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3.4 井戸型ポテンシャル:束縛状態

 今度は、2枚の有限なポテンシャルの壁にはさまれた領域での波動関数を考えてみる。この領域を「井戸の穴」と見て「井戸型ポテンシャル」と呼ばれることが多い。具体的には、下のようなポテンシャルの中にある質量mの粒子に対しての量子力学を考える。

 V(x)=¥cases{V_0 & x<-d¥cr0 & -d < x <d ¥crV_0 &d<x}

 粒子がこのポテンシャルに束縛される場合とされない場合があるが、まず束縛される場合を考えよう。「束縛される」とは「遠方まで逃げ出さない」ということである。つまり、|x|→∞でψ→0となっている場合を考える。

 解は|x|>dの範囲では

 e^{±κ x}‾‾‾‾ただし、κ={¥sqrt{2m(V_0-E)}/¥hbar}

 |x|

 e^{± ikx}‾‾‾‾‾ただしk={¥sqrt{2mE}/¥hbar}

となる。遠方で減衰する、という条件を満たすためには、E<V_0である(κの式のルートの中が正になる条件)ことがわかる。またE>0になっているとしよう。

 計算を簡単にするために以下の定理を証明しよう。

ポテンシャルが左右対称になっている時(V(-x)=V(x)の時)、シュレーディンガー方程式の解は偶関数(ψ(-x)=ψ(x))であるか、奇関数(ψ(-x)=-ψ(x))であるか、どちらかである。

 この定理を証明するにはまず、「ポテンシャルが左右対称になっている時、シュレーディンガー方程式の解ψ(x)が見つかったとすると、ψ(-x)も解である」ということを示す。これは単に方程式の中に出てくるxをすべて-xに置き換えればよい。仮定から位置エネルギーの部分は変化しない。また運動エネルギーの部分は{∂^2/∂x^2}のように自乗の形になっているので、符号が変化しても変わらない。よって、ψ(x)が解ならばψ(-x)も解である。ψ(x)とψ(-x)が独立であるか独立でないかによって場合分けする。もし独立ならば、

ψ_E(x)=(1/2)(ψ(x)+ψ(-x)),ψ_O(x)=(1/2)(ψ(x)-ψ(-x))

という重ね合わせを考えれば、解は偶関数(ψ_E)であるか、奇関数(ψ_O)であるかのどちらかとなる。

 なんで2で割らなきゃいけないんですか?
 よく考えたら2で割る必要はありませんね。とにかくψ(x)とψ(-x)を1:1で足せば偶関数になるし、1:(-1)で足せば奇関数になります。本来、前につく係数は規格化で決めるべきものですが、ここでは規格化をさぼってます。

 独立でなければ、

ψ(-x)= Pψ(x)

のように、Pという係数をつけて比例しているということになる。ここで、

ψ(-(-x))=Pψ(-x)=P^2ψ(x)

のように、xの反転を2回行ったとすると、結果は元にもどるので、P^2=1である。必然的に、P=±1となり、偶関数(P=1)か奇関数(P=-1)かのどちらかとなる。この定理を使えば、最初から偶関数もしくは奇関数を仮定して計算をすればよいことになる。偶関数の場合、「波動関数は偶(even)のパリティを持つ」あるいは「正のパリティを持つ」と言い、奇関数の場合は「奇(odd)のパリティを持つ」あるいは「負のパリティを持つ」と言う。Pの値(±1) をパリティと呼ぶ場合もある。

 ではまず偶関数の場合を考える。波動関数を

 ψ(x)= ¥cases{Ae^{κ x} & x<-d ¥cr cos kx & -d<x<d ¥cr Ae^{-κ x} & x>d}

と置く。ここでも規格化は気にしないことにしたので、中央の波動関数をcos kxと、係数1に選んだ。

 接続条件は

Ae^-κd =cos kd,        -κ A e^-κd = -ksin kd

の二つである。辺々割り算すると、

 {-κ A e^{-κ d} /Ae^{-κ d} }={-ksin kd/cos kd } ¥¥ κ =k tan kd

という式が成立しなくてはいけないことがわかる。kもκもエネルギーEで決まる量なので、この式が成立するのかどうかはちゃんと計算する必要がある。エネルギーの関係式から、

 {¥hbar^2 k^2 /2m}=E,‾‾‾ {¥hbar^2 κ^2/2m}= V_0-E

であるから、

{¥hbar^2 k^2 /2m}+{¥hbar^2 κ^2/2m}= V_0 ‾‾‾すなわち‾‾‾ {k^2}+κ^2 = {2mV_0/¥hbar^2}

となる。

 結局我々が求めるべきはκ=ktan kdとk^2+κ^2={¥sqrt{2mV_0}/¥hbar }という連立方程式の解である。質量mやポテンシャルの深さV_0が与えられれば、この式からk,κが計算でき、つまりは許されるエネルギーEが決まることになる。

