第7回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る   第9回へ

 

3.3 波動関数の浸み出し

 前節で問題を解く時、E-V_0>を仮定した。そうでないと{¥hbar^2 (k')^2/2m}=E-V_0から決まるk'が虚数になってしまうからである。しかし、物理的状況としてはE-V_0<0という状況だって有り得る。その場合どうなるのだろうか。もう一度シュレーディンガー方程式を解き直そう。

 -{¥hbar^2/2m}{¥partial^2/¥partial x^2}ψ =(E-V_0)ψ

であるがE-V_0<0なので、この解は

ψ= D e^-κx + E e^κx

となる。

 係数EとエネルギーEに同じ文字を使ってしまっているが、もちろんこれは別もの。文脈で理解して欲しい。もっとも、係数Eはすぐにいなくなる。

ただし、κは

 {¥hbar^2κ^2/2m}= V_0-E

を満たす正の実数である。二つの解ではあるが、E e^κxの方は無限遠で発散してしまうので、物理的にこんな答えは有り得ないということで捨ててしまおう。すると、今度は接続条件として、

1+R = D
ik(1-R) = -κ D

という式が出ることになる。この式を解けば、

 D={2k /k+iκ},R={k-iκ/k+iκ}

となる。この場合、D,Rが複素数となることに注意しよう。なお、結果だけを見ていると、E-V_0>0であった時のP,Rのk'の部分を単純にk'→ iκと置き換えた形になっている。

浸み出しが起こる場合のグラフ

まず、Rの位相を計算しておこう。一般の複素数a+ibは

 a+ib=¥sqrt{a^2+b^2}({a/¥sqrt{a^2+b^2}}+i{b/¥sqrt{a^2+b^2}})=¥sqrt{a^2+b^2} (cosα+isinα)=¥sqrt{a^2+b^2} e^{iα}

のようにして絶対値¥sqrt{a^2+b^2}と、位相部分e^iαに分離できる。ただしαは

 cosα = {a/¥sqrt{a^2+b^2}},sinα = {b/¥sqrt{a^2+b^2}}

によって決まる(この式はcos^2α+sin^2α=1を満たしていることに注意)。

 R={k-iκ/k+iκ}の位相を求めるために、まず分母を

 k+ iκ = ¥sqrt{κ^2+k^2}e^{iφ}‾‾‾‾つまり、cosφ={k/¥sqrt{κ^2+k^2}},sinφ={κ/¥sqrt{κ^2+k^2}}

とおく。すると、

k+iκ =& ¥sqrt{κ^2+k^2}e^{iφ}¥¥- iκ =& ¥sqrt{κ^2+k^2}e^{-iφ}¥¥

となる。よって、Rは、

 R= {¥sqrt{κ^2+k^2}e^{-iφ}/¥sqrt{κ^2+k^2}e^{iφ}}= e^{-2iφ}

 つまりこの場合、反射波の位相は-2φだけずれることになる。定義からして、φは0<φ<(π/2)を満たす角度(第一象限内)である。この計算でわかったように、E<V_0の場合、反射波の振幅を表すRの絶対値が1になる。つまり、結局は全部が跳ね返っていることになる。

 同様に計算するとDは

  D=&{2k/¥sqrt{κ^2+k^2}e^{iφ}} =2cosφ e^{-iφ}

となる。Dの位相のずれは-φとなり、Rの位相のずれのちょうど半分である。複素平面上に図を書いてみると、1+R=Dという式が右のように書ける。|R|=1を考えると、Dの位相がRの位相のちょうど半分であること、長さが2cosφであることの両方が、グラフ上でも理解できる。

【問い30】ψ^*ψの値を計算し、極大になる点と極小になる点がどこか求めよ(φを使って答えてよい)。

 D=0でないから、壁の内側でも粒子の存在確率はゼロにならない。ただし、その確率は壁の中に入るにしたがってどんどん小さくなる。「大きくなる方の解を捨てたから、小さくなる解だけが残ったのではないか。大きくなる解が残ったらどうなるのか」と気にする人がたまにいる。しかし、ψ^*ψが確率密度を表すことを思い出して欲しい。壁の内側でどんどん確率密度が大きくなってしまうとすると、∫ ψ^*ψ dxが無限大になってしまう。相対的に考えると、入射波(振幅が1)の存在確率は0である。つまり、そんな粒子は入射してこれない。

