第6回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る  第8回へ

 

3.2 有限の高さのポテンシャル障壁にぶつかる波

 

 前節で考えたのは、粒子が箱の中に閉じ込められている場合であった。そこでは「境界より外では波動関数が0になる」と考えたが、これはつまりそこに「無限の位置エネルギーの、越えられない壁」があって、波動関数がそちらに侵入できないのだと考えられる。しかし、実際にはそう単純なものではなく、なんらかの有限の高さのエネルギーの障壁によって跳ね返されると考えた方がいいだろう。そこでこの節と次の節では、ポテンシャルの障壁に波があたった時に何が起こるかを考えよう。2枚の壁にはさまれた場合については、次の次の節で計算する。

 そこで

 V(x)=¥cases{V_0 & x>0¥cr 0 & x<0}

のように、x=0を境に階段状に増加するポテンシャルに、x軸負の方向から粒子を入射させてみよう(図ではV_0>0として書いているが、場合によっては負であってもよい)。解くべきシュレーディンガー方程式はx<0領域では

 -{¥hbar^2¥over2m}{∂^2¥over ∂ x^2}ψ =  i¥hbar{∂¥over ∂ t}ψ

であり、x>0領域では

¥left( -{¥hbar^2¥over2m}{∂^2¥over ∂ x^2}+V_0¥right)ψ = i¥hbar{∂¥over ∂ t}ψ

である。とりあえず定常状態解(つまりエネルギー固有関数)を求めることにして、左辺をEψと置き換える。すると結局、

 -{¥hbar^2¥over2m}{∂^2¥over ∂ x^2}ψ =¥cases{Eψ& x<0¥cr(E-V_0)ψ & x>0}

を解けばよいことになる。E-V_0の符号に注意せねばならないが、まずはE-V_0>0 だとするならば、解は

 ψ=¥cases{e^{ikx}+Re^{-ikx} & x<0 ¥cr Pe^{ik'x} & x>0 }(3.17)

となる。ただし、{¥hbar^2 k^2¥over 2m}=E,{¥hbar^2 (k')^2¥over 2m}=E-V_0である。ここで、x>0の領域にいるのは、左からやってきた波e^ikxの一部が壁を乗り越えてやってきているのだろうから、どれくらい透過したかを示す係数Pをつけて表した。一方x<0では、壁のところで一部反射して左行きの波ができる可能性があるので、その波がRという係数をもっているとして足し合わせた。P,Rは一般に複素数でよいが、その値はx=0における接続で決まる。|P|は透過波の、|R|は反射波の振幅に対応する。

 なお、係数を簡単にするために入射波の振幅を1にしたので、この波動関数は規格化されていないことに注意せよ。実際このように無限に拡がった波動関数を考える時、運動量の固有状態であるe^ikxを1に規格化することはできない。有限の体積であれば、

_V ψ^* ψ dx = ∫_V e^-ikx e^ikxdx = ∫_V dx = V

であるから、{1¥over¥sqrt{V}}e^{ikx}と規格化しておくことができる。しかしV=∞ではこれは不可能である。

以下の「長い註」は授業ではとばした。

【以下長い註】(この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい) 体積無限大でなんらかの規格化をしたい時は、以下のように定義されたデルタ関数を使って、∫ψ^*_kψ_k'=δ(k-k')となるように規格化(デルタ関数的規格化と呼ぶ)することが多い。

デルタ関数とは、任意の関数f(x)とかけて積分することにより、

∫ f(x) δ(x) dx = f(0)

となるような関数である。当然、これを平行移動したδ(x-a)に対しては、

∫ f(x) δ(x-a) dx = f(a)

が成立する。単純に考えると「x=0以外では0になっていて、x=0でだけ無限大の高さを持っているが、積分すると1になるような関数」ということになる。

デルタ関数にはいくつかの表現がある。もっとも単純な表現は

 δ(x)=¥lim_{δ¥to 0}{θ(x+δ)-θ(x-δ)¥over  2δ}={dθ(x)¥over dx}(3.21)