 とはいえ、この連立方程式は解析的に解を求められない(式変形で答えは出せない)ので、グラフか数値計算に頼ることになる。左の図はκ=ktan kdとk^2+κ^2={¥sqrt{2mV_0}/¥hbar }の両方をグラフに書き込んだもので、少しスケールを変えて横軸はkd、縦軸はκdになっている。タンジェントの性質により、kd=mπ(mは整数)ではκ=0となる。グラフではκ<0の部分も書いているが、実際にはもちろんκ>0でなくてはならない。

 図に二つの円が書いてあるが、これはV_0がいろんな値をとっている場合でののk^2+κ^2={¥sqrt{2mV_0}/¥hbar }を表している。小さい円ではκ=ktan kdとの交点は一つしかない。一方、大きい方の円では交点は二つある。円の半径が大きくなれば(V_0が大きくなれば)交点の数はどんどん増えて行く。この交点の位置のエネルギーだけが許されるわけであるから、やはりエネルギーが量子化されていることになる。それゆえ、束縛されている状態の時「離散スペクトルを持つ」とか「離散的固有値を持つ」というふうに言う。グラフの形から、かならず一つは交点があることになるが、いくつあるかはdやV_0など、問題設定によって変わる。

次に奇関数の場合を考えてみよう。

 ψ(x)= ¥cases{-Be^{κ x} & x<-d ¥cr sin kx & -d<x<d ¥cr Be^{-κ x} & x>d}

とおけばよい。

【問い34】接続条件を式で書け。
【問い35】kとκのグラフの概形を書いてみよ。
【問い36】偶関数解と違って、V_0の値によっては一つも解がない場合がある。一つも奇関数解がない条件を求めよ。
【問い37】奇関数解の中に、偶関数解と同じエネルギーを持つものがない(縮退がない) ことを示せ。
【問い38】ポテンシャルの高さV_0が無限大の時、偶関数および奇関数の場合のエネルギー固有関数とエネルギー固有値は3.1節の答えと同じになることを示せ。

今日の宿題は以上5問。

 右の図はエネルギー固有値の低い方から3つ(偶関数二つ、奇関数一つ)の解をグラフで表したものである。真中の薄く塗られた部分が井戸の穴である。この中ではE_運>0となっている(グラフの曲がり具合を確認しよう)。

 例によってjavaで束縛された波動関数のグラフを見るプログラムが作ってあります。ポテンシャルの高さや幅をいろいろ変えて、波が現われたり消えたりするところを見てみてください。

 井戸の外ではE_運<0となり、波動関数は急速に減衰せねばならない。エネルギー固有値の大小はkの大小、つまりは運動量の大小で決まる。これより運動量の大きい、つまり波長の短い波は、この井戸の内部に閉じ込めることはできない。

736x246(1812bytes) 不確定性関係を使って見積もると、井戸の幅が2dなので、この中に入る波は最小でもΔ p ={h/2d}ぐらいの運動量の不確定性をもたなくてはいけない。そのために((Δ p)^2/2m)=(h^2/8md)ぐらいのエネルギーはもってしまう。そのエネルギーが井戸の深さよりも大きいと、波は外に拡がってしまうわけである。基底状態(偶関数解で、もっともエネルギーが低く波長の長いもの)は、井戸の外まで拡がるような波の形になっているおかげでこの制約をまぬがれていると言える。上の図は、狭い井戸に束縛された粒子の基底状態を示している。波のΔxが井戸の幅よりもかなり大きくなっている。

 波長の短い波を無理矢理井戸の中にいれちゃうことはできないんですか?
 無理矢理いれたとすると、その粒子は波長が短い、つまり運動量の大きい粒子です。ということは、大きいエネルギーを持っているから束縛されずに井戸の外にどんどん出て行きます。そうなった場合の計算が次の節です。

 

3.5 井戸型ポテンシャル:束縛されていない状態

 というわけで、まず束縛されていない場合での波動関数のアニメーションをまたみせた。計算に関しては最小限の説明ですませている。次の節で、箱型ポテンシャルを通過する波について授業する。

 前節では遠方で減衰する解を計算した。その条件はV_0>Eであった。この条件が満たされない時は、遠方でも減衰せずに波が進行していくことになる。このような場合の解を求めよう。やはり偶関数解を仮定すると、

 ψ(x)= ¥cases{Ce^{-ik'(x+d)}+De^{ik'(x+d)} & x<-d ¥cr cos kx & -d<x<d ¥cr Ce^{ik'(x-d)}+De^{-ik'(x-d)} & x>d}

となる。井戸の中(-d<x<d)の波動関数は偶関数であることからcosでなくてはならない。井戸の外に関しては「偶関数だからcos」などと短絡的に考えてはいけない。x→ -xをすると、x<-dの領域とx>dの領域が入れ替わることに注意しよう。それぞれの領域での波動関数をψ_左とψ_右とすれば、この二つの関数についてψ_左(x)=ψ_右(-x)が成立せねばならない(井戸内についてはψ_内(x)=ψ_内(-x)のように一つの関数に対して要求している)。この条件は、二つの関数の間に関係があることを示しているのであって、けっしてψ_左(x)=ψ_左(-x)のような条件をつけない。だから、|x|>dの領域の関数はcosでもsinでもなく、一般的な波である。

