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まず最初に前回の復習をかねて二重スリットの実験などについてもう少し話した。1.4節のシューレーディンガーの猫などについてはちょっと話しただけ。以下は、その部分に関する学生からの質問&コメント。特に、二重スリットの穴の部分に観測機をつけると干渉縞が消失するという部分に関する質問が多かった。
二重スリットで観測者をつけたら干渉が起こらなくなるそうなんですが、ヤングの実験をした時に外から見てようが見てなかろうが結局は干渉縞があったんですけど、それとは意味が違うんですか?
ただ外から見ているだけなら干渉縞は消失しません。大事なことは、「どちらの穴を通ったかを判定するか否か」です。判定してしまうと、その時点でどちらかの穴の方に波動関数を収縮させることになり、波動関数の拡がりを消してしまうので、干渉縞が消失します。
二重スリットのスリットのところで観測するということと、スクリーンにあたるということは全く違う現象なのに結果が変わると言うのは納得できない。
違う現象とは言い切れません。スリットのところに観測機があることによって、実験装置という舞台設定自体が変わってしまっているので、結果が変わることも有り得るのです。というか、実際変わるわけです。
二重スリットで明になるところの波はψ_1+ψ_2が大きくなっている波ですが、ψは時間によって変化するのに、明は常に明のままなのでは?!
ψが時間的に振動していたとしても、振動しているということは山や谷になる時間が一周期の間にはあるので、光子はその時にどんどんあたってきて、「明」となります。
後、第1回でちょっとだけ書いておいた、逆位相の音を出して雑音を消すヘッドホンについても、以下のような質問があった。
雑音を消すヘッドフォンについて、外側では音が大きくなると言ってましたが、外側の音は逆方向に進んでいるはずですが、それでも強めあうんですか。
はい。逆方向でも「山と山が重なると大きな山になる」という性質は同じです。逆方向に進んでいる波だと、消しあうことはありませんが、強めあう方はあります。もっとも、同じ波が逆方向に進みつつ重なると、定常波状態になりますが。
以下しばらくの間、一般的な波動関数の性質や計算方法などを説明していくが、簡単のため空間をxのみで表される1次元であると仮定する。もちろん現実的な問題を解く時にはx,y,z(あるいはr,θ,φなどでもよいが)の3次元空間で考えなくてはならないが、それは後に回し、まず1次元で感じをつかんで欲しい。
「初等量子力学」でも学習し、前章でも述べたように、量子力学においては力学変数(時間の経過にしたがって変化していく物理量)は波動関数であって、粒子の位置や運動量など、古典力学で力学変数として扱っていたものは波動関数からなんらかの操作によって導かれる量である。
たとえば、図のように形を崩しながら進行していく波を考えよう。この波は一個の粒子の波動関数の実部である。このような波が進行していった時、我々は「粒子が一個進んでいった」と感知する。その粒子の「位置」は図に<x> で示した位置であると考えられる(おそらく多くの場合、我々の観測装置はこの波の拡がりの幅よりも幅の広い精度でしか位置測定ができないであろうと考えられる)。
この<x>はいわば「波の中心」であるわけだが、これを「なんとなくこのへん」と指さすのではなく、具体的計算によって出したい。その計算方法が「期待値」と呼ばれるものである。たとえば30%の確率でx=20にいて、70%の確率でx=40にいるのなら、
20× (30/100) + 40 × (70/100) =34
となって、「だいたいx=34付近にいる」ということが言える。このように
(取り得る数)×(その数を取る確率)
の和をとったものを「期待値」と呼ぶ。
実際にはその場合、x=34には粒子はいないんですが、それでも「だいたいx=34付近にいる」と言えるんですか。
もちろんその場所にはいないわけだけど、期待値というのはあくまで目安としての値だから、これでかまいません。それに実際に実験するような場合、こんなふうに極端に離れた2箇所のどっちかに粒子がいるという状況はまれです。
波動関数は、ψ^*(x) ψ(x) dxがx〜x+dxの間に粒子がいる確率になるように定義されている(ただし、∫ ψ^* ψ dx=1と規格化されているものとする)。xの値も、その場所にいる確率も、連続的に変化するから、xの期待値<x>は、
<x>= ∫ x ψ^*(x) ψ(x) dx= ∫ ψ^*(x) x ψ(x) dx
のようにして、確率が高いところが大きい重みを持つように平均をとるような積分で計算できる(上の式の第二式から第三式への変形は、xのいる場所をψ^*ψ の前から間に変えただけである。なぜこうしたのは後で述べる)。
ここでちょっと「何のために期待値を考えるのか」という点を補足。量子力学は近似として古典力学を含まなくてはならない(量子力学の方が古典力学の上位にあたる)。量子力学の力学変数はψ、古典力学の力学変数はxであるから、対応をつけるためには、ψの中にある「粒子の存在位置の情報」を取り出してきて比較しなくてはいけない。「期待値をとる」という操作は「ψを手がかりに、粒子のいることがもっとも確からしい位置であるところのxを代表として取り出す」という操作なのである。実際にこうやって取り出したxの期待値に対して運動方程式が成立するということは、すぐ後(第3回)で確かめる。
