図のような状況となる)。

 x=0の点にだけこのデルタ関数的発散をするポテンシャルがある場合、つまり定常状態のシュレーディンガー方程式が

 (-{¥hbar^2/2m}{d^2 / dx^2}+V_0δ(x))ψ(x)=Eψ(x)

で表される場合を考えよう。x=0以外では自由なシュレーディンガー方程式が成立しているのだから、解はAe^ikx+Be^-ikxの形になる(当然、{¥hbar k^2/ 2m}=E)。x>0とx<0で係数A,Bが変化するだろう。これまで同様、入射波+反射波をe^ikx+Re^-ikx、透過波をPe^ikxとおけば、接続条件は

1+R= P
ikP - ik (1-R) = {2mV_0/ ¥hbar^2}P

となる。二つめ(微係数の接続)にデルタ関数的ポテンシャルの影響が現れている。この式の右辺は(境界の右の領域での{dψ/ dx})-(境界の左の領域での{dψ/ dx})という形になっていることに注意せよ。この解は

P={ik/ ik- {mV_0/ ¥hbar^2}},R={{mV_0/ ¥hbar^2}/ ik- {mV_0/ ¥hbar^2}}

となる。P,Rはどちらも複素数になるので、反射、透過の際に位相がずれることがわかる。

3.7 周期ポテンシャル内の波動関数

位置エネルギーV(x)が

V(x+a)=V(x)

のような周期性を持つ場合のシュレーディンガー方程式を解こう。このような周期的ポテンシャル内での波動関数は、「固体中の電子が、規則正しく並んだ原子核の間を通り抜けて行く」ような現象をモデルにしたものと考えることができ、固体の電気的性質を量子力学を用いて考える手がかりとしては有用である(もちろん、まじめにやるにはここでやるように1次元でやっていたのではだめで、3次元でちゃんとシュレーディンガー方程式を解かなくてはいけない)。

 上の周期的条件はポテンシャルに対するもので、波動関数に対するものではない。前に周期境界条件を考えた時には波動関数自体にψ(x+a)=ψという条件を置いたが、ここでは少しだけ条件をゆるめて、

ψ(x+a)= e^iKaψ(x)

と置く(ブロッホの条件と呼ばれる)。Kは定数であり、一周期ごとにKaだけ位相が変化すると考えていることになる。波動関数に周期境界条件を置いた時はいわば空間自体をまるめて左端と右端がつながっているような状況を考えたのだが、今は空間自体は無限にひろがっていて、その空間内に周期的なポテンシャルがおかれている状態を考えている。だから波動関数が一致する必要はない。問題設定が周期的なのだから、波動関数も観測の範囲内では同じ状態になっているだろう。しかし上のように位相がずれることは許される。この位相差があっても、

ψ^*(x+a)ψ(x+a)=ψ^*(x)ψ(x)

は成立しているからである。このように考えるとブロッホの条件が出てくることが納得できる(波動関数がこの形になることはブロッホの定理と呼ばれ、厳密な証明があるが、ここではだいたいの雰囲気としてこう考えておくことにする)

 計算を簡単にするため、ポテンシャルとしては前節の最後に示したようなデルタ関数的ポテンシャルが周期的にならんでいるものを考えよう。x =ma(m は整数)にV_0δ(x-ma)で表現される「幅は狭いが高さの高い壁」があると言う状況である。この時の波動関数の解を

ψ(x)= A e^ikx+ Be^-ikx    (3.94)

とおく。{¥hbar^2k^2/ 2m}=Eなのはこれまで通りである。ただしこの式が成立するのは0≦ x<aの範囲である(x=0やx=aでは波動関数がなめらかにつながらない)。a≦ xの範囲やx<0の範囲にでは別の関数となる。たとえばa≦ x <2aの範囲にあったならば、その時の波動関数の値は