である。ただしθ(x)は階段関数と呼ばれ、

 θ(x)=¥cases{1&x>0¥cr 0 & x<0}

で定義されている。この関数のグラフは図のようになるので、δ→0ではx=0でのみ(無限大の)値を持ち、0を含む範囲で積分すれば答えは1である(グラフの四角形の面積を計算することになるから)。任意の関数f(x)をかけてから積分すればf(0)が出てくることも確かめることができる(ただし、それが成立するためには、lim_x→0f(x)が有限で確定した値を持たなくてはだめ)。

【問い26】以下のデルタ関数の性質を証明せよ。

1. δ(-x)=δ(x)
2. δ(cx)=(1/|c|)δ(x)(cは定数)
3. δ((x-a)(x-b))=(1/|a-b|)(δ(x-a)+δ(x-b))

 デルタ関数にはいろいろな表現があるが、ここで便利なのは

{1¥over2π} ∫_{-∞}^∞ e^{ikx} dk=δ(x)(3.23)

である。

【問い27】(3.21)と(3.23)が同じ意味を持つことを、以下の手順で示せ。

1. (3.21)の極限Δ→0をとらずに、フーリエ変換する。
2. フーリエ変換の結果の、Δ→0の極限をとる。
3. 逆フーリエ変換で戻す。

註:
フーリエ変換:
F(k)={1¥over¥sqrt{2π}}_-∞^∞ f(x) e^-ikx dx
逆フーリエ変換:
f(x)={1¥over¥sqrt{2π}}_-∞^∞ F(k) e^ikx dk

ψ_k(x)={1¥over¥sqrt{2π}}e^ikx

のように{1¥over¥sqrt{2π}}という係数をつけてψ_kを定義すると、

∫ ψ^*_k'ψ_k dx = (1/2π)∫ e^i(k-k')xdx = δ(k-k')

となる。この時、k=k'では∫ ψ^*_k ψ_k dx=∞となっていることになる(数学的にうるさいことを言うと、このような規格化を使ったのではベクトルの計算で使える公式や定理が使えなくなるのであまりよろしくない。ただ、物理屋はあまりそういうことを気にせずにがんがんと計算してしまうのが普通である)。我々が今計算したいのは、「入射してきた波のうちどの程度が反射し、どの程度が透過していくのか」という割合であって、割合を計算する分には規格化は必要ない。そういうわけでここではこの規格化は使わないが、いずれ使うことになるだろうから説明をいれた。

 以下では規格化はおこなわず、入射波の振幅を1として他の波の相対的な大きさだけを考えることにする。この場合はψ^*ψは確率密度を表さないが、確率密度に比例した量にはなっている。

 (3.17)でx>0とx<0にわけてシュレーディンガー方程式の解を求めた。x=0では、この二つの解の、ψと{dψ¥over dx}が連続的になっているという条件を置こう。ψや一階微分がつながってなかったとしたら、シュレーディンガー方程式は絶対に満足できない(シュレーディンガー方程式自体にδ(x)のような発散項が入っている場合は別)。一方、シュレーディンガー方程式を見るとわかるがV(x)が不連続なのだから、二階微分(d^2 ψ/dx^2)は必然的に不連続となる(ということは三階以上の微分は定義できない)。ψ(x=0)の接続条件から、

1+R =P         (3.26)

という式が出る。また微分(dψ/dx)|_x=0の接続から、

ik(1-R)= ik'P       (3.27)

が成立する。この二つを解く。ik'×(3.26)-(3.27)により、

ik'(1+R) - ik(1-R)=0   →   R= (k-k'/k+k')

が出るし、ik×(3.26)+(3.27)によって、

2ik = i(k+k')    →   P=(2k/bk+k')