 このようにシュレーディンガー方程式を解くと、古典力学的にはありえない、「運動エネルギーが負の状態」が解として出てきて、古典力学的には到達し得ないところにまで波動関数が浸み出してくることになる。3.1節で考えた、波動関数が壁でぴったりと0 になるような場合というのは、ポテンシャルの高さVが無限大の極限になっている。この場合はκ=∞であって壁に入るなり波動関数は0になる。

 ここで、古典的に見て運動エネルギーがプラスの時とマイナスの時の波動関数のグラフの違いを指摘しておこう。グラフ上の違いの話しなので、波動関数の実部の部分だけを考える。運動エネルギーがE_運という固有値を持っているとすると、

 -{¥hbar^2/2m}{¥partial^2/¥partial x^2}ψ= E_{運}ψ‾‾‾つまり、 {{¥partial^2/¥partial x^2}ψ/ψ}= -{2mE_{運}/¥hbar^2}

という式が成立する。E_運>0ならば、ψと{¥partial^2/¥partial x^2}ψの符号が反対になる。二階微分はグラフで書いた時、線の曲がり具合を表す(もし二階微分が正ならば傾きが大きくなっていくし、負ならば小さくなっていく)。つまりE_運>0の時、ψは正の領域では傾きが小さくなる方向に曲がり、負の領域では傾きが大きくなる方向に曲がる。これは結局、ψがプラス側にある時はマイナス側に曲がり、マイナス側にある時はプラス側に曲がるということであるから、振動が起こることになる。

 E_運<0ならば、この傾向がまったく逆になり、むしろ0から離れる方向に曲がる。結果として、もし最初に0から離れる方向へ変化していたとすると、ψはどんどん0から遠い方へ離れて行き、最終的には発散する。もし最初に0に近付く方向へ変化していたなら、その変化がどんどん減るが、曲がり具合(二階微分)も0 に近付いて行くため、ψ=0という直線に漸近的に近付いていくことになる。いずれにせよ、xの関数としてのψは振動しない。そういう意味では波動関数が「波動」であるのはE_運>0の場合だけである。

もともとシュレーディンガー方程式を作った時は、アインシュタインとド・ブロイの関係式(E=hν,p=(h/λ))を満たすような波動方程式として作ったのだから、解として「波ではない関数」が出てきた時に、「こんな状況でもシュレーディンガー方程式を信用してもいいのか?」ということが気になるかもしれない(というより、物理をやる人はこういうことを気にして欲しい。たとえ方程式が解けても、答えとして出てきたものが妥当ではない場合だっていくらでもあるのだから)。実際のところこういう状況でもシュレーディンガー方程式が成立してくれるのかどうかは実験で確かめるべきことである。

 結果を述べると、実際にこんな現象が起こっていることがいろいろな現象で確認されている。例えば原子核のα崩壊(原子核内部からα粒子すなわちヘリウムの原子核が飛び出してくるという現象)は、古典的には起こり得ない。原子核の結合エネルギー(核力という力で陽子や中性子どうしが互いに引っぱりあう引力による)を計算すると、α粒子は外に出ることはできない。しかし量子力学的な浸み出しによって外に出る。いったん外に出てしまうとα粒子と原子核(どちらもプラスに帯電)はクーロン斥力によって離れていくので、α粒子の放出が起こる(上の図参照)。

 よりこの状況近いモデルでのシュレーディンガー方程式を次の節で解く。このようにして古典力学では越えられない壁を量子力学的に越えてしまうことを「トンネル効果」と呼ぶ。半導体などの中を走る電子のトンネル効果は現代のエレクトロニクスの基礎となっている。