ψ(x)=e^iKaψ(x-a) =e^iKa(A e^ik(x-a)+Be^-ik(x-a))    (3.95)

となる。0≦ x-a <aであるため、ψ(x-a)=Ae^ik(x-a)+Be^-ik(x-a)と書くことができることに注意。同様にma≦ x <(m+1)a(mは整数)であったならば、15x16(213bytes)= x- maとして、15x16(213bytes) が0<15x16(213bytes) <aの範囲に入るようにする。この領域でのψ(x)は

 ψ(x)= ψ(¥tilde x + ma) = (e^{iKa})^m ψ(¥tilde x)= e^{imKa}( A e^{ik¥tilde x}+ Be^{-ik¥tilde x})

となる。

 今考えている波動関数は、x=0やx=a(一般にはx=ma)の左右で関数形が変わるから、そこでうまくつながるように接続条件を設定しよう。つまり、(3.94)でx→ aとしたものと、(3.95)でx→ aとしたものを比較する。

 結果は

Ae^ika+Be^-ika = e^iKa(A+B)
ik e^iKa(A-B)-ik( Ae^ika-Be^-ika) = {2mV_0/ ¥hbar^2}( Ae^ika+Be^-ika )

という式である。この式を解いてA,Bを求めるわけであるが、この式を行列を使って書くと、

(¥begin{array}{cc} e^{ika} e^{-ika} ¥¥e^{iKa}-e^{ika}  -e^{iKa}+e^{-ika}¥end{array})(¥begin{array}{c} A¥¥B      ¥end{array})=(¥begin{array}{cc} e^{iKa} e^{iKa} ¥¥{2mV_0/ ik¥hbar^2}e^{ika}{2mV_0/ ik¥hbar^2}e^{-ika}      ¥end{array})(¥begin{array}{c} A¥¥B¥end{array})

であり、整理すると、

(¥begin{array}{cc} e^{ika}-e^{iKa} e^{-ika}-e^{iKa} ¥¥e^{iKa}- e^{ika} -{2mV_0/ ik¥hbar^2}e^{ika} -e^{iKa}+e^{-ika}-{2mV_0/ ik¥hbar^2}e^{-ika}¥end{array})(¥begin{array}{c} A¥¥B      ¥end{array})=0

である。もしこの行列に逆行列が存在したら、それを両辺にかけることでAもBも0という答えが出てしまう。これは粒子がどこにもいないということになって意味のない解である。そこで逆行列が存在しない、つまり行列式=0という条件をおいて、整理すると、

cos Ka=cos ka+{2mV_0/ ¥hbar^2} sin ka    (3.101)

という式ができる。この式の右辺は、cos kaという振幅1の振動と、振幅が(1/ k)に比例するsin kaによる振動の和であり、kなどの値によっては絶対値が1より大きくなることは有り得る。一方左辺は-1<cos Ka<1 という範囲の量である。それゆえ、kの値によってはこの方程式に解がなくなり、そのような波数kを持った波はこの空間内に存在できない。

 具体的に数値をいれて(3.102)の右辺のグラフを書いてみると例えば右の図のようになり、|cos Ka|が1を越えないと条件が満たせない領域が現れる(グラフに網掛けで表した)。この粒子が存在し得ない領域を「禁止帯」と呼ぶ。粒子のエネルギー・運動量のこのような制限を「バンド構造」と呼ぶ。

 波動関数の様子と、禁止帯の位置のグラフを見るJavaアプレットはこっちに。

なお、グラフでは、定数(mV_0/¥hbar^2)を-Cと書いていて、V_0<0の場合である(電子と原子核の場合、引力が働くからV_0<0と考えられる)