左の図のように、おなじ<x>を持っていても、拡がりかたが全然違う場合もある。拡がりについても「だいたいこれぐらい」ではなく目安となる数字を計算する方法が欲しい。
そこでまず、ある値xと平均値<x>とのずれ(x-<x>)を考える。単純にこれの平均を取ると<x-<x>>=<x>-<x>=0となってしまう(平均値からのずれはプラスとマイナスが均等に表れるので足し算するとゼロになるのだから当然である)。そこでずれを自乗して(プラスになるようにして)から平均をとる。これが「分散」で、式で書くならば、<(x-<x>)^2>となる。つまり、「xと、その期待値<x>の差を自乗して、それの期待値をとったもの」である。この量は確かに、xが平均値から外れれば外れるほど大きな値をとる。
「拡がり具合の目安にする」という条件だけならば絶対値|x-<x>|の平均でもよいし、自乗でなく4乗にしてもよさそうである。しかし計算する時は自乗平均が一番楽であるし、昔から使われているので、この計算をする。
分散を計算するには、
<(x-<x>)^2>= <x^2 -2x<x>+<x>^2>=<x^2>-2<x><x> +<x>^2=<x^2>-<x>^2
という計算をした方が簡単にできる。
なお、分散の平方根を標準偏差(standard deviation)と言う。標準偏差はxと同じ次元になり、xの拡がり具合と直接結び付いた量となる(受験で悪名高い偏差値というのは、平均(期待値)を偏差値50と定め、平均点から標準偏差分だけ外れたら偏差値が10違う、というふうに決めた数字。平均点が72点で標準偏差が15という分布があったとすると、87点取った人が偏差値60、57点取った人は偏差値40ということになる)。量子力学の世界では分散を(Δx)^2 と書いて、標準偏差にあたるΔxをxの不確定性(uncertainty)を表す数字として使う。
以上からわかるように、期待値(<x>)や分散(<(x-<x>)^2>または<x^2>-<x>^2)あるいはその平方根であるΔxは、波動関数が含んでいる情報のうち、ほんの一部分にすぎない。古典力学においては、位置xと運動量pがわかり、運動方程式を知っていればその系について全てを予言することができた。しかし量子力学では<x>や<p>(この後考える運動量の期待値)がわかっただけでは、全体がわかったとは言えない。しかも観測できるのは期待値だけであって、波動関数ψそのものは我々には見えない。つまり、我々が「見ている」世界というのはその裏に隠れている波動関数というものの、ほんの一部に過ぎないのである。「物理量に対応する演算子をもってきて、その期待値を取る」という計算は、波動関数という非常にたくさんの情報を含むものの中の一部分の情報を引き出す計算であるということを心にとどめておくべきである。
【問い1】確率密度ψ^*ψが以下のようなグラフで表される波動関数がある。それぞれについて、hの値を規格化条件に合うように決めたのち、期待値と分散を計算せよ。 【追加ヒント】 この問題の特に(3)の分散について、「計算がたいへんです!」という声が学生さんからちらほら。そりゃ真面目にこの式で分散計算しようとするとたいへんだろう。そういう時には「何か楽できないか?」と考えて欲しい。分散の定義は<(x-<x>)^2>であるから、座標原点を移動させても答えが変わらない(なぜなら座標原点をずらすとxも<x>も同じだけずれるから)。これに気づけば「じゃあ、自分が計算しやすいところに座標原点をおけばいいじゃん」ということがわかると思う。そうすれば計算は飛躍的に簡単になる。 標語「楽をするための苦労は惜しむな!」 |
以上の2問は宿題レポートとするので、解いて提出すること。提出の際は前野にじかに手渡して、内容に関する質問に答えること。ただポストにつっこんだだけでは提出したとは認めない。
∫ψ^*ψdxの積分範囲は全空間ですよね?
全空間の場合もありますし、粒子が存在していると思われる領域だけ(定義域だけ)という場合もあります。
偏差値の計算の仕方を始めて知りました!
けっこう、そういう人って多いですね。
いまいち、ψ^*ψの意味がぱっと浮かびません。
すぐに「ぱっと浮かぶ」とはいかないものなので、じっくり時間かけて理解していくようにしてください。
xψ^*ψでもψ^*xψでもいい、という話がありましたが、xは演算子だからそうはいかないのではないのですか?
最履修などで2回めの受講生から、この質問が多かった。3年生は疑問に思わなかったようなんですが。そういうわけで、初めて量子力学を勉強する3年生の人はこの質問については今は気にせず、後でまた読み返してください。
量子力学では確かにxは演算子になるわけですが、ここで取っている表示はxを対角化する表示というやつになっていて、この表示ではもはやψもxも単にxの関数という「数」になってしまっているので、順番入れ替えは全く気にせずにやってかまいません。
期待値からのずれx−<x>と標準偏差Δxは、同じものではないのですか?
簡単な例を使って計算してみるとわかりますが、違います。
「規格化」というのは具体的にはどうすることですか?
ψを適当に与えると、∫ψ^*ψdxが1になっていない場合があります。たとえば、∫ψ^*ψdx=A^2だったとすると、ψを元のψをAで割ったものに置き換えます。すると新しいψは∫ψ^*ψdx=1となります。この「Aで割ったものに置き換える」という操作が規格化です。