が出る。

 ここで、Pは常に正であるが、Rはk>k'なら正、k<k'なら負である。{¥hbar^2 k^2¥over 2m}=E,{¥hbar^2 (k')^2¥over 2m}=E-V_0なので、V_0>0 ならばk>k'である。この場合はポテンシャル的には「壁を登る」ということになる。逆にV_0<0の時k<k'となるが、この場合は壁を登るというよりは「階段を下りる」感じになる。この二つで反射の様子は大きく異なる。たとえば電子が金属内から空気中に飛び出す時などがV_0>0の状況に値する。ポテンシャルは空気中の方が高い(金属は電子を引っ張りこもうとする)ので、飛び出した後、電子の運動エネルギーが減少する。もし十分な運動エネルギーを持たなければ空気中には出て行けない(光電効果の話を思い出せ)。

 まず、k>k'の場合のグラフを見よう。この場合、粒子はポテンシャルの高い方向に向けて入射・透過するので、透過後は運動エネルギーを減らして波長がのびる。そして、反射波の位相はずれていない。このことを理解するには、「グラフの入射波が壁にあたらずにそのままつづいたとしたらどんな波ができたのか」と考えるとよい。このグラフの場合、もし壁がなければ、境界のすぐ右には山ができていたはずである。実際には境界があって反射が起こったわけであるが、本来境界のすぐ右にできるはずだった山は向きをかえて、境界のすぐ左に存在している。つまり、「山が山として跳ね返った」ということである。

k>k'の場合の反射と透過

【問い28】k>k'のグラフをよく見ると、透過波の振幅は入射波の振幅より大きくなっている。これは透過波の振幅の絶対値{2k¥over k+k'}という式からもわかる。しかし入射波が透過波と反射波に分かれると考えると、振幅が増えるのはおかしいような気もする。なぜ振幅が大きくなるのか、物理的理由を考えよ。

(hint:古典的に考えると、k>k'ということは、透過後の方が粒子の運動量が小さくなっているのだが…)

 この問題は計算などではなく、物理的に現象を頭に思い浮かべて考えて欲しい。波として考えるより、古典的な粒子で考えた方が正解に近付くだろう。ポテンシャルの壁をのぼって運動エネルギーをなくして、へろへろと遅い速度で動いているところを思い浮かべてみよう。

k<k'の場合の反射と透過

 k<k'の時Rは負の実数である。つまり、e^ikxとR e^-ikxは、x=0 において符号反転している。e^i(θ+π)=-e^iθであるので、このことを「位相がπずれる」という言いかたをする(この場合は「反転する」というもっとわかりやすい言葉があるんだから、かっこつけて「位相がπずれる」なんて言わなくていいのになぁ、と思うかもしれない。こんな言葉を使うのは、後でπではない「位相のずれ(phase shift)」が出てくるからである)。グラフ上で符号が反転していることは次のように確認できる。このk<k'の場合も、グラフでは境界のすぐ左には入射波が谷になっている。もし壁がなかったとするならば、境界のすぐ右には山ができていたはずである。ところが壁があるので波が反射された。反射波は壁のすぐ左で谷となっている。つまり「山が谷になって跳ね返って来た」のである。

k<k'で符号反転し、k>k'ではしない理由をおおざっぱに言うと以下のような説明ができる。

 透過波の微係数の絶対値k'P=(2kk'/k+k')は、入射波の傾きの絶対値k に比べ、k<k'では大きくなり、k>k'では小さくなる。これは、k<k'では波長が短かくなり、波が圧縮された形になる(当然、傾きは増える)ということの反映である。入射波より透過波の方が傾きが急になっているが、合成波(入射波+反射波)の傾きは透過波と同じでなくてはならない。そのため、反射波は入射波の傾きを強める波でなくてはならない。k>k'では逆に傾きを弱めなくてはならない。

 もう一つの説明は、k<k'では透過波は入射波より大きい振幅を持つことを使う。透過波と合成波はつながっているのだから、合成波が境界で強め合っていないと困る。つまり反射波は符号反転せずに足し算されねばならない(なぜ振幅が大きくなるのかは問い28の答えである)。