ここではkが実数として考えたが、もちろんkが虚数になる事もありえて、その場合、k=iκとすると、

cos Ka=cosh κ a+{mV_0/ ¥hbar^2 κ } sinh κ a

という式になる。κがある値より小さいところでしか解は存在しない。

すでに述べたようにこのようなポテンシャルは結晶のように規則的に並んだ原子の間に存在する電子の感じるポテンシャルをモデル化したものと考えることができる。実際に物質中の電子の状態にはバンド構造が現れる。自由に空間内を飛び回っている電子はどんなエネルギーでも持つことができるが、物質中ではそうではない。この空白部分を「エネルギーギャップ」などと呼ぶ。

 物質(金属など)内部の電子はここで求めたような波動関数で表せる状態にある。この物質に電流が流れていない時は、いろいろな方向へ進む電子それぞれの持つ運動量が互いに打ち消し合って、全体としては運動していない。電圧をかけるなどすると電流が流れるが、その時は電子のうち一部が最初持っていたよりも大きなエネルギーを持つ必要がある(上図左から中央への変化)。

 しかし、ちょうどその「最初持っていたよりも少しだけ大きいエネルギー」の状態にエネルギーギャップがある(つまり、今より運動量の大きい状態に変化するためには、禁止帯を越えなくてはいけない)と、電子は簡単には動き出すことができない(上図右)(ここでは詳しく述べないが、これは電子がフェルミ統計に従う(つまり、二つ以上の電子が同じ状態に属せない)からである。一つの状態に二つの電子が入ってよければ上のエネルギーに移る必要はない)。すると電子は自由に動けず、電気が流れない。物質が絶縁体になったり導体になったりする理由の一つである。

 

 今日の宿題は今日の範囲の問題全部+今日渡した第4章の問題全部(冬休みがあるからたくさんあるが、がんばって提出しよう)。次回の授業は1月6日。

 

学生の質問・コメントから

 宿題多すぎ!
 次の授業まで3週間あるんだから、その間宿題ないと物理頭がなまっちゃうでしょ。

 ポテンシャルが上がるところで跳ね返るのはわかりますが、なぜ下がるところでも跳ね返るのでしょう?
 たぶん、「壁にぶつかって跳ね返る」という衝突的イメージで考えているんだと思いますが。どっちの場合でも、そこで波数(波長)が変わってしまいますが、波長が変わってもψとψの微分が繋がるためには、どうしても反射波が要ります。そういう「波動関数のつながり」の話なんだと思ってください。

 無限の高さのポテンシャルでも飛び越えるんですか!
 その代わり、幅が0になってますから。

 禁止帯に入るときにはエネルギーが必要という話でしたが、出るにはいらないんですか?
 違う違う。禁止帯は名前の通り「入ることが許されない」。どんなにエネルギーがあっても入れません。禁止帯を飛び越えてその上へ行くのに、余分なエネルギーがいるのです。

 ブロッホの条件というのを使わなかったらどうなりますか?
 e^iKaを使わない、ということですか?それはK=0にするということに対応するので、ほとんどの場合は解がなくなります。禁止帯どころか、たまたまK=0になる場所以外には波動関数が存在しなくなります。

 エネルギーギャップができるという話はわかりましたが、その事をしめす波動関数がとんがるという話はよくわかりませんでした。
 とんがるのはギャップのせいではなくて、その場所にあるデルタ関数的なポテンシャルによる引力があるからです。その部分に粒子が集中して、波動関数が山になるので、とんがる。

 AuとかAgとか、電流が流れ易いですよね。今日の話と関係あるんですか。
 もちろん、電気の流れ易さ、流れにくさはこのあたりの話で説明できるのです。

 ものすごい電圧をかければ禁止帯を超えて電流流れますか?(複数)
 状況によって不可能ではないと思いますが、、、さてどうなるのか、私もよくは知りません。

 最後に見たグラフで禁止帯の幅が変わっていくのには何か意味があるのですか。
 禁止帯の幅は、ポテンシャルの高さで変わります。これが違えば当然、その物質の電気的性質が変わります。

 来年もがんばります、よいお年を。
 そちらも、よいお年を。

 

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