 また、ここでも規格化をせず(どうせこのように無限に拡がった波を∫ψ^*ψ dx=1にはできない)、原点での波の振幅を1にしておいた。

 さて接続条件を計算すると、

C+D = cos kd, ik'(C-D) = -ksin kd

という二つの式が出るので、これでC,Dを求められる。

C = (1/2)(cos kd +i(k/k')sin kd)
D = (1/2)(cos kd -i(k/k')sin kd)

というのが答である。

 奇関数解は同様の考察のもと、

 ψ(x)= ¥cases{-G e^{-ik'(x+d)}- He^{ik'(x+d)} & x<-d¥cr sin kx & -d<x<d ¥cr G e^{ik'(x-d)}+H e^{-ik'(x-d)} & x>d }

とおいて、接続条件

G+H = sin kd,    ik' (G-H) = k cos kd

から、G,Hが求められる。

G = (1/2)(sin kd -i(k/k')cos kd)
H = (1/2)(sin kd +i(k/k')cos kd)

となった。C,DおよびG,Hは互いに複素共役である(C^*=D,G^*=H)ことに注意せよ。これは、左行きの波と右行きの波は位相がずれているだけで同じ振幅であることを意味する(そういう答えが出てくるのは当然である)。

 ここで束縛されていた状態との大きな違いは、k,k'の値にはなんら制限が付かないということである。よってエネルギー固有値E={¥hbar^2 k^2 /2m}もE>V_0であるという以外には、なんの制限もつかない。束縛状態で起こった、エネルギーの量子化は、ここでは起きない。数式上そのようになる理由は、束縛されている場合はされていない場合に比べ、遠方で増大する解が落ちるという条件が余分に加わっているからである。よってエネルギーは連続的な値を取れる。これを「連続スペクトルを持つ」とか「連続的固有値を持つ」とか言う。

 なお、ここで求めた解は偶関数または奇関数であるため、必然的に左行きの波と右行きの波が同じ重みで(同じ振幅で)入っている。よって、「左から粒子が入射して、真中のポテンシャルで反射する波と、ポテンシャルを通り抜ける波に分かれる」という状況は、上の答えの中には入っていない。そのような状況にするためには、偶関数解と奇関数解を適当に組み合わせる必要がある。たとえば、(偶関数解)-(D/H)(奇関数解)とすることで、

 ψ(x)= ¥cases{(C+{GD/H})e^{-ik'(x+d)}+2De^{ik'(x+d)} & x<-d¥crcos kx-{D/H}sin kx & -d<x<d ¥cr(C-{GD/H}) e^{ik'(x-d)}& x>d}

という解が作れる。この解ではx>dの領域には左行きの波が存在しないので、左側から入射して波が反射している場合を計算していることになる。このような状況での計算については次節でより詳しく行う。

 

学生の質問・コメントから

 井戸型ポテンシャルってどんな例があるんですか?(似たような質問多数)
 現実的な話だと、こんなにきっちりと四角形のポテンシャルなんてありません。もっとぐにゃぐにゃ曲がった関数ポテンシャルの中に粒子はいます。しかし、「粒子が引力によって引っ張りこまれる状況」であれば、シュレーディンガー方程式を解いた結果は、だいたいこんな感じ(古典的に許される領域では波ができていて、その外では急速に減衰する)になります。原子の回りを回る電子とか、原子の振動とか。実際に現実に近い計算をやると、ものすご〜く難しくなりますが。

 最近どうも量子力学にだまされているような気がしてきた。
 私はここ20年ずーーーっとそう思ってます。しかし、奴のだまし方は実に巧妙です。量子力学ってうまくできているなぁ、と思います。

 演習の問題をやっているとき、定常状態のシュレーディンガー方程式について時間発展の項がexp(-iEt/hbar)になることを示せという問題があった。
 ここで、「ん?シュレーディンガー方程式を作ったとき、ψ=exp(-iEt/hbar)のような形を仮定して作ったのはなかったっけ?」と思いパラパラと本を見るとやはり仮定している。
 ということはシュレーディンガーは定常状態を仮定して作ったら、定常状態でない解をみつけてしまったということなのかなと思った。
 これは、「波は重ね合わせることでいろんな波を作ることができる」あるいは逆に「どんな波も正弦波で分解することができる」ということを使って状態をエネルギー固有状態の和で分解している、と考えればよい。つまりシュレーディンガーはどんな波動関数もエネルギー固有状態で展開できることを仮定して、それぞれの固有状態に対して成立するように方程式を作った、ということになるのかな。

 井戸型ポテンシャルは、簡単な言い方したら、「元気のいい運動神経抜群の子は少しぐらい井戸が深くても外に出てもぴんぴんしているけど、運動神経が多少足りない子は、あまり井戸を出れず、井戸を出れてもばてばてになっている」というような考え方でいいんですか?
 どっちかつーと運動神経の良し悪しよりも、「エネルギーが一杯かどうか」、つまり「腹一杯かどうか」の差で考えよう。腹一杯食わずに井戸上ると、上った後でばててしまってもう動けねえ、という感じで。

 

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