 さらには、実は太陽が輝いていられるのもトンネル効果のおかげである。太陽内部では陽子(水素原子核)が衝突して核融合しているが、実は古典力学的に計算すると陽子は衝突できない。プラス電気を持っているために反発して、衝突前に離れてしまうのである。この場合のポテンシャルの壁はクーロンポテンシャル(ke^2/r)である。ところが、この場合も波動関数の浸み出しによって小さい確率だが陽子と陽子が接触することができて、核融合が起こる。小さい確率なのに太陽があのように光輝いていられる理由は、その小さい確率を補うにあまりあるほど、太陽が多くの陽子を含んでいるからである。通常、ミクロな世界にだけ顔を出すと思われている量子力学だが、太陽の光という、目に見える恩恵をもたらしてくれるものでもあるのである(さらには宇宙の始まりすら「``無''からトンネル効果で産まれた」などと言う人もいる。何年か前に「虚数の時間で考えれば、宇宙には始まりも終わりもない」と言うホーキングの言葉がCMで使われていたが、あの「虚数の時間」というのはトンネル効果を意味している。ここまでの式でも、k→ iκと波数(運動量)を虚数にするとトンネル効果が記述できている。これは虚数の時間を使っていることに対応する。もっとも、これがほんとうなのかどうかはまだわからない)

 以下は授業では説明してない。このままとばして、来週は次の節から始める可能性大。

 ここでは階段状のポテンシャルを考えた。もっと複雑なポテンシャルの場合、シュレーディンガー方程式を解くのは難しくなるが、波動関数がどう減衰して行くかを近似計算することができる。まず考えている空間x_0<x<x_N をN等分して、Δ x={x_N-x_0/N}ごとに刻む。その一区画x_n<x<x_n+Δ xの中ではポテンシャルV(x)が定数であると近似する(つまり、ポテンシャルを細かい階段状ポテンシャルで置き換える)。そうすれば波動関数の振幅は、その区画内でe^-κ_n Δ x倍に減衰することになる。ただし、κ_n={¥sqrt{2m(V(x_n)-E)}/¥hbar}である。

x=x_0からx=x_Nまででの波動関数の減衰を考えると、

 e^{-κ_1 Δ x} e^{-κ_2 Δ x}… e^{-κ_N Δ x}= e^{-(κ_1+κ_2+… +κ_N)Δ x}

となるが、Δ x→0とすれば

 ¥lim_{Δ x→ 0}{(κ_1+κ_2+… +κ_N)Δ x}→ ∫_{x_0}^{x_N}{¥sqrt{2m(V(x)-E)}/¥hbar}dx

と置き換えられる。すなわち、x_0での波動関数はx_Nでの波動関数の

 ¥exp¥left[{-{1/¥hbar}∫_{x_0}^{x_N}{¥sqrt{2m(V(x)-E)}}dx}¥right]

倍に減衰していることになる。expの肩の(1/¥hbar)という(日常の生活レベルにおいては)大きな数字が来ているおかげで、この減衰は非常に速い。

 なお、今行った計算は近似計算であり、厳密解ではない。一般にe^F(x)のような関数を二階微分すると、

  {d^2 /dx^2}e^{F(x)}={d/dx}({dF/dx}(x)e^{F(x)})=({d^2 F/dx^2}(x)+({dF(x)/dx})^2)e^{F(x)}

という形になる。今の場合

F(x)= -{1/¥hbar}∫_{x_0}^{x} {¥sqrt{2m(V(x')-E)}}dx'
(dF/dx)(x)=-{1/¥hbar}{¥sqrt{2m(V(x)-E)}}
(d^2 F/dx^2)(x)=-{1/¥hbar}{m{dV/dx}/¥sqrt{2m(V(x)-E)}}

となる。この(d^2F/dx^2)の項はシュレーディンガー方程式を成立させるにはじゃまな項になる。シュレーディンガー方程式の左辺のψにe^{-{1/¥hbar}∫_{x0}^x{¥sqrt{2m(V(x')-E)}}dx'}を代入すると、

( -{¥hbar^2/2m}{d^2 /dx^2}+V(x)) ψ =(E+{1/2}{{dV/dx}/¥sqrt{2m(V(x)-E)}})ψ

となり、答えはEψとならず、(dV/dx)に比例する項が残る。この項を無視する近似をすれば、これが解となるのである。以上のような計算はV(x) の変化が十分ゆっくりな時のみ使える近似であることに注意せねばならない。