 まとめると、ここで起こった現象は以下の表のようになる(k>k'の場合を自由端反射、k<k'の場合を固定端反射と分類する場合もあるが、この場合はk<k'でも、端にあたる壁の部分の波は固定されているわけではない)

波数の関係 ポテンシャル 波長 位相速度 群速度 反射波の位相 境界で波は
k>k' 高い方へ 長くなる 速くなる 遅くなる ずれない 強め合う
k<k' 低い方へ 短くなる 遅くなる 速くなる πずれる 弱め合う

【問い29】 x<0、x>0のそれぞれの領域でのψ^*ψを計算せよ。これは確率密度に比例する。x<0の領域において、ψ^*ψが極大となるのはどんな点か。

 今週の宿題は問い28だけでよい。

 

 例によって、この波の反射/透過の様子のアニメーションのJavaアプレットがあるので遊んでみて欲しい。今日の授業のほとんどはこのアニメーションを見せながら話していた。その途中で出た質問をいくつか。

 位置エネルギーを大きくすると何が起こるんですか?
 それは来週くわしくやるつもりなんだけど、古典的には粒子がそちらにいけなくなるほどに壁の位置エネルギーの高さが高いと、波動関数が右へと進行していくことができなくなります。

 V_0<0の場合、位置エネルギーが小さくなるから運動エネルギーが増えるという話しでしたが、これ見ると波が遅くなっているように見えるんですけど?
 ええ、遅くなってます。でも、これで見ている波の速度というのは位相速度なんです。粒子として運動している時の速度に対応するのは群速度の方で、群速度で見るとちゃんと速くなってます。群速度が見えるようなアニメーションもありますので、こっちも見てください(実際には授業の最後で見せた)。

 

学生の質問・コメントから

 アニメーションのプログラムって先生が作っているんですか。すごいですね。
 「すごい」ってほどのもんじゃないです。けっこう簡単です。

 ポテンシャル障壁が傾いていたらどうなりますか。
 ちょっとずつ波長が長くなりながら進行して行き、古典力学的な限界点を越えると減衰して行きます。

 波だと必ずe^ikxとおけるのですか?
 運動量の固有状態になっている波なら、こうおけます。今の場合、エネルギー固有状態を考えましたが、位置エネルギーが定数の場合、これは運動量の固有状態と同じことです。

 位相速度と群速度がわかりません。どの分野で出てくる概念ですか。
 量子力学でも使うし、電磁気の電磁波のところでも使います。光学や波動の一般論でも出てきます。初等量子力学の第11回で解説してます。

 ポテンシャルで反射するのがよくわかりません。
 ではあなたは、そもそも反射という現象が何によって起こると思いますか?
ぶつかるから?
でも「ぶつかる」ってどういうことでしょうか。実は「ぶつかる」ということはすなわち「そこにポテンシャル差がある」からなんです。

 入射波+反射波→透過波みたいな感じですが、これは波の形だけで考えるのではなくて、エネルギー保存も考えるんですか?
 形がちゃんとつながっていれば、自動的にエネルギーも保存するので安心です。

 なぜ波動関数はポテンシャルという壁を突き抜けることができるんですか?
 量子力学的に考えれば、突き抜けることができるのが普通で、「なぜ古典力学では突き抜けられないと思ってしまうんだろう?」と考えるべきです。量子力学では波動関数が物理的実体であり、シュレーディンガー方程式がそれを支配する法則です。そして波動関数は突然ゼロになったり、不連続に変化しません(波動関数の収縮の時は別)。だから、壁がきてもそこでぶちっと切れてしまったりしないのです。

 波動関数は、いったいいくつ物理量の情報を含んでいるんですか?
 波動関数は連続的に変化するxの各点ごとに一つの値を持っているので、含み得る情報量は∞です。ただ、その情報の全部が名前のついているような有名な物理量に対応しているというわけではありません。

第6回へ 「初等量子力学/量子力学」の目次に戻る 第8回へ