【問い31】垂直投げ上げ運動を量子的に扱うと、そのシュレーディンガー方程式は( -{¥hbar^2/2m}{¥partial^2/¥partial x^2}+mgx)ψ= Eψである。mgH=Eとする。古典力学的に考えるとx=Hが最高点である。その最高点よりΔ H上での波動関数はx=Hの場所の何倍になっているか? 上で説明した近似計算で求めてみよ。

【問い32】太陽の中心部では、1.5×10^7K程度の温度になっていて、陽子と陽子の核融合が起こっている。単純に考えると陽子は一個あたり{3/2}kT(kはボルツマン定数1.38×10^-23[J/K]、Tは絶対温度)ぐらいのエネルギーを持っているはずである。このエネルギーではたとえ二つの陽子がうまく正面衝突したとしても、(古典力学的に考えるかぎり)陽子どうしが接触できないことをしめせ。電荷eを持つ荷電粒子が距離rにある時、ポテンシャルエネルギーは{ke^2/r}である。陽子の電荷eは1.6×10^{-19}C、クーロンの法則の比例定数kは9.0×10^9、陽子の半径はR=1.0×10^-15mとする。 【問い33】おおざっぱに見積もれば、陽子が接触する確率はe^{- 2 {¥sqrt{2m(V-E)}/¥hbar}Δr} となる。ただし、Eは陽子の持っているエネルギー、Vがポテンシャルの平均値で、陽子の半径でのクーロンポテンシャルの値として近似できる(Eは小さいとして無視してよい)。Δ rが通り抜けなくてはいけない距離で、Δ rは(古典的にもっとも接近できる距離)- (陽子の半径) だが、これも陽子の半径は無視できる。以上の近似をして、だいたいの確率を計算してみよ。陽子の質量を1.7×10^-27kgとする。

 

今日は宿題は無し!!

 

学生の質問・コメントから

 トンネル効果は実際に眼で見ることはできませんか?
 もしボールとか転がしてどっかから出てくる、みたいな意味で「眼に見える」を考えているなら、それは無理というものです。テキストにも書いたように、プランク定数が小さすぎます。

 太陽が量子力学のおかげで燃えていたとはびっくりしました(同趣旨多数)
 意外でしょうが、量子力学ってほんとに大事なんですよ。

 α崩壊ってどんな時に起きるんですか?
 ところ嫌わず、ありとあらゆる場所で起きてます。たぶん授業やっている教室でもそこらじゅうで。いつ起こるのかはまさに「量子力学的確率しだい」です。

 核融合した水素原子はヘリウムになるのですか、爆発して消えるのですか?
 爆発して消えるってそんなばかな(^_^;)。ヘリウムになります。だから太陽の中の水素は減っていって、ヘリウムが真ん中にたまっていきます。

 分子の結合は量子力学で表現できるんですか?
 もちろん。分子の回りの電子の波動関数の重なりこそ、分子の結合のメカニズムです。

 だんだん難しくなってきた(;_;)
 こういう声もどんどん増えてきましたが、言うたらなんですが、量子力学は難しいのがあたりまえ。そこをふんばってがんばりましょう。

 太陽内の核融合はトンネル効果という話でしたが、水素爆弾はどうなのですか?
 水素爆弾は、真ん中で原子爆弾が爆発して太陽中心より高い温度を実現させてます。トンネル効果のお世話にはなってません。

 運動エネルギーがマイナスでpとtが虚数になるのはよくわかりません。
 運動エネルギーはp^2/2mなので、マイナスになるためにはpが虚数にならなくてはいけません(mは正としましょう)。またp=m(dx/dt)なので、mとxが実数なら、tが虚数ということになります。まぁあくまで「と、解釈することもできる」というお話です。

 運動エネルギーがプラスの場合とマイナスの場合のψのグラフのイメージがわきません。
 運動エネルギーの部分だけ見ると、シュレーディンガー方程式は単振動と同じ方程式になっています。そこをよく見ながら、式とグラフを見直してください。

 

第7回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る  第9回へ